ステージ6 ザ・ジャパニーズ・ヒーロー
「へっ、タイムズスクエアがなんだって言うんだ!
知らないのか? 今世界で一番ホットなスポットは、日本の〝アキハバラ〟ってとこなんだぜ?」
『ブルー・カー・アソシエーション』 ピーター・ロス
DAY6 土曜日 午前八時
僕はいつものバス停にいた。今日は学校が休みだ。
つまり、相川さんは僕を迎えるためにわざわざ家を出るということだ。
(五日も通えば、さすがに家は覚えたんだけどな)
それでも相川さんは、〝迷惑でなければ〟という、僕が絶対に断れない印籠を突きつけて、迎えに来ると言った。なんて律儀な人だ。気が強い属性がいい風に働いている。
「おはよう、田中君」
「あ、お……おはよっ」
十時五分前、後ろから声をかけられ、ベンチに座っていた僕は、慌てて振り返り立ち上がった。相川さんが、僕なんかのために太陽のような笑顔をしてくれていた。
(うわあ、相川さんの私服だ……)
Tシャツに薄手のカーディガン。そして制服のスカートから一転してのタイトなジーンズ。脚の細さがよく強調されている。視線が自然と脚に吸い寄せられてしまう。
相川さんがかわいいキョトンを見せる。
「どうしたの?」
「え、あ……いや、相川さんの私服は初めてだったから……その、ちょっと見とれてた……あっ」
顔が急に熱くなった。あまりに見とれすぎて放心していた。そんなセリフ、普段なら言いたくても言えないのに……。
僕の言葉に、相川さんの瞳が大きくなった。僕は心臓がキュウッと絞め上げられるような緊張に襲われた。だが、すぐに相川さんが照れたような顔をしたので、その緊張がほんの少しだけ和らいだ。
「やだっ、変なこと言わないでよ!」
「あ、ご……ごめん、つい……」
僕は思わず目を伏せてしまった。
「もお」今まで生きてきた中で一番かわいい「もお」が聞こえた。「でも、ありがとう。一応、お礼言っとくよ」
「あ……」顔を上げると、相川さんはすでに体を横に向けていた。「ど、どういたしまして……」
「ぷっ、なんか変な会話。じゃあ、行こうか。いよいよあと二つ! 今日もよろしくね!」
「う、うん、もちろん!」
* * *
――後半は実写なのかな?
「どうだろうね、僕としては、マンガやアニメの方が自信あるけど……はは」
――田中君なら大丈夫だよ、昨日だって一発で分かったじゃん!
「昨日のは超有名だもん。し、知らない人の方が少ないんじゃないかな……?」
――……そ、そうなの?
相川さんの声のトーンが落ちる。僕は慌ててフォローした。
「嘘だよっ! いくらメディアが大人気っていってたって、実際に見る人は三割もいないよ!」
――ははは、気を遣ってくれてありがとう。おっ、ステージ変わったね。実写……ではないようだね……。
「あ、そうだね」
二次元だ。それもかなり古い。
――なんか、荒んでるね……。ゴーストタウンってやつかな。
窓が無く廃墟と化したビルが並び、そのいくつかは傾いてすらいる。確かにゴーストタウンだ。
「うん、なんだろう。ありがちっていえばありがちなような気もするけど……」
――そうなの?
「過去に何かがあって文明が滅びたっていう設定は多いよ」
――へえ、じゃあ敵が来るまで……ってちょうど来たみたい。馬に乗ってるね。
「おお露王……か……」
――ロオウ?
「八十年代に始まる、週刊少年誌ステップの黄金期を代表し、ステップでのその後のバトル物ブームの火付け役となった『北方の件』というマンガのボスキャラだよ」
――有名なの?
「うん、男ならほとんどが知ってるくらい有名だよ! ツボ打ち拳法という斬新な武術を使う寡黙な武人が主人公なんだけど、派手なアクションと、多くの名言や印象的な断末魔の数々は、当時の子供の物まねの対象になったし、今でも多くの作品でパロディにされているほどだよ。そして、登場人物も男気溢れる好漢が多いことで有名なんだけど、あの露王ってヤツはその中でも実力、人気ともにピカイチさ」
――確かにすごい強そう……田中君、大丈夫?
相川さんが心細そうな声で言った。無理もない。『北方の件』はただでさえ迫力ある画風なのに、作者の思い入れが強いのか、露王は一際迫力満点だ。なんせ敵と戦闘すると、コマによっては作者のさじかげんで異常なほど体が大きく描かれるのだ。体格的にそう変わらないのに、いつのまにか相手が小人になってしまっていたことも一度や二度ではない。まあ、その視覚効果は作品の質を高めたと僕は評価しているが。
「大丈夫、確かに強敵だけど、主人公も強いからさ! てっことで、主人公の憲次郎をお願いします!」
――了解! 頑張ってね!
僕の四肢が丸太へと変わる。僕の胸板が破裂しそうなくらいに膨らむ。顔が濃く、格好がヘビメタ調になる。
変身が完了した時、おれは北方を思い、思わず猛った。
「露王ある限り、北方は戻らぬ! ならばおれが奴を倒す!」
おれはへ歩を進めた。
露王が悠然と馬から降りた。
『憲次郎っ、どうしてもこの露王とやるつもりか!』
「知れたこと。きさまがロシア中央の方針に逆らい、不当な統治を続ける限り、この国の首相は北方領土領有権の話し合いの席につくことすらままならないのだ。狂える統治者には死あるのみっ!」
――北方の件って、北方領土のことだったの!?
「そうだ、この男はあの出来事以来、荒廃してしまった北方領土の実効支配を続けている狂人だ」
『ほお、この露王が狂っているというか。おもしろいっ! ならばうぬを殺して誰も逆らうことのできない真の統治者となるまでよっ!』
走り出した二人の距離が縮まる。
――でかっ!
