ステージ2 メカはロマン!③
アモロの呪縛から解放された僕は、すぐさま土下座した。
「ほっっっっんとうにすみませんでしたっ! やっぱりなりきっちゃうようです! でも、絶対に本心ではありませんので、さきほどの相川さんに対しての数々の暴言は、くずかごに叩き込んでかごごと火をつけてそのまま五年間燃やし続けてこの世から完全に抹消して下さいっ!」
――もういいよ。分かってるから。
土下座すること一分。ぶっきらぼうな相川さんの声が聞こえてきた。彼氏の大遅刻をぶうたれながらも許してしまう彼女をイメージしてしまった僕は、反省が足りないだろうかっ!?
僕はまだ顔を上げなかった。相川さんの溜め息が小さく聞こえた。
――本当にいいんだよ。田中君にばっかり頑張ってもらってるんだから、これくらいで怒ってたら罰が当たるよ。それに、辛い思いをしてやってもらうより、そうやってキャラクターになりきって楽しんでくれた方がわたしも気が楽だしね、ははは」
その言葉でようやく、僕の頭の上に座っていたゴジラが消え、僕は体を起こすことができた。
「本当にすみませんでした……」
――はい、分かりました。もう、この件は終わり!
「う、うん……」
――はい! じゃあ次行きましょう!
「えっ? まだあるの?」
――それじゃあ頑張ってねえ。
「え、あ……は、はい! 頑張ります!」
(怒ってる!? 当然か! や、やばい……どうしよう……って、やるしかないか、どうか次はテンプレ的な主人公で!)
僕は思わず手を合わせて祈った。
――………………ぷっ、くくく、はははは――
「え?」
ポカンとしている僕に、相川さんの笑い声が降りそそぐ。
――ごめんっ、冗談よ! 田中君にリラックスしてほしかったからちょっとやってみたんだ。
「へ……冗談?」
――うん、ははは……ステージ2がまだ続くのは本当なんだけど、田中君の意思も確かめずに先に進めようとしたのは嘘。リラックスできたかな?
「はい……すごく力が抜けました……」
――田中君、わたしといるといつも緊張しているみたいだからさ。もっと楽にしてほしかったんだ。
「あ……」
相川さん、あなたは思いやりユーモア属性まで持っていらっしゃるのですか? どこまで完璧なら気がすむんです。ウサイン・ボルトに十秒のハンデをあげるようなものですよ。勝負にすらなりません。
――それで、もう一時間くらい経ってるし、今日はこのくらいしとこうか?
「ステージ2はあとどれくらいあるんだろうね?」
――ステージ1と最終ステージ以外は各ステージ三人ずつみたい。
「え、じゃあ次のを倒したらクリア?」
――うん、そうだね。
「なら、やるよ! 相川さん時間は平気?」
――わたしは大丈夫、じゃあ、あと一息、お願いします。
「うん、任せて!」
――頑張ってね!
新しい相川さんの発見とクリアを目前にして、僕は俄然やる気が出てきた。今の僕ならどんな敵でも倒せそうだ!
真っ白なフィールドが徐々に変わっていった。
僕はどこかの街に立っていた。
都会だ。作画もグッと精緻になっている。色調がセルっぽいから、二千年前後だろうか。それにしてもすごい高層ビル群だ。
「しかも、どの建物もどこか装甲過多…………………………装甲? まさか……」
僕に嫌な予感が走った時、そんなことを知る由もない相川さんの無邪気な声がフィールドに響いた。
――今までのと比べてずいぶん現代的だね。むしろちょっと未来っぽい。田中君分かるの?
「え……あ、いや、まだなんとも……」
この作品の主人公はまずい! また相川さんに暴言を吐いてしまう可能性大だ! 僕は必死に別の候補を探した。だが、それ以外まったくヒットしない。
――あ、何か来たよ!
僕が額を大粒の脂汗に濡らしながら固まっていると、相川さんが敵を発見した。
僕は、山の方からゆっくりとやって来る「ヒト」を見て呆然と呟いた。
「ここは、四番目の新京都市だ……」
――四番目? 新京都市?
別作品の微かな期待が打ち砕かれた僕は、弱々しく解説をし始めた。
「……うん、九十五年の登場以来、その斬新さで社会現象にまでなった大作『親世紀 福音』のメイン都市」
――どこが斬新なの?
