第69話:2年目2
王都を襲ったあの魔物の出現から約100日経った頃、王都ではすでにあの事件を思い出す人も当事者以外にはほとんどなくなり、人々は平和に暮らしていた。
現場となった浄水施設跡も、すでに軍施設が立ち並んだ状態となっている。
軍官学校も、新入生を迎えて数日経ちたくさんの若い男女が友達作りに、励んでいるところであった。
中にはちょっと破廉恥な考えを持つものも居たが、魔法や剣の才能ある平民や、貴族の跡継ぎが中心の学校のためほとんどのものは将来の家臣候補、あるいは主君候補探しのために良い関係を築く努力をするのだ。
そのため自身の体も武器と一部として、貴族の嫡男に愛妾兼任で雇われ様とする様なものも出てしまうのだが・・・。
しかしながらあまり才能も高くなく、家のプラスにならないものをたくさんつれて帰られても困るので貴族たちは子息につける世話役メイドに見目の良いものを用意する傾向にあった。
そもそもメイドというのはその家のバロメーターになりうるものなので、外の目に触れる者は基本的に見目が良い者を優遇する。
さらに子女に随伴させて軍官学校に入学させるとなれば、それなりに剣か槍、それに何らかの魔法の才能を持っている者か、子女が上級指揮官志望であれば経理や輜重に関する知識を身につけさせたメイドをつけることになる。
この時点でもメイドに対して幾許かの資金をかける必要があり、またメイドもある程度の教育を貴族もちで受けたため恩義を感じていることが多い。
その上で貴族はメイドに命じるのだ。
「息子が利益になりそうな娘を抱き込もうとしたときは援護しろ、そうでない娘を抱きこみそうになった時はお前が体を捧げてソレを止めよ、お前が息子の性欲をコントロールしてそんな気が起きない様にするのだ。」
別に最初からある程度その可能性の説明も受けているしメイドたちも主家の若君の愛妾となるだけだと割り切って誘惑に到る場合が多いが、逆に自分の主家よりも家柄の良い貴族の嫡男に迫られて、恩義を忘れ関係を持ってしまうメイドも居る。
そういうことになれてしまった一部の若君がメイドが貴族のために股を開くのは当然で、むしろ喜ぶことだと勘違いして、他家のメイドにまでソレを迫る場合までがある。
そういった場合に特に困るのが女生徒の世話役メイドとして入学したものたちだ。
彼女らはそもそもそういった処理の役目はなく、主家の姫君が滞りなく学業に専念できる様に付けられているので、すでに婚約者が居る場合や主人の家柄によっては既婚者であるメイドが存在する場合もある。
貴族だけがメイドをつけるわけではなく、たとえば大手の商家が才能ある係累を送り込んでソレに付けられたメイドが貴族の子を狙って篭絡しようとする場合もあり、貴族の子ばかりが悪いとは言えないが、ともあれ軍官学校生の貴族男子でメイドを性的な目で見るものはそれなりに多かった。
軍官学校に入学したのが家督を継ぐために仕方なくという程度の動機で、さしたる才能も無いのに入学し学業に打ち込めないものほどその傾向は強かった。
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(トーレス視点)
軍官学校に入学してから1週間経った。
この場合の入学は入学の式典ではなくて、実際の学業が始まってからだ。
僕は剣士課か軍務課になると思っていたのだけれど 属性魔法の適性を幅広く持っているとかで初年度は攻性魔法課となった。
幸い僕のメイドとして随伴してくれているシャーリー、シャルロット・クレマンス・トランティニャンも僕と同じ器用貧乏・・・もとい汎用型のステータスをしていたので、攻性魔法課でも十分にやっていけそうだと二人で一安心したのだけれど、彼女は妹のアイラ、アイリスのお茶友達という奴で、ホーリーウッドに暮らしていたごく短い期間にすごく仲良しになっていて、アイラと一緒にいたいがために僕の軍官学校入学のメイド枠に立候補したらしい。
条件に合い、彼女の姉のブランシュ・フランソワーズ・トランティニャンがホーリーウッド近衛の碧騎兵隊所属で、身元もしっかりしているので採用されて今に到るけれど、僕のおつきなのでアイラといつも一緒というわけじゃないのが申し訳ないところ。
