第84話:東方事変6
オケアノス領中東部ゲーネ村から森の方向、東北東へ約1kmほどの地点。
村からほど近いこの場所で、現在惨劇が起こっていた。
地面には30人ほどの男が倒れ伏し一部は見るからに首が生き物としてありえない方向に曲がっていたり兜ごと頭を踏み抜かれたりと、見るも無残な姿に変わり果てていた。
その中で立っているものは怪我が治ったものもあわせて鳥が合計7羽に、ナイト・ウルフに扮したアイラとその仲間2名、生き残っていた賊徒に扮するダ・カール兵3名、そして・・・。
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(アイラ視点)
せっかく治療を施したタイラント・フェイス(魔物ではなく鳥らしいが、その図体はあまりにも現実離れしている)から裏切りの一撃をもらい、ダメージはないながらも精神的な衝撃と、自分で治療しておいて殺さなければならないという葛藤に揺れ動いていたボクをかばう様に現れたその人影の背中はとても大きかった。
ナイト・ウルフとほぼ同等の体の大きさに、太い木の棒に石で作った刃をくくりつけただけの単純な石斧を持ったその存在は、後肢だけで直立し手に斧を持っていたことから人影だと思い込ませボクを混乱させたが、明らかに人の姿をしていなかった。
「く・・・クマ?」
クマだった。
いや、クマの様ななにか・・・だろうか?
ボクの知る限りクマはあんなふうに重たいものを握って持つことは苦手なはずだ。
ましてや原始的な品とはいえ斧を持ったり、それを使って鳥の攻撃を受け流したりだなんて、クマのすることじゃない。
「グゥゥゥゥム!」
そのクマの様ななにかは、全身が赤かオレンジに近い茶色の毛で覆われており、体高はおそらく2m95cm前後立ち上がった姿はナイトウルフよりわずかに大きい様に見える。
クマはボクをかばう様に2羽の鳥との間に割って入り、石斧で鳥の攻撃を受けては何か語りかける様にうなっている。
クマで仲間が見えなくなったからか、さっき一度は攻撃してきた元怪我していた鳥もおとなしく首をゆすっているので、いったんボクは危機(別にまったくダメージは受けていなかったけれど)を脱した様だ。
しかしながら、このクマ?がいったい何なのか、ボクをかばう様な立ち位置だけれど本当に敵ではないのか?
クマは何度か攻撃を受け流し、その都度吼えて鳥に何かを伝えている様に見えた。
すると、鳥にも何か伝わったのだろうか急に鳥たちはおとなしくなったかと思うと、嘴をまたカスタネットの様に鳴らし始めた。
4羽で首を上下にゆっくりと振りながら嘴を鳴らして、それははじめばらばらであったが徐々に音が近づいてきて、4度目首を下げたときにはきれいに音が一緒になった。
それが合図になったのか、賊のほうを威嚇していた鳥たちも踵を返しこちらに寄ってきた。
3羽の鳥たちは、先ほどまで傷ついていたはずの2羽の仲間が元気になっているのを見るとうれしそうに翼をばたつかせて、それから4羽と同じ様に嘴をカスタネットにしてゴツゴツと音を立て始める。
なんだかんだで7羽に囲まれた状態になったけれどこれ大丈夫かな・・・?
クマは石斧を下ろし、鳥の一羽と向かい合っているけれど・・・、とその向かい合っていた鳥がそっぽをむいて、北の方向へ移動し始めた。
そしてそれに追従するみたいにして残りの鳥も立ち去り始める。
鳥、に関しては解決された様だ。
が、しかし、このクマ?はなんだろうか?まだ油断はできないけれど、一応助けてもらったと考えるべきだろうけれど、警戒は解けない。
あぁひとつだけできることがあった。
そう考えてクマ?の鑑定を試みる。
(名称なし)F7ドミネイトベア/
生命5217魔法21意思104筋力112器用23敏捷48反応50把握69抵抗22
適性職業/戦士 騎獣 猛獣使い
鑑定できたけれど、どうも魔物らしい魔物のステータスの基準はわからないけれど、とりあえずクマ系の魔物で、でもそれにしては意志力が高い。
これはひょっとすると十分に知性や判断力の様なものを持っている可能性がある。
そしてメス!これでひとまず自分の貞操を守る必要はない相手だとわかって一安心。
