第76.5話:エーリカの独り言
日々の生活というものが波風なく過ぎるものであれば、ほとんどの人は刺激を求めるだろう。
命の危険を冒そうという人は少なかろうが、ちょっとした火遊びをしたがる人間は多い。
10歳頃から20台半ばまでの若者が同じ学生という身分で集まる軍官学校という環境には、十分な刺激があると大半の者は感じていたが、そうでないものたちも多くいた。
彼らはただ毎日寮から学校に通い、代わり映えのない講義を受け、やる気の出ない演習を繰り返す単調な日々だと感じていた。
そんな彼らが色恋沙汰に刺激を求めたり、上位貴族のゴシップに夢中になるのは仕方ないことなのかもしれないが、それは人の迷惑にならない様に嗜まれるべきであった。
軍官学校はあくまで国のために、軍務を基本として人材育成する施設であり。
刺激のために危険を冒す、あるいは他者を巻き込んで自爆する様な人間ははじめから落第者だ。
しかしそんな落第者でも、指導する人間、寄り添う人間、そして想い合う相手次第では変わることもある。
そういうことがあるから、若者というのは目を離せないのだ。
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(エーリカ視点)
私こと、エーリカ・アルトラインがイシュタルト王国王都軍官学校に入学して丸一年と少し経った。
この学校は主に貴族の子女と、特殊な才能を持つ若い可能性、あとはコネ作りや立身出世の野心に燃える若者が集まる場所である。
それ以外では特殊な才能は持たないが国のためと志して自ら入学を希望するものや、城に勤める政務や軍務の官僚から推薦されて入るものというのも少数いる。
私は少数側だった。
貴族が家督を継ぐには軍官学校を卒業している必要があり、また国を挙げて確保に尽力している一部の魔法適正持ちが確認された時には国が金を出してその学生の育成を行う。
一部の魔法というのは、たとえば治癒魔法の適正が高いものや、壁作りや開墾に使える可能性のある地魔法の適正が高い者なんかのことだ。
この国にはほかの国と違って鑑定石という魔法道具があり、人材の発掘を容易たらしめている。
それこそが、イシュタルト王国がサテュロス大陸において四方を他国に囲まれ、港も持たないのに最大の版図を誇っている最大の要因だといっていい。
斯くいう私は紅砂の砂漠にほど近い王領に属するやや痩せた土地を預かる領主様の家臣家に生まれた双子の姉妹であったけれど、ちょっと人よりも賢く、勇気もあると思われているので将来国のために役に立つ才能なのではと考えた領主の子爵様の命で、9歳の時姉とともに王都に送られ、王城の一角にあるこの国の未来を考える文官たちが設立した教育施設の世話になっていた。
その施設は、魔法や特殊な技能は持たないが、知識の吸収や勉強への姿勢といった点で優秀な幼い子どもを未来の文官候補として育成することを目的とした場所で、王領出身の子どもが集められていた。
ここで教育を施されて、さらにある程度以上才能があれば軍官学校にも通わせる仕組みだ。
内政のことが優秀でも軍務のことがチンプンカンプンではイシュタルト王国の重臣にはなれないからだ。
私と姉はわずか1年で当然の様に才能を認められて、昨年軍官学校に入学した。
今年11歳にして2年生と、なかなかの若年層に位置する私たち、昨年は双子での入学というもの珍しさからそれなりに騒がれた。
自分で言うのもなんではあるのだけれど、私も姉もそこそこ整った容姿をしており、そっくりな薄緑の髪を姉はショートボブに私は毛先を切るだけを繰り返して、腰上の辺りまで伸ばしている。
その上小柄な平民の娘ということもあって、平たく言ってモテた。
ありがたいモテ方ではなかったが・・・
青田買いというのだろうか?
そこそこかわいくて、年若く恋愛慣れも遊び慣れもしていなさそうで、座学がトップクラスの双子、片方でも口説き落としておけば将来どちらも自分の領地や商館に来てくれるかもしれない、とかそんな感じなのだろう。
私はまだ毛も生えそろってなさそうなガキどもに興味はなかったし、姉のローリエも勉強勉強と忙しくしていたので靡かなかったが、子どもなら無理攻めで落とせると踏んだのか10歳相手に美辞麗句を列挙する18歳とか22歳とか・・・世が世なら檻の中に入ることになりそうな連中に貴重な時間を取られるのは私たち姉妹にとっては辛いものだった。
薄っぺらい口説き文句を連ねるのをにべなく断ると、逆上して腕をつかんで、無人の教室に連れ込もうとしてくる様な貴族のボンボンには特に参った。
さっきまで美辞麗句を挙げていた口で平民の癖にとか、ちんちくりんが多少顔がいいからといい気になるなよ?とか・・・
しかも、普通メイドさんが止めると思うんだけれど、メイドさんも人が来ないか見ているくらいで、自分の主人が年端も行かない少女に無体を働こうとしているのに見て見ぬ振り・・・とか、同じ女性として助けてやろうとは思わないものなのか?