僕とも知らない中ではないので、公の場以外ではもっと気軽に呼んで欲しいとお願いしてトーレス様とお兄さんとの2つの呼び分けをしてくれる様になっているのだけれどこれがなかなかグっとくるというか、初めてお兄さんと呼ばれた時、彼女のことがものすごく可愛く見える様になってしまったのだ。
われながら単純なものだとは思うけれど、この灰青の髪の4つ下の女の子がメイドではなく守るべきものだと感じる様になった。
そもそも僕の名前に貴族の証であるフォンが入る様になってまだわずか半月ほど自分にメイドがつくという感覚に慣れていなかった。
その上昨年半ばから、城で文官の娘や騎士爵、準男爵の次女以下の娘さんなんかからよく言い寄られる様になった。
毎度毎度父親に弁当を届けるとか、文官の父親が重要な書類や印鑑を忘れたのを届けるとかが発生するとは思えないし、その上で都合よく僕の移動中にばったりというのもおかしい、全部本当だとしたら文官の方たちは罷免して人員を入れ換えるべきだろう。
いくらなんでも忘れものが多すぎる。
さて話は変わるけれど、軍官学校にはシュバリエールという制度があって、これは学生による互助派閥組織だそうだ。
中央と、東西南北の5つが存在し中央とそれ以外とは兼任できるけれど四方は複数に入ることが出来ない。
シュバリエールは卒業後の進路をどこを希望しているかで入るところを決めるけれど、入りたいからで入れるものではなく、先に入っている先輩からの紹介、斡旋によって所属することになる。
これは将来性を見越して優秀な学生を推薦する、また将来自分をその上司に斡旋してくれる、つまりその程度には信頼されるであろう優秀な先輩と懇意になるというステップが必要で、1年生は通常であれば4月頃まで成績や態度を観察された上で勧誘されるものだけれど、僕は西シュバリエール幹部であるらしいシリル・オーガスト先輩と顔見知りなこともあって、入学と同時に西シュバリエールに勧誘された。
勧誘されなくともそもそも新設の領地あり男爵家の長男なだけでも仕官するなら西であることは確定しているのだけれど、西に入っていないと他から勧誘される可能性もあるので・・・と西に入ることを勧められた。
誘われたときすでにシャーリーと仲良くなっていた、数名の女子のうち班員のマーガレット・カーマインさんとラフィネ・ロータスさんが西地方出身ということでシリル先輩に説明だけでも聞かせていただけませんか?と食いつき、今度のシュバリエールの懇親会には僕について西シュバリエールの見学にいく約束になっている。
今年はクラスにメイド付き男子が僕ともう1人しか居らず。
というか攻性魔法課Aクラスが比較的近接戦闘も出来るステータスの学生でまとめられているのに、男子が7人しか居らず。
そのため班分けがウチは僕とシャーリー、マーガレットさん、ラフィネさん、北侯爵家の長女ユミナ様とそのお付きメイド枠で入学したジルコニア様(彼女はジャスパー様の婚約者だったと思うのだけれどメイド枠で本当に大丈夫なのだろうか?)の6名、もう1人のメイド付き男子も女子4人と組んで6人班、他が男子5人の班と女子7人の班が1つずつとなっている。
A組は合計24人と例年よりちょっと少ないらしいけれど、班員は皆穏やかな女の子ばかりで僕は何とか平穏に過ごせそうだと胸を撫で下ろしている。
思えば一昨年ウェリントン村を出てから、ホーリーウッドにクラウディアと次々居場所が代わり、覚えることも多くて落ち着く間も無かったけれど、その分あっという間に時間が過ぎて、ウェリントンのことを懐かしむ余裕さえなかったなぁとしみじみ思う。
まさか父が男爵になるとは思わなかったし、急遽土地持ち貴族扱いになって(領地はウェリントンとその近隣の開拓村4つそれにカメ島側の森を開拓して領地としても良いらしい)ただでさえ煩わしかった文官や準貴族の娘たちに、男爵位や子爵位の娘たちが加わり入学直前まで挨拶に来る娘が多数いて大変だった。
ボクが西安侯の有望な家臣候補から、西安侯爵領の土地持ち男爵の嫡男に代わったため、市場が変わったのだ。
思えばこの時のために平民だった僕にまで貴族教育を施していたのではないかとも思うけれど初めから決まっていたのか、それとも本当に急遽決めたことなのかは結局僕にはわからなかった。
