ステージ4 長く続くのには理由がある!③
「それは、シリーズを通して登場するの長谷川のおやっさんだよ。ねずみ捕縛に人生をかける役人だよ」
デフォルトの白い空間に変わると、相川さんに食い気味に尋ねられた。モニターにはあの有名なシーンも流れたようだ。
――ふーん、唐突に登場して変なこと言うからビックリしちゃったよ。というか、田中君、なんで下着盗んだの?
「え、あ、ああ……あれは、勝手に……」
――……そう。ところで、このステージの傾向見えた?
(あ……話題が変わった……大丈夫……かな?)
「ど、どうだろう……長寿物かな。フライパンマンも四十年以上の歴史あるし。あとは、もしかしたら次は青年向けの物がくるかもね。幼児物、少年物ときているから」
――なるほどぉ。
相川さんの唸り声とともに、フィールドは変化を終えた。
予想通り。見事な劇画タッチだ。ただ、時代物ではなさそうだ。どこだろう、どこかきれいな都市だ。
――ねえ、あれってホワイトハウスじゃない?
「え?」
闇夜の中、振り返ると確かにホワイトハウスがあった。ここはワシントンなんだ。でも、劇画でワシントンが舞台になる物っていったい……。
その時、通用口に一人の男が現れた。
(なんと!)
僕は目を見張った。あの、読者を選びそうなクセのある独特の作画……ここはあの世界だったか……。
僕は静かにその名を口にした。
「『権藤三十三』だ」
――権藤?
「六十年代末から連載が続いている、世界を股にかけた超凄腕の暗殺者を主人公としたマンガだよ……」
――暗殺者って悪者じゃんっ。
「そうなんだけど、標的が、主に陰謀を目論む人間だし、それに主人公の、あらゆるイデオロギーに荷担せず、また、強烈なまでに己に厳しく淡々と事にあたる姿勢は、善悪を超越した存在として、一部では絶大な人気を誇っているんだ。それに現実の社会や政治の問題をモチーフにしてて、そのリアリティの高さから、政治家が国際情勢の勉強のために読んでいるっていう噂もあるくらいなんだ」
――マンガなのに!?
「日本のマンガって、質の高い物はとことん質が高いんだよ。医療物とか弁護士物とか、専門の人が監修することも多いし」
――へえ、わたしの視野ってすごく狭かったんだなあ。全然知らなかったよ。あっ、じゃあ今回もよろしくね! キャラクターは?
「あ、うんっ、主人公の権藤三十三をお願いします!」
体がでかくなり筋肉が膨れ上がった。目つきが鋭く、眉が尋常でないくらい太くなり、二本のほうれい線がくっきりと入ったのを感じた。
俺は、人智を超えた頭脳と肉体を有した武術の達人となったのだ。なぜだか左脚が痺れていたが、すぐに消えた。
『お待ちしていました。どうぞ、こちらへ』
「……」
俺が男のもとに近づくと、男が口を開いた。俺は男の後に続いてホワイトハウスの敷地に足を踏み入れた。建物に入り、ひっそりとした通路を会話もなく進んでいく。
――あれ? もしかしてトランペット大統領っ!?
執務室に通されると、アイカワは大統領の姿を見て声を上げた。
「……」
俺は床に仰向けに寝そべった。
――どうしたのっ!?
『さ、さすが権藤三十三……。背中を他人に見せるほど自信家ではないというのか。致命的なほど身動きが取りづらくなるというリスクを負ってでも、背面からの襲撃の可能性を廃するとは…………これこそ真のプロフェッショナル……』
――いやっ、おかしいでしょっ! それに説明がわざとらしい!
「……」
『う……用件を聞こうというのだな……』
――え? そんなこと言った?
『じ、実は……今年初め、我が軍は、密かに宙対地兵器搭載の軍事衛星を打ち上げたのだが、それが、二週間前から暴走状態に陥ってしまったのだ。これが地上を攻撃するなんてことになったら、我が国は途方もない賠償問題を抱えることになってしまう。そうなる前に、君に衛星の暴走を止めて欲しいのだ!』
――そんなの暗殺者の仕事じゃないでしょっ!
