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第92話:流星1

 オケアノスのダ・カール追討本隊が国境付近の砦を攻めていた頃。

 ひとつの飛翔体が、ダ・カール敗残兵の上空を通過しようとしていた。

 飛翔体は巨大な盾の形状をしており、推力と思しきものは見た目には存在しない。

 しかし盾の表面を地面に、裏面を空に向けた状態でそれは確かに飛翔しており、その速度は時速40kmを超え、上部には人を乗せていた。

 そして盾というものはその裏面にあるものを守るための道具でもある。

 それ故か盾の上に乗っている者たちには強風や、空中のごみといった邪魔なものは届くことなく、彼らは時に下を覗き込んだりしながら、目的地に向かって飛翔していた。

 

------

(アイラ視点)

 上空600m、この世界ではわずかな飛竜や鳥型魔物くらいしかすれ違うもののいない世界、まして人間を乗せた大盾など、この世界の標準には存在しない。

 眼下に見える撤退中の敵兵たちは、誰も空の上にいるボクたちには気付かない様にただまっすぐ、といっても人の足では踏破できない地形もあるため、蛇行しながら帰還の途にあった。


「思ったよりもたくさんいらっしゃいますね、オケアノスの3つの砦の周りで亡くなっていた方だけでもかなりの人数だったと思いますが・・・。」

 眼下に見える兵の数は1000には届かない程度だが、この世界の進軍スピード、彼らの食料事情を考えればその人数でもかなりの財政負担となるだろう。

 そして、オケアノス三砦では約4000ちょっとという近代戦も斯くやという死者を出しその被害は、軍事に力を入れているといっても、イシュタルトと比べて職業軍人が少ないかの国にとっては明らかに来年以降の狩や農業に支障をきたす数であった。

 神楽はほうほうの体で逃げる彼らの姿に何を思い浮かべたのだろうか?

 あるいはいかなる感情も持たなかったのだろうか?


 彼らはある種被害者の様なものだ。

 どの様な形で徴兵されたかまではボクにはわからないけれど、彼ら一介の民や兵にとって国の決定は絶対で、今回の侵攻作戦にだって彼らの意思はほとんど反映されていないはずだ。

 参加するかどうか、それによって税がどう変わるかくらいの説明しかうけていないだろう。

 国が、300年ぶりに戦争するというなら、民とて300年ぶり、生まれて初めての戦争への徴募に浮かれて応募したのか、それとも戦争とすら教えられずに参加したのか、あるいは苦しい生活のためにやむなく参加したのか・・・個人個人の都合まではボクも確認する術は持たないけれど、いずれにせよ、あの国は今なら勝てずとも、自分たちに都合の良い形で幕引きできる戦争になると、思い込んできている。

 いずれの場合も報酬や恩賞は提示されていただろう。

 その結果がアレでは彼らも報われまい・・・。


「アイラさん、攻撃はなさるんですか?」

 神楽はこの場では指揮を執ることになったボクにだけ尋ねる。

 普段ならボクの良人であるユーリが主体となるところだけれど、対外戦となれば次期侯爵の嫡男であるユーリと、次期国王の養女であるボクとでは曲がりなりにも王族のボクの意見が優先される。

 それがイシュタルトの身分制だ。

 神楽の質問に心なし同乗者の空気が固くなる。

 ユーリもエッラも表情が変わり、フィーにベアトリカさえも心なしかピリピリとしている。

「ううん、彼らよりもボクたちのほうが早く目的地に着くからあまり関係ないかな。ボクたちよりもおそらく2日くらいは遅く到着するはずだから、その間に首脳部に降伏を受け入れさせれば彼らをいたぶる必要はないよ」

 そう告げるとみんなほっとした様に緊張を解いた。

 ただユーリだけはみんなのホッとした様子とは少し違って、ボクの判断に納得した様なそぶりだったのが気になった。

 ユーリはボクと一緒で前世でも幾度となく人を斬り捨てている。

 ほかのみんなと違って人を斬ることへの忌避感はそう大きくなくて、ただ簡単に人を斬ってしまう選択をしたくない程度なのだろう。


「ユーリ、安心して、今回のボクたちの任務は威圧が主だから、人を斬る機会なんて一度あるかどうかだよ、先にセイバーで威圧してしまえば、その武力的背景を見てしまえば、今のダ・カールであれば降伏以外の選択はできないはずだよ?」

