表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/220

第89話:追討戦2

 5月3日夜。

 長くはないとは言え、予定の日付を過ぎてもオケアノスに帰還していなかった侯爵家の無事が確認され、歓喜にあふれているオケアノス城の臨時会議室。

 重大な懸案事項の一つが解消されたのは無論すばらしいことであるが、それでもただそれだけを喜ぶわけにはいかいはずだった。

 しかし、アイラやジョージたちはまだ知り得なかったことであったが、会議室の面々はジョージやアクアの無事の報告を受けただけでも十二分に喜べる状態にあった。

------

(アイラ視点)

 オケアノス城について、今はアクアやジョージの無事を首脳部に知らせた直後、彼らの喜び様は大変に大きなものだった。

 それはもちろん彼らの喜ぶのはわかる。

 しかしながら現在は戦争中、この会議室とて、夜だというのに、30名ほどの武官や文官が一同に会して頭をつき合せているのは、その戦場の差配をどうするか、それもジョージという頭の不在の中で誰がどうやって兵をまとめるかを話し合っていたに違いない、何せこのオケアノスの上層というのは昨年末にようやく『シンの火』所属の内患らが粛清されてそれからくみ上げなおされたばかりの組織である。

 それを纏め上げたジョージがいなくては戦争にならない、そう思っていたのだけれど・・・。



「それでは、国境は侵犯されたものの、攻め入られたダラティアス、ヘクサス、クラドスのオケアノス極東城塞群のうち3つがほとんど同時に攻撃を受けたが、すべて突破されることなく追い返したということだな?」

 戦況について報告を受けているジョージが尋ね返すと、報告していた軍部の男性(ジェリド氏と近い世代に見える)が頷いて返す。

「はい、ちょうど今年の軍官学校の新卒生らの訓練と振り分けが終わり、侯爵代理閣下のおっしゃっていた通りにセイバー装備の支給を受けたものを中央3箇所に2名ずつ、またそれ以外の砦には10名ずつの魔導篭手の支給を受けた者を配置したところでございましたが、あれらはまことに素晴らしい性能を持っておりますな」

 とのことで、今年オケアノスへ帰っていった卒業生たち、他の地方と違い今年からセイバーの支給が始まったばかりでいきなり国境への配備はされていないかと思ったが、なんと間一髪配備が間に合っていたらしく、城塞市と名乗るものの背後にオケアノス市があることから常時200名以下の兵しかつめて居らず魔物と国境を監視し、有事には一次防衛に当たりつつオケアノスに救援を求める役目を負う3つの砦に今年配備分のセイバー7領(うち2領は本来王領軍所属)のうちスティングレイ少尉の分を除いたすべてを配備していたらしい。 

 そして他の4つの砦、真ん中の3つと異なり交易路は整備されていないため、国境を侵すものを見張るためにより裏道や森の中などを監視する必要があるそれらの砦には5~600名の兵がつめている。

 そちらには小回りが利く魔導篭手、こちらは個人制限などをしていなかったため、今年の全国への配備数320のうち、前年までオケアノスに回していなかったことを考慮して70人分を配備することになったのだけれどこれらを配備していた様で、そちらでは不穏な動きを見せていた敵の間諜らしき者が4箇所+αで3桁に届こうかという勢いで捕縛されているらしい。

 国境への配備数の不足を嘆いていたが、セイバー装備は見事その威圧という視覚効果、圧倒的な防御と膂力による防衛と突破を成し遂げ、その対軍における有用性を示して見せてくれた様だ。


 実のところ今日のこの会議もジョージ不在の中でもしっかりと連携をとり各地域から報復攻撃のための第一陣の募兵を集め終え6000の動員が可能となったが、それらをどの様に割り当てるかを決めていたところであり。

 またこのまま仮にオケアノス主家の存在がない状況だと仮定して、どの様に落とし所を定めるかという話し合いだったのだが、責任を取ることができるジョージの帰還、また王家の鶴の一声を使うことができなくもないボクという存在も現れたことで、彼らは浮かれてしまったのだ。

 これは責め様がない、何せ一方的な奇襲、それも圧倒的な数の差をひっくり返しての防衛。

 そしてほとんど唯一の懸念であったオケアノス主家の無事が確認できたとあっては声を大にして喜ぶのが当然のことであろう。


 ボクはただ姫君らしく微笑みを湛えて頷いていることしかできない、オケアノスの将兵の一部からすれば誰かわからないだろうし、一部の貴族家出身の人や、昨年末のジェファーソン粛清の際に居合わせた者の一部はボクの顔も覚えているだろうけれど、年端もいかない姫君が戦争に関する会議に興味津々であるとか、軍官学校1年も前半だというのに、軍事のことを云々するのもおかしいだろう。

 そうしてしばらくは微笑んで、会議の行方を追っていたのだけれど・・・


「それでは現状で徴募した兵を半数に分けてダラティアス‐ヘクサス間、ヘクサス‐クラドス間に配置、待機中といえども腐らせない様に牽制目的として目立つ様に移動しているわけだな?」

「左様にございます」

 ダ・カール、モスマン両伯国はわずかな勢力でしかない前線の城塞に対して、宣戦布告なしで多方面から侵入しての先制攻撃を仕掛けておきながら、新鋭兵装であるセイバー装備を前になす術なく敗走し、さらにおそらくは他の4箇所を狙っていたと思われる者たちも大勢が捕まっている。

 その上で7つの砦に配備された駐屯兵の倍以上の人数の兵が国境沿いまで進出したとあれば、どの程度の威圧効果があるだろうか?