「……」
『なに? おそらくだが、宇宙に上がる手筈はあるのかと尋ねたいのだな……』
――また察したっ!
『も、もちろんだとも!』
――一人二役っ!
トランペットが資料を手渡す。
――資料を見ている姿……ものすごい隙だらけなんだけど……。
アイカワの戯れ言には構わず、トランペットが続ける。
『裏に一人乗り仕様のスペースシャトルを一機用意した……』
――裏っ!?
『君さえよければ、すぐ宇宙に行ってもらい、衛星の外壁に付いている緊急停止ボタンを押してもらう。ただし、体積が人間くらいある物が、衛星から百キロ圏内に入ると、衛星の自動防御システムが働き、攻撃されてしまう……』
「……」
『さすが、察しがいい。君の言う通り、防衛エリア外からの狙撃しか手はないのだ!』
――もう会話になっちゃったっ!
『そういうことで、どうか頼むっ! 我が国の未来のために引き受けると言ってくれっ』
トランペットが膝をつき、祈るように懇願する。
「分かった、引き受けよう……」
――あ、ここは喋るんだ……。
『おお、ありがとう権藤三十三! では早速こっちへ!』
俺は誰一人として背後を決して見せずにホワイトハウスの裏に出ると、宇宙服に身を包み、用意されていた小型スペースシャトルに乗り込んだ。
――ホワイトハウスの裏にスペースシャトルがあって、何で誰も何も言わないのよ……。それと準備なしにいきなり宇宙に上がるなんて、無謀にもほどがあるでしょ…………。
俺を乗せたスペースシャトルが発射した。壮絶なGが全身を襲ったが、人類最強のこの体にはまったく効かなかった。
「……」
燃料を切り離し、衛星軌道上に到達した俺は、すぐに目標を発見した。ハッチを開け、ゆっくりと宇宙空間に出る。そして俺は愛用の「えむ十六」を取り出した。
――弓って!
かつて三十三間堂内で修行した弓によって成した依頼の数は数千。成功率は百パーセント。
俺はえむ十六を構えた。が……、
「――っ!?」
弦が固まりピクリとも動かない。
(ミスファイア!?)
――そりゃ、そうなるよっ!
「…………」
俺は大気圏突入用のポッドに戻り、地球へと戻った。
――もう終わり?
大西洋に着水すると、俺は泳いで大陸に向かった。
――確かに超人だわ……。
オーシャンシティまで泳ぎ切った俺は、その足でワシントンに向かった。
『権藤三十三! どうしたのだ!? 君は依頼人とは二度と会わないんじゃないのか?』
大統領執務室に入ると、ブリーフ一丁の俺を見て、大統領が跳び上がった。
――完全な不審者だもん……。
「……」
『そうかっ、事情が変わって、報酬を返したいと思っているんだな!?』
――また始まったっ!
『き、君でも無理だというのか!?』
「……」
『……仕事は続ける。だがここから先は俺の問題だ。だがら金は受け取れない。と、おそらくこう言うのだな』
――ホントにそう言ってんのっ!?
『プロフェッショナルだ……』
――エスパーだ!
俺はホワイトハウスを出ると、ある男の元へ向かった。
『あんたかい、どうしたんだい、そんな格好で? 世界でも五本の指に入り、あんたがいつも無理難題ふっかける武器工のデイブに何か用かい?』
――自分で説明してくれたよ……この人もあのパターンっぽいな……。
「衛星を破壊できる武器を作ってほしい」
――あ、今度は喋った。なんで大統領の時はまったく喋らなかったの?
『衛星っ!? そんなのどんな兵器でも無理だっ! NASAにでも頼むんだな!』
俺は札束を机に放り投げた。
「やるのか?」
『おまえさんにそこまで言われたら、断れないな……』
――あっさり受けたっ!
