第70話:2年目3
前回の引きから数分戻っています。
春、2月初頭。
年末年始の忙しさとともに冬に起こった魔物の出現に関する騒動も犠牲者家族以外にはほとんど忘れ去れていた。
兄の同級生と是非挨拶をしたいと、邸に招いた金髪の少女は新たに真紅と薄紅の髪色をした少女らと知り合った。
無事に兄の同級生との邂逅を終えた少女は、大体1週間に一度行っている婚約者との逢瀬のために、共犯でもう一人の想い人でもある少女と寝室で寝支度をしていた。
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(神楽視点)
賑やかなお茶会だった。
トーレスさんと一年間同じ班で活動する4人のお姉さんたちは、みんな髪の色も体つきも違う、それでいて素敵なお姉さんたちばかりだった。
日ノ本だと髪の色なんて黒からこげ茶がほとんどで、たまに赤毛の人や薄い茶色の人もいたけれど、母様やリアお姉様みたいな銀髪の人なんて目だってしょうがなかったけれど、こちらには緑とか、青とかたくさんの髪の色があってみていて楽しい。
トーレスさんは金髪、お顔も整っていて暁さんと遠足に行く前の私だったら、クラスのお友達王子様みたい!ってはしゃいでいたかも知れないほど繊細そうなのに、体付きもしっかりしていてあの5人のきれいなお姉さんたちと一緒にいてもぜんぜん不自然じゃない。
4人の、シャーリーさんも入れて5人の女の子と話していて、その能力と特技も伺っている。
メイド枠でトーレスさんと一緒に入学したシャーリーさんは、邸とウェリントン家の人たちの警備をしている近衛のブランシュさんの妹さんで、剣と槍、魔法もちょっとずつ使える努力家の女の子、私よりひとつ年下で、髪の色はおねえさんと同じ灰青、体つきはたぶん年相応・・・なのでしょうけれど、私と比べると身長が2寸ばかり高くて一寸悔しい。
この世界の人たちは欧米系とでもいうのか、少し成長が早く、ただ栄養が足りてない人も多いのか最終的な成長度合いはあまり日ノ本の人と変わらないみたいで、男性は165cmくらいの方が多いし、女性は160cmくらいまでの人が多い。
それに比べて貴族や準貴族の人たちは栄養価の高い食事ができているのか、それともトレーニングや長い年代をかけた遺伝子のなせる業なのか男性は180超えの方もかなりいるし、女性のほうはかなり多様性はあるもののお綺麗な方が多いと思う。
シャーリーさんたち、トランティニャン家は代々ホーリーウッドの軍部に人を出す家柄で灰青の髪と一般の人より高い魔法力を持って生まれる人が多く、また武の家柄としての自負からか、飾り気が少なく率直な物言いをする方が多いそうだ。
男性と女性の遺伝の仕方がはっきりしていて、女性は細身で長身の人が多く、男性は筋肉の肥大化しやすい体質だそうで、長男は代々第二の名前にブリュノという名前をいれる、女性は父の姉や妹、足りなければ母やその姉妹の名前を第二の名前として入れていく習慣があるそうだ。
細身で長身という特徴の示すとおりブランシュさんは手足がスラリとして長くて、率直な物言いが多いという特徴のとおり、簡潔に物静かにお話をする方だ。
18歳だけれど、結婚もしておらず婚約者も居ないそうで、大事な時期だと思うのだけれど護衛のためにクラウディアで暮らしている。
シャーリーさんもお姉さんとそっくりで、そのまま若返った感じのすらりとした足がステキな女の子だ。
日ノ本の小学生だと考えれば、クラスの男の子半分くらいは釘付けにできそうな脚線美を持っていて、太ももは細く見えるけれど筋肉が引き締まっているのがよくわかる。
残念ながらこちらではハーフやショートのパンツやキュロットは外用ではないのであの足は人目に晒されることはない。
性格もやっぱり、まっすぐで素直な子で、付き合っていて気持ちがいい。
今日の赤ちゃん作り発言にはちょっとびっくりしたけれど、ステキな女の子なのには間違いない。
今日がはじめてだったマーガレットさんとラフィネさん、お二人は西側地方出身、私よりも1つ年上でやっぱりすらりとしていて背も高い。
マーガレットさんはソルちゃんとは同じ赤系統の髪だけれど、ほとんど真紅と呼んでいい情熱的な色。
