第3話:家の中で
2度目の転生というべきか、それとも蘇ったというべきなのか、2度目のアイラとしての生活が始まって、7ヶ月目になった。
この世界は1ヶ月が6週間36日、一年が10ヶ月のためもう220日ばかりということになる。
この頃になるとボクは家の中を自由にハイハイして回れる様になったが、平日ひとりでボクの世話をする母に過剰な負担となるのが嫌で、母の周りを回る程度にとどめていた。
ボクに少し遅れてハイハイをはじめたアイリスは、どこにでも行こうとするので自然に進路を塞ぐのに骨が折れた。
また、赤ちゃんらしくよく泣くのでトイレやミルクのときはともかく、夜寂しがってぐずり始めたときなんかは、胸をたたいてやり、母の眠りを妨げない様にした。
さてこの頃ボクは、一つの可能性に気づいた。
前世でアイラに転生した時、ボクはその前の暁が持っていた能力を継承していて、使える様になったのは命の危険を感じた時なんかだったけれど、12歳頃にはほとんどの能力を使いこなせる様になっていた。
ならば前回アイラとして魔法や技能を訓練した今のボクはその知識をもって赤ちゃんのうちから魔法の練習ができるのではないか・・・と
そしてある朝、ボクは両親が起きる前に物理的被害が出ない、そよ風を起こす程度の魔法を試したみたのだけれど。
(うん、風起きてるね・・・・。)
窓を閉めた部屋の中に気流の流れが発生してもう秋だというのにやや暑さの残る室内が幾分か涼しくなった。
おおよそ狙いの通りの威力で魔法は発動した。
これはどうやらボクの体の持つ能力は幼いアイラのものだけれど、魔法理論や取得している技術は使えるということらしい。
さらに前世では習得が16歳頃になった技術を試すことにした。
(ターゲットは隣に寝ているアイリス!鑑定!)
アイリス F0ヒト
生命3魔法208意思16
職業/なし
鑑定できたね・・・、ボク自身を鑑定できないのと、国王ジークハルトやサリィの使う鑑定と違って項目は少ないけれど、名前と職適正がわかるだけでも大きいよね・・・。
これがあることで今後の人生にも少なからず恩恵があることだろう。
あとは光弾と跳躍が使えるか・・・加速は体が多少できてからじゃないと反動が怖いからやめておく。
(光弾は・・・でない・・・ね、跳躍は・・・できそうな気がする・・・?ためしに隣のベッドに寝ている母のところにでも飛んでみようか・・・。)
跳躍は3段階の能力に分かれていて、1段階目が物理的跳躍、単にジャンプ力を高めるもの、2段階目が物理的な隔たりを無視して、ある程度の範囲にテレポートするもの、3段階目は個人を思い浮かべてその人の元へテレポートするというものだ。
ボクは父と並んで気持ちよさそうに寝ている母にベビーベッドの柵越しに狙いをつけるとその胸元への跳躍に成功した。
一瞬視界が暗転し、次に視界が戻ったときには母の胸元であった。
ちょうどお腹も空いてきていたボクは目の前に用意された据え膳に吸い付いた。
なに、起きそうになったらもう一度跳躍してベビーベッドに戻ればいいのだ。
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(ハンナ視点)
まだ早い時間、私が目を覚ましたのは、くすぐったい快感を感じたからだった・・・。
(やだ、エドガーったら、朝からなんてふしだらだわ・・・隣にアイラとアイリスが寝ているのにそんな気分になんてなれない)
夫婦の寝室、体内時計からすればまだ明け方、少し前ならば怖い夢をみたサークラが布団に忍び込んで胸を吸っていることもあったが、アイラたちの姉であろうとする長女は強がって、もう私に甘えてくれなくなってしまった。
だとすれば夫しかいない、今はまだアイラとアイリスにかかり切りで、いつも隣に寝かせているので夫婦の営みは控えているけれど、子育てで満足している私と違って、男のエドガーは処理したい欲望もあるのだろう。
でもそれならせめて夜にして欲しい・・・、もういつ双子がおきるかもわからないというのに
「ちょっと、エドガー・・・、ん・・・ダメよ・・・」
まだ眠っていたい瞼を開けるとエドガーはやはり目の前に寝ていた・・・。
(あれ?エドガーが正面に見える・・・?)
ではこの胸をくわえている温かいものの正体は・・・?
