第68話:2年目1
また新しい年が始まった。
人々は最後の日が沈んだことに涙し、最初の日が昇ったことを家族とともに喜び、聖母に祈りをささげた。
それは王城であっても変わらない、昨日は黒曜日であったけれどもアイラは城で過ごし、年末年始に家族を引き離すのはかわいそうだからとホーリーウッド邸の家族すべてを城に泊めて良いといい。
王族居住区であるはずの、アイラの研究室の周囲の応接室などがすべてアイラの身内で占領されて、年末年始の期間10月20日から1月12日まで城に留まった
そのため本当ならば年末年始にもホーリーウッドの実家に返してやれないはずだった近衛の護衛たちも全員約1ヶ月に及ぶ休暇を与えることが出来、数日であるが、実家に帰ることが出来た。
護衛たちがギリギリ10月中にホーリーウッドに帰ることができて、それからクラウディアにやってくるホーリーウッド侯爵の名代たるギリアム親子に再び随行してくることになった。
アイラは王家の養子となっているが、まだ未成年なので祝宴も最終日以外は参加しなくともよいし最終日もユーリの婚約者として振舞う予定のためホーリーウッド家がクラウディアにやってくるまでは王城で厄介になり、彼らが王都につくと邸に戻った。
またこの頃には新しくアイラ付の見習いメイドに加わったソル・ルピナス・スターレットも十分に他の者たちとの関係を構築しており、アイラに付いて邸と城を行き来する生活を送っていた。
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(アイラ視点)
昨日王城から借りているメイドたちとともに邸に戻り、ユーリたちを向かえ入れる用意をした。
いつも邸の整備の手配をしていたのはフローリアン養母様だったそうだけれど、今回はボクが手配をする。
といってもほんの5週ほど空けただけだし、その最中にもエッラとトリエラが週に1度掃除のために邸に戻っていたので、邸はほとんど手入れの必要が無かった。
ソルしかそばに居ないホーリーウッド邸の私室で、出費と用意した物品についての報告書を読む。
他は今皆お手伝いを頼んでいる。
神楽には妹二人の面倒を見てもらっているし、エッラはトリエラと一緒にお買い物中だ。
特に必要になるのは主に食材のストックと部屋の備品の管理だ。
部屋数には余裕があるものの、誰がどの部屋に入るか、夫婦は同室にするか?ベッドは?子はどうするかという問題がある。
現在の母屋の人間は、ボクたちウェリントン家の6人と、神楽、エッラ、トリエラ、フィサリスは不在、代わりにというわけではないけれど、ソルがエッラや神楽と同様ボクと一緒に暮らす組に入っている。
それに加えて今回王都に新年の挨拶にくる一行はギリアム義父様家族4名とうちの父エドガー、メイドがユイ、ナディア、モーガン、シャノンとなっている。
やはり夫婦は同じ部屋にするとして、ギリアム様には別途書斎も用意しておこう、幼いユディは個室が必要かどうか、メイドの1人部屋、相部屋の組み合わせ、部屋割りだけでも考えるべきことはいくつかある。
うちのメイドたちは皆仲が良いから、組み合わせに迷うんだ。
それから・・・
「ソルはユーリや義父様義母様とお会いするのは初めてだから、かわいいメイドさんだと思ってもらえる様おめかししようね?」
着る服は王国式メイド服だし、小物や香水も決まった範囲でしかつけることが出来ないが、なに乙女が着飾るのは何も外に見える部分だけじゃない、城のメイドたちは下着やハンカチなどのある程度自由に出来る部分にめいっぱい個性を出すし、メイド服も色のパターンやエプロン部分に入っている刺繍やらで多少個性が出せる様になっている。
私服の時はなおさらだ。
しかしソルはコレまでの不幸な身の上ゆえか、それとも単に着飾るということが理解できない年頃なのか、基本のメイド服から何一つ変更をすることも無く、無個性すぎて逆にソレが城に出入りするメイドたちの中では浮いた状態になっていた。
「姫様、ソルはただのメイド見習いですので着飾ったりは必要はないかと」
ソルは着飾ることになんて興味はないとそっけない返事。
