ステージ5 ド派手なことは俺達に任せろ!②
真っ白の空間に変わり、周りが静寂に包まれると、僕の耳が相川さんのすすり泣く声を捉えた。
「ど、どうしたのっ!?」
まさか、二人を取り巻く哀切の運命に涙したのか?
――息子があまりに父の思いを理解しないのが悲しくて……。
「うっ……」
――あ……ごめん、お疲れ様。
(何を犠牲にしても父親を守ろうとするのはダメなのだろうか……?)
僕が疑心に体を硬直させているとフィールドが変化しだした。
――今度は現実そのものだね。人も普通にいるし。場所はどこだろ……アメリカかな?
すっかり明るくなっていた相川さんの言葉に、僕はホッと肩をなで下ろした。もう気持ちは切り替わったみたいだ。前の作品を引きずらないのは、案外マンガやアニメ向きかも。
僕はフィールドを見回した。高いビルに挟まれた細く真っ直ぐな通り、そこを行き交う様々な人種は、まさしく映画でおなじみの風景だった。
「やっぱりハリウッドなのかな。大都会って感じだね? ニューヨークとか……」
――隕石でも落ちてくるのかな? 昔の有名なやつあったよね? なんて言ったっけ…………あっ! 田中君っ、あの建物!
「え…………あっ!」
見ると、少し離れた所で、多くの人が上を見上げていた。そしてその先、高いビルの中くらい、窓枠にしがみつき今にも落ちそうな女性がいた。
――どういうこと? あの人を助けるの?
「え……ま、まあ、まさか無視するわけにもいかないでしょう。人の命を助けるのも立派なヒーローだし……」
――そっか、そうだよね! じゃあキャラクターは?
「……うーん、でも、落ちそうな人を助ける物語ってなんだろ……。いっぱいあるんじゃないかな……?」
――じゃあ敵が出てくるまで待ってみる? でも……今モニターがその人のアップになってるんだけど、すごい辛そう。今にも落ちちゃいそうだよ……。
「うーん…………分かった、じゃあ、ピーカー・パーターってキャラをお願い」
――はい!
僕は変身を待たずに、とりあえず建物に向かって駆け出した。間違っていたらどうなるのかという不安とは裏腹に、僕の体が、きっちり七三分けにした、目のくりっとした冴えない白人男子学生に変身していく。
変身を終えた僕は、走りながら着ていた服を脱ぎ始めた。下に着ていたインターセプター着用の軍使用迷彩服が姿を現す。
――軍人?
「いや、冴えない男子大学生さ」僕はポーチからワイヤーを、左右それぞれ取り出した。「ただ、ハンター陸軍航空基地に社会科見学に行った時、不慮の事故で死んでしまったレンジャー隊員の霊に取り憑かれたことから、ワイヤーの名手となった数奇な運命を持つ男さ」
――ワイヤー……?
僕は右手に持つワイヤーを前方のビルに高々と投げ上げた。先端についていたフックがビルのでっぱりに引っかかったの感じ取ると、僕はワイヤー巻き取りスイッチを押した。僕の体が高々と舞い上がった。
――すごいっ、飛んだ!
「実写化不可能と言われていたけど、VFXの進歩により四十年の時を経て二〇〇二年に実写化されたニューヨークのヒーロー、その名も『ワイヤーマン』だ!」
僕は左手のワイヤーを反対側の建物に向かって投げた。と、同時にスイッチを押して最初に投げたワイヤーのフックを外す。レッドのフェイスマスクとボディアーマー、ブルーの迷彩服という僕の体がブランコのように空中を大きく揺れる。
「あと一回っ!」
ニューヨーク名物の大渋滞を下に見ながら、宙を行く波となった僕は、瞬く間に目的のビル間近に迫った。が、その時、
――きゃっ!
力尽きた女性の手が離れた。絶叫とともに女性の体が地上を目がけてどんどん加速していく。
――もうダメっ!
女性の体が地上三メートルまで落下する。野次馬が悲鳴を上げながら逃げる。そして、女性の体が地面に激突…………する前に大きな振り子が女性の体をすくい上げた。
――やったあ!
ミスズ・アイカワとニューヨーカーの猛烈な歓声が上がった。これで僕はニューヨークの名誉市民に一歩近づいたというわけだ。
「やあ、もう大丈……! ……きみだったのか、マリー・ジェーン……」
僕は自分に体を預けているドイツ系の美女の顔を見て思わず呟いた。まさかこの僕にハリウッド女優を抱ける日が来ようとは!
――ヒロイン?
