表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/220

第86話:撤退戦1

 5月3日、オケアノス東部国境を越えて東側・・のとある砦、300人ばかりの兵が建屋の外でうつむきがちに座り込んでいた。

 夏の日差しは兵士たちの体力をジリジリと奪っていく。

 この砦は本来物見櫓程度の機能しか持たない砦で、兵員の収容スペースはそう大きくない

 寝床の数も30しか用意されて居らず。

 普段ならば20~25人ほどの兵士が、寝起きしているに過ぎない小さな砦であった。

 その敷地に現在はありったけの野営設備を持ち込み、それでも足りずに近隣の森を切り開いて簡素な骨組みに輜重用の馬車の幌をかぶせただけのテントを作っているところであるが、それでもなお足りず。

 700を超える残兵のうち400弱しか十分な安息も取れない状態であった。

 十分な安息といってもしっかりとした壁があるわけでもなければ、敵国のイシュタルト王国の様に魔物除けの結界が十分に用意されているわけでもない。


 ただ直射日光と風をよけることができる程度のものだ。

 さらに冷気を操る魔法を操れるものがひとつのテント毎に一人ずつ配置されていて、彼らはあまり休むこともできずに空気を冷やす役割を負っていた。

 これらはすべて上層部の準備不足と勇み足の結果起こった、兵士たちにとっては不幸な出来事だった。


 兵士の数、武器の数は十分(だと思っている)だったが、敵領地に攻め入り拠点を奪取する算段であったので、自領側の拠点は兵士の数に間に合って居らず、糧食の備蓄もギリギリ。

 小規模の兵を動かしての魔物討伐しかしていなかった軍部には多数の兵を動かすための知識の蓄積がなく、旧世代が持っていたその知識の継承も十分に行われてこなかった。

 結果のみいうのであれば完全な敗北である。

 それも、ほとんど騙まし討ち、不意打ちを行っての完全敗北だ。


 ダ・カールでは常備兵1200余名を80人前後の部隊に分けてそれを中隊という単位で運用していたが、今回の開戦に伴い彼らのうち441名を今回の戦闘における一般兵部隊の指揮役として抜擢5つの部隊にわけ、各部隊に一般徴兵された兵1000人前後をつけて5つのルートから進軍させる算段をした。

 なるべく軍の動きを敵国に悟らせないために徴兵はなるべく中央の地域で行い。

 軍備の増強を看破されるため、国境付近への移動も開戦予定の4日ほど前を目安に行い訓練もほとんど施さなかった。

 常備兵の残りのうち3分の1を敵国の街道封鎖に、残りを輜重隊の指揮に当てて、時間を合わせてダ・カール、モスマンから幾つかのルートでの同時進軍それにモスマンの出兵でタンキーニ領を経由してダ・カールに輸送を行うと偽った部隊がタンキーニ領からオケアノス領に攻め入り、最初の一撃でオケアノスの国境沿いにある7箇所の小城砦都市のうち3箇所程は攻め落とす手はずであった。


 この砦に現在逃げ延びた・・・・・部隊も元はオケアノスの砦に3方向から攻め入った合計3200人ほどの部隊であった。

 対して彼らが攻めたオケアノス側の砦は事前の調査では兵士120人と住民600人ほどの城砦の町であり、突破は容易のはずであった。

 その結果は・・・。


------

(ダ・カール伯国槌使い視点)

 そこかしこで、同胞たちがうめき声を上げている。

 斯く言う俺も、少し気を抜くと無意識に声が漏れてしまう。

 そして声を漏らしてしまったことに気がつくと、あわてて口を噤むのだ。

 ひどいケガをしているわけではない、ただ恐怖に打ちひしがれ、うなされているだけだ。

 環境もよくはない。

 ほとんど野ざらしに近い状態での野営は心の弱った兵たちの体を蝕んでいく。

 夏の日差しはただそれだけでも体力を奪うが、今の俺たちを追い詰めているのは、熱く身を灼く様な恐怖だった。


「『雷鳴の』!おい雷鳴の!」

 いつ訪れるかもわからない恐怖に震えながら俯く俺の目の前にいつの間にか正規の兵隊がいた。

 前線に出てくるまでの道中で知り合った男で、剣使いの多い伯国兵では珍しい長柄でヘッドの小さな片刃の斧を両手に持って戦う双斧術そうふじゅつ使い、さらに風の魔法を使うことから『双旋風ふたつかぜの』と渾名される腕利きだ。