しかし下級生で平民の立場からすれば、たとえ学校が国王陛下の名の下に身分に関係なく国のために学ぶ場だとされていもて、貴族の嫡子相手にそうそう反抗はできないものだった。
そういうときに都合よく通りかかるのが、シュバリエールと呼ばれる派閥組織だった。
シュバリエールは将来の就職先を決める時に役に立つ互助派閥組織で、東西南北と中央があり将来どこに就職したいかで所属先を考え、その所属の先輩に誘っていただくことで自分も所属できる。
将来自分を誘ってくれた先輩がその所属先で後輩を売り込み、この学生が卒業したらぜひ取ってくださいと宣伝する。
そうして取った学生が優秀であれば先輩は職場での評価が上がるし、後輩も優秀な先輩からの紹介であれば希望の職場から声をかけられる可能性があがるので、期待に応えたい、信頼に応えたいという意識の下に学生たちも発奮するというものだ。
逆にこの組織の中に悪名が広がればこの学生は取らない方が良いという名簿が作られたりする上、現在シュバリエール同士が一部情報を共有する様になっているので、自分が将来働くつもりのないシュバリエール相手でも、悪印象を与えるのは非常にデメリットの強いものとなっている。
家を継げる貴族家嫡男は関係ないとあくどい所業をするものも一部いるが、結局彼が貴族家当主となったときに、同世代の同じ地方の貴族から煙たがられ、領地全体が迷惑を蒙ることに繋がったりするので、実は貴族家嫡男こそシュバリエールからの評判を気にするべきであった。
いろいろ細かい取り決めはあるけれど、大体はそういうもので、後は時々校舎内や学校周辺を見回って治安維持に努めたり、困っている学生がいないか見て周るといった活動もしている。
私も実際前述の感じの悪い同じ組の男爵家のボンボンに絡まれ机の上に組み敷かれている時に、どうやって気づいて貰えたのか見張りをしていたボンボンのメイドと言い争う声が聞こえたかと思うと金髪碧眼の、超絶美形というわけではないけれど、結構な男前が灰青の髪のメイド学生を連れて乱入してきて、私の手をつかんでいたボンボンの手を掴んで私を解放してくれた。
ボンボンはその彼に・・・まぁメイドを連れてるんだからほぼほぼ貴族だろうなとは思っていたけれどやはり、同じ男爵令息の立場であった彼に掴み掛かった。
ただ私を解放してくれた彼は、同じ男爵でも新興貴族、大きな戦乱がないこの300年で開拓や治水、技術開発の分野などで功績があって授爵した家柄の方だった様で、ボンボンは彼に向かい『新興貴族の分際で○○の戦いで武功を立て時の国王陛下から叙爵して頂いた△▲▽家の私に楯突くのか!』なんてあまりに低レベルな罵声を浴びせた。
それに対して彼はただ冷静に『ならば陛下に直接我々の言い分を聞いていただき公平な沙汰をいただきましょう、なに我々若者が命まで懸けるのならばお忙しい陛下も時間を割いてくださるでしょう。なにせ女性をめぐる争い事ですから』と返し、ボンボンを退散させた。
それから、きっと普通の女の子であれば恋に落ちる様な素敵な笑顔を浮かべて
「よかった、なんとか大丈夫そうだね?シャーリー、彼女を寮まで送ってあげて」
と、見知らぬ私にご自身のメイドをつけて送らせようとした。
「いえ、そこまでしていただくわけには参りませんそれに私を送ったあとメイドさんが一人になってしまって危ないです。おかげさまで私は大丈夫なので・・・ありがとうございました助かりました。」
そういって断ろうとすると。
「シャーリーは僕のメイドをしてくれているけれど、本来の雇用主はうちじゃなくってホーリーウッド家から借りてるだけなんだ。だから彼女に無体をしようとするのはホーリーウッド家に対してケンカを売ることになるから、まともな貴族なら手を出せないよ。」
