第88話:追討戦1
東侯代理ジョージとその護衛、そしてオケアノス所属の兵たち、それに西所属のウェリントン男爵エドガーとその次女にして王家の幼女でもあるアイラ・イシュタルトと村の代表である村長との協議の結果。
村に保障される税の軽減や失われた人命に対する見舞金、ジョージたちのために消費された食料の補填などの話し合いが終わったころには会議開始からすでに2時間超ほども経っていたが、会議は実にスムーズに進行し、村の亡くなった者にリープクネヒト少尉、そして死亡が確認されたダ・カール兵についても一度ここで弔うこととなった。
死んでしまえば、同じ聖母の子だからと村長が提案し、ジョージ、アイラが受け入れた。
それから最後にクマの処遇案についてアイラが解答をしようとしたところで、俄かに外が騒がしくなり、男(と少女一人とクマ魔物1頭を含む)たちは慌しく、臨時の会議室としていた村長宅から飛び出した。
そこにあった光景は・・・。
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(アイラ視点)
村長宅を飛び出すと村人や外に残していた兵士たちがガヤガヤと騒いでいた。
その中心にあるのは中型の飛行盾に乗った4人の家族。
「ユーリ!カグラ!エッラにフィーも、もう到着したんだね」
飛行盾に乗った愛しい家族たち。
神楽の魔導鎧装の付随装備である飛行盾は、単体で呼び出すことで人を乗せて飛行することができる。
一人用サイズの小型と4~5人用の中型、そして10人以上が乗れる大型とがあり、小さいほどスピードは速い。
実際には魔導鎧装の、大型ロボットと見紛う様な巨体を守り、同時に鈍重になりがちな機動性を補足するための装備であるので推進器の付いた盾の形をしている。
しかしこの世界の人間から見れば(いや元の世界であっても異質なのだけれど)中に浮かぶ盾に乗って現れる人間というのは目立つだろう。
「アイラ、待っててくれたの?もうオケアノスに向かったと思ってた。」
「アイラさん、ご無事で何よりです。」
ホーリーウッド家のメイド鎧に身を包んだ二人はただペコリと頭を下げただけで、軍官学校の学生鎧を身に纏った二人がボクに飛びついてくる。
「殿下、閣下、こちらの4名が突然空から降りて参りまして、クラウディアからの使いだということだったのですが、その様子だと間違いない様ですね。」
ネレース市側の兵たちはユーリや神楽のことを知らないので、混乱してしまったみたいだ。
会議中に決まった今日の夕方・・・といってもあと1時間後くらいからの合同争議の準備のためサークラの嫁入り部隊であったものたちは皆そちらの準備に追われているため顔がわからなかったみたいだ。
「その通りだ。こちらのお方はホーリーウッド侯爵の嫡孫、ユークリッド・フォン・ホーリーウッド様・・・アイラ姫殿下のご婚約者様でもある」
ジョージが補足したことで、場は沸く。
ここに養子とは言え王室の姫、東侯オケアノス、西侯ホーリーウッドの縁者が集まっているのだ。
国の半分がここにあるといっても過言ではない状況に、場にいた兵士たちはその志を奮い立たせた。
ほんの1年足らず前までは、簒奪候領兵やら、6000年の背徳者やらと他領の兵から影で蔑まれていたのだ。
それでも故郷を守るという一心で領兵を続けようやく黒幕が排斥され、オケアノスが正常化すると聞いたときは、胸がすく思いだったろう。
それをなしたジョージが、自分自身は侯爵にはならずあくまで代理として振舞うことも、彼らにとっては好ましいことだったのだとわかる。
幽閉されてきたアクアには十分な知識がなく、また本人はジョージのことを愛していらっしゃる様子が伺えるため、兵たちは彼を排斥したいとは望んでいなかった。
しかしながら、彼が簒奪侯の家柄ということも変わることではなく、彼が詳らかにした先代侯爵夫妻の暗殺、狂い姫と汚名を着せられ辱められて亡くなったリリー、トリトン、その他多くの忠臣や領民たちのことを思えば、彼をオケアノス侯爵そのものとして扱うことなどできようはずがなかった。
しかしいまやジョージは王家や四侯爵家のひとつからもこの様に心配され駆けつけられ、協調する体制にあるのだと分かったのだ。
東領が正常化したことは年始からの報せで知っていても、その実際の立場をその目で見た兵たちの喜びは大きなものだった。
それから、神楽とユーリが持ち込んだ穀物や衣料品類が村に引き渡され、さらに飛行盾をすでに人目にさらしたので大型盾を用いて重要人物であるアクアとサークラ、それに両親とアニス、護衛役のスティングレイ少尉、それにベアトリカを運ぶこととなった。
また跳躍のことは村人やオケアノス兵全般にまでばらすつもりはないので、一度ボクとジョージも飛行盾での移動をするように見せかけることにし、残りの兵たちは自力でオケアノスまで移動して貰うことになった。
人数が少し減るとはいえ護衛対象がいなくなり、一番弱いメイドでも一応は戦えるメンツをつれてきたということで、全員が戦士の集団となった花嫁行列はおそらくあさってにはオケアノスに到着できるだろう。
ベアトリカが誰かって?
