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ヒーローズ  作者: なかお ゆうき
18/20

ステージ6 ザ・ジャパニーズ・ヒーロー③

――本当にお疲れ様、体大丈夫?

 真っ白な空間に相川さんの心配そうな声が響いた。

「まったく問題ないよ! それより相川さん、本当に助かったよっ! さすが秀才、見事な機転だね!」

――そ、そんな……わたしなんか田中君と比べたら全然…………でも、役に立ててよかった」

「いやいやっ、相川さんはずうーっと役に……っていうか、大切なパ、パパ……パートナーだよっ!」

――……あ、ありがとう……。

(あれ? あつかましすぎたか!? )

 僕は相川さんの静かな声を聞いて不安になった。

「あ、ご……ごめんっ! ぼ、僕はそういうつもりでやらせてもらっているというだけで、その……そう確定したわけではないので…………だからその……」

――あっ、別にそういうわけじゃ……って、どういうわけだろ、はは。でも謝らないで、田中君にそう思ってもらえて嬉しかったから……。

「えっ!?」僕の心臓が大きく波打った。「それってどういう……」

――あ! わ……わたしの中では、田中君が一人で闘っている認識だったから…………ええっと、その人がパートナーとして認めてくれたから………………ま、つまりそういうことだからっ。

(……充分です)

 僕は今のやりとりをしっかり記憶した。テンパってる相川さんのなんとかわいいことだろう。まったく、外れなしだねこの子は!

 僕が熱せられたチーズのようにとろけそうになっていると、フィールドが変化した。

――なんか独特だね。特に色づかいが……。

「……もしかして、いや、そうか……この流れだもんな……」

――なにか分か……あ、敵が来たね。

 僕は敵に目を向けた。その姿を見て、心の奥底から嫌悪したくなる悪を感じた。強さは別にしても、今までの敵の中で最も悪だというのは間違いない。  

「デオだ……」

 僕は敵の名前を呟いた。

――デオ……。

「さっきの、『龍玉』が辿り着いたバトル物の到達点と、別の進化を遂げたもう一つの完成形…………八十年代にステップで始まり、いまだにそのつど主人公を替えて新シリーズが連載されている人気作品、『徐々に戒名冒険』だ」

――戒名……?

「そう、この作品の登場人物は、先祖の背後霊を具現化して戦闘をアシストさせるんだよ。しかも、ただ殴ったり蹴ったりするだけじゃなくて、水や火を操ったり、姿を消したり、他にも簡単には説明できないような多種多様の能力で敵と駆け引きしながら闘うんだ」

――なるほど……。

「それと、この作品は内容以外にも特徴が多くて、今相川さんが言ったように奇抜な色づかいや濃い作画、独特なポージングや効果音は、それ専門のフリークがいるくらいだし、敵味方関係なく常に出てくる、人の心を揺さぶるようなアツいセリフなんかは、それだけで一冊の本になっているくらいだ」

――へえ、まるで研究だね。

「ははは、そうだね。内容の解釈については、ネットでも常に様々な意見が飛んでいるからね。この作品が好きな人は、自然と『徐々』のなんちゃって研究家になっちゃうのかも」

――じゃあ田中君も?

「いや……そんなつもりはないけど……」

――ふふ、田中君はヒーロー研究家か?

「えっ、そんな! ただ好きなだけだよっ」

――謙遜しなくてもいいのにな、ふふ。じゃあ、キャラクターはどうする? てか、あの敵も強そうだね……。

「うん、さすがステージ6ってことなのかな。確かに強敵を用意してくれるよ。あいつはデオ・ドランドーっていって、シリーズ最多出演しているボスキャラなんだけど、初代主人公の背後霊を呪術で乗っ取り、黒魔術で人を喰らう不老不死の化け物になったというまさに〝悪〟だよ。だけど、その、悪に対して高潔な姿勢から人気も高い。僕は三章の主人公、空想妄太郎(くうそうもうたろう)でいくよ」

