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第76話:穏やかな学校生活4

謝罪

73話のないようについて設定上の誤りがありましたので修正をしました。

・ザクセンフィールド伯爵令嬢の説明について 再来年度の監督生⇒来年度の監督生へ

・アイラからトーレスへのねぎらいの言葉を監督生のお仕事⇒シュバリエールのお仕事 へ変更しました。


 トーレスは男性なので慣例により西監督生にはなれない設定でした。

 申し訳ございませんでした。

 またマガレとラフィネがトーレスとの出会いにより2年時魔砲兵課ではなく魔法戦技課に進級しておりマガレが首席ですが、器ではないからと辞退しており監督生にはなっておりません。

 学校と家、或いは寮との間を行ったりきたりするやや平坦な毎日の暮らしの中でちょっとしたアクセント、寄り道したり友達を家に呼んだり、時には想い人と二人で帰るだけでも刺激には十分だろう。

 まぁそういう刺激を求めた結果、相手の思いがけない一面がわかったり、友人や想い人との仲が思いがけず深まったりすることも、可能性としては十分にありえる。


 アイラはこの日、初対面の先輩2人を自宅に誘った。

 その心には、二人の優秀な軍師兼内政官と顔をつないで、将来ホーリーウッドとウェリントンの開発に誘えたらという打算と、兄トーレスのことをにくからず思っているらしいまだ恋愛感情すら自覚していない姉妹と少し話しをしてみて、その人となりを知りたいという、隠れブラコンの妹らしい心情が合ったのだが、アイラも無自覚だった。

 実は自分が、重度のシスコンでブラコンで、マザコンで、軽度のファザコンでもあったことを・・・。


------

(アイラ視点)

 学校で初対面を果たしたロリィ先輩、エリィ先輩の双子姉妹を食事に誘った。

 目論見はないわけではない、この二人は現状でも座学トップクラスの優秀な姉妹である。

 それがせっかく西シュバリエールにいるのだから、未来のホーリーウッドとウェリントンの開発のために今から懇意にできたらいいなという実に貴族らしい青田買いというやつだ。


 だからどこにもおかしいことはない、彼女たちが兄トーレスに仄かな恋心を抱いているらしいことも、トーレスはどちらの気持ちにも気付いておらず、エリィ先輩は自分の気持ちに気付いていないか押し殺していること、そしてロリィ先輩はトーレスに対しての好意をほぼ明確にしている様なものだが、大体鈍感なトーレスに聞き流されていることは、今日の招待にはぜんぜんまったく関係ない。

 いきなり客人を招くと料理の支度がたりないかも知れないからとソニアとソル、マガレ先輩にお願いして、邸に先触れしてもらうことにした。

 ついでにマガレ先輩にも一緒にお夕飯を食べて行ってもらうことにした。

 シリル先輩とフィレナ先輩もうらやましがっていたけれど、二人とも今日は用事があるらしく、泣く泣く断念していた。

 マガレ先輩を使い走りにしてしまったが、ソニアとソルをいたくお気に入りなので3人で一緒にいられることをむしろ喜んでくれた。


 家に帰るまでにもそれなりに話をして、親しくなったと自分では思っているけれど、やはり一番腹を割って話すには裸の付き合いだよね?と帰宅した直後に二人をお風呂に誘う。

 二人は大きいお風呂にとても興味があった様で、二つ返事で了承してくれた。

 無論ユーリやトーレスにはご遠慮願い、双子同士で親睦を深めたいからと断ってボクとアイリス、ロリィ、エリィ先輩、メイドとしてついてきたエイラ、エッラ、トリエラだけの入浴となった。


「ふわぁぁぁぁ!すっごい大きなお風呂です。」

「これなら確かにみんなで入りたくなるというのもわかりますね。」

 邸の浴室はクラウディアやディバインシャフト城のそれには負けるけれど、それでもかなりの広さがある。


 大きなお風呂は初めてなのかテンションが上がった様子のロリィ先輩が小さなお尻を隠すこともせずにふらふらと浴槽のほうへと近づいて行く。

 あぁそもそも洗うための布すらロリィ先輩はお持ちでないみたいだ。

 あれでは隠すこと自体そもそも無理だね。

 でも確かに入浴前にエイラから渡したはずなんだけれど・・・?