あのクマのことである。
それは、4人と再会してすぐのことボクの隣におとなしく座っているクマの存在に4人はすぐに気付いた。
「アイラ、そのクマ?はこの村のペットか何か?とてもおとなしくしているけれど・・・。」
「わ、本当、クマさんです。大きいですねぇ・・・さ、さわっても大丈夫なのでしょうか?」
と、ユーリと神楽が不安そうに見上げて言った。
エッラとフィーはただ静かに様子を見ていたけれどその興味が強く注がれていることにクマも気付いたのか、すぐ近くにいるボクやユーリ、神楽ではなく、エッラやフィーのほうを見ていた。
そしておそらくはフィーのほうに強者の雰囲気を感じ取ったのか歩みよると、その足元に伏せた。
周囲の兵たちは突然のクマの態度に驚いた。
どういうわけか人の村の中にあっても物怖じせずに、姫やナイトウルフにピッタリと懐いていたこの巨大なクマが姫の元を離れやはり姫と同様小柄な少女たちに恭順の姿勢をとったのだ。
フィーは少しだけ逡巡した様でその血色の良い頬を指でかいたあと、伏せているクマの横になにやら耳打ちすると、クマはビクリと体を震わせて4つの足でしっかりと立ち上がった。
それからクマはフィーの手を一舐めして、次にエッラのほうに鼻先を向けると
「挨拶したいみたい、エッラも手の平を」
とフィーが告げると、エッラはそのとおりにクマに掌を向けた。
すぐにクマがペロリとその小さな手のひらを大きな舌で舐めるとクマはそのままボクのほうへ戻ってきた。
同時にフィーに手を引かれる様にしてエッラも一緒にこちらに寄ってきた。
「アイラ様、ユークリッド様このクマは良い子の様でございますね、アイラ様のことをお慕いしている様ですので良い壁になりましょう。」
フィーはボクに向かって告げた。
「フィーはその子のいうことがわかるの?」
尋ね返すボクにフィーは小さく首を振ると
「いいえ、気持ちがわかるといいますか、『あなたが強いのはわかるけれど、この方についていきたいのでなにとぞお許しください』という様な許しを求める気持ちを感じたので・・言葉がわかるわけではないです。」
そういってフィーが後ろからクマの首のを雑になでると、クマはうれしそうにその手を舐めている。
「それでフィーはこの子になんて伝えたの?」
「私とエッラもアイラ様のことをお慕いしていることをそれとなく伝えました。この子は賢いですね、私の言っていることがわかるみたいです。魔物の様ですが、そのうちさらにユニーク化をするかもしれませんね。」
そういってクマを引き続きなでるフィー、その小さな手はクマの首筋の毛の中にモッフリと埋まり慈しむ様な視線をクマに向けている。
「それってこれからこの子はアイラ様にお仕えするということですか?ま、魔物のクマなんですよね?危なくないですか?」
エッラが少しだけ、本当に少しだけ不安そうに尋ねる。
フィーが言うことを疑うのが嫌なのだろう、けれどボクの身を案じる立場からの疑問の様だ。
魔物は普通人間を襲うもので、特に女の子は常に魔物に孕まされる危機感を覚えるものだ。
「この子はメスだし、これまでも人間の食べ物で馴らされてるみたいなんだ。だからきっと大丈夫だと思うよ?本当に賢い子だし。」
そういってボクもクマの頭をなで始めると、少しだけうらやましそうにエッラがクマを見ている。
エッラもボクになでられたい?いや違うよね、エッラは動物との触れ合いが好きだった。
だからきっとこれもなでることがうらやましいんだ。
「エッラもなでてみたら?モフモフしてるよ?」
そういって勧めるとエッラは少し迷っている様だった。
魔物だと聞いたからかそれともメイドの職務中に趣味に走ることを良しとしていないかだけれど・・・
「ねぇ、君もエッラと仲良くなりたいよね?」
クマに向かって、目配せでエッラのほうを示しながらたずねると、やはりこのクマ、言葉か心が通じる様で、エッラのほうに向き直ると、小さく頭を下げた。
エッラはそんなクマの様子にビクリと反応した後、おずおずと手を差し出した。
クマはおとなしく頭をエッラの胸の高さまで下げて待っている。
エッラはクマの耳の辺りに手をやるとはじめはそっと触れる程度に、そしてすぐに揉みしだく様に撫ぜ始めた。
「あ・・・温かいですね。私生きている魔物にこんな風に触るの初めてですが、ウェリントンでお世話していた子たちと何も変わらないんですね。」
そういってエッラが遠い目をした。
エッラはウェリントンで家畜事業を主に担当していたブリスの娘で彼女自身幼い頃から家畜に慣れ親しんできた。
中でも馬はお気に入りでいつもかわいがっていて、ただウェリントンから出る前の年に特にかわいがっていた牝馬のベアトリカを彼女は失ったのだ。
きっとそれを思い出していたのだろう。
クマにベアトリカ・・・安直かもしれないけれど、ちょうどいい感じの名前だと思えてしまうのはダジャレ好きな日ノ本人の性だろうか?