と、笑いながらいった。
それでも私が食い下がったので、結局さらにご迷惑をかけることになり姉も含めて2人でそろってシャーリー先輩とトーレス先輩のお二人に寮まで送っていただくことになってしまったのだ。
それからたまに顔を合わせると挨拶し雑談する程度の仲になった。
トーレス先輩の妹御も私たちの様に双子だそうでなんとなく私たちのことを放って置けないとおっしゃり、それから去年の夏頃には私たちは西シュバリエールに入ることを決意し、彼にお願いして推薦して頂いた。
彼の庇護に入ったと思われたことで私や姉に対して不埒な振る舞いや露骨な誘いをするものは減ったけれど、代わりに彼にはもう手をつけられたのか?と下種なことを尋ねてくる輩がいた。
無論そんな事実はないが、彼の家は王家とホーリーウッド西安侯家に目をかけられているらしくて、ほとんどの貴族家から一目置かれていたので、大半の人は女性関係が気になっていた様だ。
私や姉の男性関係が聞きたいのではなく、次期男爵トーレス・フォン・ウェリントンの女性関係こそ聞きたかったのだ。
さらにウェリントン家は新興男爵家のなかでももっとも最近できた家で、しかも土地持ち。
その土地もほとんどは未だ森と湿地であるが、ホーリーウッド領の15%と同じ程度の広さの森林を開墾して自領として良いという認可を持っているため、就職先としてもそこそこ魅力的だった
子々孫々まで仕事に困らないというのはすばらしい。
ぜひとも私もその開墾事業に従事したいところだった。
昨年末、長年簒奪された状態にあったオケアノス家とその唯一正統な血統であるアクア様が卒業したばかりのジョージ先輩の手によって開放され、オケアノス領に粛清の嵐が吹いた。
昨年私にちょっかいをかけた△▲▽家・・・なんていう家だったのか覚えてすらいないがかのボンボン家も失脚したらしく、ボンボンも学校からいなくなった。
年末年始の休みで実家に帰っていたので新年度まで気づきもしなかったが・・・。
今年は、昨年は違う組だったサーリア姫殿下と同じ組になり、その王族特有の色気なのか威光なのかちょっと良くわからないものに気圧されていたけれど、あれよあれよという間に同じ班になり、気にかけて頂ける様になった。
そして今年はサーリア姫の同母弟と異母弟に、養女の妹姫様が学校に入学してくるらしく、特に妹姫様が同母弟よりも甚くお気に入りらしい姫殿下は
「ロリエリカにもそのうち私のかわいい妹紹介してあげますからね」
とちょっと勘弁してほしい略称で、でもこの世界の人には伝わらないから、私一人が身もだえしていればいいか・・・と諦めさせる満点の笑顔で宣言してくださった。
ロリエリカは姉ローリエと私エーリカの名前を足して略しただけの呼び方で、姫殿下が私たちを二人セットで呼ぶ時に好んで仰るのだけれど、私の地元ではロリとはある文学作品の少女の愛称をさらに略したものになり、ロリという単語では年端もいかない少女を意味する言葉となっている。
そして不都合なことに私のその地元での呼ばれ方はエリカだった。
まぁ地元というか前世なのだけれど・・・。
前世のことは最初から覚えていたわけではない、あれは私とローリエが5歳の頃、地元領主のリヒテンブルク子爵のご長女で私たちと同い年のエーレントラウト様のお誕生日会の際のことだ。
家臣の娘の中では唯一同い年だった私とローリエはエーレントラウト様に気に入られて、3人で輪になり手を取り合って、幼児特有のなぞの踊りを踊っていたのだけれど
庭にどこから紛れ込んだのか、ブリッツバイパーと呼ばれる比較的小型のヘビの魔物が迷い込んだ。