彼女はつい先日、ブリミールの手により母を亡くしたばかりだというのに、取り乱すことなくその身の振り方を決めた。
彼女には血のつながらない母の他に頼れる身よりはなく、王国の庇護を必要とした彼女はボクの預かりとなった。
よりもよってボクのお付きとなったのは年が同じで、なおかつボクは将来ホーリーウッドに行くことが確定しているのでその際に一緒に行くか城に残るか、職を辞すかを選べるからというのが大きいだろう。
よくいるのだ縁あって幼い頃からメイドをしていて、止め時と婚期を逃すものが・・・。
そういう娘はよく仕えている家の係累の愛妾や側室となることもあるが、ここは王家で次期王のヴェル様とは年が離れすぎているし、その次のサリィは女王になるのでソルにはその目もなさそう・・・ならせめて出会いと機会の多そうなボクの下につけることになった。
「ソルは賢いし、年の割りにしっかりしているし、頑張り屋さんだからホーリーウッドの皆にも気に入って欲しいの、それにボクのメイドはこんなにかわいい子揃いなんだよって自慢するの、いいよね?」
久しぶりの家族にボクのメイドをかわいくして紹介するのはボクの趣味なんだよと強調するとソルはふへぇと息を吐く。
「どの口が年の割りにしっかり・・・なんて仰るのやら、姫様ほど年不相応に確りした方、ソルは存じ上げませんよ?」
言いながらソルは両手を上に挙げて降参のポーズをとる。
諦めて着飾らせてくれるらしい、やはりソルは分別がつきすぎるなと思う。
「ソルはメイドになって日が浅いのにお勉強がんばってグングン実力をつけてるからがんばってるご褒美に、アクセサリでもおリボンでもその他小物でも好きなもの買ったげる。君の好きな例のモノでもいいよ?」
ほとんどのメイドはこういう服飾関連のご褒美で喜ぶのだけれど、ソルはそのメイドとなったきっかけ故か小物よりも現金を好む、ただ7歳のボクが同い年のメイドへのご褒美として現金を渡すというのもなんともアレなので言葉は伏せている。
「いえ、せっかくですからたまには姫様の仰るとおりにリボンや小物でかわいいメイドさんになってみようと思います。いつもお金ばかり頂いていてもこの年の子どもとしてどうかなとは思っておりますし、母も日ごろから良くソルのことを飾ろうとしておりました。あなたは無愛想だけれど笑うとかわいいのだからって・・・」
血はつながってないとはいえ、母親が亡くなってからまだ2ヶ月経っていないというのに、なんて無感情な目で語るのだろうか、母親にも無愛想だといわれる程度に感情の起伏が少なかったらしい少女だけれど、彼女を預かった以上ボクは彼女が幸せになれる様に援助して行こうと思っている。
幸い研究室を得てから、収入も増えている。
ソルはまだ研究室の内情をしらないけれど、ボクが王家からの月のお小遣いなどはした金と言える程度に収入を持っていることはすでに伝えている。
ボクがもっと早くブリミールのことに思い至っていれば彼女らの被害も防げたかもしれないのに、少しでもそう感じてしまえば、彼女のことを放って置けなかった。
無論他にも被害者が居て、ボクがあずかり知らないブリミールの領地で被害にあった人もいるだろうに、目の前のソルだけに援助を決意しているのは間違いなく偽善で、感傷なのだろうけれど、一度預かった彼女のことをもう放り出したりは出来ない。
そうして一緒に生活を始めて2ヶ月弱ではあるが、誰もが不幸な身の上の彼女が一生懸命に居場所を見つけようとしているのを同情的なものを含んでいないとは言わないけれど、それ以上に好意的に見ていた。
ボク自身、家族を、居場所を喪った彼女の姿に前世のウェリントン組を想起したし、それ以上に、年不相応に落ち着いた様子の彼女のことを不安にも思った。
まるでボクの様だと・・・。
一度共感してしまえばそれは彼女にも幸せになって欲しい、そのための手伝いを自分がしたいと思わせて、一応は同い年だというのに、この娘を可愛がることが当然の様に思えてくるのだ。
ボクが彼女を可愛がりたいと思っていることはすぐに邸の皆に伝えて、すごく早い段階で彼女が邸でも暮らしてもらうことを認めてもらった。