「うん、わかってるんだけれど、また君に力を使わせてしまうことが僕には辛いんだ。ブリミールの時は一緒にいられなかったから仕方ないけれど、一桁の女の子に暴力や殺し合いをさせることを、僕も、王家も当たり前にしすぎている。それは、ナイト・ウルフは強力だけれど・・・」

 ユーりの表情は焦りを感じさせるものに変わっている。

 それはいつものやさしいユーリだからこその苦悩だ。


「ユーリ、ボクは何があってもボクの家族を、国を守りたい、せっかく家族みんなで幸せに暮らしているんだから、何も奪わせたくないんだ。ボクには戦う力があって、それで家族を守ることができる。それなら、ボクは喜んでギョウコウを握るよ。」

 言いながら、収納していた暁光を手の平に呼び出す。

 鞘に入ったままの暁光は、今もよく訓練中に使う武器で、ユーリやエッラともよく打ち合うものだ。

 その威力を知っているユーリは苦笑いを浮かべて、それからボクの肩に腕を回して抱き寄せた。

 狭い盾の上なので、すぐに暁光を収納しなおしてなすがままにされる。

「アイラ僕は・・・僕の・・・、ううん僕たちの家族を、一緒に守らせてね」

 少し逡巡していたが、そうつぶやいてからユーリは僕に触れる程度の口付けをくれた。

 昨年からまた一緒に暮らす様になって、ほとんど毎日の様にしているのに、しばらくしていなかったみたいに彼の唇は甘く、瑞々しさを感じる。

 舌は入ってこないままで離れてしまったけれど、あっという間にボクの体温は2度は上がった。


 それから、神楽やエッラとも2、3言葉を交わしボクたちの目的を再確認する。

 それは、一方的に戦争を仕掛けられた国が行う報復としては非常に生易しく、犠牲になった民のことを考えればそれだけで済ませていいのかと、責められる錯覚すらしてくるけれど、その怒りは、ボクたちがぶつけてよいものではない、ダ・カール、モスマンの首脳部を等しく人の道とイシュタルト・ドライセン双方の法の下に照らして、初めて遺恨なくこの戦争を終わらせることができる。

 ルクセンティアとミナカタ北部がすでにイシュタルトへの恭順と統合へ舵を切っている以上、ここでダ・カール、モスマンを切り取ることになれば、それはイシュタルトの磐石な体制の強化とサテュロス大陸全体の安定化、それにナタリィとの約束である鍵の回収にも有利に働く。

 ドライラントとペイルゼンは同盟関係になることもできるだろうし、野心の強い国家ではないためその後連邦国家に移行することも容易いだろう。


 そうなればあとはミナカタ南部とマハのエイブラハム王子くらいが警戒する相手となる。

 実際にはミナカタ南部が取引をしているハルピュイア大陸、エイブラハム王子が主導してペイルゼンと取引をしているセントール大陸とが警戒の対象だが、いつの世も大陸外の勢力というのは厄介なものだ。

 文化圏の違いはそのまま軋轢となる可能性がある。

 その他の文化圏との差異を思えばペイルゼンやミナカタは所詮同じ大陸の者で、しかもまとまりのない連中は脅威にもならない。

 脅威にならないからこそ、イシュタルトはダ・カールとモスマンという国が犯した罪のみを裁き、旧ヴェンシン系の住民は赦し受け入れるのだ。

「まずは警告してから、城壁や城の行政区画の一部分だけを攻撃対象としての攻撃、その際には人的被害は出さない様に気をつける。それで相手が降伏を決めればよしそうでなければ・・・」

「首脳部を直撃し、『アイラ姫』がダ・カール伯爵と直接交渉・・・だね?」

 やはり、降伏を勧告するにしても、ボクがイシュタルトの人間として主導することになるので、ボクは生身を晒さないといけない。

 ユーリの言う様にボクは直接ダ・カール伯爵と対面することになるだろう。

 無論生身であったところで、多少の不意打ちや狙撃の類に討たれてやるつもりはないけれど、ナイト・ウルフを装備しいている時と比べると安心感が違う。

 ナイト・ウルフを着けてると脅威を感じにくいのか、攻撃以外の気配に少し鈍感になってる気がするけれど・・・ガルムの骨格から生成してもらった特別な魔鉄の強度はかなりのものだから信頼できる。