小型といっても大きさは3mを超えていて大人でも十分な脅威、付き合いで顔を出していたうちと同じ家臣家、商家や近隣貴族の子弟は我先にと逃げてくれればよかったのだが、怖いもの見たさというのだろうか、それとも私とローリエとエーレントラウト様がヘビににらまれているのを興味深く思ったのか遠巻きに囲う様にとどまってしまい、結果的に衛兵がすばやく駆けつけるのを阻害してしまった。
ブリッツバイパーは動きがすばやく、変わりに動物を締め殺す様な力はない種で、牙に相手を動けなくする毒を持っていて、動けなくした相手を襲うという魔物だ。
そのヘビが私たち3人のいずれかに狙いを定めたのだ。
魔物である以上その目的は捕食か生殖で3mという大きさからヒトを捕食しに来たとは考えられなかった。
しかしどういうわけかまだ繁殖できる年齢にない私たち3人に狙いを定めたブリッツバイパーはとうとうその首を持ち上げて、襲撃体勢に入った。
狙いはどうも一番体の大きいエーレントラウト様の様で、周囲からは悲鳴が上がった。
その悲鳴を合図にしたかの様に蛇はその牙をむき出しにこちらに襲い掛かり、ローリエが私たちの前に立ちはだかろうとした。
それを見た瞬間幼い私は二人を突き飛ばし、私は襲い掛かるヘビに右腕を噛まれたのだ。
噛まれ、肉に穴の開いた手が痛んだが、気絶することも激痛と呼べるほどの痛みも無く、代わりに全身に静電気の様なものが通うのがわかった。
その瞬間私は、ブリッツバイパーが毒ではなく電気を牙から放っているのだと気付いて、さらにその気付きに驚き、前世のことを思い出したのだ。
前世の私は日本という国に生まれた稲田愛里花という農大生だった。
といっても実家の農業を継ぐのが嫌で、一度高卒で愛知県の自動車部品工場に就職した後、趣味の戦略シミュレーションゲームをやっている最中に国の基本はやっぱり農業だ!と感じ地元福岡県で農業をやりたいと思い退職して帰郷、農大に入った時には26歳だった。
その後2008年のこと、28歳の時に訳あって世話していたレタス畑での農作業中、晴れ空の下わずかな雲から落ちた。
晴天の霹靂に撃たれ私は即死した・・・・・。
・・・かと思われたが、奇跡的に一命を取り留めた。
右手の先からわき腹を通り下腹部と右足の先までに、ブランデンブルクだかリヒテンシュタインだか長ったらしい名前の独特な火傷を負って2週間ほどの入院が必要となったが、両親もゼミの仲間や教授も泣いて無事を喜んでくれた。
その後火傷は残っているものの退院しやっと一人暮らしのアパートに戻り、明日からまたがんばるぞと教授らから快気祝いに差し入れて頂いた肉ですき焼きなんか作って食べて、ベランダから見える大学を眺めてから上機嫌に布団に入って。
次に気がついたら部屋中が煙たくて、私の部屋の中には火の手は見えなかったけれど、どうも1階か2階が火事になった様で、その煙が上がってきたのがわかった。
ただそれが理解できた時には私は手遅れで、既に大量の煙を吸っていた。
私は朦朧とする意識の中何とか玄関と隣接しているキッチンまではたどり着いたのだけれど、そこで愛里花の記憶は途切れている。
私はどうやらブリッツバイパーが放った電撃の衝撃で愛里花の記憶を取り戻したみたいだった。
そんなありがちなラノベじゃあるまいし、死、あるいは魔物による陵辱を覚悟したエーリカの悲しい妄想ではとも考えたが、ラノベとか思い浮かべてる時点で私が愛里花という意識を持っていることの証左かもとも思った。
呆然としているが、まだ意識を保っている私をブリッツバイパーはどう観察していたのだろうか?