彼女には普段は見習いメイドとしてお勉強、黒曜日と白曜日は基本的に仕事は休みにしているけれど、アイリスやアニスの面倒を率先してみてくれている。
ハンナ母さんやサークラも娘や妹が増えたみたいに喜んでいる。
トーレスは上昇する女性人口に少し複雑な顔だけれど、おおむね歓迎している。
「じゃあ今日の午後の買出しはボクも一緒に行こう、明日の昼食には皆が到着するから今日はソルのことピカピカにしようね?」
苦笑いするソルは小さくハイと答えた。
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買出しでは、明日から丸1週間、毎朝納入される小麦粉と野菜と肉を平時の約2倍にしてもらい、雑貨屋でユディのために可愛いカップを購入、さらにその後エッラがよくフィサリスと来るという服飾店に寄った。
そこで恥ずかしがるソルに多量の下着とリボン、休日に着るための可愛い夏物ワンピースとショールを2セット購入し、さらにその場で下がロングのプリーツスカートになっているワンピースドレス、彼女の髪よりも少し赤みの濃い色味の物を購入しそのまま着せて帰ることにした。
買出しにはエッラとトーレス、アイリス、アニスが一緒に来ていたがボクは淡い水色、アイリスはピンク、アニスはソルのものと色味の近い、ふんわりとしたワンピースドレスを購入しお揃いの装いとなった。
家でハンナ母と料理中のはずの神楽とサークラがすねるといけないので神楽には濃紺の、サークラにはピンクゴールドの似た衣装のドレスを購入した。
ついでにトリエラとエッラのためにもいくつか小物を買い店を後にした。
ワンピースに着替えたソルはボクたちとのお揃いが恥ずかしいのか、それともいつもよりも少し脚が露出しているスカートが恥ずかしいのかすごく歩きにくそうにしている。
でも、ボクたちから離れるわけにも行かないのでスカートを手でぎゅっと握ったままで付いてくるのがとても可愛い。
初めはもっと丈の短い膝下までのスカートを着せようとしたのだけれど、恥ずかしがったので今のすねの中ほどの丈にしたのだけれど、普段のメイド服よりも3cmばかり短いだけなのにすごく恥ずかしがっている。
これだと、ソルがボクについてきてくれる場合、王城のものよりも10cm以上も丈の短いホーリーウッド式の夏物メイド服(王都よりも雨が降るので)を穿かせる時に大変そうだとニヤニヤしながら見てしまった。
さらに夕食後のお風呂でも恥ずかしがるソルをエッラとトリエラとが全身ピカピカになるまで磨き上げて、もともと素材が良く可愛らしいのがどこのお姫様かと見紛うばかりにピカピカ、プルプルになりお風呂上りに鏡を見せてやると「これがソル・・・・?」
と、不思議そうに鏡とにらめっこしていたのがすごく可愛かったので
「こんどからたまにピカピカしようか?」
とたずねると、おずおずと首を縦に振っていた。
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翌日の朝になった。
この日は朝からみんな少しソワソワしていた。
この邸の本来の主人が来るので、何か失礼があってはいけないと改めて邸の掃除をし、昼前にはもう一度湯浴みをしてからしっかりと身支度を整えて家族の到着を待った。
ソルはいつもは無地の薄い黄色っぽいズロースだけれど、今日は青っぽい色にリボンまで付いている可愛いものを穿かせている。
そのためかいつもは長いスカートが翻るほどパタパタと動くのに今日はトテトテと少し小股だ。
どっちにしろスカートの中が見えない程度にすそが長いのだけれど。
そして予定通りに馬車が到着し、待ち望んだ家族との再会。
ソルに少し申し訳ないとは思ったけれど、ボクも久しぶりの父や義理の両親との再会に喜んだ。
しかしながらボクが現在のこの邸の代表のためまずはきちんとご挨拶をする。
「お義父様、お義母様ようこそおいでくださいました。長旅お疲れ様でした。ユーリ、ユディもお疲れ様。」
といっても所詮ボクは子どもなので、堅苦しい挨拶ではなくなるべく普段通りに年相応の挨拶に納める。
ボクたちは家族だから、堅苦しいことは不要なのだ。
「皆そろってのd・・・」
「アイラちゃん!会いたかったわ!!」
ヒシ!