「えっと……これもロボット物なんだけど…………一言で言えば謎かな。それまでの作品は、たとえそれがトンデモ設定だったとしても、作品の中ではその根拠がはっきりしていたんだ。古代の超科学で動くとかね。それに敵にしても、それがどんな素性なのかははっきりしていた。だけど福音の場合は、まず自分達のロボットである「福音」が、どうやって動いてるのか分からない」
――えっ?
「一応科学技術を前面に出していて、風力で動いていることになっているんだけど、それがなくても動くことあったし、視聴者には最後まで福音が何者かはっきりとは教えてくれなかったし……。それに、主人公が所属する敵を迎え討つ組織の目的もはっきりしないんだ」
――え、……敵から地球を守るのが目的じゃないの?
「もちろん、それも目的なんだけど……どうやらそれが第一の目的じゃなくて、親類保管計画っていう究極目的があるらしいんだ」
――親類保管……? 何それ?
「それがはっきりしないんだよね。それぞれの熟語の意味はよく分かるんだけど、それが組み合わさると何を指しているのかさっぱり分からない。僕は映画まで見たんだけど、説明が抽象的で結局分からなかった。あ、でも最近またリメイク映画がやっているから、それを見れば……あ、ごめん、それで最後の謎なんだけど、ヒトっていう宇宙人みたいな敵なんだけど、どこから来るか分からない、しゃべりもしないから、何が目的で都市を狙うのかも分からない」
――それは……確かに斬新だけど、そんな訳分からない物が社会現象になったなんて信じられない……。
「ちょこちょこヒントみたいなのが出てくるんだよ。抽象的だけど、それでちょっと分かったようなに気になれたりするし。洋書の言葉を引用しててちょっとスタイリッシュだったり、SFとしてもしっかりもしてるんだ。それにキャラクターの魅力が当時としては抜群だったんだ。ヒロインがいるんだけど、今なお歴代女性キャラクター人気ランキングに入るくらいだから。
――へえ……主人公は魅力ないの?
「うっ……それなんですが、ちょっとクセがあって…………また暴言いっちゃうかも……」
――えっ、さっきみたいなキャラクターなの?
僕は溜め息をついた。
「より磨きがかかってます…………現実逃避と被害妄想が激しいです……」
――主人公なのに、よくそんな設定にしたね……。
「そういう主人公の葛藤も魅力の一つなんだけど、見るんじゃなくて、実際なってしまうとなると、ね……」
少なくても今はとても憂鬱です。まあ、変身しても憂鬱なんだろうけど……。
――大丈夫。ちゃんと田中君とは分けて見るから。だから、心配しないで思いきり戦って。
(そもそも変身した時に戦う精神であるかどうか……)
それでも、僕の不安とは対照的な相川さんの声に、僕の心はほんの少しだけ晴れていた。
「分かった。じゃあ、主人公のイソノ伸二をお願いします」
――了解! 頑張ってね!
今回はほとんど変化がなかった。どうせ、年、背格好、まとう雰囲気がそれだけ僕に近かったんだ。そうだ、どうせ僕なんかいてもいなくてもいいような、存在価値のまったくない人間なんだ。
――田中君、後ろにキャラクターが現れたよ。
「え……」
変身が終わり、憂鬱に苛まれていると、アイカワの控え目な声が聞こえてきた。
振り向くと、白衣がなければ、絶対にエンジニアだとは分からないようなキレイな女の人がいた。
「ああ、彼女はアオキ悦子さんです。主人公の所属する組織・特務機関『寝る風』の技術主任です」
『イソノ伸二君、あなたに見せたい物があるの』
悦子さんの背後の大きな布が取り除かれる。鳥のような顔をした、巨大なロボットが地中から頭だけを出していた。
悦子さんが、ロボットを見上げながら丁寧に言葉を紡ぎ始めた。
『誰かが造り出した、究極の凡庸鳩型決戦兵器〝福音〟。その、模倣機』
――誰だよ!? 鳩って!? マネなの!?
アイカワの壮絶な叫びが、悦子さんの言葉の余韻を消してしまった。
その時、突然僕の体を異変が襲った。思わず地面に手をついてしまう。
「うっ……」
――田中君、どうしたの!?
「起きてたくない……」
――えっ?
主人公イソノ伸二は深刻な睡眠障害なんだ。僕は襲ってくる強烈な睡魔に促されるがまま、目の前に用意されたふとんに潜り込んだ。
――ちょ、ちょっと田中君? ……って、ふとん?