一方性格はブランシュさんやシャーリーさんと同様淡々としていて、その上でアニスちゃんへの態度から小さい女の子を眺めているのが好きな子なんだってすごく伝わってきた。
得意な武器は火精の石弓というもので、村ではそれを使って狩をしていたとか
ラフィネさんは桃色の髪をしていて、マーガレットさんと比べると幾分か肉付がよくって、ぷっくりとした唇がかわいらしい方だった。
マーガレットさんとも出会って30日くらいだそうだけれど、寮では同じ部屋で「朝から晩まで一緒に過ごすから、仲良くしないとねー」なんて冗談みたいに笑っていたけれど、実際見ているかぎりお二人は仲がよさそうで、私とのんちゃんみたいにきっと仲良くやれると思う。
杖を使った近接戦闘と初級魔法を組み合わせた近接魔法使いという戦闘方式をするそうだ。
前々から研究室で協力してくれるラピスさんやヒースさんの付き添いでよく顔を合わせていたユミナ様とジル様はとても仲のよい義姉妹だ。
といってもまだちゃんと結婚はしておらず、一緒に軍官学校に通うのに4年間同じクラスがよかったからジル様をメイド枠として入学するため結婚は軍官学校卒業後にするらしい。
13歳のユミナ様はふわふわした雰囲気のステキな女性で万能型魔法使い、ただジル様がおっしゃるには女癖が少々悪いそうで、言い寄られても靡かない様にね?と念を押された。
今日まで知らなかったことだけれど、この国の貴族の女性には秘密の文化があり、主にメイド、または年の近い家臣の娘や同じ派閥貴族の娘同士なんかの間で恋愛関係を持つことがあるそうだ。
これは将来結婚したときに、どんな仕草がかわいく見えるのか、どんな言葉や姿が一番自分の容姿とあっているのか、直接的な言い方をすれば将来夫となる殿方に頻繁に抱いていただくための研究を目的とした文化らしいけれど、幼い頃から婚約者がいて自由に恋愛をできない女性が恋愛をするための文化でもあって、たまに男性よりも女性のほうが好きになってしまう方が居て、ユミナ様はそれなのだそうだ。
そして、子どものころからその役割を持していたのはジル様だ。
ユミナ様が結婚相手にトーマ様をお選びになったのも彼女の趣味とその一番のお相手がジル様であることを知っていて、最低限妻としての役割を果たせば文句を言わない方だからそうだ。
無論幼馴染だけあってお互いの間にも愛情の様なものはあるらしいけれど。
ジル様の方は結晶魔法という魔法を先祖代々得意としているそうで、その精度と研究家肌なのを見越してアイラさんから結晶魔法関連の図面を託されて弟のヒースさんと通信機の開発を始めている。
婚約者で次期ペイロード侯爵のジャスパー様とは非常に仲が良いけれど、前述のユミナ様の性癖を監視するためにメイド枠での入学をしたため、卒業するか赤ちゃんを授かるまでは結婚には至らないそうだ。
赤ちゃんを授かる可能性があるということはたぶんジル様はもうジャスパー様と同衾されているということで・・・いけませんお友達の閨事情を詮索するだなんて・・・。
でも、ジル様は小柄だし体つきもまだ幼い、なのにもう手を出していただけるんだなって、そう思ったら少し悔しい気がした。
私は暁さんに体を触っていただくこともほとんどなかった・・・。
頭をなでたり、手を握ったりはたくさんしてくれたけれど、もっと体の中心のほうを触るのは結婚まで止そうといって、触っては頂けなかったし、触らせてくれなかった。
私のことを大事だからだと暁さんは言っていて、その言葉にまったく嘘はなかったけれど、私は少しでもいいから全身に触ってほしかった。
私の体の外も中もすべては暁さんのモノだと示すみたいに、余すところなくそのすべてに触れてほしかった。
結局その願いは叶うことなく・・・。
「カグラ?」
思ったよりも長い時間考え込んでいたのか、アイラさんが不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいる。
今からホーリーウッドのユーリさんのところへ跳躍していこうとするアイラさんのために私は部屋のお留守番のためにアイラさんのお部屋にやってきていた。
アイラさんはほとんど毎週の様にユーリさんのところへ出かけていく、1時間半から2時間くらいで帰ってくることが多くて、帰ってきたあとは私と一緒に寝てくれる。
