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ヒーローズ  作者: なかお ゆうき
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ステージ2 メカはロマン!

「男が持つメカへの無条件の関心って何なんだろうな」

「さあな。でも、確かにあるな」

                      

『フォレスト』  谷山 昭一


 




 夢のような日の翌日、僕は初めて、マンガを取られた時に自然な笑顔を作ることができた。痛くもかゆくもない。むしろ一冊でいいのかい? なんならうちの預金通帳と印鑑も貸そうか? ってなもんだ。

 だが、そんな僕の変化にまったく気づかない後藤は、苦りきった顔で愚問を投げかけてくる。

「おっまえ、ホント学習能力ないよな? 取られることで快感を得ているのか?」

「そんなことないよお、いやあ、毎度毎度まいっちゃうよねえ。家のバイトの八時間分の時給が一瞬で消えちゃうんだもんなあ」

 僕はもはや、自分では限界以上に下がりきった目尻を元に戻すことはできなかった。相川さんと秘密の時間を共有したことで、僕はキリストに匹敵する赦しの精神を手に入れてしまったようだ。右の頬を叩かれたら、サンドバッグになりなさい。

「お、おまえ……どうしちゃったんだよ……?」

 珍しく後藤が引いた。昨日の置き去りをほとんど責めなかった後藤。よく分かる、オタクは友を失うのが怖くて、相手をあまり責められないのだ。唯一の親友ならなおさらだ。ありがとう後藤。秘密だから事情は話せないけど、僕と君の仲だ、お互い176才まで生きた暁には、昔こんなことがあったんだよと話してあげるかもしれない。だから、あと162年待っていてくれ。




 放課後、僕は、目を潤ませたチワワのような顔をする後藤を再び置き去りにした。胸がはりさけそうだった。すまない、後藤っ。詳しいことは239年後に多分…………。

 僕は後藤に後ろ髪を引かれる思いを一瞬で断ち切り、またあのバス停へと走った。




「はは……今日はだまされなかったぞ、この脇腹め」

 自分でも気づかないうちに手にしていたスマホをポケットにしまい、僕はベンチに座り込んだ。相川さんは昨日、無謀にも待ち合わせを学校の玄関に設定した。僕はたとえ世界中のメンタリストに深刻な催眠術をかけられたとしても、相川さんの言葉には従うつもりだった。だが、この提案ばかりには、平身低頭地面に頭をめり込ませて変更願を申し上げ奉らざるを得なかった。玄関から一緒に帰ったら、確実に人目にさらしちまいますぜ! そんなことがバレたら、相川さんのグループ内での地位は失墜。僕にいたっては、市中引き回しの上、大江戸コンクリートに詰められて東京湾の海底深く…………なんてことだ……江戸時代からあそこは東京湾と言っていたのか! 

(……さすが世界の大都市江戸、時代の先取り方がハンパじゃない……)

 静かに首を振ると、僕はそっと相川さんの属性に、『ブルース・ウィルス級の命知らず』を付け足した。

「お待たせっ」

「あっ、いいえ!」

 僕は中国の卓球選手ばりの反応速度で立ち上がった。相川さんは笑っていた。昨日の今頃とはまったく違う親しげな表情。たった一日でこうも変化するなんて、こりゃヒーローでなくても手玉にとられてしまうよ。

(でも、それでもいい……)




       * * * 




――今日もよろしくお願いします!

 真っ白の何もない仮想世界の中で目を覚ますと、相川さんの声がした。

「はい!」

 僕は大きな声で応え、辺りを見回した。世界が徐々に変わっていく。昨日はほとんど意識がいかなかったけど、今日は多少余裕も出てきたからか、ステージの作画がやけに目についた。

(なんとシンプルで平坦な作画なんだ。色も少ないし、これは……)

「かなり昔のアニメだな……」

 僕が、悪の組織に体を小さくされてしまった小学生国土交通相探偵「江戸川区ニテ」顔負けの推理を行っていると、突然爆発音が轟いた。

――きゃっ!

「なっ……! な、なになになに?」

 音の方に目をやり、のっぺりしたビルディングから立ち上る煙が薄くなると、僕は理解した。あの、特撮のモグラ怪獣を超合金で造ったようなけったいなロボットは!

「カイジュウ!」

――カイジュウ?

「うん、今から半世紀以上も前に誕生した、巨大ロボット物の草分け的作品『鉄の人28人』に出てくる敵ロボットだよ」

――さすが田中君、じゃあキャラクターは?

(決まっているじゃないか!)

 僕は天に向かって力強く叫んだ。

「相川さん! 主人公、山田長太郎をお願いします!」

――了解!

 相川さんも、僕のテンションに即発されて力強く応えてくれた。


 一分ほど経って、僕の姿が変化した。体が縮み、Tシャツ半ズボンという少年へと変身していく。元気いっぱい、素直で勇気満点。オープンカーを運転し、飛行機、潜水艦、スペースシャトルを単独操縦。ナイフに弓矢、スナイパーライフルの扱いも任せとけっ。そう、ぼくこそ、まだあどけなさの残る十一才、年上のお姉さん達をメロメロにして自分の名を冠した性癖用語まで造ってしまった罪な少年、山田長太郎だ!

「一点の曇りすらない正義の炎が溢れ出てくるよ! さすが、昔のテンプレ主人公だ! すがすがしいよ!」

 ぼくは悪を憎む苦りきった表情でカイジュウを見つめたんだ! 強く握った拳が自然と体の前に出たよ! と、その時だったんだ!

『長太郎君!』

「博士!」

――博士? って、後ろのは何!?

 タイミングバッチリ! ぼくの横にエリート官僚風の博士が立っていたんだ! その後ろには巨大な鉄の人までいたんだよ!

