第4話:村の子どもたち
ボク、アイラ・ウェリントンが生まれなおしてから早くも1年が迫ってきている。
秋中頃に収穫に駆り出され母も村の仕事に戻り、ボクとアイリスは教会の学習室の中で一日の半分を過ごす様になった。
それから冬に入り、保存食の蓄えのために村の若い衆が森に狩に入る様になると
15歳のトーティスと13歳のサルボウは教会の学習室ではなく、狩の手伝いのほうに出かける様になってしまった。
同じく13歳のキスカも男衆が獲ってきた魔物や動物の肉を干し肉に加工するために村の広場のほうに出ている。
このトーティスとキスカ、サルボウの関係は少し微妙なもので、トーティスは自身より一年度年上で、現在教会で子どもたちの世話をしている現在16歳のアンナ・ブロッサムにほれている。
彼は生来激しやすい気性の男であったが、惚れたアンナを守れる男でありたいとその気性を理性で抑え、今はその赤茶色の逆毛だけが彼の気性を現している様な男だが、そんな彼の思いにアンナは一切気付くそぶりがない。
そしてそんなトーティスに惚れているのがくすんだ金髪をツインテールにしているキスカだ。
彼女はトーティスに対していつも猛烈なアプローチをかけているがアンナしか見えていない彼には届くことがなくいつも空回りしていて、見ていてかわいそうになるほどだ。
さらにそんな彼女に惚れているのがキスカよりたった3日遅く生まれた少年サルボウ、彼は要領がよく、体力は並であるが、何でもそつなくこなすそんな彼が今日の狩りについていったのは間違いなくキスカに獲物を手渡すという一瞬のためなのだけれど、きっとキスカはそんな彼の純情に対してツンで返すことだろう。
いや決してキスカはサルボウのことが嫌いなわけではない、ただ今のキスカにはトーティスしか見えていないだけなのだ。
現に前世ではキスカはサルボウと結婚しているし、二人はとても似合いなのである。
そうしてさらにもう一人・・・今この学習室の中にため息をついている男がいる。
キスカに惚れているもう一人の男、わが兄トーレスである。
幼い頃に世話をしてもらった刷り込みからか、あるいはトーティスに想いを寄せるキスカの一途さに魅せられたのか、この兄はただでさえ他の男に惚れていて、その男を除いても強力なライバルがいるキスカに惚れているのだ。
そしてキスカがいない部屋では勉強にも遊びにも身が入っていない。
「こらトーレス、ため息ばっかりつかないの、何がそんなに貴方を落ち込ませているのか知らないけれど、小さい子の相手をしているときはちゃんと、その子のことを見てあげなさい、貴方の妹でしょう?」
アイリスの手を握って歩かせている最中にため息をついたトーレスを世話役に残っているアンナが嗜める。
「あ、うん、ごめんねアイリス、次どっちに歩こうか?」
「ん!」
謝るトーレスにアイリスは気にした様子もなく、本棚のあるほうを指差してつたえる。
アイリスはただつかまり歩きをするだけでも十分に好奇心と冒険心を刺激されている様だ。
なおボクのほうは身動きが取れない、3歳になったノラに羽交い絞めにされている。
羽交い絞めというか、ちょっと文字が読める様になってきた娘が自分よりも小さな女の子に絵本を読んで聞かせてくれようとしているのだ。
さすがにこれを振りほどいてどうこうできるほどボクは荒んでいない。
3歳のノラがボクを体で抱き込みながら絵本を指差ししつつ読み、読み間違えたところを同じく本好き、ノラの3つ上のケイトが指摘して、ノラが間違えたことをなかったことにしつつ読み上げていく。
ボクはノラが読んでくれたところを追従するように声を出しながら、周りの子どもたちの様子をみる。
今現在この学習室の中には前述の子どもたちのほかにノラの姉でおてんばなモーラ、見た目は似ているけれど性格の似ていない野心家のアルンと遊び人気質のノヴァリスの姉妹、馬の世話が好きなエッラと、悪ガキのカールとむっつりのピピン、アホの子かわいいオルセーと病弱なリルルそしてわが姉サークラがいる。
少し前、前世でボクと同じく勇者であったエッラがボクと同様に前の記憶を受け継いでいるのではないかと鑑定を試してみたけれど
エレノア・ラベンダー・ノア F9ヒト
生命245魔法68意思92
職業/騎兵
と9歳になったばかりでありながらすでに15歳女性の平均を大きく上回る生命力と、中堅魔法使い並みの魔力量、一般の大人に匹敵する意思の力は持っている非常に高い数値ではあるけれど、前世のエッラの数値を思えばおそらく普通にこの頃持っていたであろう数値。
一般に生命力は日々の生活と遺伝、魔力は遺伝と訓練、意志力は本人の気質と経験によって数値が上がるものなので、転生者であれば意志力が高い数値になる傾向にある。
その点彼女はおそらくノーマルで、他に候補に考えていたノヴァリス、オルセーも、一般的な数値をしていた。
無論他の子どもたちや村人も手当たりしだい鑑定を試したけれど、生まれ変わりらしいヒトはいなかった。
これでとりあえず「加護」持ち、「勇者相当」、「魔剣」を抜いた人、は候補から外れてしまった。
これはボクの都合のいい思い込みや夢ではないはずだけれど、ボクだけが「前」の記憶を持って生まれ直したということなのだろうか?
