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第93話:流星2

 漆黒の鎧を身にまとった大柄の騎士、たぶん騎士に見えるはずの姫君は、眠りに落ちたメイド的装いの少女を抱きかかえて、ダ・カール伯爵の執務室に侵入を果たした。

 部屋の中に身の丈3mに迫る巨大な鎧騎士がいるというのに伯爵は気がつく様子もなく、書面に目を通している。

 伯爵が目を通しているのは戦況を報せる書面で、5月2日に届いたダ・カール側の戦線の壊滅的状況に続き、モスマン側が攻めた戦線も完全に敗北したことを報せるものだった。

 今朝未明に届いた書類を幾度に渡り確認したが、書いてある内容は変わらない。

 彼にとって完全な敗北はありえないはずだった。

 たとえイシュタルトがこの大陸の覇者とはいえ、ある程度兵の動きは隠しきれていた自信があり、作戦は万全を期していた。

 指揮官が王都に出張っていて不在の時期を狙い、狙われても増援が間に合うと踏んでか兵数の少ない砦を最初から囲むことを前提とした大人数で攻め立てた。


 イシュタルトは覇権国家とはいえ常時兵士を多数配備しているわけではない、イシュタルトはダ・カールと比べると常備兵の数も20倍以上といわれているが、四方を囲まれ、国境をいくつも抱えている。

 国土が広い分魔物の生息地もかなりの箇所があり、その対応にも人手を割かれている。

 しかしながらイシュタルトはその魔物の存在も利用できるサイクルの早い資源として活用しており、特に有用な一部の魔物は全滅しない様に制限まで設けて頭数管理をしていた。

 3000年ほど前まではイシュタルトと友好国であったヴェンシンから正規に国を引き継いでいれば伝わっていたかも知れない情報だが、そんなことを知らないダ・カールは、300年対外戦争がなくても魔物の脅威を殲滅できない国だと少し馬鹿にしている部分まであった。

 それだけに、わずかな守備兵に15倍以上の戦力で攻め立てて一方的に敗北したという報告書を読んだときにはその場にいない指揮官の無能を罵り、そんな指揮官を国一番の傑物だと抜擢した軍務卿を更迭した。

 しかし、モスマン側からの敗北の報せも受けそれは自分の事実誤認が原因だったのではないかと、疑い始めていた。

 イシュタルトはやはり精強で、乱れていた統治が回復し始めたばかりのオケアノスもやはり大陸最精鋭の一翼だったのではないかという疑念、しかし彼はすでに剣を掲げて斬りかかってしまっていた。


------

(ダ・カール伯視点)

 オケアノス家の簒奪に同胞先達であるジェファーソン老が成功したと聞いたもう30年ほども前のあの日、家督を継いですらいなかった私は自分の治世の間に、かつてヴェンシンが失った土地。

 自己保身に走った裏切り者連中がイシュタルトに売り渡した西部と、ドライラントなどと国を名乗りドライセンの盟主であると自称する憎き獣どもに奪われた東部を一部でも取り戻せるのではないかと、希望を見出した。

 自分が・・・現モスマン伯やオケアノスの簒奪に成功したジェファーソンと併記されることになるだろうが、未来のヴェンシンの歴史にヴェンシン王国を復興させた中興の祖としてその名前を残すことができるのではないかと、分不相応な大望を抱いたのだ。

 事が成れば、新生するヴェンシンの初代国王となるのは自分かもしれないとも夢を見た。

 モスマン伯家には直接ヴェンシン王家の血筋が入った事がないが、我がダ・カール家にはヴェンシンが滅びるより200年ほど前に一度王の娘が降嫁しており、彼女は娘しか生まなかったがその後その長女が従兄にあたる時の国王の四男を婿に取り、その兄である次男が国王に即位してからはダ・カール伯爵家は実質公爵家と同等の存在として栄華を極めたのだ。

 他の公爵家や3家しかなかった侯爵家はドライラントとの戦争で滅びるか、イシュタルトに属する道を選んだが・・・。

 自己保身に走った連中の末裔に国を継ぐ資格はなくかつて直接王の血筋が入った事実から、我がダ・カール伯家はヴェンシンの名跡を継ぐに相応しいだろうと考えていた。

 