 彼は、縁故の多い正規兵の中ではかなりまともな戦闘力を持っていて、今回の砦攻めでも数少ない武功として、3人の敵兵を打ち倒していた。

「そんなに大きな声で呼ぶな・・・、化け物に気づかれる。」

 しかし、そんなことはまったく意味を成さない、アレの前では人間なんて等しくスケアクロウみたいなものだ。

 ただ剣の切れ味を試す様に斬られ、どんな偉丈夫でも初撃を受けきることすらできない。


「雷鳴の・・・貴殿も、アレを見てしまったか・・・いやそれでもやってもらわねばならん、もはやこの砦にまともな戦力は30も居らぬのだ。」

 双旋風のが、そういって再び俺の二つ名を呼ぶ・・・雷鳴の、とは俺が稀有な雷の魔法を持ち、鉄槌に纏わせて轟音で威圧することからついた二つ名だ。

 今回もこの力を以って一人の兵を痺れさせ、その頭蓋を割って手柄とした。

 しかし、その名ももう虚しいばかりのものだ。

 俺の心はすでに折れている。


「双旋風の・・・もう放って置いてくれ、俺はもう無理だ。あんなものを見てしまって、それでも戦場に向かえるものがいるものか・・・。俺はもう心が折れたのだ。」

 そういって下を向いて、放っておいてくれと手を振ると、双旋風のはふぅ・・・とため息をつくと、なおも溌剌とした声で告げた。

「雷鳴の、撤兵が決まった。我々は決死隊を募り、この砦に残り殿を勤める。その後味方の撤退を見守って殿部隊も撤収する。」

 撤兵、撤収という言葉にピクリと反応するものが多くあった。

 しかし俯いた者たちはそんな言葉だけでは生気を取り戻したりはしない、無論俺もだ。


 撤収できるのは無論ありがたいが、砦を捨てたとたんにあの化け物が追いかけてくるのではないかと、先日の恐怖がよみがえる。

 それに・・・

「なぁ双旋風の・・・どうして急に撤収になった?初日の敗走から今日まで連中の襲撃は一度だってなかった。にもかかわらずどうして今日になって撤収なんだ?」

 俺だって、徴募に応じた食い詰め者とはいえ二つ名を持つ冒険者でもある。

 この突然の方針変更がろくでもないことをあらわしていることくらいわかるさ。


「やはり気付くよな・・・だが、撤収する者たちのためにもそれは口にしてくれるなよ?」

 そうしてボソボソと先ほどまでより小さな声でつぶやく双旋風。

 そのやつの達観した表情に、俺は言葉を返した。

「・・・殿は必要なんだな?それをあの作戦参謀共が判断できる程度には逼迫した状況というわけだ。」

「そうなるな。」

 そしてやつも短く、簡潔に応えた。

 あぁ、やはり・・・と俺の心にはむしろ鉛の様に重たい感情が沈んでくる。

 だが、それならば、この双旋風との数日に友誼を感じるのであれば、折れた心をもう一度奮い立たせるのが男というものだろう。

 死に行く友のために立たねば男が廃るというものだ。

「わかった協力してやる。だが、勘違いするなよ?俺が協力するのはあの無能な幹部連中を守るためじゃない、ほとんどだまされてつれてこられた一般徴募の連中と、お前を死なせないためだ。」

 そういってジロリと双旋風のをにらみつけると、やつは臆した様子もなくにやりと笑いやがった。

「すまんな、徴募組の貴殿に貧乏くじを引かせる。なにか奢るから許せ。」

「ふん、ぬかせ・・・たっぷり酒をいただくからな、」

 それでも、悲壮な表情で言われるよりは、こちらも幾分かマシな顔で応えられるというものだ。


---

 場所を変え、より詳しい説明を受けた。

 部屋の中には正規兵の中でも腕はともかく、とくに国を憂う兵士8名と、俺と同じ徴募組の中でも腕の立つものが、20名ほど、それにこの部隊を統率していた指揮官殿が座っている。

 現在の状況を、若干の状況からの推測も交えて解説された結果、此度の大侵攻作戦の失敗を聞くことになった。

 まず今回の作戦は、オケアノスの指揮を執るジョージ・フォン・オケアノスが婚姻のために領都オケアノスを空けるということが前もってわかったために侵攻を決めたということだ。

 その作戦目標は、開戦と同時に多方面から国境を侵し陽動、本命はオケアノス東側に7箇所ある小城塞都市のうち3箇所の奪取、これがうまくいけば、残りの4箇所の城砦は防衛のための兵を出すことになる。

 その隙を突いて、4つの町に紛れ込んだ旧ヴェンシン派の内通者が、小城砦都市の指揮官を殺害、または拘束、都市を掌握して伯国に降る。

 この7つの小城砦都市はいずれもかつてヴェンシンの領土であったと伝わっていてその中でもオケアノス市に近い3箇所を攻め、残りの4箇所も降ることでまだ足元の固まっていない現オケアノスを威圧、戦後は略奪し終わった後の3都市を返してやること恩を売りイシュタルト本国を巻き込んだ反撃を防ぐ。