 敵の兵は一番大勢が確認されたヘクサス戦で4000弱、他の2砦が3000~3500程度それから、ボクたちが捕らえた捕虜たちの様に街道封鎖などの工作を行っていた部隊が他にも数箇所で発覚、すでに処理されており、ジョージたちがいたゲーネ村へ向かう道にも、ボクたちが対応したものとは別にもう1部隊居たらしく、彼らはオケアノス市近郊で網を張っており、すでに壊滅し、そのために送り出したオケアノス市の防衛部隊はそのまま西へと進軍中らしいので、もしかすると明日には後からやってくるジョージの侍女や護衛たちと接触するかもしれない。


 戦況は圧倒的優位・・・というか勝負になっていない。

 こちらの『目』を欺き集めた兵たち、秘密裏に集めたということはもしかするとその目的が対外戦争であることもぎりぎりまで教えられていなかった可能性もあるけれど、それらはおそらくは圧倒的優位に立って一気に攻め入ることになっていただろう。

 それが3000以上の兵が120~200弱程度の砦を攻めて追い返されたというのだから、それはもう消沈しきっていることだろう。

 3箇所あわせた敵兵の死者は4000に及ぶらしいし、圧倒的物量差での敗北では逐電も多く出ただろう。

 残兵はおそらく脆い、そして今は夏で農閑期ではない、敵の被害は兵士の数以上に重大なものになるだろう。

 そしてこちらはこのまま逃げてはいおしまい、で済ませてやる理由もない。


「それで、ジョージ義兄様がこうして無事に戻った以上ドライセン西部、旧ヴェンシン王国派への報復攻撃が始まるわけですね?」

 このたびの戦は300年の平穏の後であったとはいえ、慣習とされた宣戦布告もなく、大義名分も存在しない侵略を目的としたものであった。

 あるいは彼らヴェンシン復興派からすれば、オケアノス東部がかつてヴェンシンに属していたことがある土地だからというのが大義名分なのかもしれないが、その理論でいけばダ・カールが現在すんでいる土地は6000年ほど前はグ族系ラスコ族というすでに失われた部族の栄えた土地であったはずだ。

 全滅させたのはヴェンシンによる大陸からの追い出しによって、大食いであった彼らは住処を追われたことで十分な食料を得ることができなくなり絶えてしまったのだけれど、追い出して奪い取った土地は問題がなくて、住んでいた人間ごと引き取るのは問題があるというなら、ヴェンシンの後継者を名乗ることを棄てさせるか、全滅するまで遊んでやることも吝かではない。

 彼らの侵略で、国境から城砦線にいたるまでの小村落や、彼らの街道封鎖によって命を絶たれたものも多分にいるだろう。

 ボクたちに必要なのは歴史的事実としてのヴェンシンの後継を名乗ることの放棄なので、本当に全滅させたり住処を追いやったりするつもりはない、十分にやさしいと思う。


 そのために有効なのはやはり威圧と、イシュタルトどころかオケアノス単体相手でも勝ち目がまったくないということを為政者たちにわからせ、その上で戦争することよりも助け合っていくことのほうがすばらしいということを民衆にわからせること。

 もしかすると最初から民衆はそれをわかっているかもしれないが・・・

 それと、一応彼らの宗主国という扱いになるドライラントに話を通すことも重要になるだろう。

 おそらくだが、前周と同様旧ヴェンシン派はドライラント側には話を通さず、ダ・カールとモスマンの貴族連中だけで決めて侵略を仕掛けてきている。

 負けそうになったら責任は彼らの言う「理性のないケダモノ共」に押し付けるかもしれない、そしてオケアノス側を攻め落としたらその勢いでドライラントも・・・なんて考えなのかもしれない。


 ボクの問いかけに、会議場の面々はジョージのほうへ視線を集めた。

 ジョージはゆっくりとうなずいて答える。

「はい姫殿下、幸いにしてオケアノスの誇る彼らが、国境防衛を担う兵たちが奮戦してオケアノス自体への被害は皆無といっていいものなのでしょう。しかしゼロではありません、少なくとも私が顔を合わせただけでも2桁に上る人数が、女子どもの別なく殺されました。そのツケを敵国とは言え民衆に味わわせるのでは奴ら三流山賊共ヴェンシンきぞくと一緒です。向かってくる兵は討ちます。武器を持ったまま逃げる兵も討ちます。しかし武器を棄て降伏するものは討ちません、しかし兵たちに民草の殺害を命じた貴族連中・・・弁舌や血筋という武器を、利権や贅沢、立場という特権を棄てることができない連中は一掃するしかありません、300年の平穏を享受してもなおこの様な無謀をやってのけた連中は捨て置くことができません。」