父は年始の祝宴の最終日に家族全員を連れて参加し、開拓村の村長であったこと、いくつかの成果を上げ功績が大きかったことを陛下が述べられて男爵に叙爵された。
後から聞いた話だけれど僕たち家族にたくさんの西領貴族の縁者が話しかけてくる中、誰かが小声で「娘を王室に差し出して貴族位を買った不届き者が」なんて心無いことを言っていたらしいのだけれど、その場で突然転倒。
「大丈夫ですか?アーチン男爵家のガンゲイズ従士長?」
と今まで僕たちのすぐ隣でユーリ様と共にいたはずのアイラがいつの間にかその男の目の前に立っていて手を差し伸べていたらしい。
僕はいつの間にかアイラが知らない人と会話をしている程度の認識だったけれど、
男は、「ひ、姫様のお手を煩わせるわけにはいかない!失礼!」
と、たった今王室に売られたと発言をしたばかりの養女姫君が目の前にいたので気まずくてその手をつかむこともできずお礼だけ言って自力で立ち、立ち去っていた。
それから父がギリアム様たちと一緒にホーリーウッドに帰る日になり、母はアニスに「パパと暮らすか、王都でお姉ちゃんたちと暮らすか」と選ばせて、アニスが王都を選んだため父は単身ホーリーウッドに戻っていった。
父は寂しがっていてとても可哀想だったけれど、こればかりはどうしようもない。
っと、ちょっと考えごとが過ぎた様だ。
明日は朝から属性魔術概論・・・、シュバリエールの先輩によればかなり眠くなるらしいから、早めに寝ないと・・・。
僕は読み返していた日記帳を閉じて、部屋の魔力灯を消した。
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(アイラ視点)
ブリミールの事件からもうじき3ヶ月が迫っている。
そろそろフィサリスが戻ってくるかもしれない時期だ。
どれくらいの説明を受けられるのか、ジークへの説明は許可されたのか、気になる点は多い。
気になるといえばグレゴリオの態度がすごく軟化したことも気になる。
これまでちょっとした失敗をしたメイドをめちゃくちゃに詰り、罵倒する姿が見られていた彼がその姿を見せなくなった。
ボクにとっては現状ではそのくらいだけれど、それとなく離宮勤めのメイドに尋ねると今まで見られなかった気遣いの様なものの片鱗を見せていて、カリーナが自慢げに「他人の痛みについて考えることができたのです、王子はこれからきっと素敵な殿方になりますよ!」
と、言っていたそうで、グレゴリオのこれからを信じている様子だったそうだ。
ボクとしても、前の周で彼の手を切り落とし悲しい表情で身分の剥奪を行った養父のことを覚えている、お優しいヴェル様にあんな表情をさせないですむならその方が良いし、ぜひともグレゴリオには更生してほしい。
グレゴリオ、グリゼルダ共にブリミールが死亡した上に、能力を悪用していた(犠牲者の数ややっていた犯罪の内容は公表されていない)ことを聞きショックを受けておりどちらも離宮にこもってあまり出てこないけれど、それでも週に1度はヴェル様が泊まりに行くのは変わらず、最近は前ほど実家やガルガンチュア家にも接近していない様だとヴェル様から教えていただいている。
今年からは母ハンナとアニスも城内で教育を受けることになり、突然男爵夫人になった母は年の割りに若く見えるとはいえ30を超えているので四苦八苦しながらダンスや、貴族名鑑を覚えさせられているのは見ていてかわいそうになってくる。
礼儀作法や領地運営の手伝いのための帳簿付けなんかはもともとできる人なのだけど・・・。
アニスの方はこれまでに最低限の生活習慣は身に付けているのでお城では大体基本的な礼儀作法のお勉強をしているところだけれど、4歳直前の子どもをあまり長い時間お勉強付けというのもかわいそうなので実際には午前中がお勉強で、午後は母とともにお昼を食べたあとは日によってボクやサリィ、エミィとお茶を飲んだりお散歩したりして過ごす。
誰も手が空いていないときにはソルやエイラが遊び相手を務めてくれる。
完全に誰の手も空いていないときにはシシィを養育している赤ちゃん部屋で預かってもらう場合もあるのだけれど、一応アニスは王室の養女であるボクの妹ではあるのだけれど、扱い上一般の新興男爵家の娘なのに、王室の養育室を使ってルール的に大丈夫なのだろうか?