 そして決起の時はあと5年以内とも迫ってきていたというのに昨年末、順調にオケアノスを掌握しつつあったはずのジェファーソンが誇り高きヴェンシン貴族の血統であることを忘れた裏切り者ジョージの主導で粛清されたことで私の描いていた未来予想図は大きく変わりつつあった。

 そして、今ならばまだオケアノスは立て直せていないはずだと我々は焦ってしまった。

 イシュタルトに勝たなくともよい、初戦でオケアノスの出鼻を挫き残っている内通者たちをうまく使い、こちらに有利な円満な和睦へ持っていく、そうすれば自然との調和などといって絶対的な数を増やしていないドライラントの獣どもを数で封殺できるだけの手ごまが用意できると踏んだ。

 その結果は・・・。


「初戦での華々しい勝利どころか、初戦からすべて敗北・・・か」

 砦を落とせなかったなどという生易しいものではなく、圧倒的敗北・・・。

 報告書にはイシュタルトが誇る認定勇者と思しき者の活躍が誇張されており、実際にその活躍は目を見張るモノがあるが・・・そもそもの兵の質でも負けていた様である。

 砦付近での本戦では勇者の戦いが目立って報告されたが、巨大な鎧を身に纏っているという勇者と思しき存在の出撃の確認されない局地戦でも私の兵たちは数の優勢を誇っていたが、そのことごとくが返り討ちにあっている。

 勇者は単一の能力ではないというので、そこにいたものも鎧を着る者たちとは別の勇者であった可能性はあるものの30箇所以上で行われた局地戦のすべてが最終的に敗北しているというのは正直異常な話である。

 一部は報告書すら届かないという状態だが、それは報告書を上げる人間すら残らなかったということだろう。

「イシュタルトからの報復は苛烈極まるであろうな・・・」

 誰もいない執務室の中である、隣の部屋にはミルカがいるが壁と扉に阻まれている。

 私の声は誰にも届かないはずだった。

 しかし・・・


「この度のそちらの侵攻作戦が報復の対象になる程度の認識はあるのですね、常識が少しは残っている様で安心しました。」

 何者かの声が私の呟きに答えたのだ。

「だ!?何者だ!!?」

 私は誰何しながら部屋の中を見渡す。

 するとまるでたった今湧き出たかの様に、漆黒の騎士がその姿を現していた。


 その巨躯に私は声を失う。

 こんな巨大な者がどうやって私に気付かれずに忍び込んだのか?

 衛兵たちは何をしていた?

 そもそも窓からもドアからもこの部屋には入れない大きさではないか?

 疑問は尽きない。

 そしてそれ以上に私を驚かせたことは、その騎士の腕の中に力なく横抱きにされたミルカの姿であった。

「ミ、ミルカァ!?貴様!ミルカに何をした・・・・か?」

 激昂し声を荒げた私に、しかしその黒騎士は人差し指を立てて『静かに』のジェスチャーをする。

 その態度に少なくとも人質としての価値を見出して、ミルカの命は奪っていないのだろうと、無理やり心を落ち着けて、ミルカの様子を伺うとミルカの胸は確かに動いていて、その健在を示していた。


「落ち着いてください、私はイシュタルトからの使者ですこの娘含め、あなたの城の者は誰一人傷つけてはいません」 

 その声は淡々と告げる。

 ミルカの健在とその言葉に冷静さを取り戻した私は、その声から入手できる情報を入手しようと集中する。

 多少鎧の反響で声は変わっているだろうが、聞く限り年は若そうだ。

 20前後の青年か、落ち着いた声色からある程度老成した女性の可能性もあるが、体がとても大きい、もしかすると樹人トレント族や、熊獣人ユウ族の刺客を使ったのかもしれない。

 そこはそう問題ではない。

「誰も傷つけることなくここまで浸入してきたと?」

 平時からこの宮城にはそれなりの人数が勤めている。

 さらに今は戦争中で、伯国の運営を決める貴族たちも集まっているため、その警備の人員も増員されている。

 その中をここまで私に報告が繰ることなく、その図体で入ってきたというのであればそれは普通警備兵どころか貴族や私の家族まで皆殺しされていてもおかしくない。

 しかし彼の腕の中に隣の部屋にいたはずのミルカの姿が健在である様に私の家族たちへの危害はたしかに加えられていないのだろう。

 そしてミルカの叫び声の様なモノも聞こえなかったことや、広くない部屋の中私が声をかけられるまでその浸入に気付くこともできなかったことからその手腕には舌を巻くばかりだ。


