ステージ5 ド派手なことは俺達に任せろ!③
――お疲れ様!
「ありがとう! どうだった、ワイヤーマンは?」
相川さんの明るい声を聞いて、僕は微かな期待を抱いた。ツッコミも少なかったし。
――ハリウッド映画っぽくて面白かったよ。アクションもすごくて見入っちゃった!
(やった! 好感触!)
「ああ! うん、アクションはホントにすごいよっ! 十年以上前の作品だけど、あのVFXとアクションは今見ても充分第一線で通用するよ!」
――そういえば、VFXってなんなの?
「え? ああ、映画の映像技術の総称だよ。CGとかも含めて」
――へえ、なるほどぉ。おっ、ステージ変わりましたね!
フィールドが変化すると、今度は建物の中にいた。先進的なIT企業のオフィスといった感じだ。部屋の雰囲気からすると、今回も現代物っぽい。
――どこか分かる?
「いや、見たことあるような気はするんだけど、こういう部屋って多いからね。誰か人がいれば……」
僕はゆっくりと室内を歩き始めた。そしてあるデスクの前を通りかかった時、ふいに電話が鳴った。
トゥトゥ……トゥ・トゥ・トゥ……
「うわっ、これかっ!」
――分かったの!?
「うん、これは『365』っていうアメリカのテロ対策組織を扱ったドラマで、十年くらい前に、日本を席巻した海外ドラマブームの火付け役になった作品だよ」
――すごい! 電話の音だけで分かっちゃうなんて、早押しクイズの達人みたい!
「いや、幼稚園の頃、父さんのケータイの着信音がこれだったんだよ。同じ頃、テレビのCMでもいっぱい流れてたし」
――へえ、そんなに人気あったんだ。おもしろいの? 割とありがちな設定に思えるけど。
「テロ撃退物っていう設定だけ聞くとそうかもしれないけど、この作品はね、とっっっにかく画期的だったんだよ!」
――どんな風に?
「すごいよ! なんと、全365話!」
――えっ!?
「それをね、一月一日から一日ずつ毎日放送して、しかも作中の日付とリアルタイムでリンクさせてるの! この斬新な手法が大ヒットして、アメリカで毎日視聴率一位を取ったんだよ!」
――す、すごいけど……それって、一回の放送時間はどれくらいなの?
「二十四時間だよ!」
――えっ!? じゃ……じゃあ、二十四時間を一年中放送し続けたの……?
「そうだよ!」
――そんなの全部見切れないでしょ!?
「うん。だから、アメリカでも日本でも、当時けっこう深刻な社会問題になったらしいよ。学校や会社をサボる人が続出するわ、寝不足で倒れて病院に担ぎ込まれる人が続出するわでね、ははは」
――笑い事じゃないよっ! 危ないじゃん! 田中君も見たの? 毎日六時間ずつ見ても丸四年かかるんだよ?
「ああ……まあ、さすがに全部は見なかったよ。でも実際に事件が起こるのは、七月一日から二日にかけての二十四時間だからね。どうしても全部を見ることができない人は、そこだけを見るんだ」
――他の日いらないじゃんっ!
「ははは、そしたら話題にならないじゃん」
――話題の作り方間違ってるよっ!
「そっか、確かに言われてみれば……DVDの全巻セットも二百万近くいくしね」
――高っ!
「だからイヤー・エイトで終わったのか。DVDが売れなすぎて赤字になってるんじゃないかっていう噂があったみたいだし」
――一年で気づこうよ、制作者っ! いや、作る前に気づくべきだよ!
「始まる前からすごいツッコミだね、相川さん」
――ええ? だって制作者があまりにひどいから…………息上がっちゃったよ、もお。それで、キャラクターは……?
「あ、うん。えっと主人公でテロ対策ユニットCPU主任のマック・バーガーをお願いします!」
――了解……マックバーガーね……。
僕の体は変化を始めた。世界一ハードな任務をこなすタフガイへと……。
「番組は、常に放送されている」
変身が完了すると、俺は思わず決めゼリフ発した。
――え……。今のは?
「毎日零時になると入るナレーションだ……すまんっ、どうしても言いたくなったあっ」
――あ、う……うん、別に構わないけど……。それにしても渋い声ね……。
俺は受話器を取ったっ!
『マック、至急一番の尋問室に来て下さい』
「トニオかっ! なんだっ、どうしたんだっ!?」
『テロに関与していると思われる人物を連行しました。マックになら話してや……』
「分かった、すぐ行くっ! いいかっ、絶対に逃がすなっ!」
俺は受話器を叩きつけたっ!
――いちいち激しい人だなあ……。
「うおおおおおっ!」
俺はデスクに飛び乗り、上に載っかっていたあらゆる物を蹴散らしながら全力で尋問室に向かったっ!
――ちょっと何してんのっ!?
「タイムリミットが迫っているんだあ、迂回してる暇などないっ!」
――制作者だけじゃな、く主人公まで度が過ぎてるっ!
尋問室のドアが見えると、俺はすぐさま銃を取り出したっ!
――何でっ!?
パンパンパンッ!
――撃ったっ!
「ふぅんっ!」
鍵を破壊し、ドアを蹴破り中に突入した俺の目に、二人の人物の姿が入ったっ!
『ど、どうしたんですか、マック……!?』
「こいつかああ!? こいつなのか、トニオォッ!」
俺はトニオの胸ぐらを両手で掴んで尋ねたっ!
――味方に何してんのっ!