トーレスが軍官学校に通い始めしばらく経ち、ボクが邸に帰っている日にはどういう訓練をしているのかよく話してくれる様になった。
驚いたのはクラスにマガレ先輩がいる話だけれど、まだ垢抜けないというか、田舎から出てきた少女でしかないマガレ先輩の様子というのが聞いているとすごくかわいかったので、今度お休みの日にはぜひうちに招いてほしいとトーレスにねだってしまった。
トーレスは「さすがに僕が彼女たちを招いてしまうといろいろまずい気がするから、同じ班にユミナ様やジルコニア様もいらっしゃるからそちら経由で班員の女子全員をお招きしたほうがいいかも」
と、早速貴族らしい気遣い・・・というか護身になるのか、婚約者の決まっていない貴族の嫡男が名指しで平民の女の子を呼び出せないと、断られてしまった。
「だったら妹が班員の皆さんにご挨拶したいといっているからっていって班員の皆さんを招待してください、ユミナ様がいらっしゃるなら乗ってくださると思うので」
ユミナ先輩はかわいい女の子をお好きな方で、すでに顔を合わせたアニス、アイリス(それにボク)のことも大変気に入ってくださっている。
妹名義で呼べばたぶん着てくださる。
そしてユミナ先輩がいらっしゃるならほかのメンバーも全員来るはずだよね?
それじゃそういう風でよろしく、とトーレスに了承をもらった上でシャーリーに手紙を預けて彼女たちを招待してもらった。
それが先週のことで、今日はとうとう待ち望んだ2月6日の黒曜日、もうじき招いた4名が到着する予定、ユミナ先輩とジル先輩はホーリーウッド邸の場所をご存知なのでペイロード家の邸から馬車で来る予定、それに対して寮暮らしのマガレ先輩とラフィネ嬢はシャーリーがブランシュと一緒に迎えに出ている。
本当はトーレスとシャーリーが迎えに行くつもりだったのだけれど、軍官学校と学生寮を見てみたいといったブランシュにシャーリーの護衛役を任せたのだ。
今日はジョージが忙しいらしくてサークラも家にいるし、母も自分の子どもの中で初めての学生となったトーレスの学友に母親として挨拶をするんだと意気込んでいるのだ。
応接室を整えて、西産の将来ブランド化する予定の紅茶の初摘みがちょうど一昨日届いていたので、大半はジークに献上し、邸で消費する分も残しているのでそれも使う。
まだ暦の上の春になって1ヶ月、産地との距離を考えれば初摘みも初摘みのものなので、ためしに飲んでみたが、ちょっと香りは爽やかに過ぎる、けれど紅茶を飲みなれない人にも飲みやすいいい塩梅に仕上がっていた。
神楽も「少し弱いですけれど、飲みやすくていいお茶だと思います」と上機嫌に楽しんでくれた。
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「それでは開始のご挨拶をさせていただきます。トーレス・フォン・ウェリントンの妹で、ヴェルガ・イシュタルト殿下の養女、アイラ・イシュタルトです。本日はわたくしのわがままで集まっていただきありがとうございます。今日は所詮7歳の子どもが主催するお茶会ですので、堅苦しいことはなしで、親睦を深めていただけたらと思います。じゃあまじめなのはココまでで・・・、赤毛のお姉さんがマーガレットさんで、ピンクのお姉さんがラフィネさんですよね、はじめまして!」
お茶会開始の挨拶だけしてからすぐさま初対面の二人に声をかける。
二人を緊張させない様できる限り子どもらしい笑顔で
「はじめましてアイラ姫殿下、お話はかねがねユミナ様やシャーリーから伺っておりましたが、噂以上に素敵な姫様ですね。」
「本当に、とてもかわいらしくてご聡明で・・・」
二人はうっとりした表情でボクのほうを見つめている。
前周で初めて出会ったときよりも2年半早い対面だけれどマガレ先輩の顔の造形は無論すぐにわかるものだ。