「たやすいことです。私は普段イシュタルトの三の姫君を影からお守りする役目を担う者、隠密行動には自信があります。この度は私がお仕えする姫殿下からの書状を届けに参りました。ただでさえ殴れば殴り返される程度のこともわからない人間であればどうしようかと思いましたが、その様子なら貴国のなさったことが非難されるやり口であったことも何とか認識されていそうですね。」

 実に腹立たしいことだが、先んじて街道封鎖のための尖兵を送り込み、その上で兵力を砦に取り付かせた時点で現場で宣戦布告と同時に攻撃を始めた我々の侵攻、そのやり口は、かつてドライラントが行った東部制圧のやり口と比べても悪辣であるとは認識していた。

 わが国ではドライラントから仕掛けた戦争だと流布されているが、実際には彼らは宣戦布告し非戦闘員の避難のために2日開戦を待ったこと、そしてその条件を飲んだ振りをしつつ先制攻撃を仕掛けたことでヴェンシンが初戦を勝利で飾ったことはダ・カールの君主のみが閲覧できる資料に残されている。

 それがわかっていても、顔も見せない、それもおそらくは若い兵に面と向かって詰られる様なこの状況は好きになれなかった。


「君は、使者だという割りにずいぶんと横柄な態度をとるではないか、口ぶりは慇懃だが、その実私のことを対等かそれ以下に考えているだろう?顔くらい見せればどうかね?私がここで兵を呼べば君とて無事に国許へ戻ることはできまい?」

 その垣間見える実力を思えば、私の挑発など何の意味もないだろうし、兵を呼んだところで無意味に死体を積み重ねるだけだろうが・・・それでも一言言わずには置けなかった。

「すみませんが、影の護衛ですので顔はお見せできません、伯爵閣下に無礼かとは思いますが我が陛下からの任務ですので・・・」

 兵を呼ぶ云々には触れずに彼?彼女?は意に介した様子もなく笑う様な声で話す。

 その表情は見えないが、おそらくは私が、わが同胞貴族たちほど愚かさを持っていないことを、会話が成立することを喜んでいるのだろう。

「わかった顔を見せぬ無礼は許そう。それはそうと、いつまでミルカを抱えておくつもりかね?」

 そういって私が訪ねると黒き騎士は少しだけうろたえた様子を見せた。

 その様子からどうやら彼女のことは知らずにつれてきた様だと判断する。

 しかし、いまさら彼女を傷つけたりすることもないだろうと、私はミルカのことを素直に説明することにした。


「侍女の様な格好をしているがその娘の名前はヴィルヘルミルカ・ダ・カール私と側室の娘だよ、ダ・カールの継承権4位の娘だが、お父さん娘でね、政治の勉強ついでにと、私にべったりなのだよ。」

 この騎士の気まぐれ次第ではもしかすると私はこの娘が起きるまでにはこの世にないかもしれない、そう思うと不思議と笑えてくる。

 侍女の服が着たい、父様の侍女をやりたいという変なおねだりをする娘だったが、側室腹とはいえ主家の娘に着せるわけにはいかないと断られると自分のお付メイドの服を手本に自作してしまう程度には活動的であり、さらに特別賢い上に、容姿もなかなかに整っている。