オスの魔物だと、問答無用で生殖目当てに女性やメス魔物を襲うこともあるから少し怖いんだよね・・・。
様子を伺うけれど、ドミネイトベアはその巨体をボクではなく少尉たちの方へ向けた。
警戒を強くするボクと裏腹に、ガウデンツィオ氏は駆け寄ってくると、クマに向かってうれしそうに声をかけた。
「おぉおぉ!よく無事だったなぁ。賊どもがでてから様子を見られなかったから狩られたりしてないか心配したぞ。」
ガウデンツィオ氏はどうやらこのクマと面識があるらしく、うれしそうな顔でクマを見上げている。
「ガウデンツィオさん、このクマは・・・?っとそうだ少尉、賊の拘束をお願いできますか?」
とりあえずクマも安全ならば賊の制圧を先にするべきだろう。
賊たちは、そのほとんどがすでに死体となっており。
生存者はわずかに4名だった。
立っていた3人ともう一人ごつくて毛むくじゃらのクマみたいな男が致命傷を受けずに気絶していたのでそれ以外の遺体を収納し、疲労困憊といった具合に立ちすくんでいる男たちは少尉と手分けして説得した。
内容としては、このまま賊としての処分を受けるか、街道封鎖を任務として浸透していた先遣部隊だと宣言し捕虜としての扱いを受けるかをたずねただけだ。
こちらのセイバー鎧の威容を見た彼らに対して、すでに証拠となりうる賊徒の遺体を多数回収しているので仮に賊徒として処理しても、検分してお国許は判明するだろうし、行商人やドライラント経由で身元もがんばれば判明できるだろうこと
それから抗議と調査をするのであれば、わざわざ隠して進入させた兵士の存在は明るみにしたくないであろう国許は調査されないために、郷里の家族に口封じをするだろうとそれとなく仄めかし、さらに捕虜として扱った場合のメリット、すなわちとりあえず即殺されることはない、その上で生き残った全員の身元が兵士であったと確認でき、遺体も回収できているので死んだ者の遺族の確認の協力などすることで、戦後処理の際に軽い労働刑などですむ可能性を示した。
4名はうなだれて聞いていたが、家族の口封じという言葉に対して大きくうろたえた。
国許ならばやりかねないと思っているってことだ。
信用のない国だね。
結局ボロボロの2人が少し渋っていた(まさか堂々と逃げたほうがいいというなんて思わなかったが)ものの、最後には無事だったほうの二人(態度からみて部隊の指揮官枠の様だ。)の説得を受けて捕虜として投降することとなった。
捕虜の4人は装備をすべて奪い取るだけにした。
武器もなしでボクたちから離れればそれはすなわち死を意味する。
逃げようとしたら躊躇なく殺すことも伝えているのでおそらく大丈夫だろう。
取調べは村に戻ってからだ。
そこまですんでようやくクマとガウデンツィオ氏のほうへ戻るとガウデンツィオ氏がなにやら困った様子でクマの腹の辺りをさすっていた。
「どうかされましたか?」
捕虜たちの前を歩く少尉がガウデンツィオ氏に尋ねる。
すでにクマのことは聞いているのかクマに対しては特に疑問を持っていない様だ。
「ガウデンツィオさん、そちらのクマについてうかがっても大丈夫ですか?なにか困った風ですが」
ボクはまだクマについて何も聞いていないので、それも知りたいけれど、困っているならそれを見逃すわけにもいかない。
クマで魔物だなんて不確定要素の塊だもの、『困ったこと』がそのままガウデンツィオ氏の危険につながることだってありうるのだ。
しかし、ガウデンツィオ氏はボクの想定よりもはるかに軽い感じに笑いながらいう。
「あぁいえ、このクマなんですがね、非常に賢いやつでよく森で木を切ったりウサギを狩ったりしているときに魔物やら何やらから守ってくれたり、鹿やウサギを追い込むのを手伝ってくれたりするんですが、お礼に村で採れた野菜や焼いた豚の肉それに、パンなんかをほしがるんですよ。ただ今日は何も持ってきていないので・・・」
なるほど、やはりかなり賢いらしい、まさか労働との交換で人間から食べ物を得ているなんて・・・。
本当に魔物だろうか?
実はドミネイトベアって新しい亜人か魔人だったりしないのだろうか?