「ローリエ、私あなたのタオルをいつまで預かっていればいいの?」

 答えは簡単、エリィ先輩が2枚とも持っていた様だ。


「あぁ、ごめんごめん、ちょーだいエーリカちゃん」

 恥ずかしそうにしながらロリィ先輩はエーリカからタオルを受け取ったが、しかし前も後ろも上も下も隠すことはなかった。

 早く湯船に入りたいと、ソワソワしている。

「エイラ、トリエラ先輩方の背中を流して差し上げて、エッラはボクとアイリスをお願い。」

『かしこまりましたアイラ様』

 3人は命じたとおりに・・・トリエラがロリィ先輩、エイラはエリィ先輩にぴたりとつくと洗い場に座る様に案内する。


「あはははっくすぐったい!けど人に洗ってもらうのって意外と気持ちいいですね!」

「ん・・・くっ・・・、ひゃん!?あ、ごめんなさい、大丈夫です、気持ちいいです。」

 二人はあまり人に洗ってもらった経験がない様でロリィ先輩は面白がっていたが、エリィ先輩は恐縮していた。

 にぎやかに洗ってもらった後、湯船にじっくりつかる。


 3人のメイドが体を洗うのを湯船の中から見ながら、隣でだらけきっている3人の様子をちらりと見る。

 アイリスとの間に挟まれた二人の先輩は同じ様に気の抜けた顔をしており、アイリスは上機嫌に口をモニャモニャさせている。

 よしいきなりだが、聞いてみようか。


「ところで、ロリィ先輩とエリィ先輩は、トーレス兄さんに誘われて西に所属したと聞きましたが、何かきっかけなどあったんですか?」

 なるだけ思いついた風に、不自然じゃないようにと心がけてたずねる。

 すると二人からは対照的な返答が帰ってきた。

「そーですね、お二人にすごくお世話になって、こちらからお願いしたんですよ。」

「べ、別になにもな・・・そうですね。お世話になったから先輩のお手伝いとかできたらなって思ったんですよ。」

 最初から素直に答えてくれたロリィ先輩に比べて、あせった様に言うエリィ先輩は自分の気持ちに気づいていないのではなく、本当は気づいているのに気持ちをごまかそうと言い聞かせている感じみたいだ。

 逆にロリィ先輩は素直に答えてくれたけれど、親愛の好きであって恋愛感情や思慕の念まではいたっていない様だ。

 両方がトーレスのことを恋愛感情的に好きなんじゃないかと思ったけれど、ちょっと読み違えたみたい。


「ロリィ先輩は兄さんとシャーリーとどういうことお話しするんですか?」

 ひとまず熱くなりそうなエリィ先輩はいったん置いておいて、お姉さんのロリィ先輩に尋ねる。

 するとロリィ先輩はお風呂の熱でほてったほほを右手で触りながら、そうですねぇ・・・つぶやいて考えてから

「そう何度も話したわけじゃあないんですけれど、ご領地の開拓村のお話など何度か伺いました。発展させるんだ!って意気込んでらっしゃって、荒地ばかりの私の故郷よりも夢があるなぁって思ってしまって、私は、私かエーリカちゃんのどっちかは故郷にもどってもう一人がトーレス先輩のお手伝いをできたらなって思ってます。」

 ほう、西シュバリエールは入ったけれど、意外と郷土愛もちゃんとあるんだね?

 ていうか、それだと二人は離れ離れになる前提だけれど・・・?