 そして、得た4箇所の力を以って今度はドライラント狩り・・・それが伯国の首脳部が、状況に焦って立てた作戦だった。

 これはあくまでも、300年の平穏の中で、各城砦都市の常備の兵の数が全盛期の10分の1未満の数値となっていて、物量差での短期決着が可能だと判断してのことだった。

 イシュタルトは大陸最大の国家であり、その主だった5つの勢力のひとつであるオケアノスだけ取ってみてもその戦力はダ・カール、モスマンをあわせたそれを大きく上回る。

 しかしそれでも前線に配置された兵の数は分散しており、特に後詰にオケアノス市が待機している正面3都市は常時最低限の見張りの兵しか置かれていなかった。

 各城砦市には、多量の武装と兵糧が備蓄されていて、有事には兵員だけが前線に移動し、防衛するための仕組みだ。


 普段ならそれで十分なのだろうが、オケアノスは現在粛清により代替わりをしたばかりであり、なおかつその指揮官であるジョージが不在、であれば後は少し街道を分断してやるだけで初戦の勝利は難くない、そう信じての進軍が、いとも容易く蹴散らされた。

 圧倒的物量差であったにもかかわらず。

 国境の見張りに過ぎない少数の部隊はこちらを押し返し、200に満たない兵が3200の兵を押し返し、さらに死者の数で言えば彼我の差はおよそ20対2300ほど・・・生き残りの一部は逐電したが、魔物の棲む領域を抜けられたかどうかはわからない。

 ただ印象に残っているのは、戦闘開始から10分ほどして現れたあまりにも強大で凶悪な巨人の姿だ。

 巨人は身長2m半ばあり、その図体に見合うだけの巨大な鎧を身に纏っていた。

 どう見積もっても150kg半ばはある鈍色の、そろいの鎧を身に纏った二人の戦士は、その重さをまったく感じさせない鮮やかな動きで我らの同胞、その先鋒隊の尽くを斬り捨てた。

 そして一度気勢をくじかれた我々は統制を失い、多大な犠牲を払いつつ逃げ帰ることになったのだ。

 思うにあれがイシュタルトに30人ほどいるといわれている認定勇者というやつなのだろうと、我々は自分たちの不幸を呪うと同時に、我々がここに居座ることで、勇者を釘付けにするという役割を見出していた。

 実際にはまともに動けないほど萎縮してしまっただけであるが・・・。


 なにせ、ジョージ不在の間にすべてを終わらせるつもりが、最初の少人数の砦すら突破できずに終わってしまったのだ。

 これで戦争を続けることができる人間などいるはずがない。

 今だって人数で言えばあちらより多いが、連中にはあの巨人どもがまだ残っている。

 それでもこの場所に踏みとどまっていたのは、同時侵攻した味方がいるからだ。

 我々という脅威がなくなればあの二人の巨人は別の拠点の守護に回ってしまうだろうと・・・。


 それから今日まで、この国境間近の砦で他の同時に攻めたはずの味方の情報を待っていたわけだ。

 そして今日その結果が届いた。

 その内容は、我々が撤退戦をするという事実が物語っている。

 それでも言葉にしてしまえば、ここよりひとつ南の拠点を攻めた部隊については壊滅、一番南を攻めた部隊もすでに潰走しているという。

 状況は開戦前に思い浮かべた最低を大きく下回るものであった。

 仮にこの撤退戦を首尾よく終えてもなんら意味を持たないだろう。

 おそらくは報復の攻撃がある。

 ダ・カール、モスマンそれにタンキーニも巻き添えで国自体がなくなるのだから。

 それならば・・・どうせ喪われる命であるなら、一時でも友と呼んだ男と肩を並べて死ぬのも良いだろうと俺は思ったのだ。

 同胞を逃がすという大義名分もある。


 これから滅び行く祖国とともに死んでいくよりも、逃げる同胞の明日を見送り逝くほうが幾分か救いがあるというものだ。

 ある種の陶酔の様な甘美がある。

 ここにいる男たちは一様にそういう覚悟を決めた様だった。

 貴族であるはずの指揮官だけが申し訳なさそうに徴募組の男たち一人ひとりに頭を下げ、手を握り、同胞のために死ねと命じてくださる。

 それだけでも本国の貴族たちと、ここにいるわずかな正規兵が異なる生き物だとわかる。

 両者は同様に、名誉のために生きて死ぬが、ここにいる男たちの表情のなんと精悍なことか!

 あぁ聖母よ、願わくば我らが死出の旅路に栄誉を、このすばらしき男たちに相応しい闘争を与えたまえ!!


 仄暗い部屋の中で、一度折れた俺の心は、最後の一瞬を目指して燃え盛り始めていた。

遅くなってしまいました申し訳ありません、このところ暑さのためか夜になると頭痛に苛まれています。

今後なるべく遅れない様に気をつけます。

(ダ・カール側の)撤退戦の開始です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