魔人の発生条件はまだ未解明の部分も多々あるし、彼女は新しい人類の萌芽の可能性だってないではないだろう。
「えぇ・・・と、人の作った食べ物であればよいのでしょうか?ではこちらはいかがか?」
そういいつつ収納から・・・見た目的には鎧の腕部分からパンとビスケット、それに非常用にいつも備蓄してある醤油味の豚と鳥のジャーキーを見せてみる。
保存食とはいえ、内部の時間経過のない勇者の空間収納だから可能な生肉もあるけれど、手のかかっているものが好きな様だしね。
クマは差し出された食べ物にすぐに興味を示し、出した食べ物に鼻を近づけてスンスンとにおいを嗅いだ。
その大きさはナイトウルフと変わらないほどの巨体だというのに、7歳の女の子だと思うと不思議とかわいらしく見えてくるから不思議だ・・・。
しかも最初はちょっと恐怖を感じたけれど、その目つきは意外と円らで愛嬌がある。
ただ気になったのはその手だ。
普通クマは指がすべて同じ向きに生えているものだが、このクマの手は人間と同じ様に親指?が横に離れて生えている。
そして・・・クマはおもむろにささみのジャーキーを手に摘み上げるとクンクンとにおいを嗅いでから口に入れた。
やはり親指が人間のように動いてものをつまめる様になっている。
それもササミはクマの手の大きさからすればとても小さくつまみにくいはずなのに、とても起用につまんで見せた。
そしてジャーキーを食べた後クマの様子は激変した。
それはまるで、好物を食べた子どもみたいに、クマはその両手を頬に当て身悶えした・・・。
そしてまだボクの鎧の手の上に残った肉やパンを見つめると首をかしげてボクのほうを見る。
これは、『これも食べていいの?』だろうか・・・?
わかりやすく?大きくうなずきながら手をクマのほうに差し出すとクマはまたひとつ肉をつまむと今度はにおいを嗅がずにパクリと口に収めた。
そして今度は手を頬には当てずに身もだえする。
正直、見た目とのギャップでかなり笑える絵面だが、こんな塩分の濃いものを魔物に与えていいのだろうか?
クマならだめだったかもしれないけれど、魔物なら正直ありだと思っている。
野生のクマなら無闇に人の食べ物の味を覚えさせることに抵抗感もあるけれど、このクマは魔物で、それもすでにずいぶんと知恵をつけて人の食べ物を得ていた様だ。
前周のオーティスが狼犬型魔物を手懐けて戦力に加えていた例もあるし、魔物を使役することは不可能ではないはずだ。
その関係が力関係か利害の一致かはわからないけれど、少なくともこのクマは人間が作る食べ物を手に入れるためには人に協力するということをすでに知っていて、こちらと意思を疎通させようとする意思もあるのだから、共存はたやすいだろう。
「ガウデンツィオさん、このあたりにはほかにクマ型の魔物はいないのですか?」
ボクの問いかけにガウデンツィオさんは思案顔をしたが、それはクマの有無ではないところに対するものだった様だ。
「ちょっとまってください、そのクマ魔物なんですか?」
と・・・どうやらこのクマは動物だと思っていた様だ。
「そうですね、魔法力も持っていますし魔物ですよ?動物だと思っていたんですか?」
だとしたら餌付けはかなり危険な行い、クマが人の食べ物の味を覚えれば村に出没する様になってしまう。
魔物だと違うかどうかもわからないけれど・・・。
「いや、魔物のクマはこの地域の種類のサベージベアというのが北のほうにいるんですが、このクマとは見た目も性質もだいぶ違いますし、こいつと同じクマはほかに見たことがないので動物のクマの生き残りだと思っていました。体がでかいから魔物にも鳥にも食われなかったんだろうと・・・。」
「サベージベアというのは、この子より小さいのですか?」
「そうですね、大体6割くらいでしょうか2m以下くらいのものが多いですね。幼獣のうちはよくタイラントフェイスに狩られているみたいです。完全成長してもタイラントフェイスとは五分の戦いとなり、あまり群れない彼らはタイラントフェイスからは距離を置きたがります。タイラントフェイスもサベージベアが増えると困るのがわかってるのか、サベージベアの子供は見つければ襲うので村の近くにタイラントフェイスの群れがいると、魔物が寄り付きにくいんで助かっています。」
そこまで会話すると、クマがちょうどボクが差し出した食べ物を食べ終わったみたいで鎧の指をペロペロとなめ、すぐになめるのをやめた。
金属の鎧は肉の味も移らずおいしくなかったみたいだ。
「なぁ、とりあえず村に戻ったほうがいいのではないか?」
と捕虜の中で隊長核の男が言い出した。
「どうしたダグラス」
さっき勝手に鑑定して名前はすでにわかっているので、その男の名前を脅かす様に呼んでみる。
これで変なことはいわないだろう。