「さしあたって、みんなはセイバー装備をつけてもらうことになるけれど、問題は・・・」

「ベアのことでございますね」

 ボクが視線をエッラに合わせるとすぐにエッラは発言を始める。

 ベアトリカは身の丈3mほどのメスのクマ型魔物だ。

 ひょんなことからボクが引き取ることになり、オケアノスに置いてきぼりにするのもかわいそうだったのでつれてきてしまったけれど、さすがにベアトリカをつれて城に向かえば、驚いた兵士が攻撃してくるかもしれない。

 なるべくなら理性的に話し合いで済ませたいと思っているので、それはあまり喜ばしい状況ではない。


「幸いベアはおとなしいですし、まっすぐ歩くこともできるので、何かローブの様な物で体を覆えばよろしいのではないでしょうか?それこそアイラ様の護衛の一人で影の者だと言えば、顔を見せないことも納得いただけるかと。」

 と、エッラはとりあえず現状で用意できそうな案を出す。

「グゥゥ、クォン♪」

 ベアトリカは自分の名前が呼ばれるのがうれしいのかエッラに、鼻先を押し付けて機嫌よさそうに声を出す。

 そう広くない飛行盾の上なので、ベアトリカが体を動かすとそれだけでちょっと緊張するけれど、彼女はとても賢いクマなので加減はちゃんとされている。


「ベアトリカ、君、お洋服着ておとなしくしていられる?」

 ボクが横から耳の後ろを掻きながら声をかけると、ベアトリカは耳をピクピクとさせながら四つんばいをやめて、おしりでぺたんと座り込んだ。

 ボクの手は彼女の耳に届かなくなったが、代わりに彼女は体をよじってボクの腰に手を回すと、そのままボクのおしりの下に手を差し込み、手の平を上に向けてその上にボクを座らせた。

 そしてそのまま自分の脚の上にボクを移動させる。


 そうしてボクを脚の上に座らせると、まるでぬいぐるみ型の子ども用イスみたいにじっとして動かなくなった。

 どうも、おとなしくしていられるアピールらしい。

 さりげなく肘置きにちょうどいい高さで彼女の腕がまっすぐに伸びた状態で停止していて、出会ってまだ2日だというのにもう5~6歳の子ども並みの理解力と反応を示してくれる。

「うん、ベアトリカはお利口さん、これなら一緒に行けそうだね。」

 幸いにして、ベアトリカでも体を隠せそうな布は、ナイトウルフの砂漠用マントや、いくつか予備の布素材などがあるため何とかなる。

 殊勝なベアトリカの態度に合格を出すとベアトリカはまたうれしそうな声を出すとボクの耳の横をさっきのお返しとばかりに舌で舐め始める。

 ボクは右の耳の後ろが少し敏感なので、思わずびくりと体を揺するけれど、ベアの脚の上なのでバランスは崩さずにすんだ。

「ちょっと、ベアトリカ。もうあまりなめないで・・・ベトベトになっちゃうよ。」


「ベアトリカ、まだ2日目なのにすごく慣れたよね。」

「そうですね、アイラさんの人徳なのか、それともベアが賢すぎるのか・・・図体はコレなのに、動きもすごくかわいいですよね。」

 ユーリとフィーがすでにベアトリカに対する危機感を失くしていて、すっかりマスコットの様に扱っている。

 大きさはここにいる中でダントツに大きいけれどね、ていうかここにいる人間がみんなちょっと小さい子なのだけれど、それがまったく問題にならないほどベアトリカは大きい。


 ボクは前世よりも成長するペースが大分早くなっていて、すでに身長は128cm、いやそれでも低いのだけれど双子としてはまぁ普通の範囲。

 ユーリも前世よりもペースが早くてすでに身長140cmに届くか届かないかのギリギリ、二人して(アイリスも合わせると3人で)伸びが良いのは、幼少期に母を失うという劇的な変化を迎えておらず。

 精神的にも安定して生育しているからだと思われる。

 神楽は日ノ本人なので多少顔立ちが幼い様に感じられるけれど、そこはそれ幼少期の栄養状態が現代人なので脚がスラリと長くて、154~5cmほど、今ここにいる中だと一番体が大きい。