「ローリエ、私はあなたと離れたいと思っていないわ、そんなものを二人の意見みたいに伝えないで頂戴?」

 妹のエーリカのほうは姉と離れたいとは微塵も思っていない様で、そんな言葉を二人の意見の様に言った姉のことをジトりとにらんでいる。

「もう、エーリカちゃんてばまたそんなこと言って、いつかは私たちだって、結婚して離れ離れに暮らすんだから、双子だからっていつまでも一緒じゃいられないんだよ?」

 にわかに二人の間にピリピリとした空気をはらみ始める。

「大丈夫、私結婚しないし、ローリエが結婚したらその家に雇ってもらうから。」

 エリィ先輩はフフンと聞こえそうなくらいのドヤ顔で姉の正論に切り返す。


「もぅ、エーリカちゃんってば、そういうんじゃなくって・・・だいたい、私の旦那様が人を雇える様な裕福な方じゃないかもしれないんだよ?」

 そういってなおも抵抗を見せるエリィ先輩にロリィ先輩は少し厳しい顔をするけれど、エリィ先輩はなおも続ける。

「いいの、それならそれで近所で暮らすだけでもいいの。とにかく私は、ローリエと離れたくないの!家族なんだからいつでも会いにいける距離に居たいのよ。」

 ボクもアイリスも放置で、二人で徐々に白熱し始めていたが、二人を焦らせ、ボクもドキリとする様な泣き声が聞こえて一気に冷めた。


「そうなのかな・・・?双子でもずっと一緒に居られないのかな・・・?」

 見れば、先ほどまでお風呂の中で機嫌よさそうに茹でられていたアイリスが、目元に涙を溜めて、どんよりとした空気を纏っていた。

 これにあわてたのが双子先輩だ。

 つい二人の世界に入って口論を始めてしまったが、それによって傷つくかもしれない双子が両側に座っていたことを忘れてしまっていた様だ。


「ごめんなさい、アイリス様、これはウチの実家が裕福でないのが原因のことで、アイラ姫殿下やアイリス様には縁遠い話ですから。」

「そうですよ、私と違ってアイリス様は結婚しなくても、ウェリントン家かホーリーウッド家に世話をしてもらえるでしょうから、アイラ姫殿下から離れる必要なんかないんです。やっぱり家族は近くに居たいですしね!ね?姉さん!」

 何気なく自分の意見を通す言葉を交えつつ、アイリスをなだめる言葉を選ぶロリィ先輩とエリィ先輩。

 でもエリィ先輩もあせっているのか、普段通りのローリエではなく姉と呼んでいる。


「アイリス、こんなお風呂でなかないの、ほら、おいでギュっしてあげるから。」

 そういって手を広げて誘うと、俯いたままで浴槽の中をひざ立ちで歩いてきて、ボクの腕の中に納まる。

「アイラァ・・・、お別れして寂しくなるのやだよぉ・・・。」

 そういって、アイリスは泣くまではいかないけれど、悲しそうな声と空気を垂れ流しにして、ボクに甘えてくる。

 浴槽の中で横座りしていたボクの腰に足を回してしがみついて、少し高くなった頭をそのままボクの右肩に押し付けて腕も背中に回してしっかりとしがみつく。


 以前なら悲しくなったり思い通りに行かなかったりすると、暴れたり喚いたりすることが多かったアイリスも最近は素直に感情を出す様になり、今もこうやって抱きついてスンスンと泣いている。

「アイリスが一緒に居たいならいつまでも一緒に居よう、卒業したらホーリーウッドで父さんとも一緒に暮らそうねー?」

 そういってボクもアイリスの小さな背中に手を回して、肩甲骨の間を指でなぞりながらなだめる。

 もう9歳だっていうのに、まだまだ甘えん坊で困ったものだけれど、ちょっと抱っこしてあげるとそれだけで落ち着いてきたのか、おとなしくなる。

 アイリスの不安もわからないではないんだ。

 もうすぐサークラがジョージに嫁ぐから、そうなればサークラは家を出てオケアノス領で暮らすことになるだろう。

 アイリスが落ち着いてきたところでロリィ先輩もアイリスに謝り、エリィ先輩は喧嘩は人前でしない様にするねと言葉を結んだ。


 ボクたちがお風呂を上がると交代で、カグラとフィサリス、アニスがピオニーをつれて浴室に向かっていった。

 結局、エリィ先輩の方の気持ちはあまり聞けていないけれど、少なくともトーレスに好意、思慕の念を持っていて、でも自分をごまかしているのはわかった。


「えっと本当にこの下着とワンピースいただいて大丈夫なんですか?」

「いままで着たことないくらいスベスベなんですけれど・・・?」

 居間で春の夕方の風に当たりながら、お湯で火照った体を適当に冷ましていると先輩たちはくつろぎながら尋ねた。

 来客用のシンプルなワンピース、起伏やディテールも少ないが布と縫製した人の腕は準1級品の、神楽曰くエンパイアライン?に近いというワンピースドレス、それにボクたちが普段使っているものと同品質の、しかし飾りが小さなリボンひとつしかない大変にシンプルなズロースは、湯上りのお手入れをしたばかりの火照った肌には気持ちが良いのだろううっとりした表情で二人が尋ねてくる。