アイカワはそのまま言葉を失ってしまった。
(ホントは今すぐ怒鳴って僕を戦わせたいくせに……)
意識が薄くなりながらも僕は思った。戦ってもらっている身だから強くは言えないなんて、結局自分の評判しか気にしてないんだッ。本当にお兄さんを助けたいんなら、なりふりかまわず、僕のケツを叩けばいいじゃないかッ!
でも、アイカワは僕が予想もしていなかった言葉を口にした。
――…………田中君、辛かったら、やめてもいいんだよ?
「――っ!?」
アイカワの心配そうな声が僕の胸を締めつけた。
(な、何を言ってんだ僕は! アイカワがそんな人間でないことは分かっていたじゃないか!)
「くッ」僕はふとんの中で丸くなったッ。「眠っちゃダメだ。眠っちゃダメだ、眠っちゃダメだ眠っちゃダメだ、眠っちゃダメだッ!」
僕はふとんを払いのけ雄々しく立ち上がったッ。
「やりました……僕、目覚めました!」
――あ……う、うんっ。
僕は福音の頭に駆け上り、頭頂部から突き出ているエントロピープラグに入った。プラグ内の数字が増大していき、世の中不可逆なのだと痛感させられる。
そして僕は、 ヒトと対峙した。
――なんて不気味な敵……。
アイカワがそう言うのも無理はない。全身真珠色の人型に、黒い丸三つだけで目と口を表すという、幼児でも描けそうな単純な造形なのに、その異様な雰囲気は、これまでのどの敵よりもはるかに不気味だ。知っている僕ですら怖いんだ。視線の先の足がカタカタと震えている。
――危ないっ!
「――ッ!?」
ヒトが一瞬で間合を詰めて、福音を豪快に殴った。
「うわああああああああッ」
僕は派手に吹き飛ばされビルに突っ込んだ。ヒトが足も動かさずに近づいて来る。
「く、くそ……ぼ、僕だって! くっ、動けよ! 動いてくれよ!」
僕は必死にレバーを操作したが、福音は動いてくれない。ヒトが福音の上の馬乗りになった。
「ぐあっ――ッ」
ヒトの空手チョップが福音の肩に入り、僕の肩にも激しい痛みが走った。間髪入れずヒトがチョップを繰り出し続ける。
――田中君っ!?
(くそッ、全然返せない……。このあとどうすれば…………)
その時、僕は気がついた。精神補正だ! そしてそれには……、
「アイカワ、僕に力を貸してくれッ!」
――えっ……? あ……ど、どうすれば……?
「感情のまったくない話し方で、僕と会話してッ!」
――感情? …………そ、それをすれば、田中君の力になれるの?
「うん! この主人公は、ヒロインのアラカワ零を助けたいと強く思うと、ルール度外視の無敵補正がかかるんだ!」
――分かった、頑張ってみる……。
「じゃあ……相川ッ、君にとって、お兄さんはどんな存在だい!?」
――兄。それは家族……大切な人……助け出すべき人。
「うまいッ!」
僕は歓喜の声を上げた。戦意が猛烈に上がっていく。
――ありがとう。でもごめんなさい。こんな自分をどう処理したらいいか分からないの。
「受け入れればいいと思うよ」
――……ッ!
顔は見えないけど、アイカワはきっと驚いたあと微笑んでくれただろう。プラグ内がカオスになってきた。福音が無敵モードに入った証拠だッ。
クルックウウウウウウーーーーーン!!
福音が鳩のような雄叫びを上げ、鳩のような短い足で必死に回転胴回し蹴りを繰り出したッ。ヒトが信じられないくらい吹っ飛んでいく。
――やった。
福音が羽をばたつかせ、吹っ飛んだヒトを追う。と、その時、
『ようやく目覚めたようだね。伸二君』
「はッ!」
僕は、ヒトの目の前に現れた、空中浮遊する人間に、自分の目を疑った。真っ白な髪のどこか中性的な少年。
――あれは誰?
「薫君だ。ナゼカ薫。人とヒトの間に位置する謎の人物なんだ」
――敵なの?
