ステージ4 長く続くのには理由がある!②
――今回が一番落ち着いて観ていられたよ。
相川さんの明るい声が聞こえた。声からだけでも楽しそうな顔が浮かんでくるようだ。
「幼児向けだからね。ストーリーもシンプルで描写もソフトだしね」
――次もこういうのだったら楽なのにね。
「そうだね、このステージは幼児物かもね」
――幼児向けのヒーロー物もいっぱいあるの?
「うーん、パッとは思いつかないけど……。戦隊物もそうだろうし、桃太郎や金太郎も含めるなら……」
(でも童話だからなあ……)
確かにヒーロー物だけど、そうなると神話なんかもよさそうに思えるし、神話なんかがきたら、正直お手上げだ。
僕が若干の不安を抱いている間に、ステージはすっかりと切り替わっていた。
日本の田舎みたいな所で、だいぶ古い作画だった。山間の大きな田んぼの中に、古い民家が点在している。遠くに見える物凄く大きな屋敷もそうだが、車なんかの近代的な物の姿がまったくないところから考えるに、江戸時代以前の時代物だろうか。すごい見たことある様な気がするけど思い出せない。
――田中君、どう?
「うーん、出かかってるんだけど、敵を見れば……」
――あ、右の茂みに誰かいるよ。
相川さんの言葉に従って、僕が右の方に顔を向けると、驚くほど近い位置に、黒子が潜んでいた。顔を布で隠していたけど、僕はその異常に細い体と、時代に似つかわしい頭のソフト帽で彼が誰だか分かった。
「事件大好だ……」
――……ジケンダイスキ?
「『盗人家業二代目』っていうマンガ・アニメに出てくる主人公の相棒だよ」
――盗人って……泥棒の?
「そう、といっても、初期のマンガ原作は、大人向けのハードボイルド風で、残酷なシーンやセクシャルなシーンも多かったんだけど、のちのアニメ版では、子供向けにそれらの描写を抑え、コメディー要素が強くなったんだ。それがヒットして、発表から四十年以上経つ現在も、毎年テレビ版の特別アニメが作られたり、別の漫画家によって新シリーズが作られたりするほどの人気を獲得したんだ。鼠小僧の二代目っていう設定なんだよ」
――へえ、じゃあ悪い人から盗んで貧しい人達に配るの?
「うーん、お気楽破天荒な性格だから、そういう目的で盗みをするわけじゃないけど……。でも、悪い人から盗んだり、かわいそうな女の人を助けたりって、悪者ってよりは、正義の味方みたいに描かれることが多いね」
――なるほど……それじゃあ主人公は?
「ねずみ二世をお願いします!」
――了解!
オレの体がヒョロヒョロになりやがった。これじゃあ、まるで赤い着物をまとった枝のようじゃあーりませんか、ウフフフフ。
オレの変身が完了すると、相棒が声をかけてきやがった。
『よお、ねずみ。おまえ、本当にあのお姫様を救い出すつもりなのか?』
「あのお姫様?」
どの作品か分からないオレに、事件が説明口調であらましを語ってくれたぜ。さっすが事件ちゃんだ、おっと、これはゲーム上の都合かしら?
『ああ? 問屋から盗んだ塩が偽塩だと分かり、その出所の、偽塩作りで私腹を肥やしているとかいう、狩尾太郎の屋敷までやって来たんだろ? んで その途中、怪しい奴に追われていた女を助けようとしたが、すんでのとこであの屋敷の連中に捕まって、連れて行かれちまった時、おまえが助け出すって言ったんじゃねえか』
「『貸し出したるの塩』か!」
――貸し出したる?
オレは、頭に疑問符を浮かべちゃってる美鈴ちゃんに解説を始めた。
「『ジムリ』って知っているかい?」
――えっ、あの……『オラが村のエゾジカ』とか『おのろけ姫』のでしょ?
「あーれまっ、よっく知ってるねえ! そうそう、そのジムリの長崎監督が手がけた作品で、映画の中でもダントツの人気を誇る物なのさ!」
――ええっ、長崎監督って、ジムリだけじゃなかったんだ!
「どんな偉大な監督にも、無名に近い時代があるっつーこった」
オレはニッと笑うと、事件に顔を向けた。
「さあってと、事件。行くぞっ」
『行くぞって、どこへ?』
事件ちゃんが間抜け面する。
「決まってんだろ? このオレに助けられるのを健気に待っているお姫様の所へだよ」
『ちっ、やっぱりそういう流れになるのかよ』
「そーゆーこと!」
オレは林の奥から、ある物をドーンと引っ張り出してきた。
――それなに?
「こいつは、様特製、空飛ぶ駕籠さ!」
――モロ飛行機じゃん!
美鈴ちゃんが、エンジン搭載のレシプロ機を見て声を上げちまった。時代を先取りしたオレの技術力に驚いたんだな、きっと。
オレと事件を乗せた駕籠が空高く舞い上がった。いいねえ、遠くに見えていた巨大な屋敷がぐんぐん近くなるぜ。
『おい、こいつはどうやって止まるんだ?』
事件が不安そうに尋ねてきた。俺はウインクし、
「屋敷に突っ込んで止まるんだよ」
『なに!? 乗ってるオレ達はどうするんだよ!?』
「歯を食いしばるんだよ!」
その言葉を合図に、駕籠が屋敷目がけて急降下っ!
『なにいいいいいいぃぃぃぃぃ――――――っ』
駕籠が、色めきだつ使用人達を散らしながら屋敷に突っ込み、大きな爆発を起こした。どっかあぁあぁあぁあぁあぁんっ!