『そ、そうです……。今日、ロスのど……』
「うおおおおおっ!」
パンパンパンパンパンッ!
――犯人を撃ったっ!?
「しまったあ!」俺は慌てて参考人の心肺蘇生を試みたっ!「死ぬなあっ! 頼むっ! まだ死なないでくれえっ!」
――あんた頭おかしいんじゃないのっ!?
「なんてことだ……」
俺は目の間に転がる死体を見て呆然とした。テロに繋がる唯一の線が、たった今消えてしまったのだ。
『マック、諦めるのはまだ早いですよ』
トニオがスーツを直しながら口を開いたっ。
俺は再びトニオに迫った。
「なにっ!? それは本当か、トニオッ!?」
『ええ、今ヤツの携帯の履……』
「でかしたぞっ、トニオッ! ヘリを用意しろっ!」
――最後まで聞こうよっ!
俺はC4を壁にセットしたっ! 爆音とともに壁に穴が開いたっ!
――また始まったっ!
俺はエレベーターへの最短距離を行くため、機転を利かせて壁を爆破させる手段にでたのだっ!
――テロリストとどう違うのよ……。しかも、爆発するたびに身を隠して逆に時間かかってるし……。
エレベーターが完全に停止する前に降りることができた俺は、屋上へのドアを蹴破り、止まっていたヘリにダッシュして向かったっ!
ヘリに接近した俺は銃を抜いたっ!
――ここでもっ!?
「降りろおおおっ! いいから早く降りるんだあああっ!」
――なんであなたは普通に行動できないのよっ!?
俺は恐怖におののくパイロットを引きずり出し操縦席に乗り込むと、すぐにヘリを発進させたっ! そしてすぐさま通信を入れるっ!
「トニオッ! 俺はどこに行けばいいっ!」
――バカっ!
『アリーナに向かって下さい。通信相手……』
「了解したあっ!」
――だから最後まで聞けっつうのっ!
数秒でアリーナが見えてきたっ!
――近っ!
俺はパラシュートを装着し飛び降りた!
――えっ!? ヘリは!?
無人のヘリが街に墜落し激しく爆発するっ!
――あんたがテロ起こしてんじゃんっ!
「分かってくれえっ! 巨悪を止めるためには、多少の犠牲は目をつむるしかないんだあああっ!」
――分かるかっ! 多少じゃないしっ、あなた自分が何を言ってるか分かってんのっ!?
「ミスズッ! おまえにはまだ分からないだろうが……」
――分かる人間なんているかっ!
そうこうしている間にも、俺はアリーナへ降り立ったっ!
「どこだああああっ! いったいここで何が行われるというんだあああああああっ! ……くそっ、情報が少なすぎるっ!」
――目の前にあったのを、あなたがわざと見過ごしたんだよ。
埒があかなくなった俺はトニオに電話したっ!
「トニオッ! 誰もいないぞっ!」
『……騙されたなマック。そのテロリストとは俺のことだ』
――……この人はまともだと思ってたのに……。
「なにっ!? どういうことだっ!? 答えろトニオッ、答えるんだあああああっ!」
『俺はずっと……』
「なんてことだああああああああああああっ!」
俺は携帯電話を思いきり地面に叩きつけたっ!
――とことん聞かないのね。ここまでくるとむしろすがすがしいわ……。
パンッ!
――あ、撃たれたっ。
「だ、誰だっ!?」
俺は撃たれた左肩を抑えながら辺りを見回した。すると、物陰から息を切らせたトニオが現れたっ!
『俺だ、マック。あんたとサシで話したくて走ってきたんだ……』
「うう、それ以上近づくなあああっ!」
俺は右手で銃を構えたっ!
『マック、あんたに俺が撃てるのか?』
トニオがゆっくりと近づいてくる……。
「や、やめろっ、俺に撃たせないでくれっ……」
俺は思わず後ずさってしまったあ。
『なら俺のはな……』
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
パンパンパンパンパンパンッカチカチカチカチカチカチ……。
――だよね、やっぱり。
「トニオーーーーーーーーーーーッ!」
信頼してきた仲間に裏切られたこと、そしてその彼を撃たなければならなかった運命に苛まれ、俺は絶叫したあっ。
「いったい何がトニオにここまでのことをさせたんだああああああああああああああああああああああああああっ」
――…………これで終わったら、この主人公、人二人殺して、自分の職場と街を破壊しただけじゃ…………うわっ、終わったっ!
* * *
「あの……最後の物語って結局どういう物だったの?」
カプセルから出ると、相川さんがものすごく難しい顔をしていた。
「主人公の過激さと、先の全く読めない展開がウリなんだ。放送前に犯人の情報が漏れないように、何通りものエンディングを撮影したりもしてるんだよ」
「……そう、確かに終始あの調子なら、先を読むのは難しいだろうね……」
相川さんがふうっと息をついた。
「かなりお疲れのようだね……」
「ツッコミどころ満載なんだもん」
ようやく相川さんが微笑んだ。僕の肩の力が抜けた。
「ツッコミどころを放っておけないなんて、相川さん、お笑いの才能あるんじゃない?」
「えっ……」相川さんの頬が微かに赤みを帯びた。「もおっ、そんな才能ないよっ!」
「ははは、ごめん。でもおかげで楽しかったよ」
相川さんが恥ずかしそうに僕の目をチラチラと見た。
「……それは良かった。今日もありがとね。お疲れ様」
「いいえ、どういたしまして!」
僕は最高の笑顔で応えた。