――了解、空想……妄太郎ね。厳しい闘いが続いているけど、頑張ってね。

「へっちゃら、へっちゃら! 僕も楽しむから、相川さんも楽に見ててよ!」

――う、うん……なるべくそうするけど、毎回ついついその気になっちゃうんだよね。

(それはそれでいい傾向かもな……)

 そんなことを考えている間にも、僕の体は変化を始めていた。身長が百九十近くまで伸び体格も良くなる。学生服に、頭と同化した黒のハンチングが現れたら、空想妄太郎のお出ましだぜ。


『ほう、このDEO(デオ)相手に逃げずに近づいてくるのか』

 おれが両手をポケットに突っ込んだまま近づくと、DEOがいびつな笑みを浮かべやがった。ブロンドの癖毛に真っ黄色のジャケットとパンツ。体中の至る所に派手なアクセサリーまでつけてやがる。悪趣味な格好だぜ。まったく、自己顕示欲の塊ってやつだな。

「近づかなきゃ、てめーをブチ殺せないんでな……」

『ほほお、おもしろい冗談だ』

「冗談かどうか試してみるかい?」

 DEOの右目が引きつった。

『このDEOを前にして、物怖じしない度胸はたいしたものだが、その度胸が逆にきさまの寿命を縮めるということを理解させてやろう』

「さっきからよく喋るが、おれはおまえのくだらねえ話を聞くために学校をサボって、はるばるこんなとこにまで来たんじゃないんだぜ? ご託はいいからさっさとかかってきな」

 DEOの目が見開かれる。

『上等だ、妄太郎ッ! ならばとくと見るがいい、我が背後霊(ゴースト)野生(ザ・ワイルド)」の力をッ』

 DEOがをゴーストを出現させ、おれに迫った。

「スゲー・フラチナッ!」

 おれは自らもゴーストを出現させDEOを迎え討った。

「ムラムラムラムラムラムラムラムラムラ…………ッ!」

『夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸…………ッ!』

 お互いのゴーストの拳が激しくぶつかり合う。高速パンチラッシュの応酬が鈍い音を立てながら続く。

「ぐっ……」

 おれのラッシュが遅れをとった。ザ・ワイルドの繰り出す拳がスゲー・フラチナの体を捉え、そのダメージが本体であるおれにも伝わってきやがる。

『フフフ、やはり我がザ・ワイルドの方がパワー、スピードともに上だ! よし、ここらで遊びのサービス時間は終わりにしよう。妄太郎、きさまの家系とは一千年の因縁があるからな。ザ・ワイルドの真の能力で一気にトドメを刺してくれるッ!』

 DEOが大きく手を広げた。

 『ザ・ワイルド! 意識よ止まれッ』

 おれは体を動かせなくなっちまいやがった。

 そしてその中を、ザ・ワイルドを持つDEOだけがゆっくりと歩き、俺に近づいてくる。

――どうしたの、田中君っ!

『フフフ、どうだ妄太郎、我が野生の時は? 本能を衰退させ、意識に毒された人間であるきさまには動くこともできないだろう? この意識なき世界で動けるのはザ・ワイルドを持つこのDEOだけ。おっと、意識が止まっているきさまには聞こえないかな……フハハハハハハハッ、積年の因縁を断ち切る瞬間を前にして、ハイになっているようだな!』

 DEOが交通標識を引き抜き振りかぶりやがった。

『首を斬り落として完全なるトドメを刺してくれる! さらばだッ、我が栄光の道にまぎれ込んだ虫ケラの血脈よッ!』

 DEOが標識を振り抜く。

――きゃあああああああっ!

『なにイィィィ!』

 DEOの顔が驚愕に歪んだ。おれは野生の時の中で動き出し、ゴーストで標識を弾き飛ばした。

「ムラッ!」

 そしての頭を思いきり打ち抜いてやった。

『うぐッ……』

――やった、いいぞ田中君っ!