時々私がホームシック気味になっている時なんかはホーリーウッドに行かなかったり、行っても10分くらいで戻ってきて眠るまでの時間を私にくれる。
何も伝えていないのに、アイラさんはやっぱり暁さんみたいで、私の寂しい気持ちをわかってくれているんだ。
もしかしたら今日も、そんな寂しい気持ちが出てしまったのかもしれない、アイラさんはその表情を少し心配そうなものに変えた。
「【神楽、おいで?】」
そういってアイラさんはベッドの上に移動、右手でポンポンとひざをたたいて私を誘う。
「【でも、今日はユーリさんのところにマーガレットさんたちのことをおはなしするっておっしゃって・・・】」
突然の日ノ本語に、私も日ノ本語で対応する。
声はアイラさんで、見た目もアイラさんで、だけどその響きは確かに暁さんのモノで私の寂しがっていた心にスっとしみこんでくる。
「【今日は中止、明日時間を見てちょっとごめんねだけ伝えておくから、今日は神楽とお話しようかなって。マーガレットさんとラフィネさんが天音さんの使い魔に似てたから、ちょっと思い出しちゃったよね?】」
そういってアイラさんは私を待ってくれている。
言う通りあの二人の髪の色の組み合わせが、天音お姉様の使い魔のうちナっちゃんに貸し出されていた桜花と紅葉の毛の色にそっくりで、天音お姉様とナっちゃんと、使い魔二人分のモフモフを思い出してしまったんだ。
そんな細かいところまでばれちゃうなんて・・・私はアイラさんに甘えたいのも寂しいと思ってしたことも、今の表情を見られることも恥ずかしいけれど、それらをいっぺんに解決できる方法をアイラさんが提案してくれている。
私はアイラさんの隣に腰掛けて、アイラさんの膝枕を借りた。
肌触りの良い寝間着のスベスベした感触に、その向こう側にある肉付きの薄い少女の脚に、頬を摺り寄せる。
アイラさんは私の髪を手で梳きながら、囁く様な声で今夜は一緒にいようねって、伝えてくれる。
その手が髪を抜けていくたびに、私は寂しさを忘れて、もっとアイラさんに触ってほしいという直接的な欲求が強くなってくる。
浅ましいとは思うけれど私にとってアイラさんは妹みたいでかわいい女の子でもあり、愛しい暁さんでもある、だから暁さんのときよりいっそう体に触る、同性であることからか触り触られるということへ僅かにあった抵抗感も羞恥もそこには存在しない。
私は体をよじってアイラさんのほうへ体を向け、そのままアイラさんのお腹に、服越しにキスをして、背中と腰の間に腕を回して逃げられない様に抱き寄せた。
「カグラ!?」
鈴を転がす様な少女の声、だけれど暁さんの様に安心できる優しい響き。
不思議だけれど、もっと声を聞かせてほしい、もっと触りたいという欲求が私のなかでムクムクと大きくなる。
私はアイラさんをそのまま押し倒す。
「アイラさんはかわいいですね、もっと声を聞きたいです。もっと、いろんな声聞かせてください」
アイラさんも同性になったからなのか、それとも私と暁さんが結婚をしていたはずの年齢をこえているからか、暁さんの頃よりも体を触ってくれるし、求めれば応えてくれる。
離れて暮らすアイラさんの婚約者のユーリさんに申し訳なくて自重しているけれど、この世界では女の子同士が結婚前に恋愛をしたり結婚してからもその関係を続けたりしても許される。
そしてユーリさんも私と暁さんのことを知っているから、そのことを許してくれている。
無意識な体の反応なのだろうか、アイラさんは目を見開いて驚いた顔をしている。
私の名前を呼んだその唇は少しだけ開いていて、まだ生え変わっている最中の前歯がちょこんとしていて、ふとその感触を確かめたくなった。
「んむぅ・・・ふぁっ・・・ん・・・」
抵抗することなくアイラさんは私の口付けを受け入れた。
唇を押し当てて、舌を侵入させる、硬いはずなのに柔らかいと感じるその歯の先を舌で押して形を確かめる。
アイラさんは私よりも息が短いので、時々休みを挟みながら、撫で回していく。
その合間に体を触り、首筋を舐める。
かつて私がやってもらいたかったことを少しずつアイラさんにしていく。
休み休みでもアイラさんにとっては苦しいのだろう、少しずつ息が荒くなっていってその白い肌は朱に染まっていく。