挨拶を返そうとするギリアム義父様を遮り、エミリア義母様が抱きついてくる。
他のメイドや家族の視線もあるけれどお構いなしでエミリア義母様が抱きついてくる。
「コホン、まぁいい、皆元気そうで何よりだね。ほらユディ、君の大好きなアニスおねえちゃんだよ・・・」
挨拶を中断させられてもギリアム様はとがめることはせず、それなら愛娘にも大好きだったアニスに 飛びつかせてやろうと背中を押すギリアム様だけれど、2歳3ヶ月ほどののユディに、一年前に分かれたきりのおねえちゃんは難しいかもしれない、逆に4歳前のアニスはユディに見覚えがあるみたいで抱きつき待ちの不知火型を披露した。
しかしユディはやはりほとんど覚えていない様で、ユーリの腰にしがみついて半泣き。
人見知りしてしまっている様だ。
「アイラ、久しぶり。」
続いてユーリが(実際にはボクと彼は週に1度は顔を合わせているのだけれど)一年ぶりのご挨拶、といってもボクは現在義母により絶賛頬ずり中なのでユーリとハグしあえるほど面積が空いていない。
「ミリア、アイラばかり可愛がると他がすねるよ?」
「それもそうね、アイリスちゃん、アニスちゃんも久しぶり、二人ともますます可愛くなっちゃって!」
そういってギリアム義父様が窘めると、ようやくボクは開放された。
そうして義母は次の目標を抱きしめに行く。
それを見送るとユーリはボクのほうに歩みを進める。
ユディが腰にしがみついて歩きにくそうだけれど、ある程度近づいたところでユディがボクのことも怖くなったらしくって現在後ろ姿しか見えないママに向かって駆け寄っていく。
単にたくさんの人が怖かったのか、ママにおいていかれるとでも思ったのか、ママー!となきそうな声でかけていくそのお尻を見送っているとちょっと悲しい、やっぱり忘れられちゃったかぁ・・・。
「アイラ」
プリプリとゆれるお尻を見送っていると短くボクの名前を呼んだユーリに抱きしめられる。
「ユーリ、ユディに忘れられちゃったみたい。」
寂しい、あんなにアーヤーアーヤって懐いてくれていたのに・・・。
「大丈夫、すぐ思いだすと思うよ。いつも牛乳を飲んでる時なんかアイラのこと探し始めるんだから。ついさっきまで寝てたし、再会したばかりだから混乱してるだけだよ。」
そういって腰に手を回して体をグッと引き寄せるユーリ、最近少しずつ身長差が開き始めてる。
まだ顔立ちは女の子と見紛うほど可愛らしいユーリだから、近くに顔があるとちょっと意地悪したくなる、前周のこの頃は彼が転生者だなんて知らなかったし、彼もボクが転生者だと知らなかったからお互いがこの可愛い婚約者を守っていこうって思ってたけれど、今はお互いが転生者でとびきり強い人だってわかっているから安心していろいろと任せ会える。
それが頼もしいし、こうして慰められると際限なく彼を求めてしまいそうになる。
そしてソレが悔しいから意地悪したくなるんだ。
「それはそうとして、邸の中に入りましょう、春先とはいえまだ風も冷たいですし長旅の疲れもありましょう、風を召されては大変です。」
そっけない態度をとるボクにユーリはニコニコとするだけだけれど、ギリアム義父様も中に入ろうといって皆で邸に入った。
各人の荷物は王城から派遣されているメイドたちが協力して部屋に運び入れる。
ソルにはホーリーウッド側のメイドたちを部屋に案内する係になってもらった。
護衛でやってきた近衛たちには離れで休憩をとる様に指示をだし、メイドたちには荷物整理をお願いする。
ボクたちホーリーウッドとウェリントンの家族プラス神楽はひとまず居間へ入り世話のためにエッラとトリエラが付いてくる。
「あの赤っぽい髪の子が同い年の?」
邸に入ってすぐに、トコトコとメイドたちを先導していくソルを見ながらユーリが尋ねボクは小さく首を縦に振る。
「そう、ブリミールの犠牲者の娘さん、天涯孤独の身になってしまったから陛下が引き取ったの、それでまぁいろいろあってボクの預かりになったのだけれど、何事もなければホーリーウッドにつれて帰ることになると思うんだけど、大丈夫かな・・・?」
ボクが自分の金銭で雇うことも出来るけれど、身元不明に近い娘だホーリーウッド家に否といわれれば城下の適当な家で暮らしてもらうしかない。
「それは大丈夫だと思うよ、おばあ様も母様も縁があれば孤児を引き取ってメイドとして育てて嫁入りや独り立ちまで面倒を見ることもあるし、ね?母様?」