でもエッラの愛馬の名前だし、ボクが勝手につけるわけにはいかないよね?
「まぁこれから家族にする以上名前は必要そうですね、おそらく近くにいるらしいサベージベアから進化したユニーク体だと思うのでベアにちなんだ名前でも付けてあげられるといいのだけれど・・・何か名前の案はあるかな?」
そういってボクがたずねると、みんなが思案顔になり、ブツブツとつぶやいていた。
そんな中エッラだけはボクの言葉に反応してさらにクマの耳を情熱的に揉みこんでいた。
「あ、あの、アイラ様、ベアトリカというのはいかがでしょうか?」
そういって恥ずかしそうに・・・そういえばそもそもエッラは恥ずかしがり屋だったね、メイドになると決めてからは堂々とした振る舞いが多かったけれど・・・提案してきた。
周りの反応は良い、ベアトリカの名前の由来を知っているサークラ、と両親は察した表情だけれど、ほかのみんなは馬のベアトリカの事は知らないから、ベアトリカ・・・いいんじゃない?といった感じ。
「エッラがその名前を使っていいっていうなら、ちょうど女の子だしかわいいしいいと思う。」
そういって答えると、エッラはうれしそうな顔をした。
もしかすると撫でていた今の短い時間に、だいぶ気に入っていたのかエッラは
「今日からあなたの名前はベアトリカだよ、よろしくね、ベアトリカ、私が先輩メイドとしていろいろ教えてあげるからねー」
とクマ・・・もといベアの頭を抱きかかえてうれしそうにかいぐりかいぐりする。
村人と兵の一部が、その押し当てられた胸を見てゴクリとつばを飲むけれど、とりあえず見なかったことにした。
ていうか、エッラはその子をメイドにする気なのかい・・・?
といったことがあり、例のドミネイトベアはベアトリカと命名されるに至ったのだ。
本人もすっかり気に入っている様で、ベアとかベアトリカと呼んでやるとうれしそうにクォンと鼻を鳴らす。
初めての飛行盾に載せても、臆する様子も見せずにほとんど猫みたいにゴロゴロとしている。
試しに鑑定してみると
ベアトリカF7ドミネイトベア/
生命5217魔法21意思122筋力112器用23敏捷48反応50把握69抵抗22
適性職業/戦士 騎獣 猛獣使い
としっかり名前が認識されているのと、意思の力が劇的に増えているのがわかった。
名付けという行為によってどの程度この子に変化があったのかわからないけれども、変化があったのは確かなので、これからも注意深くこの子は観察する必要があるだろう。
さて、大盾に乗って5分ほど経った辺りで、ボクとジョージはオケアノスまで跳躍することにした。
到着までの時間は3時間くらいしか変わらないけれど、やはり指揮官の有無は戦線に多大な影響があるだろう。
家族らにハグとキスとで見送られて、ベアにもおとなしくエッラの言うことを聞いている様にと言い聞かせてからジョージの手を握って跳躍する。
場所はひとまず、以前アクアが幽閉されていた塔にした。
ジョージとともにオケアノス城内を警戒しながら歩いていると、その警戒はひとまず不要であったことがわかる。
夜のオケアノス城内は普段よりあわただしくはあるものの、城内にいるのは紛れもなくオケアノスの臣たちで、ダ・カールやモスマンの兵ではなかった。
二人で気配を探りつつ人が多い部屋を探し当たりをつけて今使われている会議室を見つけるとその入り口を守っていた兵にジョージが声をかけた。
兵はジョージの姿を認めると涙を浮かべ、その無事を喜んでいるのがわかったが、彼はその職務を全うし、取り乱さずに会議室内へと取り次いだ。
かくして、行方不明となっていたオケアノス侯爵代理はオケアノス城に帰り、オケアノス侯爵や次期侯爵の生母となる女性の無事も、侯爵代理と王国の姫から伝えられた。
その場にいたオケアノスの将兵に内政官らすべてが歓喜し、そして、現在の戦線の情報がボクたちにもたらされた。
お盆の帰省から帰宅直後、親類に不幸がありましてトンボ帰りしておりました。
更新が遅くなってしまい申し訳ありません
次の更新までも少し遅くなる可能性がありますが、体調不良とかではありませんので心配などされずにお待ちいただければと思います。
それと14日にこっそり旧作の外伝にあたる他者を更新しております、と申しましても、両刀とも当物語とも直接的なつながりのない部分の話になっておりますので現状では多分読まなくても平気です、多分。