 作法や貴族らしさには欠ける娘だが、ミルカのことは政治の道具としてきた他の子どもたちよりはよほど大切にしてきたつもりだ。

 その寝顔が最後に見るものになるならば、書状を読んだ後にサパと斬り捨てられるとしても悔いがないと思えるのだ。


「これは失礼を、弁明するわけではないですが、私も女です。ご令嬢に対して不埒な真似はしていませんとも・・・。」

 そういいながら黒き騎士はミルカをソファに横たえた。

 何か語尾がモゴモゴしていた気がするがまぁいい。

 女だというならそうなのだろう。

「それで貴国の姫殿下からの書状とやらは?」

 先ほどまでの焦りや、苛立ちはなりを潜め、私はただ穏やかに尋ねることができた。

 現実が見えたと言い換えてもいい。

 伯国の主として、この娘の父として最後くらいは恥じぬ生き方でいたいと自然に構えることができたのだ。


「はい、こちらに。」

 そういって黒き騎士は一つの封筒をどこからか取り出すと私の前に置く。

 封筒を改めると、なるほどイシュタルト王国の王族が使うだけあって上等な紙に、姫君らしく甘い花の香りのする蝋で封印が施してある

 封印の柄はホーリーウッド家がよく使うという樹木のシンボルに、イシュタルトの王位継承権を表すもののうち姫君がよく用いる王笏と小冠を組み合わせたものが刻まれていた。

 その彫りは非常に細かくその技術の高さと、持ち主の身分の高さをうかがわせる。

 降嫁した際には杖の部分だけ削ってしまうのだったか?


「確かに姫君からの書状の様だな・・・。改めさせてもらおう。」

 封印を破り、書状を確かめると内容はやはりこの度の侵攻を非難する内容、道中我が国の兵が行った村々への仕打ちと、慣習法ではあるが古よりの戦の習いを守らないやり口を咎め、イシュタルトの戦力を持ってダ・カールを制圧することは容易いが、民草を苦しめることは本意ではないため降伏する様にと記されていた。

 そして・・・

「ふん、生ぬるいことだ。戦を主導した貴族と人身売買にかかわっていた貴族は取り潰すが、民に寄り添う貴族は精査の上継承、まだ貴族になりきっていない若年者は助命するだと?その様なことを信じる者がいると思うのか?」

 ダ・カール貴族は、私を含めた旧ヴェンシン派貴族は先の戦から300年以上経ってもドライラントが境界線を越えて侵攻してこないということを信じきることができていない疑心暗鬼に苛まれた者の集まりだ。

 それが、攻め滅ぼすことは容易だが若者は助命し、国民にも通常の法の範囲の統治を行うので降伏しろという。

「我が同胞貴族たちは口をそろえて言うだろう、容易く滅ぼすことができるというならば滅ぼしてみろ、それが確かだったならその要求を呑んでやる・・・と。」

 とたん彼女はうろたえた様子を見せる。

「伯爵、しかしそれは・・・」

「度し難いことに、今残っているヴェンシン貴族はハッタリ外交しか知らない様でな、まずは利益を重視し、相手から与えられた猶予や譲歩を自分たちの実力故と相手を侮るのだ。そしていざ後がなくなるとようやく危ういと気付いて擦り寄っていく、それも心の中では舌を出してな・・・そうやって生き残ってきてしまったのが我々なのだ。」

 言葉にしてしまえば自分たちがいかに愚かなのかが分かるが、私とて今こうやって黒き騎士が忍びこんできてようやくそのことに気付ける程度の器量しかない、どこかで間違っているとわかっていても、なめられたら終わりだと、一当てした方の勝ちだという文化が染み付いているのだ。


「それでは一人の兵、私がこの領都の城壁を粉砕できる様な戦力をもっていると示すことができれば、彼らは諦めてくれるでしょうか?」

 おそらく彼女が仕える姫君は真剣に民草の事を心配してくれているのだろう。

 国の舵を取る貴族が継戦を選べば、それは民の犠牲が出ることを意味する。

 そうであるが故に先に貴族を総括する立場にある私に渡りをつけにきたのだろう。

 それが今の私にわかるのは、一人でこの黒騎士に対峙し、圧倒的な力量を見せ付けられ、そしてミルカという守るべき存在を再認識させられたからだ。

「難しい、と思う。しかし我らの軍は敗北しておりイシュタルトに勝つ術はすでにない、うちの貴族連中はおそらくどうにかしてドライラントにも責任を押し付けられないかと画策するだろう。こういう不利益をかぶせるときだけは盟主として立てるのだ。」

 暗に私もそうだったと示し自嘲する。


「姫君に伝えてくれ、私は何とか降伏に舵を切れないか貴族たちを説得する私は獣人の子や貧困層の子を奴隷として売るペイルゼンの奴隷商とかかわりを持っているが、私の子どもたちは長男以外関わっていない、未成年の子どもたちについては可能な限り助命をお願いしたい、このミルカもみてくれは20前後に見えるがこう見えてまだ14だ。私の侍女をやりたいなどと言い出す貴族に向いていない娘でね・・・逃がしてやってくれないだろうか?」