あわてて布団をはずして胸元を見るとそこには眠ったまま私の乳首を口でもてあそんでいるアイラの姿があった。
ベッドが壊れたりしたのかと思い続けてベビーベッドのほうに目をやると双子の妹のほうはちゃんと寝ているし、ベッドにも異常はない・・・。
(え?私この子を抱いたまま寝たかしら?)
この双子は恐ろしいほど寝つきがよく、夜泣きも今のところ皆無、もし夕べに限ってアイラが眠れなかったなら私はそれを忘れないだろうし・・・。
「ねぇ、エドガー、エドガー?」
容疑者は目の前の夫だ。
無理やり揺り起こす。
「ん・・・ま゛・・・・むぅぅぅファァァァ、なんだ、もう起きる時間か?」
と寝ぼけているエドガーの問いに答えず
「ちょっとエドガー、貴方寝ている間に私にアイラを抱かせたりした?」
そういって目で胸元のアイラを示す。
「あぁ?意味がわからないんだが、アイラがどうかしたのか?」
訳がわからないといった様子のエドガーは、やはり本当にわからないのだろう。
ではこのアイラはどうやって・・・?
「私も今起きたんだけれど、おきたらもうアイラが私のおっぱいを吸ってたのよ」
そういってはだけた胸元を見せるとエドガーはちょっと頬を赤らめて、そっぽを向いた。
「おい、そんな見せるなよ・・・興奮しちゃうだろ?俺は何もしてないよ」
そういってちょっと子どもっぽい表情で居心地悪そうに鼻をかく夫は年上ながらかわいいと思える。
でもこれで事件は迷宮入りだ。
「珍しく夜泣きでもして、扱いに困って抱いたまま寝たんじゃないか?」
と夫は言う、そうかもしれない・・・・なにぶん記憶にないのだ。
仕方なく起き上がり、アイラをベビーベッドに戻すと、その物音に気づいたのかアイリスがパチッと目を開いた。
(まだちょっと早いけれど、起きちゃおうか・・・。)
私はアイリスアイラの代わりにアイリスを抱き上げると、おしめを変える準備を始めた。
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(アイラ視点に戻る)
今朝は危なかった。
跳躍の実験には成功したあと母のおっぱいを拝借した覚えはあるもののいつの間にベッドに戻っていたのやら・・・。
オムツを替えるために母に起こされたときベビーベッドから抱えあげられたので、おそらく寝ぼけて記憶にないだけで、ちゃんと跳躍で戻ったのだろう。
今日も日中は家で母とアイリスと3人で過ごす。
たまには元気に体を動かすのもよいと思いはいはいで逃げるアイリスを同じくはいはいで追いかける。
場所は子ども部屋、今はベッドが一つあるだけの部屋で将来はボクとアイリスとアニスの3人部屋になる予定の部屋だ。
地下室の入り口が隠してある暖炉以外は危ないものが少ないので、ハンナ母さんは洗濯物を畳んだり繕い物をするときはこの部屋でボクとアイリスを放し飼い状態でやっている。
時々興が乗りすぎたアイリスがボクに馬乗りになったりすると止めに来るけれど、暖炉前にチェストを置いてふたをしているので、ほとんど危なげなく遊ぶことができる。
そういえば、もう一つ試したいことがあった。
勇者の能力であるところの空間収納だ。
空間収納は勇者とそれに同等の職業適性を持っているものが行使できる能力で、それを持っているならボクはすでに勇者として覚醒していることになる。
ボクはよく考えず目の前の妹が遊んでいる軽い木材でできた玉を一つ収納に収めた。
(うん収納できたね・・・。)
どうやら勇者として必要な能力を引き継いで転生している様だ。
「ふぁぁぁぁぁん!!」
と、突然遊んでいたおもちゃを姉に隠されてしまったアイリスが泣き出した。
(あ、いけない・・・イジワルをしてしまった。)
あわてて玉を出して、アイリスの手に握らせるけれど、アイリスは不愉快そうに握らされたそれを投げ捨ててハンナのほうへハイハイで逃げていく。
「あら、アイリスどうしたの・・・、なにか嫌だったの?」
と、妹を抱き上げてあやす母を見て、妹に悪いことをしたと重いながらボクは、勇者の条件ってなんだったかな?と前世で聴いた言葉を思い返していた。