 エッラはもう身長の成長は限界にたどり着いていると想定される149cm、底の厚い靴で155cm程度に見える。

 フィーは成長しないので、145cmほどのままだけれど、最近はエッラとおそろいの厚底の鉄板靴を履いているので150cm強くらいに見える。

 そういうわけで、ベアトリカはここにいる者の2倍くらいの高さがあるのだ。


 しかし、そんな彼女も年齢は一番若くてボクよりも年下だ。

 まだたった2日の付き合いだけれど、甘えん坊で人に擦り寄ってくるし、お風呂も洗い場には一緒に入る様にした。

 湯船はちょっとクマサイズがないので、クラウディアに戻ったら作る予定。

 人間と同じお風呂だと、毛が浮いてしまい手入れが大変なのだ。

 また人間の食事にすごく興味津々で今朝もボクたちと同じパンとサラダを食べている。

 その際に2~3歳の子どもの様にスプーンとフォークを逆手にグーで握り締めて口の周りを汚しながらも道具を使って食べるというクマにあるまじき技能を見せてくれていて、これからの進歩が気になって片時も目が離せない。


「こらベア!メイドが主人を困らせてはいけませんよ」

 そういって、エッラはひとさし指を立てながらベアを口頭で嗜める。

 するとベアトリカもエッラの言っている言葉に従って、ボクを舐めるのをやめて頬ずりだけに移行した。

 ボクのことを気に入ってくれているのが良くわかるし、先ほどの手をイスの様にするときもそうだけれど、どれくらいの力ならアイラボクの幼い体が苦痛に感じないか分かっていて労わっているのが伝わってくる優しい触り方だ。

 そしてエッラは本気でベアトリカを後輩ベアメイドとして扱うつもりなんだね?

「エッラ、そんなに言わなくなってベアトリカはちゃんとアイラのことを労わってくれているよ?」

「そうよ、そんな風ではエッラはまるでおねえちゃん風を吹かせたいだけみたいよ?」

「でも分かります、最初は驚きましたけど、ベアちゃんかわいいですよね。私も、つい構いたくなっちゃいます。」

 三者三様に、ベアのことはそれなりに気に入っているみたいで、同時普段隙をあまり見せないエッラがベアのことになると、ツッコミが必要になるほどテンションがあがっているのが珍しくて、そちらにも構わずには居れない様だ。


「むぅ、私はただアイラ様にお仕えする先輩として、この子を立派なメイドに育てたいと思っているだけですよ、フィーだってベアのこと気に入ったって言ってたじゃないですか。」

 しかし、いじられる側に回ることはエッラも許容できない様で、反撃ともいえない様な反撃を開始する。

「確かに気に入ったとは言ったけれど・・・エッラみたいに適当に理由をつけてベアに構ったりはしていないわ。」

 しばらくの間エッラとフィーが口論、というよりはガス抜きみたいな軽いやり取りをしていた。

 その間ベアトリカはボクを膝に抱えたまま眠たそうにしていて、いつの間にか一緒に神楽も隣の膝に座って、ボクと肩を寄せ合ってそれでも盾の操作はしっかりと続けていた。


 そしてしばらく経って・・・・。

 飛行盾はとうとうダ・カール領都上空へとたどり着いた。

 国境から東北東へ約350kmほどの地点、伯国の領都でありながらほかの大きな町と距離がある上に、国外やドライラントとの積極的な交易も行っていないため周囲の道は狭く、日中だというのに都内の人通りも少ない様だ。

 町の領域もクラウディアと比べるべくもなく、その全体像を見下ろすことができる。

 そして町の北西側には川が北方向から流れ込んでいるのがわかる。

 ダ・カール領都からの交易の手段は中型船で川を遡ってアスタリ湖北部の山沿いにあるペイルゼン所属の小さな町ピラウで船を変えて別の川を今度は下っていく、そうしてペイルゼン北東部の貿易港都市マハに程近い村グスクルへと輸送するのが主流だ。

 そこから正規品はペイルゼンの王都ゼンなどへ、秘密裏に攫った獣人や貧困層から取り上げた子どもを大陸外へと輸出しているはずだ。

 彼らが行う数少ない交易に何人かの高位貴族による人身売買が含まれているというのだから救いのない国だ。

 ただ人身売買が大規模に行われる様になったのは、マハをエイブラハム王子が差配する様になってからのことの様で、今その萌芽を摘んでしまえば、根は深くないだろう。

 さて・・・始めようか。


「それじゃあまずはボクがナイトウルフの姿で敵城へ降下、アイラ姫ボク名義の書状を届けてくるね。」

 空中に静止した盾の上で、ボクは振り返りながら仲間たちに告げる。

 皆もうボクの戦闘能力も知っているので制止はしない、ただ心配するしないとはまた別の話の様で、神楽とエッラは心配そうにボクを見つめている。

「アイラさん、ナイト・ウルフを装着しているといっても油断なさらないでくださいね、」

「アイラ様は国にとってもホーリーウッドにとっても、そして何よりも私たちにとって大事な方です。アイラ様のことをよく存じ上げている人間でアイラ様のご成長を楽しみにしていない者などいないのですから、毛ほどの傷も作らず、お戻りになってくださいね。」