 

「来客用に、それもボクたちと近い世代のお客様用に、用意させたものなので、二人が着ないと誰がきるのって感じなんです。思ったよりお風呂に入っていくお客様って少ないんですよね。そして、ほかの人に着せたものを使いまわすことはないので、お持ち帰りいただいて大丈夫ですよ、気に入ったなら寝巻きにでも使ってください。」

 アイビスやラピスたち、それにサリィやエミィはたまに来てもお風呂は自分たちの城や屋敷で入ることが多いし。

 基本泥遊びとかすることもあったルイーナとルティアか、頻繁にうちに来てくださるシリル先輩やラフィネ先輩、マガレ先輩くらいだけれど、そのあたりの常連さんはもう汚れるの前提なのか着替えも持ち込みなことが多いので、せっかくポケットマネーで何サイズか十数着ずつ常備しているお客様用の着替えも数えるほどしかおろしたことがない。


「ふぁ・・・やっぱり侯爵家ってすごいんですねぇ・・・故郷の領主様のお嬢様からいただいたお下がりよりも、縫製がしっかりしてる気がします。」

 肩、胸、お腹となでながら、ワンピースの質感を確かめるロリィ先輩にエイラが一言物申す。

「いいえ、これらの来客用の服は、ホーリーウッド侯爵家の備品ではなく、アイラ様がご自身の手腕により得られた金銭で作られたアイラ様の私物の様なものです」

 それを聞いた二人はまた少しおどろいた様な顔をする。


「姫殿下はすでに収入がおありなのですね。」

「私たちより2つ年下なのに、すごいですね、同じ双子なのに・・・」

 と目を丸くしながらもボクをほめる。

「預けていただいた領地のほうで、紅茶の生産や、穀物の増産が叶いまして安定して収入を得ることができています。最初に指導こそ行いましたが、領地の皆さんのおかげですね。」

 その指導もボクではなく父や代官が行ったもので、ボクは前周で神楽が再現したものを自分の借りた畑や研究室で試した後、方法をまとめただけだけれどね。


「そういえば何年か前から徐々に、紅茶や西産の穀物の値段なんかがだいぶ引き下がって、うちの領主様も喜んでいらっしゃるとお嬢様から手紙で伺いましたね。小売レベルではあまり変わらないけれども、食料が不足している領地の主にはかなりありがたい差だとおっしゃってました。といってもうちの領主様が直接西産の穀物を買ったわけじゃなく西よりの地域には西産のものが出回り、中央から西よりに流れていた分も東よりに流れる様になって安くなったという間接的なお話ですが、それに関わりあることでしょうか?」

 エリィ先輩がうっとりとした表情でつぶやく。

 彼女たちの故郷は紅砂砂漠に隣接する地域のひとつで、王領の中でもかなりやせた土地が多い区域だ。

 中でも砂漠沿いの地域はホーリーウッドで言う開拓村の様なもので、しかも森の恵みなどないため1年1年が生存をかけた戦いであるという。

 実際のところ相手が紅砂の砂漠なので開発も遅々として進まず、領主が領内の穀倉地帯や他領から買い付けた穀物で食いつないでいる。

 それでもかろうじて開発計画が頓挫していないのは、特産品の食用サボテンといくつかの香辛料が栽培できるからで、しかし自分たちの食料は栽培できないため他領からの輸入に頼る。

 特産品の売値と開発資金、必要な穀物との差額でぎりぎりの損益を保っている。


 そんな彼の領主殿にとっては、ホーリーウッドからの領地間取引卸値1tで20万ナーロほどの穀物が5年で18万7千ナーロほどに下がった煽りを受けて王領の中央南端から南西地域に向けて販売されていた穀物が減り、南東に流れる量が増えたためにどれほど金額が下がったかはわからないけれども、さぞ大きな変化だったのだろう。