百九十センチ、アメフトプレイヤーも怖じ気づく体格を誇るおれの、さらに倍はあろうかというの巨大なパンチがおれに迫る。なるほど、確かにでかい。拳がこれほどでかいのなら、今奴の身長はどれほどなんだ?
(だが、カットが変われば、おれの攻撃が奴の顔を捉えることも可能らなるはず)
おれはその時に備え、まずは防御を取った。
『ふうんぬっ!!』
「むほっ!」
おれは、自分の上半身よりはるかに大きい拳を受けてガードごと吹き飛ばされた。廃墟の壁を突き破り、体を派手に打ちつける。
――田中君!?
「心配するな」
おれはゆっくりと外に出て、ぼろ切れと化したジャケットを脱ぎ捨てた。
露王が目を見開き笑みを浮かべた。
『わが拳をまともに受けて立ち上がるとは! ふはははははっ、これだけの男をわが眼前に遣わせたことを神に感謝しよう! そして! おまえには褒美として、この露王を打つ機会をくれてやろう! さあ、来いっ!』
おれは露王の前に立ち、突きを繰り出した。
「しょわたあっ!!」
おれの拳が露王の胸に食い込んだ。だが、奴は険しい顔をしただけで倒れない。
『心地よい、心地よいぞっ! では次はこちらの番だ! ふうんっ!! 』
露王の拳がおれの胸をえぐり、血が吹き出た。先ほどの比ではない、とてつもない衝撃だ。
だがおれは倒れなかった。北方キャラの耐久力はノリ次第でどうとでもなるのだ。
「ちょいわあっ!!」
再び露王の無防備な胸をおれの拳が打ち抜く。だが、やはりおれ同様にハイになっている露王は倒れず、目をむき出しにして笑う。
おれ達はその後も、殴られれば殴り、殴れば殴られるという、技術などない、血だらけになった男同士の魂の打ち合いを演じた。
――なんて闘いなの……二人の熱気が伝わってくるよう……。
しかし、闘いとは、始まった時にはもう終わりへと向かうもの。露王の目つきの変化が、おれにそれを悟らせた。
『なかなか楽しかったがもはや飽きた! これで終わりにさせてもらうぞオオオオオ!』
露王が両手を組んでおれの頭に打ち下ろした。
「むぐうんっ」
あまりの衝撃におれは思わず地面に手を突いてしまった。
――田中君っ!?
『まだだっ、ぬりゃああああっ!!』
露王が近くの岩盤をくりぬいた。
――えっ!?
そしてそのまま直径二十メートルはあろうかという岩石をおれの頭上に掲げた。
――なんでそんなの持てるのっ!?
『こいつでトドメだ! 先にあの世に行っておれいっ』
――逃げてえ、田中君っ!
「おれに後退はないぃぃぃぃっ!」
おれは拳を突き上げ、岩石を真っ二つに砕いた。
『なにっ!?』
――すごっ! てか、なんか体が光ってる!?
後光演出が入ったということは終わりが近いということ。おれは露王のツボを突いた。
「ほわっとおおおっ!!」
『ぐぬっ………………な、なんだ? まったくダメージがないぞ! ふはははっ、もはやまともに突きを繰り出す力も残っとらんというのか!』
「おまえはすでに、動けない……」
『なに? むっ……馬鹿な! か、体が動かん……っ』
露王の顔が恐怖に歪む。
「法螺働出素開というツボを突いた。もはやおまえは内蔵以外動くことはままならない。よって、次に繰り出すわが奥義をまともに受けるのだ」
『な、な……なんだと……』
「これが本当の決着だっ! ふおおおおおおお――!」
――すごいっ、パンチがいっぱい見える! これ必殺技!?
「北方笑拳絶奥義! !!」
――ここまでしてくすぐりっ!?
ツボ押しで鍛えられたおれの指が、高速で露王の全身をなで回す。
「コォォォォチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ…………………………コチョオワッ!」
――掛け声もかっこ悪いし……。
『む……む……むほっ……むほっむほっぬふっ、むふむふむふむふ………………むほぶっ!!』
露王が口から大量の血を吐いた。
――くすぐりで!?
『……強くなったな、……』
もはや倒れることもままならない露王が静かに言った。しかし、その顔はどこか穏やかでもあった。
「兄さん……」
――兄弟だったのっ!? え、だってってロシアの……。
「元々は同じ北方ツボ押し組合の組合員だったのが、あの出来事のどさくさにまぎれて北方領土に渡り、ツボ押し店を営むかたわら、ロシアに帰化し、力でロシア政府から北方領土の領有権を奪い取ったのだ」
――後半、ツボ押し店の先生がやることじゃないよっ! しかもあんな先生じゃ、怖くて絶対施術受けたくならないって!
『おれはもうダメだ……いや、いいのだこれで……だがなっ!』
露王が天高くバンザイする。
『わが選択に一片の迷いなし!!』
――少しは迷ええええ――――――っ!
露王とミスズの雄叫びが天を貫く。おれは静かにその場を離れた。
すると、そこへ新たな人物が現れた。
『憲次郎……』
「百合杏……」
――だ、誰……?
「この国を治める者だ」
――あ、首相って女の人だったんだ。
『これで、わたしはロシアの大統領と話し合いができます。どのような結果になるかは分かりませんが、日本、ロシア、そして北方領土に住む人々にとって大きな前進となることでしょう』
「そうなることを願っている……」
『憲次郎、あなたは第一の功労者です。あなたもぜひ会談に参加して下さい』
「悪いがそれはできない。おれには片付けなければならないことがまだある」
『片付けなければならないこととは?』
「南方の件だ」
『ああ……』
――そっちもかっ!