現在12歳で神楽やナディアよりもひとつ年上、この世界には多い赤毛だけれどその中でも特に真紅といっていい鮮やかな赤の髪はやはり2年分なのか少し短くて、記憶の中よりもさらにスレンダーな体は抱きしめれば折れてしまいそうなほど華奢に見える。
でも小さい子好きなのは同じ様でボクとアイリス、それにがんばってお茶会開始まで我慢したけれど挨拶と同時にクリームサンドクッキーからはみ出したクリームで口の右側をべたべたにしたアニスをキラキラとした眼で見つめている。
そして初めてお会いするもう一人、ラフィネ嬢はうちの母やサークラ以上に、ピンク色というにふさわしい髪をしている。
見たところこちらの方もボクたちのことを好意的に見てくれているらしくアニスを見るときに口元がニヨニヨしていて、たぶん撫でたり抱っこしたりしたい願望を押し殺している。
やはり12歳で、偶然ではあるけれどマガレ先輩とは比較的近所の町の出身だった模様
ただ、前周では「ラフィネ先輩」という人物に心当たりはないので、なんらかの理由でボクたちが軍官学校に入学するころには在籍していなかったのかもしれない。
「やっぱり何度お会いしてもアイラ様はかわいらしいわ、うちのラピスや南のアイビスちゃんとも仲良くしてくださっているけれど、多彩で、気遣いもできるすばらしい姫様だって、ラピスもヒースちゃんもいつもたくさんお話を聞かせてくれるんですよ?ねぇジル?」
「そうですね、弟がアイラ様のことをあまりに褒めるので北侯閣下が、浮気か?とお尋ねになろうと思われたそうですが、どちらかというとあんな娘が産みたいという表情だと感じ思いとどまられる程度にはベタ褒めでしたからね。それに、アイラ様のご家族も皆様素敵な方ですよね?」
そういって北の二人がお茶を飲みながらこちらに視線を流してくる。
トーレスは空気に徹しているが、今日この屋敷にはホーリーウッドにいる父を除くウェリントン家が全員でいて、母は客人を迎え入れる役割を果たしてくれた後は、気力を使い果たして部屋に戻っている。
どれだけドキドキしていたのだろう。
サークラも母と一緒に客人を迎え入れてくれた後はリビングに戻っている。
応接室にいるのは当事者である攻性魔法課A組の6名とボク、アイリス、アニス、神楽それにメイドがエッラ、トリエラ、ソルと応接室はまぁそこそこ広いけれど13人もいればそれなりに狭い、それでも部屋にあった家具の一部を移動させているので何とかなっている。
しかもそのうちの4人だけがお客様で残りはこちらの身内、その視線は目立つ。
それにしても・・・空気になっているトーレスは開放しておくべきだったかもしれない。
たとえこの場にいる12人の女子のうち3人が実の妹だとしても、幼少より常日頃から女の子に言い寄られてきたトーレスだけれど、今の状況はつらそうだ。
動きがすっごく硬い。
トーレスは男の子なので、近頃言い寄ってくる女の子たちに少々鼻の下が伸びていたのは確かだけれど、そもそも彼は長く農村暮らしをしてきた普通の男の子だ。
一部の貴族たちの様に花を選んで飾るのではない、その花がもたらす利益を考えて花を選ぶのでもない、彼は自分が育てたか、あるいは一緒に育つ、育ってきた花を愛でるタイプなのだ。
それ故に今の彼は硬い、ここにいる女の子は彼にとって知らない店先の花ではなく、同じ花壇の知っている花だ。
一番付き合いの短い二人はこれから一緒に育っていく蕾をつけたばかりの少女だけれど結婚はできる年齢、ユミナ先輩やジル先輩は婚約者こそいるものの数度顔を合わせているし、彼女らの年齢はオルセーのひとつ上、姉の様に慕っていたキスカへの恋が身を結ばなかったトーレスが、その後に姉の様な包容力を持つエッラ経由で、妹の様な幼い好意を示すオルセーに魅かれる様になっていったのをボクは見ている。