「な、どうして私の名前を・・・いやいい、捕虜になると決めたからには協力するだけだ。」
「いい心掛けです。それで?どうしたのかな?」
汗をかきながら隊長格の男ダグラスは今日の計画を話してくれた。
そして・・・
「われわれの村を挟撃する予定だったとは!」
「なのにそれ以前に鳥にケンカを売って壊滅なんて・・・一国の兵が聞いてあきれますね?」
ガウデンツィオ氏は憤り、少尉が心底あきれた様な声でつぶやくが、状況はよくない。
「つまり今ちょうど、西側に陣取っていた連中が村に襲撃をかけようと進軍中ということですね?」
ボクの問いかけに隊長格の男と槍使いだった男ニコラスがうなずく
少しまずい、東も西も拠点の位置はおおむね3kmのところに設置していて、ほぼ同時刻に移動を開始したはずだそうだ。
なおかつこちらの部隊は10分ほど鳥と交戦したあとボクたちが現れたそうなので、もう30分ほど西側の部隊は移動を続けている見込みで、人数もほぼ同数だとか・・・
ダグラスとニコラスがこの中隊でもっとも実力のある二人だそうで、彼らの腕を見れば西側の部隊もたいした腕はないだろうと予測されるが、それでも30人という数はそれなりに恐ろしい。
ジョージがいる以上そうそう遅れはとらないと思うけれど・・・。
「少尉、当初と役割を逆にしよう、私は村に急行するので少尉はガウデンツィオ氏と捕虜たちを頼む。」
「了解しました。恐れ多くもあなたの主人であるアイラ姫殿下のご家族様たちです。あなたにとってももちろん守るべきものなのでしょう、ですがサークラ様は私にとってのご主人様でもあります。それを守るといって私にこちらを任せるのですから、くれぐれも・・・お願いします。」
そういって少尉はボクに役目を任せてくれた。
その期待には無論応えたいと思う。
「それでは急行します。」
そういってボクはナイト・ウルフに魔法力を通し樹木よりも高い位置にその身を躍らせた。
「な、飛んだ!?」
「あんな鎧を着けて、飛行魔法を使えるからって飛べるものなのか!?」
「そもそも飛行魔法って伝説上の魔法じゃないのか!?」
捕虜たちは腰を抜かしそうになって驚いている。
ガウデンツィオ氏と少尉も無論驚いてはいるんだろうけれど、彼らほどじゃあない、王国は飛べる勇者がたまに出る。
というか飛べることがわかる人が出るってことなんだろう。
ボクだって飛行魔法の適正がなければ自分が飛べるなんて思わなかった。
それがイシュタルトの軍官学校に通っているから飛べることがわかったのだ。
学校のというか「鑑定」のおかげであるけれど。
やはりイシュタルト王国の強みとして「鑑定」は重要な要因で、他国に対して圧倒的に優位というのは間違いない。
前周のエッラの様に風魔法の応用で飛行能力を得てしまう様な規格外もいるにはいるけれど、今生でもエッラは例外もいいところなので、そもそも英雄になる生き物だったのだと思う。
空にわざわざ上がったけれど、所詮村との距離は1kmほど、遮蔽物も同行者の体力も気遣う必要がないのだから飛行でも跳躍でもあっという間についてしまう。
接近中に気配を探ってわかったことであるが、危ぶまれた敵兵の存在は未だ村に到達していなかった。
ほっと胸をなでおろしつつ、村の警戒に当たっている兵の一人に声をかける。
「東の制圧は大体済んだ。捕虜からの情報で西側の連中が攻めてくるとのことなのだけれど、その様子だと敵襲は今のところないのかな?」
突然音もなく飛来したナイト・ウルフに臆することもなく彼は直立不動で答える。
「はい、今のところ動きはありません、ウルフ殿こそもう東側は制圧されたのですか・・・スティングレイ少尉やガウデンツィオさんはご無事で?」
「あぁ、二人には今捕虜を運んでもらっている。東の賊もあと8名ばかり残っているらしいので、後で再度捕縛に動く。」
そう答えると、彼は顔をほころばせた。
「さすがは姫殿下の護衛仕事が早いですな、しかも倒すだけではなく捕虜まで捕っておられるとは!」
実際にはボクは敵兵を一人も倒していないので、若干申し訳ないというか騙している感じがするけれど仕方ない。
「私はこのまま西の森の中にいるであろう敵兵の排除に向かう。あなたはジョージ様にそう伝えてくれ。」
いいながら森の中の気配を探るけれど、ボクの探知できる範囲の中には集団の存在はなかった。
「了解しました。ご武運を!」
兵士はそういうと周囲の村人に一時見張りを任せて、村長宅のほうへ走っていった。
それを見届けたボクは今度は西の森に向かって分け入っていく。
捕虜たちに騙されたわけではないと思うけれど、どうしてまだ村に賊が到達していないんだろうか?
まあ考えても詮無いことだ。
とにかく西の賊徒も無力化しなくては・・・。
このクマは地球のクマとは違います。
あくまでクマ型魔物のユニーク個体です。塩分取りすぎても問題ないです。