 DEOの体が吹っ飛んでいきやがった。

『な、なんということだ……。まさか、妄太郎が我が野生の時に進出してくるとは……』

 DEOが瓦礫の中からフラフラと立ち上がる。だが、陥没した頭のダメージが大きいみたいだ、すぐに脚がもつれて倒れやがった。

『く……何なのだこのダメージは……き、気分が悪い……』

 このチャンスを逃す手はねえ。おれは完全にブチのめすためにDEOに向かって歩きだした。

 DEOが苦渋を浮かべる。

『ま、まずい、ザ・ワイルドッ!』

 再び意識が止まりだす。おれの体もまた止まってしまった。DEOがよろよろと体を起こす。

『まさか……このDEO以外に止まった意識の世界で動ける者がいようとは…………。だが、あの様子ではそう長くは動けないようだな……』 

 DEOがおぼつかない動きで瓦礫を掘り起こし始めた。

『そこでこのDEOは考える。このあとどうすべきか? この傷を治すには栄養がいる。そしてわたしにとって最上の栄養とは、この奪い取ったゴーストの家系の血、つまりさっきわたしが倒した妄太郎の祖父の血……』

(いいぞ、その調子だ……)

 順調にストーリーを沿っていってるぜ。このあと、奴がおれの祖父の血を吸い取る姿を見て、おれにプッツン補正がかかり、奴の体を打ち砕くことができるようになるというわけだ。

(しかし、奴はいったい何を探して……)

『そしてこのDEOはさらに考える……』

(……?)

『奴の祖父の生き血を吸い取ったら奴がどう思うかと……』 

「なにッ?」

『スカした態度を装ってはいるが、その実家族思いな男のことだ、激しく怒ることだろう……。それはこのDEOの新たな障害になるかもしれん………………そこでッ!』

 DEOが高々と何かを掲げた。

『オレはこの栄養補助食品で我慢するぞッ!』

「なんだとッ!」

 DEOが栄養補助食品の包装を荒々しくむきボリボリと食べ出した。

『うまい……実に! うまいぞ! フハハハハハハハハハハハハハハッ!』

 DEOの頭が見る見る回復していく。

――そんな、せっかくダメージ与えたのに……。

『妄太郎、きさまは何秒この野生の世界で動けるのだ? 一秒か? 二秒か? いずれにしてもこのDEOより長くは動けぬのだろう』

 DEOが高笑いしながら近づいて来る。

『これからそっちに行き、おまえを討つ! その限られた時間で抵抗したければすればいい! だがおまえが動けなくなった時、妄太郎、きさまは確実に死ぬッ!』

 DEOが俺の目の前に立ちやがった。

『いくぞ妄太郎……』

 DEOが猛ラッシュを繰り出す。

『夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸夢裸――――ッ』

 仕方ねえ。おれも動きだしラッシュで応戦する。

「ムラムラムラムラムラムラムラムラムラムラ――――ッ」

 あまりに激しい打ち合いにおれとの体を中心に暴風が巻き起こる。

(ぐっ、う……動きが……)

 五秒でおれの動きが止まってしまった。DEOが待ってましたとばかりに目を見開く。

『ムハハハハッ、もう時間切れか! ならば終わりだッ!』

「ぐはっ…………」

――いやああああああああっ!

 DEOの拳がおれの胸を貫いた。

『やったッ』

 DEOがおれの体を乱暴に投げ捨てる。

――やだっ! 田中くんっ、田中くーーーーーんっ…………。

「あ、相川…………………………ッ」

――っ!?

 おれは意識を失った。

『はは、やった……終わったぞッ! これで何者もこのDEOに逆らう者はいなくなったのだ!』

「それはどうかな」

『なにッ!?』DEOが驚愕し、後ろを振り返る。『誰だ……きさまは……?』

 DEOが変わり果てたぼくの姿を見て漏らした。体格は少し小さくなったが、DEOと同じようなブロンドのクセっ毛と気高き黄金の雰囲気は、DEOすらも圧倒しおののかせる。

「意識が完全になくなる前に、ぼくは相川さんにキャラ変更をお願いしていたんだ。そして……」

 ぼくは光り輝くさわやかな顔で、得体の知れない恐怖におののくDEOを見据える。

「このボン・ボンジョルノには夢がある。おまえを倒し、相川さんのお兄さんを助け出すという夢が!」

――田中くんっ……。

『ゆ、ゆ、夢だとオオオッ! そんな取るに足らない、道端に吐き捨てられ浮浪者にさえ見向きされないようなガムのごときモノに、こ、このDEOの大いなる野望の邪魔をさせるかアアアアアアッ!』

 DEOが意識を止め、追い詰められた猛獣のように拳を繰り出した。

『どこの誰が出てこようと、このDEOの敵ではないィィィィッ!』

――きゃあっ!