おそらくはオルセーが12歳になるころには結婚を前提に付き合う様になっていただろうことも想像に難くない。
その後家の都合で村を離れざるを得なかったことも・・・知っている。
そんな彼がこれから一緒に育っていく年下の女の子たちのことを特別な目で見ないわけがないし、ほかにもここにはエッラにソル、トリエラもいる。
そんな中で彼は男一人というハーレム状態なのだ。
そして女の子に言い寄られることには慣れている彼も実際には失恋を1回しているに過ぎない。
動きも硬くなろうというものだ。
「あぁそうだ、アイラち・・・様ひとつ伺いたかったのですが・・・」
やはり始終空気になっていたトーレスを開放するため、お茶会をひとまず2時間ほどで終え、一番広いボクの部屋での床上パーティに移ったあとのことだ。
パーティは3つの小集団に分かれた。
ひとつはお昼寝するアニスに付き添い隊、満腹で眠たくなった主役のアニスと同じく船を漕いでいたアイリスに、お昼寝と小さい子が大好きなマガレ先輩と、それに女の子が大好きなユミナ先輩に世話をするトリエラが付き添いにいった。
そして開放されたトーレスは庭で近衛の人たちと稽古してくるといい、エッラが付き添いジル先輩は1年間一緒にやる唯一の男子の実力を見ようかな、とついていった。
自然この部屋にいるのはボクと神楽、ソル、シャーリーとラフィネ嬢ということになる。
発言はシャーリーのものだ。
「いいよちゃんの方で、ここには大人やほかの貴族はいないわけだし、ここはボクの私室でシャーリーはボクの友達なんだから。」
そういって微笑み発言の続きを促すとシャーリーは一度言うかどうか迷った様だったけれど、次の言葉を告げた。
「どうして私をお兄さんにつけることになったんでしょうか?」
せっかく一回考えたみたいだったのに、ちょっと意味がわからなかった。
「ええっとシャーリーが自分で応募したんだよね?」
ブランシュ経由で伝わったんだと思うけれど、シャーリーが自分自身で選んで応募してくれたのはすでに聴いている。
ボクと早く会いたいが為に一人の少女の進路を決めさせてしまったことが少し申し訳ないけれど、シャーリーが初めて王都に顔を出してくれたときには少しばかりなきそうになってしまった。
「あぁ、いえ・・・そうなんですけれど、私よりもエッラの方が適任だったんじゃないかなって・・・・思ってまして。」
あぁ、なるほど、こちらに来るまでは疑問にも思わなかったけれど、エッラと何度か稽古で手合わせして彼女のスペックの高さを知ったのだろう。
なるほど彼女の言い分はわかった。
ラフィネ嬢はキョトンとしている。
さっき少しだけエッラのことを見ていてどうやったらおっぱいって大きくなりますか!?なんて聴いていて、「え、えっと私はなにも・・・」と真っ赤になって対応していたエッラに親しみは覚えてもまさか王城の演習場でブイブイ言わせている槍使いだなんて思わなかったのだろう。
「シャーリー、いくつか理由はあるんだ。エッラは確かにボクたちの幼馴染で、トーレスとは同じ年度の生まれだし、槍や剣、魔法の素養も高いんだけれどね・・・まずエッラはボクのメイドなんだ。扱い的にはホーリーウッド家からイシュタルト王家へボクの護衛とお世話のために出向していることになってるの、だからボクから外すなら軽く手順を踏まないといけない。それからもうひとつ、エッラって意思は強いけど押しに弱いところがあってね、男の子に強く言われるとなかなか断りきれないところがあるんだ。そんなエッラが軍官学校にメイド枠で入学したとして、それも新興男爵家のメイドで目立つものついてるでしょ?心配でさ、だからってシャーリーのことがまったく心配じゃないってわけじゃないんだけれど、シャーリーなら外見的にも気が強そうだし、身長ももう150cm超えてるよね?その上代々ホーリーウッド家に近衛や指揮官クラスの軍人を出している家だし、ちょっかいかけられにくいかなって」