「そうね、いい子そうだし私は反対しないわ」
いつの間にかボクたちの近くで話しを聞いていたらしい義母が了承をくれた。
「ありがとうございます義母様、まぁ本人がどうしたいかはまだ決まってないんですが、またボクたちがホーリーウッドに帰る頃になったらお話しますね。」
「えぇ待ってるわ。それはそれとして、フローレンスお義母様が可愛いアイラたちに会いたがって寂しがっているわ、今年は一度くらいはホーリーウッドに帰ってきてくれるとうれしいのだけれど?」
それは少しボクも思っていた。
せっかく友達になったみんなともぜんぜん顔を合わせられないし、アルンやモーラのことも気になる。
「陛下とお話してみて許可が出たら帰ろうと思います。皆お勉強もひと段落しているのでトーレス兄さん以外は帰郷も可能だと思います。」
トーレスは今年から軍官学校に通う、また昨年末急遽決まったことだけれど、新年度より父エドガーはウェリントン村の開発と新農法の運用試験の功大なりとして、ホーリーウッド家が王国から預かっていた任命権を1つ使って土地持ちの男爵となるためメイドも付ける予定、ただ現在ホーリーウッド邸に居るメイドはボクやアイリスたちのためのメイドのためトーレスには新しくホーリーウッドからメイドをつけてもらう予定になっている。
居間について、とうとう父エドガーと落ち着いて話が出来そうだ。
「うぉーお前たち!会いたかったぞぉ!」
と思ったら父のほうが落ち着いていない、ハンナ母さんから順にハグしては再会を喜んでいる。
ボクの番でも父はだいぶ大げさにうぉぉと頬ずりしてきて、馬車の旅の間に少し伸びたらしいひげがジョリジョリして痛かった。
アイリスなどは
「もー、おとーさん痛い!あははは痛い痛い!」
と喜んでるんだか嫌がってるんだかわからない反応で、でも笑顔だったので、きっとすごくうれしいんだろう。
父との再会をボクたちは喜んだのだけれど、アニスだけはちょっと困り顔で、混乱している様子だった。
2歳半から1年半ほどもあっていなかった父親のことを忘れているのか・・・?
とボクたちは父の不憫を嘆きちょっと同情したのだけれど、父が
「アニース父さんだよー、忘れたとか悲しいこと言わないでおくれー」
と、おどけて両脇に手を入れて持ち上げた途端
「お、とーさん・・・?なんで・・・・?うぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
と、アニスは両目から涙が溢れさせて大泣きした。
初めは目元に手をやったけれど、そのまま父の肩にしがみつくと顔をこすり付けて泣き続け5分ほど叫んでなき続けて、最終的には吐いてしまった。
父は王都までの長旅で疲れている上に左肩からズボンにかけて嘔吐物にまみれる羽目になったものの、愛娘が喉を詰まらせない様に落ち着くまであやし、エッラが差し出した水をアニスに与えたあと母と一緒に浴場へと向かった。
父と母が居なくなって、トリエラとエッラが部屋を清掃する。
「驚いた。アニスがあんなに泣くなんて・・・お父さんと離れて暮らしてても一度もお父さんのことで泣いたこと無いのに・・・。やっぱり寂しかったのかな?」
サークラが両親と末妹とが出て行った後の扉を見ながらつぶやく
しかし、それはきっと逆だ。
「たぶんアニスは、離れて暮らす間父さんのことを思い出すことが無かったから、それがショックだったんじゃないかな?父さんのこと大好きだったはずなのに思い出すことがなくって、ソレを今いっぺんに思い出して・・・。」
ボクが言うとアイリスは少し下を向いて考え込んだかと思うと
「私もアニスと一緒にお風呂いってくるよ、また泣いちゃったらかわいそうだからいいこいいこしてあげてくるね。」
と、部屋をとことこと出て行ってしまった。
義母のお尻の辺りにしがみついて一連の騒がしい流れをポカンとしてみていたユディは、アニスの泣き声が何かのきっかけになったのか、それとも単に時間がたって思い出してきたのか、ちょこちょことこちらに歩み寄ってきた。
「アーヤおねえちゃ?」
と首を傾げて
「ユディ!お姉ちゃんのこと思い出したの!?」
そのいっそ作り物めいた子どもらしい挙動に一気にハートをわしづかみにされたボクはユディをひしと抱きしめた。
「うー!アーヤおねえちゃすきー」