いつしかその寝間着が肌にピッタリと張り付くほどに汗ばんできていて、そして私自身も少し汗をかいてしっとりしているのがわかる。
ぐったりしてきたアイラさんは汗をかいてびしょびしょになっていて、体を起こした私はベッドの横においてある魔法道具で水を入れるとそれを一口飲み、もう一口含むと再びアイラさんに口付ける。
再びの口付けにアイラさんは体をビクりと震わせたけれど、すぐに受け入れて私が口移しした水はコクリコクリと動くアイラさんの喉を下っていったとわかる。
「カ、グラ・・・?」
どこか焦点の定まらないアイラさんの寝間着をまくり上げて、そのすべすべのおなかを顕にするとまだくびれのないお腹が、呼吸に合わせて上下している。
ズロースもしっとりして脚のラインが透けるくらい、暁さんの頃は作務衣みたいな服を着て寝ていたのに、アイラさんは寝るときにごわつくのは苦手みたいでシンプルなデザインのお洋服を好む。
だからこそ汗で張り付くとすぐに体のラインがわかって、冷静になる。
「アイラさんの体、全部ちっちゃいですね。」
ズロースを引き下げようとして伸ばした手を今めくり上げたばかりの寝間着のほうへ戻す。
アイラさんの体は、まだまだ未完成で細い、肉付きは薄くて、でもまだお腹が少しだけぽっこりとしていて、まだ守られなければならない年齢なのだと理解する。
同時に、暁さんが私に抱いていたであろう想いも少し理解する。
私はさっきまでアイラさんを求めていたけれど、アイラさんの体を見て恐ろしくなった。
この幼い体を壊してしまうんじゃないかって
暁さんにキスされただけで私はいつも幸せだったから、それ以上を経験すればもっと二人とも幸せになれるはずだって思っていたけれどそうじゃない、暁さんに罪悪感を覚えさせてしまってはそれは私の一人よがりな情欲に過ぎないものだったんだと理解できた。
「ケホッ・・・・どうしたの?」
急に動きを止めた私に、解放されて息が整い始めたアイラさんが尋ねる。
眼は涙で潤んでいるし、口の周りはよだれでべとべとになっている。
顔は真っ赤で、お腹も胸もまだ激しく上下している。
「いえ、私、やっぱりアイラさんのこと大好きなんだなって思って・・・。アイラさん、これからも私と一緒にいてくださいね?」
アイラさんの服を戻しながらお願いする。
「それはもちろんだよ、カグラがボクのこといやだって言っても、もうひとりになんかさせないんだから・・・・。おいで?」
ベッドで仰向けのままアイラさんは両腕を広げて私を待ってくれる。
「はい・・・。」
その胸に飛び込もうとした瞬間アイラさんが跳ね起きて、私の体を止めた。
その表情は何かを探っている・・・?
まるであの朱鷺見台での最後の夜の様に邸中の気配を探っているみたいに見える。
やがて、その表情は何か確信をした様に変化した。
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(アイラ視点)
トーレスの同級生を見送ったあと、神楽はどこかおかしかった。
普段ならニコニコとボクのことを見守っているだけなのに、今日は上の空でぼんやりとしている時間が多かった。
そしてその理由はなんとなくわかっている。
幼い姿のマガレ先輩の姿は、その赤い髪と細い体が天音さんの使い魔に似ていた。
ラフィネ嬢のピンクの髪と、柔らかな雰囲気はやはり天音さんの使い魔に似ていた。
一人一人と出会っても少し似ている、くらいで済むのだろうけれど、二人同時に、しかも初対面であったためインパクトが強かったんだろう。
神楽は今までも時々は家族を思い出していたけれど、その郷愁があまりに強かったんだろう。
これまでも求められて、体に触れたり触れ合ったりはあった。
ボクたちはまだ子どもだけれど、神楽はもうあちらの世界に残っていれば結婚式も終えている年齢だし、ボクは精神的には少し体に引っ張られて退行している実感はあるけれど120年近い自意識がある。
アイラの未来の夫であるユーリも神楽のことを認めてくれている。
何を遠慮することがあろう?そう思うこともあるけれど、なんとなくユーリも神楽も幼いアイラの体を慮ってのことなのか、肝心なことはしてこなかった。
ただ触れ合い撫ぜるだけの、やさしい接触を繰り返してきたんだ。
でも今日の神楽は行為に没入している。