 領主が娘に漏らす程度には大きな差が生まれたのだろう。


「まぁ定かではありませんが、もともとホーリーウッドではプラスだった食料の自給率が10年前とくらべて20%近く向上しているらしいので、自給率が100%に届かない王領南部と東部、スザクとオケアノスには少なくない影響がありそうですね、ところで先輩方は、西シュバリエールに所属されていますが、実際将来は西に来る予定なのですか?」

 さっきはアイリスがいじけてしまったので聞きたい情報をぜんぜん聞けないままになってしまったが、今はアイリスも落ち着いているし、さっきのコトもあるので、もう先輩たちも口論にはならないだろう。


「そうですね、最低私かエーリカちゃんはホーリーウッドに移住して、それで実家とホーリーウッドの間で使えそうな技術や農法を交換できたらなって思います。」

 とロリィはやはり姉妹で別々になることをほのめかすけれど、片方でも西に移住することを最低としたので、両方が西に移住することを否定していない。

 さっきよりは少し譲歩してくれたらしい。


「ローリエ、私はあなたと離れるつもりはないのだから、両方実家に帰るか、両方西に行くか・・・よ?ただ実家はアーベル・・・あぁ私たちの弟ですね、が実家を守ってくれるので、私たちは外に出ても問題ないかと思います。領主様へのご恩はホーリーウッドとの物流なんかを活発にすることで返せるはずですし、領主様は自領の発展よりもより大きな国全体の利益を望まれる方なので、ホーリウッド南西部の森林や湿地の開発なんて特に喜んでくださりそうです。」

 それはわたりに船というか、ボクが彼女たちに望んでいたことをエリィ先輩は目的のひとつに考えていてくださった様で、ボクは少しばかり肩の荷が下りた気持ちになる。

 それならば仄めかす程度でも、将来の判断材料になるに違いない。


「うち・・・というかトーレス兄さんが継ぐウェリントンの開拓がそのままそのホーリーウッド南西の森林と湿地の開発にあたりますね。もしお二人がそうと望んでくださるなら、ボクがユーリの婚約者である限りウェリントンでもホーリーウッドでもお好きな方の席を空けて起きますから、ぜひ前向きに検討してくださいな。」

 そういってボクが二人に堂々とコネによる就職先の斡旋を仄めかしたところ、二人は少し目を輝かせた。

 二人にとってホーリウッド家でもウェリントン家でも就職先としては理想的なのだろう。


「私たちとしてはうれしいですけれど」

「姫殿下になにか利点がありますか?私たちは無能かもしれないですよ?」

 ロリィは言葉を濁すけれど、エリィは直接的にたずねてくる。

「お二人は現状座学でトップの成績だと伺ってますし、たしかエリィ先輩は特に内政・・・というか農業や治水にご興味があると伺った気がしますので、特にウェリントン家のほうは新しい家なので、譜代の家臣というものがいないですから、重用しますよ?それにトーレス兄さんは現在婚約者もいないですし、立候補すれば男爵夫人も夢ではないかもしれませんよ?」

 そういって冗談めかして、本命の質問を叩き込むと・・・

「あはは、そんな男爵夫人なんて柄じゃな・・・」

「私はそんな身分なんて!どうで・・・・あぁいえ平民ですから、男爵夫人なんて畏れ多いです。」

 冗談口調のボクに冗談口調で返してくれたロリィ先輩にくらべて、エリィ先輩は口では身分を理由に断っている風だが、最初の口をついてでた言葉が本気のトーンでしかも多分身分目当てじゃなく、トーレスに好意を持っていることを暗に示す結果となった。


 本格的に脈ありっぽい、それもトーレスの大好きな「妹」で、年齢もトーレス好みの少し下の子だ。

 トーレスの気持ち次第では将来彼女のことを義姉と呼ぶ可能性も十分にあるだろう。

 それならなおさら仲良くしないといけない。

「それをいったらボクたちウェリントン家だってほんの2年くらい前までただの開拓村の村長の家だったし、それが今や男爵家で、ボクにいたっては皇太子殿下の養女だよ?とても柄じゃないな?」