 そしてユーリとフィー心配こそしていないもののユーリはハグとキスを添えて、フィーはボクの後ろに回って肩から前に腕を回しながらいってらっしゃいの言葉をささやいてくれた。

「ガゥガゥ」

 ベアトリカも雰囲気で見送りだとわかるのか、ボクの頭に鼻先を押し付けて匂いをかぎながらガゥガゥとないてお見送りしてくれる。


「行ってきます。2、30分で戻るつもり、もし危ない時はカグラに通信を入れるか、適当に目立つことをするから」

 最後に非常時の連絡法を告げたボクは、収納から暁天を取り出し、飛行盾の上からその身を躍らせた。

 狙いは宮城、戦争用ではない造りの弱い城でダ・カールの政治と軍事のすべての音頭をとる場所だ。

 ここを完全につぶしてしまうと民草が明日から困ることになるので、後から威嚇のために破壊する場所は別の場所になる。

 またあくまでもこれから先触れするのは、降伏をすすめるためにやってきたアイラ姫の配下のナイトウルフなので、使者としての態度をとらなければならない、顔は影の者のため伏せさせてもらうということにするけれど、中身が幼い少女だとバレるとナイトウルフ=アイラ姫という事実に気付く者もあるかもしれないので、少し注意するべきだろう。

 目撃者は少ないほうがいい。


 暁天を構え、意識を集中する。

 暁天は神楽の一番上のお姉さんから婚約祝いに頂いた護り刀でその柄の部分に魔力偏向機マジカレイドシステムを内蔵している。

 そしてその中にはいくつかの機構があって、ボクはそのひとつを起動させた。

「変身!」

 最善を尽くすため、まずは魔導鎧衣マギリンクパンツァー黒霞の娼婦ナイトメアアサシンに『変身』する。

 この鎧衣は元は神楽の姉の一人が自然教室の宿舎で許婚に夜這いをかけるという暴挙にいたるために開発した鎧衣で、夜這いというその目的のためか背中が大きく開いていたり、脇下に布がなかったり、お尻も下半分が出ているんだか隠れているんだかわからない露出の激しい衣装で、一転して袖はダボダボで大きく、手元は隠れる様になっているけれど、胸や腰周りはどうして大事な部分が隠れているのかわからないくらいゆるゆるの造りをしている。

 その扇情的を通り越して痴女痴女しいデザインに反して下着は無地の白のショーツをチョイスしているあたりが実に若年の少女らしい純朴さを感じるけれど、この世界ではこんな短い下着は一般的ではないためどちらにせよ痴女扱いは免れない一品だ。

 しかし、外見や作られた理由はともかくとして、広範囲に影響を与える隠蔽・隠密効果を持つため非常に優秀で、ボクが持つ隠形の能力を強力に補助してくれる。

 ちょっとした副作用もあるけれど、それは無視できる程度のものだ。

 1秒弱ほどで変身を終えると次にボクは同じく暁天のマジカレイドシステムから収納してあるナイト・ウルフの装着を行う。

 これもシステムの補助を受けて自動で体の表面に装着できる様になっているため、かつては一人では着替えられなかったナイトウルフも瞬きする様な時間で装着することができる。

 システムに取り込んだとはいえナイト・ウルフはあくまでもセイバー装備・・・鎧である。

 今まで考えたこともなかった運用方法だけれど袖以外はかさばるところのないナイトメアアサシンならば十分に上にナイト・ウルフを重ね着することができる。

 しいて言うならば、ナイトメア・ウルフとでも呼ぶべきだろうか、攻撃と防御をアイラの持つ能力に頼るしかなかったナイトメアアサシンがナイトウルフを着込むことで隠密性、攻撃力、防御力を兼ね備えた暴威の影へと生まれ変わったのだ。

 これはボクの隠形とナイト・ウルフだけでは実現できないレベルの隠密性を発揮しまだ明るい時間に漆黒の鎧を纏って歩いているのに、巡回している兵たちは上空から迫り来るボクに気付くそぶりもない。