神楽が寂しそうだったので、今日のホーリーウッド行きは取りやめて神楽の寂しさを慰めようと思った。
普段ならばしばらく話しているうちに落ち着いてきて、そのうち眠ってしまうのだけれど、今日の神楽は違った。
唐突にボクをベッドに押し倒すとその柔らかい唇をボクに押しつけて、甘い唾液にまみれた肉がボクの口腔内に押し入ってきた。
そして執拗に生えかけの歯の周り、敏感な歯肉をなぞる。
くすぐったいというよりも少し痛いくらいの刺激に、ボクは息も絶え絶えになり、それでも神楽の寂しさを埋めたいがために受け入れ続けた。
少しの間抵抗できないままで玩弄されたボクは、全身から汗をかき、下着もぐちょぐちょになるほどで、水分を急速に失う体は突然口の中に押し込まれた水を、疑うこともなく一気に飲み干した。
神楽は次にボクの夜用のワンピースを捲くりあげて、少しあってからそれを戻した。
その間に体が少し冷え、呼吸も少し整えることができたボクは少しむせながら尋ねる。
「どうしたの?」
少し息苦しいし、突然のことだったのでびっくりはしたけれど、神楽が望むのであればボクは君を受け入れることができるというのに。
「いえ、私、やっぱりアイラさんのこと大好きなんだなって思って・・・。アイラさん、これからも私と一緒にいてくださいね?」
神楽はボクの服を戻しながらポソポソとつぶやいた。
「それはもちろんだよ、カグラがボクのこといやだって言っても、もうひとりになんかさせないんだから・・・・。おいで?」
その姿にいたずらをした後怒られるんじゃないかって怖くなっていた前周の息子アルマや、正体を明かしあって初めて結ばれた翌朝にボクにひどいことをしたと謝り始めたユーリのことを思い出した。
「はい・・・。」
そうつぶやいて神楽がこちらに体を預けようとした瞬間に、ボクはその気配に気づいた。
玄関のあたりにとても力強い意思を感じたボクは跳ね起きて神楽の体を支える。
そのままで気配を探っていたボクはそれが待ち望んだものだと確信した。
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「どうも、夜分にすみませんが、つい今しがた到着いたしまして」
夜8時20分、フィサリスが邸に帰ってきた。
正門を守る近衛はフィサリスを母屋に届けてから夜勤に戻っていき、アニスとアイリス、ソルはすでに夢に誘われていたけれどおきていた母とサークラ、トーレス、エッラ、トリエラは総出でフィサリスを迎えていた。
リビングや厨房ではなく自室にいたボクと神楽は汗ばんだ服を替えたこともあって、少し遅れて玄関にやってきたが
「おかえりなさいフィー、無事で帰ってきてよかった。けれど無用心よ、夜に女の子が一人でだなんて」
母が長く家を空けていたフィサリスを労っているところだった。
ボクと神楽の登場に気付いたフィサリスは顔を上げた。
「アイラ様お役目果たしてまいりました。ご報告をさせていただきたいですが、明日のほうがよろしいでしょうか?」
名目ではあるけれど、彼女には鉱物資源についての調査を依頼したことになっている。
しかし時間的にボクは普段ならば眠たいはずの時間だし表向き早急の報告でもないので、その様に尋ねた。
「お疲れ様、疲れている様ならもう休んでもいいよ?報告を先に終わらせたいなら部屋に来て?」
そう尋ねると、「ではお伺いします。」と短く応えフィサリスはボクの方へ。
「エッラ、終わったらエッラの部屋にやるから。」
エッラの目がうきうきしていたのでエッラには後でフィサリスを部屋に返すことを伝えて、ボクの部屋に戻った。
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「ひとまずは、お帰りなさいフィー、また会えてうれしい」
「おかえりないフィサリスさん」
3ヶ月ぶりに会うドラゴニュートの少女は相変わらず小柄で細身だけれど、出るところが出ていてボクにとってもっとも身近なメイドとの類似性を持っている。
「はい、ただいま戻りました。お帰りなさいといわれるのがうれしくなる程度には、私もこちらになじんでいるみたいですね、竜の島よりもずっと短い時間しかいない場所なのに、エッラやアイラさんの姿が見えた時とてもホっとしたんです。」
うれしいことを言ってくれる。