 そういって少し意地悪く、自嘲気味につぶやくと、あわてた様子のエリィ先輩が謝罪と否定の言葉を述べる。

「そ、そんなこと、そんなつもりじゃ・・・姫殿下はすばらしい姫君です、その立ち居振る舞いだけでもただの平民ではないとわかりますし、容姿の美しさもさることながら、すでに勇者として認定されている才能、武芸、魔法技術、領地運営、さまざまな分野で非凡な能力を発揮されていると伺っています。」

 ん、今勇者認定のことを知っていたね・・・?


「先輩は耳が早いのですね?勇者認定のことをすでに知っていらっしゃるだなんて・・・」

 勇者認定のことは今年の1月20日に発行され公開されている認定勇者、準勇者、叙爵・陞爵者、文武官の特別昇級者、大きな罰則を受けた者などの情報が記載されている人事部発行のリストに初めて記載された(ユーリは昨年発行分で発表)

 しかし、まだ公式の場で大大的に喧伝はしておらず知っている人は学校や王城にいくつかある資料室や図書室で持ち出し禁止の資料を閲覧した人だけということになる。

 逆にすでに隠しているわけではないので、ボクは人前でも収納魔法や、飛行魔法、独自の複合魔法や北条院および雪村流の剣術を隠すことなく使う様になっている。

 加速は人にはクイックに見えるだろうし、飛行魔法は勇者でも使える人間が少なすぎるのでまだ人前でみだりに使って見せたことはないが、しかしまだ資料の発行から1ヶ月も経っていないというのに勇者のことを知っているのは驚きだ。


「王国発行の閲覧可能な資料は大体目を通す様にしていますから、というのも昨年頭に発表された輪作農法と既存の畜糞と骨を用いた農業による作物の根腐れに関する論文や、乾燥地帯の土壌改良法などに感銘を受けたのですが、昨年の4月まで目を通していなかったので悔しくて、以来国の発表する資料にはすぐに目を通す様にしているんです。」

 一昨々年にホーリーウッドでの運用を実施し目覚しい効果を上げた堆肥や腐葉土などの利用法、それに大陸各地で生産されている作物についてまとめて、風土別に栽培しやすい植物をまとめ、また魔物の資源的利用を容易にするためのリストを作成し昨年の1月に王家から発表する運びとなった。

 これらは実際には前周でサテュロス連邦発足後60年ほどかけて経験則的に導き出された向き不向きや、植生を変更して出た問題点、そしてどの程度までならば継続的に魔物を資源として狩っていけるかを多少ぼやかして資料化したものだ。


 まだ正式に発表されてから1年だが、それ以前にジークが王領地のいくつかの土地で実験もしており初期に提供した情報に基づいて開墾した新農地はかなり収穫量を上げている。

 ホーリーウッドでの成果も合わせてジークからはかなり高く評価されており、かなり高額の年金をいただく様になった。

 前周の農民や研究者たちの成果を奪ったみたいで多少良心が痛むけれど、結果的にはその農民や研究者たちが飢えなくなるために使わせているものなので許してもらいたい。


 もっといえば、堆肥の世話や腐葉土の収集と熟成のために人手がかかる様になり今まで口減らしの対象になってきた様な貧困層の幼い子どもたちが、親元でその手伝いをしつつ育成される様になってきているので孤児の数が減っている。

 それでも病気や事故で親を失い孤児になる子はいるので、いただいた年金の過半を孤児院や、平民向けの医療院への援助に使ってもらうための基金とした。

 まぁボクが論文や農法の提供者ということは隠匿されているのでそのあたりは伝わっていないはずだが、やはりエリィ先輩が勉強熱心な方だというのは確かだし、稀有な人材だ。


「なるほど、勉強熱心なのですね、ボクも斯くありたいものです。今日は晩餐に、ホーリーウッドの特産品もいくつか出るので、博識な先輩にぜひ意見を聞かせてほしいところです。」