『二十四時間以内になんとかしよう。さ、そうとなったら仕事の邪魔だ、二十四時間後にまた来てくれっ』
俺は部屋を後にしてホテルへ向かった。
――……………………え? あ、ちょっと! 田中君!? ね、ねえっ、何す…………きゃあ! やだっ、ちょっと……いやっ! ねえホントっ……わああああああああっ!
俺は女と十五回戦を戦い、相手の足腰が立たなくなるほどに完膚なく打ちのめすと、再びデイブのもとを訪ねた。
『相変わらず時間通りだな。完成しているよ』
工房の奥には、屋根を突き抜ける巨大なミサイルが発射台にセットされていた。
『理論上は宇宙空間まで届くようにしたが、二発目は作れないぞ? なんせ大赤字だからな。二十三時間かけて全米の銀行から融資を取り付けるのは骨が折れたわい。明日は自己破産の手続きに行かないといけないからな。もう寝させてもらうぞ』
「デイブ……」
『ん?』
「サンキュー……」
デイブが満足そうに笑みを浮かべ、倒れた。
俺は記憶を逆算して、衛星の現在地と、ミサイルを当てるための角度を暗算した。
「有罪……」
俺はミサイルの発射ボタンを押した。轟音とともに、ミサイルがデイブの家を吹き飛ばしながら天高く打ち上がり、やがて遠くの空で大きな爆発をした。
俺は狙撃の完遂を確信した。
* * *
かつてないほどの修羅場だ。この先の人生を考えても、これほどまでの気まずさを味わうことはないだろう。
相川さんはステージをクリアしても、一言も声をかけてくれなかった。カプセルから出た今も、デスクに突っ伏したままピクリとも動かない。
(ああ……何であのシーンをやってしまったのか……)
今の状態だったら確実にそんなことをしないのに、権藤三十三になっていた時はまるでモンスターみたいだった。やる、やらないの選択肢すら浮かばなかった。
(僕は、実は相当危険な性格をしているんじゃないか? 自分を心底恐ろしく感じる……)
相川さんの反応が怖くて、僕は固まったまままったく動くことができなかった。少しして、ようやく相川さんが体を起こした。
「……あのシーンは何なの?」
背中から相川さんが言葉を発した。感情が全然読み取れない。
「あ……あ、あのさく、さく作品は……多いんだよ……。主人公は……仕事の前に……その……ああいうことを……す、するんだ……」
「あんなに何回も?」
「う……。しゅ、主人公は、そ、そういう方面も……ものすごく強いって設定だから……」
「……」相川さんが椅子に座りながら体をこっちに向けた。でも、目は合わせてくれない。「ビックリしたよ……」
「ご、ごめんなさい……」
相川さんが静かに立ち上がる。
「ううん、わたしの方こそ、闘ってもらってる身なのに、気を遣わせてごめんなさい。お疲れ様、今日もありがとね」
相川さんがペコリと頭を下げる。なんというよそよそしさだ……。今相川さんの嫌悪を抑えているのは、自分の代わりにプレイしてもらっているというささいな後ろめたさだけなんだ。それがなければ、僕など虫けら以下の不潔な変態として、同じ空間にいるのすら我慢ならなくなってしまうに違いない。病的調子乗りの性格が引き起こしたバーチャルの快感と引き替えに、僕はとてつもない物を失ってしまったのだ。
この日も、相川さんは途中まで送ってくれた。不愉快でもこうして感謝の意を行動で示してくれる。親の教育がさぞかし行き届いているのだろう。
ただ、会話はない。深夜に廃病院を探索するより緊張する。これだったら、むしろ一人の方がマシなような気がするが、一人になったら、きっと下痢腹を抱えて電車に乗るよりも凄まじい後悔の念が僕を襲うのだろう。ド変態お調子者に、もはや安息の時はないのだ。
正気を失い、自我を崩壊させそうになりながらも、どうにかバス停まで辿り着いた。
