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第64話:フィサリスが厭うもの

 その日も朝から割りと寒かった。

 温暖なイシュタルト王国では冬でも日中はそれなりに暖かくなるものだけれど、その日はあいにくの曇り空で、ずっと寒いままで、夕方になってももちろん寒いままだった。


 その王都クラウディアの内側南よりの市場を透明感のある水色の髪の少女が歩いている。

 この市場は内クラウディアの職人街に近く夕方には人通りの多い場所で、この時間帯は急な来客で食料品の買い足しが必要になった者や仕事を持つ独り者や共働きの職人なんかがその日の夕飯に使う食材を買うために歩いているので、彼女のような少女が歩いていることもなんら不自然ではない。

 内クラウディアは基本的に治安が良いので職人街や繁華街でも夕方くらいまでなら路地裏にでも入らなければ一人歩きが可能だ。


 少女は、人通りの中を歩きながら自分に向けられる視線を精査していた。


------

(フィサリス視点)

 アイラさんに自ら申し出て、人相書きの男の調査に協力することにした。

 といっても、自らを餌にして釣るという、調査ともいえないものだけれど・・・。


 市場の中はやはり若い独身で職人街で働いている男性が多いらしく独りで歩いていると視線が良く集まる・・・。

 彼らは気付かれていないつもりかも知れないけれど、私には良くわかる視線、それは私の胸の膨らみに注がれるもので、生前龍の島でヒト族として生まれ暮らしていた時も良く感じていたものだった。


 あの頃はこの身長の割りに大きなコレのせいで不愉快な思いをしたし、そのせいで最期は体目的の男にナイフ片手に手篭めにされかけた上、状況に気付かずに声をかけたドラグーンに驚いた男が突きつけていた私の喉を裂いてしまいヒトとしての生が終わることになってしまった。

 そのドラグーンが、いやさ・・・母と呼ぶべき人が死にかけの私に延命のための魔法を施し、でもやはり手遅れだったために責任を感じて私にドラゴニュートにならないかといってくれて、母や父との別れもいえないまま死ぬのが嫌だった私はその手を握り返し、受け入れた。

 それから私が次に目を覚ましたときは竜として卵から生まれるところで、竜の島に住むヒト族なら誰もが憧れるドラゴニュートへの転生を私は果たした。


 それからヒトとしての両親が亡くなるまでは普通に両親と暮らし、看取り、年老いた姉や妹のことも看取り、それからはドラゴニュートとしての母の伝で、龍王様の姫君であらせられるナタリィ様に仕える様になった。

 結果として私は、強姦されかけたけれどその苦痛を受けないままで死に、幸運にもドラゴニュートになり、さらには姫君に仕える様になった勝ち組らしいけれど、私はいまだ男性のほとんどに対して嫌悪感を持っているままだし・・・そのせいで結婚も出来ないままで、甥や姪その子、孫にいたるまで死を見続けることになるんだろう。

 そのくらいヒトとドラゴニュートとの寿命の差は激しい、そしてドラグーンとの寿命の差も激しいので、私はたぶん現在母と呼んでいる彼女に対しても自分の躯を晒すことにもなるのだ。

 それは私にとって恐怖だった。


 その様な運命に導いたあの100年近く前に死んだ男を今でも憎んでいるし、見知らぬ女性に対して不埒な想いを浮かべる雄という生き物に対してもいまだ嫌悪感がある、恋愛話は好きだというのに。

 情愛を交わすというのは、想い合ってから起こるべきことなのだから情欲というのも想い合ってから抱くべきモノの筈なんだ。

 こんな見知らぬ小娘が、身長不相応に大きなモノをぶら下げているからと、挨拶もしていないのにそこに視線をやる様な男は全員嫌い。

 せめて目をみて挨拶してからなら、それはもう知り合い、私のことを知った上で興味を持ったということに出来なくもないので大目に見るけれど・・・。


 例の人相書き男はその視線を投げてくる男たちの中でも特に嫌いな視線だった。

 通りすがりに目が吸い寄せられたのではなく執拗に・・・ずっと見てきていた。

 胸だけではなく顔や足、後姿も見られていた様だったけれど結局声はかけてこなかった。

 全体を見て興味をもって、ちゃんとご挨拶から始められる様なヒトだったらまだ良かったけれど、アイラさんからの情報からするとどうやら私の一番嫌いな畜生の類だったらしい。