100年過ごした竜の島よりも1年ばかり過ごした地上の方、ボクやエッラと暮らしたことを幸いな時間だと感じてくれている。
緩んだ表情をしていたフィサリスだが、しかしすぐに真剣な眼差しになる。
「実は本日のところ報告できることはあまりありません、詳しいことは明日ナタリィ様から説明していただくことになりました。」
「ナタリィがきているの!?」
ボクは驚きが隠せなかった。
今ここにいないということはナタリィは町で宿を取っているのだろう。
神楽はわぁとうれしそうに両手を合わせている。
純粋に久しぶりに会える知り合いに喜んでいる様だ。
「はい、ナタリィ様が自ら説明してくださることになりました。国王様への渡りもアイラさんにつけていただけたらとのことです。」
「今回のことはそれだけ大きな出来事だということ?」
ドラグーンは特定のヒト勢力への接触を過度に行うことは自粛している。
それでドラゴニュートのフィサリスすらジークの目に触れない様に避けてきたのだけれど・・・。
ドラグーンのナタリィが自ら説明をするということはあのグリーデザイアという小人の動きは人間勢力の代表格に接触をしなければならないほどの大事だったということだ。
「はい、今回の件を受けて現在里から姿をくらませている12体をすべて捕縛することになりました。これまでは、実際に裏切りを行った本人ではないからとある程度ゆるく監視をしてきましたが、ヒトに対する害を成したため、完全にアンヘル大陸に幽閉することになります。逆らう場合にはその・・・」
ちらりといいにくそうにちらりと神楽を見るフィサリス、グリーデザイアという種族のことも伝えていないが周回者であるボクと違い生粋の少女である神楽、それもこちらの世界の同世代より幾分か幼く見えるのでたぶん9歳くらいに見られる外見、その少女の姿を前に言うのが憚られる様な言葉となると・・・。
「殺害も止む無しということだね?」
フィサリスはビクリとして目を見開いたが、神楽が殺害という言葉に動揺していないと気づいて、冷静な表情に戻ると「はい」と小さくうなずいた。
「わかった明日詳しい話を聞ける様にナタリィも屋敷で面倒を見れる様に整えよう、国王陛下との会談は明後日でも大丈夫?」
さすがに国王陛下との対談を夜中に聞いて翌日に確定できるほどの権限はない、跳躍のこともすでに知られているので今から会いに行ってもかまわないだろうけれど、前回のこともあるので少々遠慮したい。
「はい、大丈夫です。ナタリィ様には今夜は外クラウディアの『踊る麦踏亭』という宿屋に泊まっていただいているので、適当な時間に邸に迎えていただければありがたいです。」
フィサリスは一人でおいてきたらしいナタリィのことが気がかりなのだろう、ちらりと窓の外を見てから小さくうなずいた。
「ナタリィは一人なんだよね?外見の若い女の子一人で宿屋に泊めているのは心配だから、今からでもこっそり跳躍で連れてこようか?」
「いえ、もう宿代も払っておりますしナタリィ様であれば上級の魔法でも擦り傷ひとつ付きませんから。明日で大丈夫ですよ。アイラ様はお休みください。私はちょっとお土産のレモン酒やリンゴ酒があるので、サークラさんやエッラと軽く飲もうと思っています。」
そういって実に楽しそうに笑うフィサリスに、ボクはグリーデザイアのことは世界を見守ってきたドラグーンにとっては大事だけれど、人間にはなるべく影響が少ない様にしているのだろうと安堵した。
これまで3ヶ月待ったのだからいまさら1日くらいどうってこともないし、エッラも早くフィサリスが来ないかなと待ち望んでいるはずなので、フィサリスを開放することにした。
「それじゃあまた明日、お休みフィー」
「おやすみなさい」
「はい、おやすみなさいアイラさん、カグラさん、よい夢を。」
ボクとカグラがベッドの上で寄り添うのを見届けたフィサリスは、ベッドのカーテンを引き、魔力灯を一番小さな状態にしてから部屋を出て行った。
「それじゃあお休みなさい、アイラさん」
「うんお休みカグラ」
再び二人きりになったボクと神楽は、しかしもう先ほどまでの様なしんみりした気まずい空気でも、いちゃつく様な雰囲気でもなく、ただ指と腕を絡めて眠りについた。
なぜかあまり進みませんでした。