他にボクが持っているものは・・・?
「異世界からの転生」、「性別が逆転しての転生」、あぁ「神話関連の特性」を持ってるのもボクとボクの娘のリリくらいだったか、ある意味魔神バフォメットから教わった「鑑定」スキルも怪しいね、わざわざボクに鑑定を教えてきたくらいだし・・・
幸いだったのはエッラとアルン、ノヴァリスのステータスが子どもにしては非常に高いこと、早いうちから彼女たちに剣と魔法を仕込むことができれば、ウェリントンが襲撃されるときに大きな力となるかもしれない。
いや、むしろそれなら、その前に現れるナタリィたちに事情を説明してこの村を守ってもらったほうがいい・・・?
それも考えておこう、まだ5年ほど先のことだけれど、打てる手はすべて打つべきだろう。
ボクは前世のボクの可愛い子孫たちとの未来を諦めてでも、今世のアイラのその瞬間の幸せに一直線に生きるともう決めたのだから。
「もー、アイラちゃんきいてるんですかー!?」
ノラがちょっぴり不機嫌そうにボクの名前を呼ぶ。
どうも考え事をしすぎてノラの相手がおろそかになっていた様だ。
それにちょっと眠いね?お昼前にちょっと寝るかな?
幼子の体にはたっぷりな休養も必要なので、ボクはわざとらしく船をこぐ。
すると気のきくエッラが、学習室の端っこ、窓から一番くて比較的暖炉に近い場所にある赤ちゃん用の柵の中に猪型魔物の毛皮を張ったクッションを用意してくれた。
クッションといっても身長70cmに満たないボクやアイリスには敷布団代わりになる大きさだ。
「ノラ、アイラ眠たそうだからちょっとねかせてあげよう?」
「ヤ!」
エッラが優しく言ってもノラはまだ遊び足りないらしくボクを放そうとしない。
「ほら、アイラがおめめショボショボ~ってしてるよ?ないちゃうかもよ?」
そんな風に言いきかせてもまだ遊びたいノラには正論は届かない。
すると横から、モーラが二人の間に割って入ってきた。
「エッラ、ノラがどうかした?」
「えぇモーラ、アイラが眠たそうだから、放して寝かせてあげてってお願いしてるの。」
エッラは前髪で隠れていてもわかるくらい優しい表情でモーラに伝える。
モーラはノラを猫っ可愛がりしているシスコン気味のお姉ちゃんだけれど、話せばわかるタイプなので今回の様な場合はノラの味方にはならない。
「こーら、ノラ!アイラはおもちゃじゃあないんだから放してあげなさい!」
「ヤダ!」
絵本はほったらかしにしてボクを隠すようにを体をよじって姉に背を向けるノラ、その妹の態度に怒ったモーラは・・・
ペチン!
決して強くはないけれど、音だけははっきり聞こえる様にノラの頬を張った。
「ギャァァァァァァァァァ!!ムゥァァァマァァ!!」
いつも自分の味方をしてくれるはずの姉に、痛くはないものの頬を張られ、一気にノラは心が折れた。
ボクを手放し立ち上がりいつも優しくしてくれるキスカを探し、見つからず、編み物をしていたサークラとアンナのほうへ走って逃げていく。
その間にエッラはボクをクッションの上に連れて行き、その後アイリスもつれてこられ、同じ様にボクの横に横たえられた。
しばらくの間泣き叫ぶノラの声も聞こえていたが、アイリスに遅れること3分ほどでモーラにしがみついた状態で赤ちゃん用の柵の中に連れてこられて、ボクの隣に寝かしつけられた。
モーラに泣かされたのに、ノラは寝付くまでモーラが隣にいないと嫌だと袖をつかんで引きとめ、やがて安らかな寝息を立て始めた。
モーラはハンカチでその目元に残った涙を拭いてやり、それから元の文字の練習に戻っていった。
ボクはその妹想いの姉の背中を見守ってから、眠りについたのだった。
※6/29 キスカの前世の結婚相手をトーレスと書いていましたがサルボウの誤りのため修正しました。