 たぶん子どもらしいはずの食品に対する話題に移行させると、エリィ先輩は微笑み

「ホーリーウッドは豊かな自然と水に恵まれて、おいしいものが多いと聞きます。楽しみです。ねーローリエ、食べ過ぎない様にしないとね?」

 とワンピース越しに姉の右のわき腹を揉みしだいた。



 その日の晩餐は、母ハンナ、サークラ、神楽、エッラ、ナディア合作のウェリントンの郷土料理とホーリーウッド料理が中心で春野菜のサラダと、春野菜とたまねぎのスープ、クッペ、鯛に似た魚の塩釜焼き、イチゴのシャーベット、ホロホロ鳥のソペ照り焼き、生クリームとイチゴを使った二口ケーキと焼きプリンが供された。

 塩釜焼き、生クリームのケーキやプリンはまだこちらの世界では発達しておらず、普通ホーリーウッド市や王城くらいでしか食べられないが、神楽が腕を振るった。

 ソペ照り焼きは完全に和風の味噌照り焼きでボクや神楽にとっては懐かしい味、現在のウェリントン家では豚肉(もしくは猪魔物肉)のジンシャーソペ焼き、牛肉のハンバーグと並んで定番の肉料理となっている。

 いずれもものめずらしく、大変においしい料理なので振舞うと喜ばれる。

 特に塩釜焼きは、塩を大量に使うためコストが高くパフォーマンス向けの料理だが、ホーリーウッドではすでにルクスとの交易が大規模に行われており、塩も魚も安く入ってくる様になっている。

 海魚は普通クラウディアまで運ばれてこないが、ホーリーウッド家は現在冷蔵用の馬車を使って魚や生鮮品も王家に献上しているのでうちでも一部消費されている。


 すでに何度か、我が家での晩餐を経験したことがあるマガレ先輩も塩釜焼きとプリンは初めてだったので、顔を真っ赤にして興奮しながら食べていた。

 ロリィ先輩はイチゴを食べたことがなかった様で、その赤さにおっかなびっくりといった具合だったけれど、その爽やかな甘みと酸味に一発で虜になった。

 そして・・・


「エーリカちゃん!?」

「エリィ(先輩)!?」

 その場にいた人間全員が突然のことにうろたえた。

 年の割りにしっかりしていると評判のエーリカ・アルトライン先輩が料理を食べていて涙を流していたのだ。


 ポロポロと零れ落ちる涙に、思わずロリィ先輩とトーレス、マガレ先輩が立ち上がり3人でエリィ先輩をなだめていたけれど、本人の説明としては初めて食べる料理の数々に驚いて感動してしまったとの弁明。

 特に生まれて初めて食べたというソペ・ソルの味とプリンの味に驚いたそうで、ソペ・ソルが西地方の保存食だと知るとまだ涙の残る笑顔で

「うわーこんなおいしいものがあるなら本気でホーリーウッドに仕官しちゃおうかなぁ」

 と冗談めかして笑っていた。


「それは、僕はもちろん君たち二人をシュバリエールに勧誘した者としてホーリーウッド家に推薦するつもりではいるけれど・・・」

 とトーレスが返しているが、トーレスは照れた様に赤くなっている。

 どうも、涙を見たことでエリィのことを強く意識しているみたいだ。

 我が兄ながら単純で困るね・・・?悪い女にだまされない様に願うよ?


 先輩方はその後19時半頃に紅騎兵と碧騎兵に送られて帰途に着く予定であったけれど、双子の先輩はボクやアイリスともずいぶん仲良くなって、結局とまっていくことになった。

 それならばとマガレ先輩も泊まっていくことになり、マガレ先輩はいつも通りソニアとソルと、エリィ先輩はアニスとアイリスと、そしてロリィ先輩がボクと神楽と寝室を共にして、眠気に襲われるまでおしゃべりを楽しんだ。


 ボクの学校生活は今日もまた穏やかに過ぎていくのだった。

故郷の味(ウェリントン、ホーリーウッドや日ノ本)を食べて泣くほど感動するエリィ先輩はウェリントン家の面々からかなりの好印象を覚えられました。

特にトーレスからすればストライクゾーンのはずなので今後の活躍が期待されます。たぶん。

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