 私の身勝手な願い、これも他の貴族を無視した自分本位な願い事になるだろう。

 しかしそれを聞いた黒き騎士はただゆっくりと頷いた。

「最後に処罰を決めるのは国王陛下ですので必ずとはいえませんが、この娘の助命については私からも陛下に奏上致しましょう。本当に関わっていないならば身分を剥ぐか教会に入れるだけになるでしょう。」

 私は彼女の言葉に少しだけ救われた気持ちがした。

 夢を見て進んだ道を後戻りはできないが、一人の男として失ってはいけないものは守れた様に思えた。


「それでは狙ってもらう場所は・・・・」

 一応の憂いもなくなり、私は話し合いを詰めることにした。

 示威行為のために破壊する場所、その後姫殿下を交えて話し合う場所、その際の同席者のこと、そうして最期に・・・。

「ところで、まだご使者殿の名前を伺っていなかったね。君とのやり取りのことを君の主人に伝える時、なんと呼べばよいのかな?」

「これは重ね重ね失礼を、私はナイトウルフで通っております。イシュタルト王国ヴェルガ殿下の第三王女アイラ・イシュタルト姫殿下に仕える影にございます。本名ではございませんがなにとぞご容赦を・・・。」

 そういって再度頭を下げた黒き騎士、いやナイトウルフは心なしか天井を気にしながら立ち上がった。

「それでは今から約1時間半後、夕方5時の鐘を確認しましたら指定された西側の塔と城壁を威嚇攻撃致します。それまでに人払いと、貴族への根回し、それにご家族とのご相談を済ませて置いてください。」

 そうして、言葉を伝え終えると同時に彼女の存在ははじめからいなかったかの様に掻き消え、同時にミルカが目を覚ました。


「ふぁ・・・はれ・・・?父様・・・?私なんでこっちで寝てるんでしょうか?」

 寝ぼけ眼に涙を浮かべて年の割りに大人びたかんばせに年相応のあどけない表情を浮かべて首をかしげる。

「疲れているのだろうさ、貴族の娘が学業と父の手伝いと両方をやっているのだから、父も少し疲れていたので、そなたの顔でも見ようと思うてな、寝ておったのでこちらにつれてきたのだ。幸せそうな寝顔で疲れも吹き飛んだよ」

 この娘に今から国が滅びるのだということを伝えることはできなかった。

 ミルカはキョトンとした表情を浮かべたあとで顔を赤くした。

 お父さん子といっても日頃から寝顔を見せてくれる様な子ではなく、父の前ではすまし顔でいようとするタイプで、今の話ですっかり恥ずかしくなったのだろう。


「も、もう父様・・・そういう時は起こしてください。お仕事中に寝てしまうだなんてメイド失格です。週に一度しかないメイドデーなのに・・・あぁなんてこと・・・。」

 耳の横に伸ばした小麦色の髪を両手で握り俯くミルカ、子どものころから照れた時によくやるその癖もこれでおそらく見納めか。

「・・・父様?」

 しみじみと見つめていると、ミルカが再びキョトンとした表情でこちらを見つめ返してきた。

 顔つきも体つきも大人びているのにまったく、まだまだかわいい盛りの小娘だ。

 さて、もういい、十分に満足した。

「ミルカ、今から貴族会議を招集する、3番の鐘を頼む。それとアリカとペルム、グウェルを呼んでくれ」

「兄上様はともかく母様方ですか・・・?はい父様!伝えて参ります。」

『父の手伝い』を依頼すると普段執務室に呼ばない二人の妻のことをわずかに疑問に思った様ではあったが喜色を浮かべてパタパタと部屋を出て行く愛娘の背中を見送る。

 私の娘に生まれなければ、きっともっと幸せに生きることができただろうミルカや、一緒に死んでもらわねばならないグウェルのことを思うと申し訳ない気持ちがあふれてくる。

 残される家族のために、私は最後の仕事に取り掛かった。

 

途中からまともな人になってる気がしますが、ダ・カール伯爵は「シンの火」の活動資金のため、ひいては自身が王になれるかもという夢想のために獣人や貧困層の子どもをさらったりかったりして売りさばくことをしていた一人です。

急におとなしくなったのは単に勝てないという現実が見えたためで、家族は大事にする悪人です。

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