 言っていることは兵であるうちは討つが、武器を棄てた民は討たない。

 賊と成り果てた貴族のなりそこないたちは討つが、民に寄り添う貴族、務めを果たす貴族、それにまだその段階にない者は討たない。

 そういうことだ。


 ジョージは正しくイシュタルト貴族らしい戦争をするつもりだ。

 イシュタルトは土地によって偏りは存在するものの基本的に物資に困っているわけではないので略奪は不要だ。

 徴募した兵たちにも十分な褒章ともしも死んでしまったり、重傷を負った場合には、その程度に応じてのその後の補助も行うし、場合によっては勤め先を斡旋したりもする。

 敵国の民をいじめる必要がない国だ。


 そしてドライラントは自分たちの土地と一族を守ることと平穏を望む国家だ。

 彼らが旧ヴェンシンと連邦国家ドライセンを作ったのは、無意味に土地を広げるつもりがなく、さりとて旧ヴェンシンからの煩わしい攻撃を回避したかったからだ。

 つまり彼らはドライセンの宗主国となっていても、旧ヴェンシンを身内と認めた訳でも協力が必要だった訳ではなく、理由はどうあれ攻撃してこない隣人を必要としていただけだ。

 むしろ民衆たち同士はすでに小規模な助け合いを土地毎に行っているのでその目的は目標以上に達成されている。

 あとは「シンの火」を排除することができればそれでドライラントの安寧は成る。

 その後はイシュタルトと交易するもよし、自領に閉じこもるも良しのはずだ。

 であれば、イシュタルト貴族の・・・少数の絶対的な戦力で敵の武器を奪い、そして自国の民衆に可能な限り被害をださないという戦争方針に合致する方法としては、戦力で威圧しつつ戦線をダ・カール、モスマン双方の本拠地まで押し込んで民衆に降伏を迫る。

 その裏で城に戦力を送り込み首を刈る。

 これに尽きるだろう。


 おそらくそれでドライラント、それにタンキーニや小領主群はイシュタルトとの同盟関係か恭順のどちらかを望むだろう。

 前周と同じ様に婚姻によって同盟を組む可能性もある。

 それならボクが手を貸すことでもう少し早くそれを実現することもできるだろう。

 戦争が長引くとそれだけ民衆への被害が出るし、サークラのオケアノスでの結婚式が遅くなる。

 連座してアニスや母さんが帰ってくるのも遅くなるし、まだ幼いピオニーにはママが必要だ。


「義兄様、ここはナイト・ウルフをお使いになればよろしいでしょう。アレは威圧効果も戦力も十分に高い、敵は砦に配置されていたセイバー装備に恐れをなして逃げたということですから、さらに大きいナイト・ウルフのセイバー装備相手ではなおさらでしょう?」

「姫殿下の護衛をまたお借りしても良いと?」

「えぇ、陛下もそう仰っていたでしょう?今はあいにく近くにいないみたいですが・・・。」

 確かめる様なジョージの問いかけにボクはうなずきつつ答える。

 少しジョージの口ぶりに違和感があるけれど、単に濃密な一日だったので疲れているだけだろう。

「それではナイト・ウルフの戦力はお借りしたいと思います。」

 そういって頭を下げるジョージにボクは再度頷く。


 その後も会議は続き方針は決まった。

 オケアノス兵はこの後、ゆっくりと敗残兵を追討しつつ前進、ついでに軽く道を整備し、今後の移動と輸送をしやすくする。

 おそらく伯国軍は後方にはまともな数が残っていないのでナイト・ウルフが一人で後方に侵入し、城壁や堀を破壊する。

 戻ってきた兵はすでに荒廃している自軍の設備にがっかりするだろう、そして敵の貴族たちも敗残兵からの報告に顔を青くするはずだ。

 報告だけでは巨大な鎧を操る兵士の存在をにわかに信じることはできなかっただろうが、事前にナイト・ウルフがやつらの目の前で破壊行為を行うのだから信じざるを得ない。


 斯くして、オケアノス兵による敗残兵の追討と、降伏を呼びかけるための進軍、そして少数の戦力によるダ・カール伯国への軍事施設への破壊工作が行われることとなった。

ようやくアイラの1日が終わりそうです。

午前中は学校に行っていたアイラが城に呼ばれて、跳躍して家族の無事を確かめて、村の東の賊を片付けに出発してクマと戯れて、さらに西側に向かって、村で会議、ユーリたちと合流、合同葬、そしてオケアノスでの会議・・・一日は24時間設定のはずなのですがすごく詰め込まれてしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