――…………ご、豪快。
「いくぞ事件っ!」
『おうよっ』
オレ達は瓦礫と化した駕籠から無傷で抜け出し、地下の、囚われの身となったお姫様のもとへ走り出した。ちっ。だがすぐに、騒ぎを聞きつけた使用人達に取り囲まれちまいやがった。
「なんとまあ、お早いご対応で」
――どうするのっ?
「さあて、どうしよっかな」
オレはチラリと事件に目をやった。事件がやれやれといった調子で、ふうっと息をついた。
『なんだ、気づいてたのか』
「あったり前じゃない! このオレが、事件ちゃんの武器収拾癖を知らないはずないでしょ!」
『ちっ、突然出してビックリさせてやろうと思ったんだがな……』
わお、事件が背中からこりゃまた大っきな銃を取り出したこと。
『こいつは〝しょっとがん〟っていう南蛮で開発された銃なんだが……』
「知ってるよ、弾が拡散するんだろ?」
事件の目が布の後ろで見開かれる。くくく、無理もない。オレはストーリーを知っているんだぜ?
『……っ! けっ、ならさっさとお姫様を助けに行ってこい! ここは面倒見てやる!』
「さっすが事件ちゃん! もう好き好きっ!」
『わっ、やめろ馬鹿っ! さっさと行け!』
――なんか緊張感ないなあ。
「じゃあ頑張ってねえ!」
オレはピヨーーーンとジャンプし、一番手前の使用人の頭を踏みつけた。そして、よっ、ほっ、ぴょーん、と次々と使用人の頭を踏みつけ、あっさりとそこを脱出しちゃいましたとさ。そしてそのまま廊下を駆け抜け、立ちはだかる人間を、時にさらりと打ちのめし、時に逆さまに天井を走り、――身軽過ぎっ! 地下への階段を下ったのさ。
『……どちら様?』
重厚な扉をこじ開けると、中で正座していた一人の若い女性が静かに尋ねた。ヒロインの倉栗鼠だ。
「盗人です」
オレは丁寧に答えた。倉栗鼠はほんの少しだけ驚いた顔をして、
『盗人さん? 何しにいらしたの?』
「盗人は盗むのが仕事です」
『そう言っても、ここには何も盗む物はありませんし……』
「私の獲物は、悪い代官が広い屋敷の地下深くに隠したお宝です」
オレはの目を真っ直ぐ見ながら答えた。倉栗鼠の目が大きく見開かれる。
『わたしを?』
「どうかこの盗人めに盗まれてやって下さい」
「ぜひ……」
オレはを倉栗鼠小脇に抱え、地下室を飛び出した。まさか人生で初めて抱く女が、お姫様になるとは思ってもなかったぜ。まったく、これだから人生ってやつはおもしろい。
オレがのぬくもりを堪能していると、ふいにミスズちゃんが尋ねてきた。
――ねえ、敵は?
「ん? ボスキャラのことかい? それなら駕籠が突っ込んだ時に、下敷きになって死んじまったようだな」
――えっ!? そんな簡単に!?
「うぅーふふふふふふ、この作品においては、敵ボスの存在なんてそんなもんよ。ヒロインとのアバンチュールを引き立てるためのスパイスに過ぎないのさ」
と、カッコよくきめたとこで、オレは駕籠の墜落現場に戻った。
『ようやく戻ったか。早く乗れ! おやっさんが手下をわんさか連れて向かっているらしいぞ』
――飛行機直ってるっ!
「なあに、三分あればカップ麺だってできるさ」
――いや、理屈になってないしっ!
颯爽と駕籠に乗り込んだオレ達は、来た時と同じくらい慌ただしく飛び立った。ボス戦的には今まで一番楽だが、隣にいる可憐なお姫様のおかげで、ヒーロー的には一番気持ちがいい。ま、美鈴ちゃんには口が裂けても言えないけどな。
『行ってしまうの?』
田んぼに墜落した駕籠から這い出ると、倉栗鼠が何かを訴えるような眼差しをオレに向けて言った。
「そうだよ、もう少ししたら、こっわあいおじさんがやって来るからね」
『それならわたしも連れて行って! わたし……わたし……おじさんと一緒に行きたい!』
倉栗鼠が体をオレに預ける。だ、抱きしめたい……。
(しかし、ヒーロー物を愛する者として、原作を改変することなどあってはならないっ)
本物のとは別の理由で同じ葛藤を味わったオレは、数秒ののち、抱きしめようとしていた手で、彼女の体を静かに離した。
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。また落ちぶれた世界に戻りたいのかい? やっとお天道様の下に出られたんじゃないか、な? オレのように落ちぶれちゃあいけねえよ。なあに、困ったことがあったらすぐ呼んでくれ。十万億土の彼方からだって飛んできてやるからさ」
オレは彼女の返事を待たず、事件のまわしてきた自動走行駕籠に乗り込んだ。
『くそう、一足遅かったかあー。ねずみめ、まんまと盗みおって!』
――誰?
『いいえ、あのお方は何も盗みませんでしたわ。わたしを救い出してくれたのです』
『いやあ! 奴はとんでもない物を盗んでいきましたあー』
――いや、だから誰? ねえ、田中君、あれ、どこにいるの?
『……?』
『あなたのブラジャーです』
――いつの間にっ⁉︎ てか、この時代にブラジャーって、おかしいでしょ!
倉栗鼠は両手で自分の胸を抑えて、目を見開いた。
『はい……』
『ではー、失礼しますっ』