 着地の寸前に、飛行魔法を発動させて地面につかないままで移動を開始する。

 前周の記憶からダ・カール伯の顔は知っているけれど、この宮城へときたことはないためどこがダ・カール伯の部屋かはわからない。

 それでもどこの城も大体は最上階に近いところに執務室があり、最上階は全体で見れば狭い、加えてこの宮城はディバインシャフト城どころか、王国最西端のアンゼルス砦よりも小さい為見つけるのに苦労はなかった。


 戦中ということもあり人の気配が極端に多い部屋と少ない部屋にあたりをつけて部屋の前にたどり着くたびに跳躍で部屋の中へ忍び込んでいると、4部屋目でダ・カール伯爵を発見した。

 都合の良いことに執務室らしい部屋の中で一人で書類と格闘しているところの様だ。

 隣の小さな部屋にはメイドと思しき女性が一人待機しているがその格好は王国式や帝国式のメイドのそれとは違い、伝統や格式を感じさせないハンドメイド感あふれる素朴な造りだった。

 それはまぁいい、さらにその部屋の前には護衛と思われる鎧を着た男が二人いるが、伯爵との距離は遠い、メイドに気付かれなければダ・カール伯とゆっくりと話ができそうだ。


 一度メイドの部屋に戻ったボクはメイドの意識を奪うべく背後から口を塞ぎ強制催眠の魔法を使う。

 口を塞いだ瞬間に強張ったメイドの体から力が抜けたのを感じ、口は塞いだままでその体をゆっくりと室内の椅子に座らせてから、胸の鼓動と呼吸が失われていないことを確かめる。

 催眠系の魔法は単に眠らせる魔法ではなく、神経を刺激する魔法であるため、かかり方によっては命の危険を伴う場合がある。

 無論そうならない様に注意はしているが、どうしても体質で催眠の魔法なのに心臓が止まってしまう人や窒息してしまう人がいるのだ。

 年若い女性の胸を触ることに申し訳ないという気もするけれど、鎧を着けていて手先の感覚が鈍いので脈と呼吸の両方を確かめるのに胸は都合が良いので触って確かめる。

 サークラと同年代くらいと思しき女性は穏やかな寝息を立てている。

 とりあえず脈も異常ない様だ。

 伯国の最高位である伯爵のお付メイドをしているだけあって、器量もなかなかに良いしきっと優秀でもあるのだろう。

 しかし眠ってしまえばただのかわいらしい女性、無防備な姿は変な男に見られては嗜虐心を刺激してしまうかもしれない、責任を感じるなら近くにおいておいたほうが安心だろうと、ボクはその子を連れて伯爵に対面することにした。

 メイドとして使っている以上知らない顔ではないだろうし、無事だとわかれば、こちらが必要以上に害意を持たないことも伝わるかもしれない。


 そう考えたボクは彼女を再び抱え上げると、伯爵の部屋の扉の前に立った。

 気配を探ると伯爵も、逆の扉の向こうの兵士も先ほどまでと変わるところはない。

 気づかれてはいない様だ。

 この後伯爵の部屋をノックするか、それとも再度跳躍で部屋の中には入ってから声をかけるか・・・。

 うんドアを開けたときに大きな声を出されても厄介だし、跳躍かな、人一人抱えても2m程度の移動なら魔力の消費もそう変わらないし。

 そう考えを定めたボクは再び跳躍を使って伯爵の部屋の中への浸入した。


8月は更新ペースがすごく低かったですね、申し訳ないです。

先週ばたばたしていて忘れていましたが、8月23日でなろうさんの垢を作ってちょうど丸1年経ってしまっていましたね、1年経ったのにまだ実質1作品終わらせられてないという計画性のなさと、あの日勢いで妄想を文章化し始めたのがよく続いているなとは自分でも驚くところではあります。

これも見ていただける悦び(露出趣味ではない)を教えてくださった皆様のおかげだと感じております、ありがとうございます。

 細かい変更をしたことと更新ペースが落ちているため年内の完結は難しくなってしまいましたが、完結する方向性自体は(仮)を旧作の主題からはずしたときからほぼ変わっておりませんので、このまま続けさせていただければと思います。

ちょっと脚をケガして数日お仕事お休みをいただいたので、次話はなるべく早くあげられるといいなと、思っています。

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