電気を流しても崩れ落ちることのないエーリカの小さな手に噛み付いたままでいて、ようやく駆けつけることができた衛兵によって退治された。
リヒテンブルク子爵は自分の娘であるエーレントラウト様よりも先に私に抱きついて、意識はあるか、痛みはひどくないかと尋ねられ、愛里花と年の近くなかなか整ったお顔の子爵に抱きつかれた私は多少ドギマギしながらも少ししびれるが無事であると伝えると、子爵はローリエも抱きしめそれから初めてエーレントラウト様のことも抱きしめて無事を喜んだ。
どうしてブリッツバイパーの毒が私に強く作用しなかったかについては、生殖目的であったブリッツバイパーが私を痛みで殺したりしない様に弱い毒を注入した。
または私がたまたまブリッツバイパーの毒に耐性を持っていたのではないかと論じられた。
ブリッツバイパーに好き好んで噛まれて無事だった人の例も少ない(ブリッツバイパーには食われなくても倒れている間にほかの動物や魔物に食われたりする)ので毒ではなく電撃だとかそういった検証も無く。
最終的には、勇敢な姉妹の行動を見守っていた聖母様がその命を惜しんで助けてくださったのだ。
と落ち着いた。
その後、子爵が私たち姉妹に目をかけてエーレントラウト様と一緒に教育してくださる様になり、今生の記憶を保ち、前世の記憶を取り戻した私はその理解力の高さからますます子爵に目をかけられて、ローリエははじめはただの女の子だったのに、妹の私に負けない様にとがんばってがんばって、やっぱりすごく賢い子どもに育った。
愛里花としては彼女はがんばっているかわいい女の子で、エーリカとしての記憶と感情も持つ私にとって彼女は大好きなお姉ちゃんだった。
どちらも好意の気持ちで、その二つは高めあってより強い好意になり、私は自他共に認めるお姉ちゃん子になった。
話は大幅に反れたが、ロリエリカという呼称はロリ愛里花といわれている様で落ち着かない、愛里花とエーリカの外見は似ても似つかないし、でもこちらの人にはロリという単語は通じないのでまぁいいかなと諦めた。
私一人が身もだえしていれば姫の笑顔も、姫に私とセットの愛称をつけられて喜んでいる姉の笑顔も守れるのだからそれでいいではないかと思ったんだ。
この学校に着てからの私は日常を楽しむことができている。
私は、愛里花は死んでしまったけれど、エーリカとして生まれなおし何の因果かその記憶を取り戻した。
目に映るものは何もかも新鮮で、ゲームや漫画といった娯楽が少ないことを除けば十分刺激的だった。
この日常を守れるなら私は多少の労苦は厭わないだろう。
日常といえば、一昨年城にいたころは日常的に悪い評判を聞いていた側室腹の王子グレゴリオ殿下は、当時城内のうわさで傲慢で我侭で人の気持ちを考えない阿呆だと聞いていたのだけれど、少なくとも学校に入学してからの彼はその様な傲慢さはみせず、取り巻きではなく友人と呼べる人たちに囲まれて暮らしている様だ。
根も葉もないうわさだったのか、それとも何かがあって変わったのか?
うちのクラスにも昨年までやる気を見せていなかった落伍者がいたが、今年同じ組になりサーリア姫殿下に諭されたものは皆やる気に満ち満ちており、姫殿下のその美貌もさることながらカリスマ性には恐れ入る。
むしろ美しいからカリスマ性があるのかも?
まぁいいんだ、私の日常は十分に刺激的で、十分に幸せなのだから。
「あぁロリエリカ、今日の放課後はなにかご予定はありますか?」
本日もあと1枠を残した休憩時間、姫殿下が私と姉に今日の予定を尋ねた。
「私は、別に何もないです寮に帰って、菜園に水をやるくらいで。」
学生寮には小規模な菜園があって希望すれば野菜や花を植えることができた。
知っている範囲ではシリル先輩が熱心に世話をしていらっしゃる。
「私は、お勉強です。」
姉はいつも家に帰ると学校で使うテキストを読み込んだり、休日でも学校の図書館で勉強をしていることが多い、座学は私、姉、姫様と同じ組の中でもTOP3を占めているというのに、熱心で頑張り屋さんだ。
「そう、じゃあお約束ごとはないのですよね?今日は、西シュバリエールの集まりに顔を出しませんか?お二人ともせっかく入ったのに、会合の時以外なかなか顔を出さないらしいじゃないですか?」
そういって姫殿下は私と姉の手を握ると、頷かざるを得ない笑顔を浮かべた。
「ロリエリカに妹を紹介したいっていってたじゃないですか?今日紹介します。あなたたちも夢中になること間違いなしですから、楽しみにしててください、あ、教官が着ましたね。それじゃあ講義が終わったら帰らずに一緒に行きましょうね?」
そういってやや強引に話をきった姫殿下はニコニコして席に着いた。
たまには寄り道もいいよね?
と、姉と頷きあってから、私は最近密かに想いを寄せているトーレス先輩に自分からではなく、姫殿下の命令の結果で会えることがうれしくて、ニマニマムズムズ口元が歪むのを自覚していた。
稲田愛里花の生まれた国は暁たちの生まれ育った日ノ本ではなく似たような歴史文化言語などを持つ日本という別世界の国です。
単に日ノ本の存在する地球以外からもいろいろな世界から転生している人もいる様だという設定を表現する上で、ステレオタイプとして日本人を用意していました。
この世界にいる人の中で、天才や変人扱いされている人や社会に適合できない人の中に一部は異世界から転生者が混ざっているかもしれない、程度のイメージを持っていただければ幸いです。