「ありがとう。明日もよろしくね……」
目を合わせてくれるようにはなったけれど、僕らの間にできた深い溝は一ミリたりとも埋まっていない。
「うん……」
「じゃあ……」
相川さんが気まずそうに言って振り返る。僕は思わず声をかけた。
「あ……相川さんっ」
「え……」
「あの……今日は不快な思いをさせてごめんなさいっ! あ……明日からは、真面目に、急いでやるから、全部終わらせちゃいましょうっ! そ、そうすれまっ……明後日からは、ぼ……ぼ、ぼ……」とても悲しくなって涙が出てきた。「僕なんかともう顔を合わさなくてすむしっ!」
相川さんの目が少し大きくなった。そして、口をキッと結び、小さく呟いた。
「最悪だ……」
その通りです。でも分かっていても涙が止めどなく溢れる。中二にもなって情けない、なんて関係ない。とにかく悲しいのだ。
「助けてくれている人に、こんな思いをさせるなんて」
「ふぇ……?」
相川さんが僕の右手を両手で取った。
「不快になんて思ってないよ。本当にただ驚いて、恥ずかしくて、どうしていいか分からなくなっちゃっただけ。だから、これからどんなことが起こっても、わたしのことは気にしないで楽しんで。前にも話したけど、そうしてくれた方がわたしも嬉しいの」
「ほ、本当……ですか?」
「本当だよっ!」
「あ……ありが、と……う……」
「そ、そんな泣かないでよ……。ごめんね」
「ご、ごめん……」
嬉しすぎて、ホッとしすぎて涙が止まらない。でも、涙の性質が変わったことに気がついたのか、相川さんは小さく笑って手を放した。
「……いちいち衝撃を受けるわたしも悪いけど、ちゃんと気持ちは言ってるんだから、もう少し信用してほしいな……なんてね」
最後に照れくさそうニッと笑った相川さんは、死ぬほどかわいかった。泣きながら、興奮で鼻の穴が膨らんだり縮んだりする。僕は涙を拭く振りをして顔を隠した。
(卑屈になってビビってばかりいちゃダメなんだ。僕も信じる勇気を持たないと……)
「信じます……僕、相川さんのこと信じます……」
「うん、ありがとうっ」
ただおもしろおかしく話しているだけでは本当の絆は生まれないんだ。臆病の殻を抜け出して、相手と信用し合うことで、初めて本物の絆が生まれるんだ。相川さん、これからは、僕の心の中だけだけど、相川さんのことを、共にお兄さんを助け出すためのパートーナーだと思うことにさせてもらうよ。
「でも、なるべく僕も、相川さんが、目を、背けるようなことは、しないようにする。僕も、相川さんに、楽しく、見てもらいたいから」
「ありがとう、だけど田中君のおかげで、予想よりすんごく楽しませてもらってるよ!」
「それは……う、嬉しいな」
「うん……」そこで相川さんの表情が変わった。「…………ねえ、一つ聞いていい?」
相川さんがわずかにもじもじし始めた。
「あ……う、うん、なに……?」
「その…………あの、時って……感覚はどうなって……?」
「ふぇ……?」
僕は驚いて相川さんを見つめた。相川さんがリンゴになった。
「いやっ、え……えっと……な、ないとは思うんだけどっ、わ、わたしがあのステージをやることになったらさっ…………ど、どうなのかなって思って……」
リンゴが慌てて必死に手を動かす。言葉の理解に感情が追いついてきて、僕の、体中を正常に巡っていた血が一カ所に集まり出す。今、僕の目の前にいるリンゴの頭の中はそのことでいっぱいなのだ。
「もういいっ! ごめんっ、今のは忘れて! ホントに! じゃ、じゃあ、また明日! お疲れ様っ。わ、わたし、帰るね!」
リンゴが慌ただしく帰って行く。ムスコよ。今日は人生最大のおかずが手に入ったぞ。
(…………最低だ)
最高の興奮のあとに、最高の自己嫌悪をした僕は、右手に残る感触を左手で愛でながら、帰宅の途についた。