あの学校には常に一定数の「バカ貴族のボンボン」もいるそういうものにエッラが迫られて体を自由にさせることはないにしても勢いで体を触られたりしないとも限らない何せ彼女は低身長でとても豊かな胸部装甲を持っているのでそれはやっぱり目立つものだ。
加えてウェリントン家は新興男爵家、そういうバカボンボン共に限って先代や当代で身を興したものよりも300年とか1000年前のご先祖様が身を立てて築いた伝統ある貴族家のほうが偉いと妄信的に信じている。
たとえその家がここ100年200年の間無役で貴族の年金だけ食って生きているとしても・・・。
「なるほど・・・先輩方から伺ってます、貴族の男子に声をかけられても契約外の業務はしないことって、赤ちゃん作りのことですよね?」
「「ブフッ!!」」
「ゲホゲホッ」
あまりにも直接的な物言いにシャーリー以外の全員が同時に口の中の水分を口や鼻から出してしまった。
「あ、申し訳ございません」
とあわててソルが水分のこぼれたところを吹き始める。
恥ずかしがるボクや神楽、むせるラフィネ嬢を尻目にシャーリーだけが何か変なこといったかな?と不思議そうな顔をしつつなおも言葉を続ける。
「殿方の中には情のない女性とでもなさりたがる方もいらっしゃる様ですし、中にはそういうことも業務に含めて契約されるメイドさんもいるみたいですけれど、私の契約には含まれてないですし私ラブラブな両親を見て育って、あんな夫婦になれたらいいなって思っているので結婚する人以外と赤ちゃんを作る気はないですから。」
と高らかに宣言した。
ちょっとスルーしてしまったけれど、ソルも聴いて噴いたということは、意味わかってるってことだよね?
アイリスよりだいぶ耳年増だね、前周のアイリスは結婚しても知らなかったのに。
普通の農村生まれはそうなのかな?
ラフィネ嬢はもう12歳だし結婚できる年齢だからそういった知識があるのもわかるんだけどね?
「シャーリーさん、姫様はまだ7歳なのですからそういったことは伏せてください!」
ソルがシャーリーをたしなめるけれど、恥ずかしながらボクも噴いているし、君も7歳だからね!?
まぁそういった感じで、無事トーレスの学友たちとの顔合わせもできて、せっかくだからと少し早めに夕食までご馳走してその日はお開きになった。
ところが食事中にひょんなことからアニスのお誕生日が2月11日なのがユミナ先輩にばれてしまって、本当なら4歳の誕生日なんて身内だけで祝うものなのだけれど、ユミナ様が
「アニスちゃんのお誕生日ぜひお祝いさせてほしいけどだめかな?」
とアニスにたずねアニスが是と答えたため、マガレ先輩も参入、結局今日のメンツが2月11日学校が終わった後でまた集まることになってしまった。
まぁにぎやかなお祝いになるのはうれしいからいいんだけどね?
ユミナ先輩相手は4歳になるだけのちびっ子なんだからあまり高いものとか買ってこないといいんだけれど・・・。
そうしてお客様も全員無事に帰ったあと、もう夜8時だというのにホーリーウッド邸の扉は再び開かれることになった。
フィサリスが、帰ってきたのだ。
ここからしばらく飛ばし飛ばしで進行しようと思います。
・・・・今度こそです。
いつもあと3話くらいで、とか言って収まらないので反省してます。
ところで前周のブックマークがいつの間にか210件を超えていました。私にとっては初めて人に読まれることを前提に妄想を文章化したものなのでかなり恥ずかしいですが、件数が増えると人目に留まったのがわかるうれしさがありますね。
お読みいただいた方をなるべく裏切らない様なお話を書いていけるとよいのですが・・・更新ペースが乱れていてすみません。
なるべく早くします。