 DEOの拳がぼくの体を貫いた。しかしその感触のなさに、DEOの表情が曇る。

「それは幻想だ。ぼくのゴースト、コールド(冷却)エクスペリメント(実験)エグイデス(残酷)の能力は〝結果〟に辿り着けなくすること。そしてッ」

 ぼくのゴーストがDEOを一発殴る。


 ナッッキョンルモオオオォオォオンッ!


――変な音出たっ!

『うぐッ……』

「これであんたはもう終わりだ」

 よろけたDEOが姿勢を立て直した。

『フ、フ、フハ……フハハハハッ! 何を言い出すかと思えば、こんなヤワなパンチを一発当てただけで、このDEOが終わっただと? たわけたことをッ、まだ妄太郎の方が……むッ、なんだ? 体が冷えるッ!?』

「それがコールド・エクスペリメントだ。体中の熱を奪い取る。さらにコールド・エクスペリメント・エグイデスは、殴った者を絶対零度に辿り着かせない。つまり、永久冷却するッ」


 ドーーーーーンッ!!


――また音出たっ!

『え、永久冷却だとッ!?』DEOの体が震え出す。『ならば股上げで体温を上げてやるッ!』

 DEOが猛烈な勢いで股上げを開始した。しかし、汗を掻いたそばから、その汗が凍っていく。

『ウオオオオオオオオオッ…………ぐッ……た、体温が上がらないッ! ヌオオオオッ!』

 DEOは股上げを続けた。しかし一向に体温が上がらないので、やがてDEOは、股上げをやめた。

「勝ちを確信した時、そいつは負ける。これがこの物語の黄金律だ」



 バアァァァァァァァァンッ!!     

        

                      ⇨続く





       * * *




「最後、モニターいっぱいに大きな文字が現れたんだけど……」

 現実の世界に戻ると、相川さんに尋ねられた。

「ふふ、擬音が特徴的だって言ったでしょ?」

「擬音って、殴ったりぶつかったりした時の音じゃないの?」

 相川さんが目をパチパチさせた。

「ああ……あの作品は、驚いた時やポーズを決めた時にも多くの擬音が使われるんだよ。愛読者の中には、そういうコマが頻出するシーンがくると、擬音祭りが始まったって言っておもしろがる人もいるよ」

「へえ、そういう楽しみ方もあるんだあ」

 相川さんが感心したようにあごに拳を当てる。

「ははは、そんなまじめに考えるようなことじゃないよ」

「え……? あっ」相川さんがあごに当てていた拳を思わず見つめる。「ははは…………お疲れ様」

 相川さんの照れる顔はいつもかわいい。まあ、どんな顔も常に素敵なんだけど、照れ顔は一際、ということで。

「ありがとう。いよいよ、あと1ステージだね。も、もしよければ、今すぐ続けようか? 一日だけど早い方がいいんじゃ……」

 相川さんはえっと少し驚いた顔をしたけど、すぐに元に戻った。

「ううん、一日ひとつのステージで順調に来ているし、このペースでいいよ。……というか、兄に会うのは早くても明日のつもりだったから、まだ心の準備ができてないんだ……」

 相川さんがまた照れ笑いを浮かべた。だけどさっきのとは違って、その笑顔の中には戸惑いもあるような気がした。

「そっか……それじゃあ、また明日だね」

(よく考えれば、僕にとっても、その方が相川さんと会える日が一日増えて都合がいいか)

「うん、本当にありがとう。明日もよろしくお願いします」

 相川さんが深々と頭を下げた。

「えっ、ちょっと! いいってそんなっ! 頭を上げて下さいっ」

 僕は頭が真っ白になるくらい慌てながらも、相川さんのお辞儀姿をしっかりと心のアルバムに保存した。

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