そういって先ほどのアニスの様にボクのおなかと胸の間くらいの位置に顔を押し付けてぐにぐにしてくるユディ、ほらね?という様にボクに微笑むユーリ、神楽もそんなボクとユディを見ながら抱きしめたそうに両手をワキワキさせていた。
その後皆でユディとイチャイチャしていると20分ほど経った頃にメイドたちが居間に入ってきた。
部屋の仕度が終わったらしい、丁度父たちも部屋に戻ってきて、すでにケロっとしているアニスがユディと戯れる。
昼食まではあと20分ほど時間がありついでなので今のうちに新しいメンバーの顔見せをすることになったのだけれど・・・
「ギリアム義父様、トーレス兄さんについてもらう予定のメイドさんは?」
部屋の中にいるホーリーウッドから到着したメイドはユイ、ナディア、モーガン、シャノンだけナディアはユーリのお付きだし、ソルを可愛がり中のシャノンは結婚が決まったので今年度中にメイドを辞めると聞いている。
つまりこの中には兄に付くメイドは居ない。
「あぁあの子は今離れの近衛たちの方を手伝っているよ」
そういってギリアム義父様は優しく笑う。
あの子という呼び方があの娘というよりはあの女の子という感じだったのでおそらくはまだ未成年の子だろう、と直感的に思う。
「なかなかいい年頃で腕の立ちそうな子が居なくて困ってたら是非にという立候補があってね、彼女のご家族とはすでに付き合いもあるし人柄もよさそうだったのでお願いすることにしたんだ。アイラとも面識のある娘だよ」
とギリアム義父様は満足げに仰った。
誰だろう、9歳から14歳くらいで武芸が出来てボクの知り合いの女の子・・・ってナディアとエッラを外したら一人しか居ないや。
っと、思い至ると同時に、件の女の子が部屋に入ってくる。
「シャーリー!」
誰あろうそれはシャルロット・クレマンス・トランティニャン、王都での生活に付き合ってくれている近衛のブランシュの妹で、ホーリーウッドでのボクの友人の1人、ごく色素の薄い青髪をしている気丈で正義感が強い女の子だ。
「アイラちゃ・・・様、お久しぶりです!お会いしたくて来てしまいました!これからホーリーウッド家で4年間お世話になる予定です。」
メイド枠での入学になるという立場上人前では仕方ないのだろう、ちょっと距離を感じて寂しいけれど、誰も居ないところではきっと親しく呼んでくれると思う。
「君は確かアイラのお茶友達の・・・」
父の叙爵が決まりこのところトーレスは自分に随行するメイド枠の女の子が誰になるかをずっと気にしていたため一応は顔見知り程度に知り合いの女の子であることを喜んだ様だ。
最近トーレスはホーリーウッド家に仕える予定の有望株であるらしいと知れ渡っていること、なおかつ本人がなかなか美形なもので、知らない女の子に言い寄られることが増えてきており、変に新しい女の子が周りに増えることを憂いていた。
まぁ口では嫌だといいつつ、本心はうれしさ3割らしいというのが見て取れていたが、トーレスも健康な男の子なのでかわいい女の子はもちろん好きだし、年頃の娘たちが言い寄ってくることに苦労はしつつもしっかり女の子の品定めはしていた。
ただ顔なじみでない女の子に言い寄られることに慣れてないだけなのだ。
またトーレスの場合ナチュラルにシスコンの気があるので気になっている子は大体サークラやエッラの様に包容力の大きそうな女の子が多くて、下はボクやアイリスに近い年頃の子は言い寄ってくる女の子の中には居なかったみたい。
しいて言うならひそかに細マッチョ的体格に進化しかけているトーレスをエミィが気にし始めていて、トーレスもエミィとは面識があるしよく話もしているのでたぶん相性は悪くないのだけれど、まだお互い恋愛感情には発展していない。
そんな女性に対して優柔不断な兄トーレスに近侍する女性が気の弱そうな女性なら、言い寄ってくる女性たちに弾かれてしまいそうだけれどその点シャーリーならしっかりしているし剣の腕もそこそこ立つし魔力的素養も高め、平民だけれど代々ホーリーウッドの近衛に入隊するものが居るためトーレスと並んでいても不自然ではないしもともと知り合いなのでトーレスも関係の構築が楽だろうと思う。
「シャーリー、トーレス兄さんのこと頼むね?」
「はい、これからよろしくお願いします、トーレス様」
そういってシャーリーが微笑むと、トーレスは顔を赤くした。
結局思ったより時間がかかってしまいました。
最近良く眠気に負けてしまいます、暑いからでしょうか?