「あれは鉄の人さ! 各分野の鉄人と呼ばれる人を二十八人集めて合体させたロボットなんだ! すごい科学技術で巨大化! 体も鉄になってパワーアップ! 空も飛べるようになったんだよ!」

――その設定無理ない?

「ははは、半世紀も前のだからね。多少は目をつぶってよ!」

――多少かなあ……。

「でもね、美鈴ちゃん! この作品の後、ほっっっんとうに沢山の巨大ロボット物、中には大人すらも熱中させちゃうような物が誕生するんだけどね、それらは全部、この鉄の人28人がなかったら生まれていなかったんだ!」

――……そ、そう……わ、分かった! じゃあ、田中君、またよろしくお願いします!

「うん、任せといて!」

 ぼく達の会話が終わると、お約束でちゃんと待っていてくれた博士が口を開いたんだよ!

『この鉄の人は、君の亡くなられたお父さんが生み出したんだ。長太郎君、このロボットで世界の平和を守ってくれ』

――唐突っ!

 美鈴ちゃんの豪快なツッコミが響いたね! これくらいで驚いてたら先が思いやれるなあ。

 そんなことを考えながらも、ぼくは博士から鉄の人を操るアイテムを受け取った!

――田中君、それは?

「これはね、鉄の人に指令を出すチョウメンていうアイテムなんだ!」

 ぼくは何の変哲もないメモ帳と鉛筆を掲げてあげたんだ! また美鈴ちゃんのツッコミが炸裂したよ!

――そんなので!?

「ははは、形は重要じゃないよ、まあ見てて。よし、いくぞっ、鉄の人! カイジュウを倒すんだ!」

 言いながら、ぼくはチョウメンに「てきのところまではしれ」と書いたんだ! 

 鉄の人はしゃがんでそれをのぞき込むと、敵へとまっしぐらに走り出したよ!

――無駄が多くないっ!?

 心なしか美鈴ちゃんの声が悲痛になった気がするな! ぼくのようなヒーロー厨でも、昔の作品を見ると、いろいろとツッコミたくなるからね! 初心者の美鈴ちゃんには刺激が強すぎたのかな?

 そんなことを思ってる間にも、鉄の人はカイジュウの前まで行ったんだ!

 ぼくはさっそく、必殺技の竜巻突きをお見舞いしろって書いてチョウメンを掲げたんだ!

 鉄の人は、双眼鏡でその指示を読み取ると、豪快な右ストレートを繰り出したのさ!

――竜巻関係ないっ!

 おやおや、明日でしょうの時はいろいろとスルーしてくれたのに。美鈴ちゃんのツッコミ属性を引き出しちゃったのかな?

――ああ! 受け止められた!

 カイジュウが鉄の人の右ストレートを止めてしまった! くそっ、ぼくはこの作品を丸暗記しているほど見てはいない! あれは、敵の能力がインフレ爆発を起こし、鉄の人が一対一による純粋格闘では対処できなくなったために起こった、敵、鉄の人、操縦者、その他いろいろの権謀術数で戦闘が進められる作品後期の敵キャラなのか!?

「どうすればいい……いや、ならば何か弱点があるはず!」

 ぼくは必死に探したんだ! あらゆることを検証してね! そして気づいたのさ! カイジュウが鉄の人より二回り大きいことに!

 ぼくは急いでチョウメンに書いた! 「そらをとべ」ってね! そして紙を高々と掲げた時! とんでもないことが起こったんだ!

――雨……?

 突然振り出した大粒の雨に、紙がふやけちゃったんだ! 鉄の人も困ったらしく、双眼鏡をのぞき込みながらじりじりと戻ってきたっ!

――敵ひとりぼっちになってるよっ!

 美鈴ちゃんが敵の心配をしたよ! なんて優しい子なんだ! でもね、

「敵なら大丈夫! どんな時でも、いつまでも待ってくれるから!」

――予定調和!

 美鈴ちゃんのツッコミが決まったとこで、鉄の人がついにぼくの目の前までやって来たんだ! 双眼鏡を望遠鏡に持ち替えて必死にぼくの手をのぞくんだ!

――てか田中君もう紙持ってないしっ!

 そう! ぼくの掲げたチョウメンはとっくに溶けて消えてたんだ! 鉄の人が頭を抱えてしまったよ!

――もはや嫌がらせだよっ! 健気に戻ってきたのにっ。田中君! どうするの!?

 美鈴ちゃんが心配してくれたんだ! 正直言って、ぼくは途方にくれかけちゃったけど、正義の心を奮い立たせ、魂の限り叫んだよ! 美鈴ちゃんのお兄さんのためにも、こんなとこで負けるわけにいかないんだっ!

「鉄の人! 空を飛ぶんだあ!」

――直接言うの!?

『ワカタ』

――通じるのっ!? てか思いきり片言だけどしゃべれたんだっ!?

 ははは、美鈴ちゃんキレキレだ! 鉄の人は親指を立てると、体のどこかについているロケットを噴かせて空高く舞い上がったんだ!

 空高く舞い上がった鉄の人を追って、カイジュウも飛び上がったよ! でもね、カイジュウは鉄の人よりずっと重いからね! 先に燃料が切れて、地面に落ちて粉々になっちゃったんだ! ま、鉄の人も戻る命令を受け取れなかったから、その後同じように墜落しちゃったけどね!

――切なすぎるよおぉぉぉ――!

「確かに!」

――オニッ! 

 かわいさあまって憎さ百倍かな? 心配いらないよ、偉い研究者が修理してくれるからね!

 こうして、ぼくは世界一明晰な頭脳をいかんなく発揮して、勝利をつかんだのさ!

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