「あ、う……うん、えっと……高校の時の同級生で、お互い惹かれているんだけど、夢や現実のギャップの中ですれ違いが多くてなかなかうまくいかないんだ。派手なアクションだけじゃなくて、主人公とヒロインのいろいろな心の葛藤もこの作品の魅力だよ」
(彼女がいるということは、ワイヤーマンで正解だったということか……)
「そうなると敵は……ハッ!」
黒い物体が猛スピードで突っ込んできた。僕はとっさにマリー・ジェーンをかばった。
「うっ……」
僕、M・J、黒い物体が一丸となって窓ガラスを突き破り、建物の中になだれ込んだ。
「大丈夫かい、M・J?」
『え……ええ、私は大丈夫』
「よし、それならすぐにここから離れるんだ」
『うん、あなたこそ、絶対に死なないでね』
M・Jが僕の顔に両手を添えて見つめる。彼女の粗い吐息を感じる。
「う、うん、ありがとう……ほら、早く行って!」
(たまらないな、このシーン……)
M・Jが僕のもとを離れる。僕はその姿をずっと見続けていたい欲求を泣く泣く抑え、黒い物体に振り返った。
そこには、僕の予想通りの敵が立っていた。
「ゲノム……」
――これが敵なのね。すごく凶悪そう……。
M・Aが呟いた。全身を余すことなく覆う黒のボディスーツ。それが肉体に癒着して生物なのか無生物なのか見分けがつかないようになっている。顔のヘルメットは今や野獣の顔と化し、不気味につり上がった目と、無数の牙を持つ大きく裂けた口が現れている。
「こいつは、先進歩兵システム開発の一環として始まった、兵士の遺伝子操作実験中に生まれてしまったバーサーカーなんだ。僕に取り憑いた霊と、レンジャー隊員の座を争って敗れたことから、僕に激しい憎悪を抱いているんだよ」
――へえ、複雑な人間関係ね……って、両方とももう人間じゃないのかな……?
「そうだね、でも僕の方は別にしても、あいつは危険だから倒さなければいけない」
僕が睨みつけると、ゲノムがこれぞ悪者というような声を発した。
『おまえに受けた屈辱は絶対に許さない……』
――屈辱って……隊員の座を巡って負けちゃったこと?
「隊員選抜試験の時にした不正を僕が告発したのさ」
――ただの逆恨みだったよ!
「そう、自分のことは棚に上げて、神に僕を殺して祈ったくらいだからね。根っからの悪者だよ」
――ひどっ! 田中君っ、そんなヤツには絶対に負けないで!
「もちろんさっ」
『おまえに屈辱を与えてやる!』
「なに!?」
ゲノムが大きく跳び上がり、僕の頭を越えてはるか後方に着地した。慌てて振り向くと、そこにはまだM・Jの後ろ姿があった。
「たくっ、逃げる時間はたっぷりあったろうにっ」
僕は右手のワイヤーをゲノムに向かって投げた。そしてワイヤーがゲノムの腕にからみついたのを確認してから思いきり引っ張った。
ゲノムの体が勢いよく僕の方へ飛んでくる。
「うりゃっ!」
僕は大きく振りかぶってゲノムの顔面にパンチをお見舞いした。
だが、ゲノムはそれを両手でガードする。
『シュアーッ!』
「ぐわっ……」
ゲノムの横殴りの張り手が顔にヒットし、僕は吹き飛ばされた。
僕はワイヤーを柱に投げ、素早く巻き戻した。激突寸前に完璧に勢いが死に、僕は壁に着地することができた。
しかし、眼前ゲノムが迫っていた。
『ウギャアアアアッ!』
ゲノムのメチャクチャに振り回された腕が僕を襲う。右、左、右とどうにかかわしたが、腹にキツい蹴りを受けまた吹っ飛ばされてしまった。
「くぉんのっ!」
僕はワイヤーをゲノム頭上の柱に引っかけ巻き戻した。ブランコ蹴りをくらわせてやるっ!
『グアッ……』
ゲノムはとっさにガードしたが、僕はそのガードごとヤツを吹っ飛ばした。
僕はそのまま次のワイヤーを前方の柱に引っかけ、ゲノムが壁に激突する前に追いつき、両足で思いきり踏みつけた。
ゲノムが積んであった鉄パイプに突っ込み埋もれた。
「チャンスだっ!」
僕はすぐさま腰からレンジャー部隊御用達の高性能爆弾を取り出し、鉄パイプの隙間に突っ込んだ。
ほどなくして大爆発が起こり、ゲノムの体が消滅した。が、
「おっと……」
威力が強すぎたのか、建物の一画まで派手に吹き飛び、僕の体がダイブ・トゥ・ブルーしてしまった。
――田中君っ!
大小様々な破片と一緒に、M・Aの金切り声が空を彩った。僕は思わず微笑んでしまった。
「心配いらないよ。僕を誰だと思っているんだい? 空は僕にとってゆりかごのようなものなんだ」
――違うよっ、下っ! ヒロインがっ!
「え……?」
僕は空から大地に視線を移した。なんてことだ、アメリカンヒロインはエンドロール直前までとことんピンチに愛される運命なんだな。でも!
「生きてエンドロールを迎えるのも、またヒロインの宿命! 死なせはしない!」
僕はすぐ下の大きなコンクリート片にワイヤーを引っかけ、思いきり引っ張った。コンクリート片の落下速度が少し落ちる代わりに、僕の体の落下速度が急激に速くなる。
そうして僕は、次々とコンクリート片や鉄骨をうまく飛び移りながらM・Aに接近し、ワイヤーを使って彼女の体を引き上げた。
「早く離れろって言ったのに、僕に気づかれなかったら、キミはぺしゃんこになってたぞ?」
『ふふ、あなたは私を助けるのが得意でしょ?』
M・Aがハリウッド微笑を浮かべた。僕はとてもキスしたくなったが、本当のヒロインのことが頭をよぎったおかげで我慢することができた。
「まったく、キミはヒロインの鏡だよ」
僕はワイヤーをビルに引っかけた。落下していた僕達の体が地面すれすれで反転し、再び大空へと放り出された。
「まあ、これくらいなら許されるだろう」
僕はM・Aとの空中散歩を少しだけ楽しんだ。