「分からない…………。けど、倒さなきゃいけない……」
――そ、辛いのね。
「辛いよ。辛いけど……やらなくちゃいけないんだああああああッ」
福音が薫君をつかむ。それでも薫君の穏やかな笑顔はちっとも変わらなかった。
『いいんだよ、伸二君。僕を殺してくれ。人とヒトは、いわば主体と客体。原エクチュールのイドアにして発話者の前規模再均一化の象徴。全ての事象に対しては異化なんだ。だから僕の死は、僕の魂の等価性を意味せず、アレテーの鏡像状態がマロベパスするまま、その差異を知覚し論実転映に…………』
――分からない。彼が何を言っているのか分からないわ。
「いいんだ、アイカワ。雰囲気で言っているだけだから。誰も内容なんか理解しちゃいない……」
『……複原のロボシア空間においてダスマン衝突が動物園で起こり、全生物の過列昇華に伴い飼育員が慟哭す…………』
――まだ続いているわ、田中君。
「いいんだ……。これが終わったら、僕は薫君を殺さなきゃいけない。薫君は今、一世一代の見せ場を必死に演じているんだッ」
『フッ、だからね、伸二く……』
「うわあああああああああっ!」
――え……?
僕は思わず握りつぶしてしまった。十分以上も続く薫君の意味不明な語りに、僕の我慢が限界にきていたんだ。薫君、本当にごめんよ。
その時、フィールドが変わった。青々としたどこか幻想的な大地だ。
「おめでとう」
「おめっとさん」
「Congratulations!」
「Glückwunsch!」
「Auguri!」
「Grattis!」
「Sveikinu!」
「Tebrikler!」
「Til hamingju」
「Felicitãri!」
「Gefeliciteerd!」
「Gratulujem !」
――おめでとう。
文字に、ありがとう
紙に、さようなら
そして、全てのに読書家に
おめでとう
* * *
「最後、モニターいっぱいに文字が出てきたんだけど、あれは何? というか、敵を握りつぶした辺りからもう何が何だか……」
装置から出た僕が、服を着て相川さんのところに行くと、相川さんは食い気味で尋ねてきた。眉をしかめながらどこか泣きそうなパニック顔。必死に理解しようとして無力にも敗れてしまったんだ。こういうのは下手に理解しようとしちゃだめだと言ったのに、聡明で生真面目な相川さんは意味を考えてしまうのだろう。
(……にしても、パニック顔の相川さんもたまらない)
僕は、逮捕・拘留・裁判・実刑判決覚悟で相川さんを抱きしめたい衝動を、精一杯の自制心と、これからの相川さんとの関係という大いなる打算で必死に抑えつけた。
「あ、あれが、前世紀末に多くの視聴者を困惑の底に叩き落とした最終回の最終シーンなんだ。意味なんてあんまりないんだよ。新しいちゃんとしたエンディングのリメイク版が放映されていたくらいだからね」
「そう……。やっぱりまだアニメに慣れてないんだな。早く慣れないと」
(あまりに慣れすぎてツッコミがなくなったら寂しいけどな。相川さんのツッコミかわいいから)
「あ、でも、ヒロインの演技はとてもうまかったよ! 本人かと思った!」
「えっ!」相川さんの顔がカーッと赤くなる。「やだっ! 忘れてっ! もうその話はなしっ!」
「あ……ご、ごめん……。褒めたつもりだったんだけど。そ、そっか、そうだよね、こんなことで褒められても嬉しいわけないか…………うん、も、もう二度とこの話はしないよ」
「嬉しい嬉しくないじゃないの。とにかく恥ずかしくて。……で、でも力になれてよかった……」
「えっ、じゃあ……」
「わあーーー、もう終わり! 終わりにして下さい!」
眉がハの字の相川さんが顔を真っ赤にして声を上げる。……か、かわいすぎる。けど、あまり動揺させて本当に怒らせてはまずい。僕は泣く泣くこの夢の時間の幕を閉じることにした。
「あ、うん……あ、あの、じゃあ僕帰ります。えっと……その、ま、また明日……ね?」
「あっ、ちょっと待って!」
返事を待たず振り返ると、相川さんが慌てて僕を呼び止めた。
「え?」
「きょ、今日もお疲れ様! それにありがとう! あ、あと……」
なぜかもじもじ相川さん。
「と、途中まで送るよ」
「え?」
「終わったらすぐありがとうバイバイで、一人で帰らすなんてしたくないよ。本当にすぐそこまでだけど、迷惑じゃなきゃ見送りくらいさせて」
相川さんが恥ずかしそうに僕の反応を待つ。
「あ……ありがとう」
あまりに嬉しすぎて、僕は何も考えられず、そう言うのが精一杯だった。
(あなたの欠点はいったいどこにあるんですか…………)
僕が相川さんのストーカーになったら、それは相川さんのせいだ、という非常に危険な考えが芽生えてしまった僕は、僕をおいて歩き出した相川さんに吸いつけられるように、ふらふらと無意識に歩き出すのだった。