 あの男のためにこれ以上の犠牲は出させない・・・

 幸いあの男の視線はねちっこかったから、このたくさんの視線の中から見つけることは容易かろうと思う。

 今日ではなくとも、奴が領地に帰るまで毎日同じ時間帯を歩いていればそのうち出会うこともあるだろう。

 出来れば早いほうが、あの男の毒牙にかかるものがこれ以上出る前が望ましいけれど、現行犯でもないとなかなか貴族は裁けないらしいから私自身を釣り餌にするしかない。


 私が食い止めねば誰かがまた毒牙にかかるかもしれない、次はあのかわいいエッラや、きれいなサークラさんかもしれないのだから私は手間を惜しまず毎日あの男を釣ろう、そう思えば、ヒトの頃散々いやな思いをしたこの体つきも餌に使えるいいものだ。

(そういえば私が餌になると伝えると、心配だから上空から見ているとアイラさんが言っていたわね?)

 周りから見て不自然じゃない様に凝り固まった首を解す様にして空を見る。

 上空、たぶん300mくらいのところ、居ると知っていなければ探せない様な薄い存在感があった。

 あれはたぶん隠密系の能力か魔法を使っている。


 アイラさんもすごく不思議な子だ。

 あの子は私たちが見守るべき周回者だそうで、前の周でも私やナタリィ様にもあっているらしい、しかも龍の島にいらっしゃるドラグーン方の名前も数名知っていた。

 あの子も私やエッラの胸を良く見ているけれど、その後は無意識になのか自分自身の胸も良く触っているので、たぶんうらやましいのだと思う、前の周ではきっと大きくならなかったのだろう。


 周回者のアイラがどれだけの悲しみを背負って生きているかは私にはわからないけれど、きっと見送る側の悲しさを知っている。

 あの子が前の周で出会った存在が、この周回でも無事に生まれてくるかどうかさえわからないのだから、それは苦痛だろう。

 そんなあの子がやさぐれることもなくすごくやさしい表情で家族たちを、私も含めてみんなのことを見守っているのがわかるから、だから私はあの子に個人的に味方をすることにした。

 ドラゴニュートはドラグーン同様特定の人間勢力の味方を出来ない神代の誓約をもつけれど、あの子個人のために力を貸すことは禁じられていない。

 見守るべき周回者ということもあるし、そして何より今回の事件は私自身が持つそういった・・・・・畜生への嫌悪感もあって絶対に許せない。


 それに聞くところによるとあの男は城で私のかわいいエッラに将来妾にならないかと声をかけたらしいので、その点も許せない。

 かわいいエッラが側室とか妾なんかになるにしたって、ソレはエッラが自ら望む相手に嫁ぐべきでその相手は断じて性犯罪者の畜生なんかじゃなくて、もっと素敵な非の打ち所のない様な年の近い人であるべき、そうじゃなかったら私が龍の島につれて帰って私の妹になってもらおう。

 エッラは、30年ばかり前に亡くなった、私の妹に良く似ているからなんとなくおねえちゃん目線で見てしまうんだ。

 姉目線でみてきたこの約1年のエッラのかわいいところを思い浮かべる。


 そんな思案にふけっていたら、背筋にゾクリと嫌悪感が走る。

(来た!?)

 前回感じた視線と良く似ている、ねちっこく、全身に絡みつく様な、ねぶる様な視線。

 目線はやらずに気配を探る。

 奴のことで気になったのはアイラさんい聞いた畜生話だけが理由じゃない、ソレとは別にもうひとつ、私がドラゴニュートだからこそ気にするべき、気付くことが出来た気配を奴は放っていた。

 だからこそ奴の顔も良く覚えていたのだけれど、気配を探って確かに前回と同じ人物だと確信する。

 私はアイラさんに渡されていた光の弾を握りつぶした。


 アイラさんから預かっていた光の弾はクルミくらいの大きさのもので、これを握りつぶすとアイラさんにはわかるそうだ。

 これを割るのは、目標と思しきものに10mほどまでに接近した時と約束している。

 今おそらくアイラさんは私の周囲の男たちに目をやり、目的の人相書きの男を捜しているところだろう。


 私はこれからあの男とある程度の距離を保ちつつ少しずつ人の少ないほうへ人の少ないほうへ、と歩みを進める。

 といっても俗に言う路地裏的なところではなく職人街との間をすり抜け、設備の旧式化していた浄水施設、内クラウディアで結露の柄杓によって発生した生活排水を浄水し川としてクラナ平原南部に流すための施設を新たに作るために一度撤去された兵舎や軍備倉庫を、その旧浄水施設跡に作るために整地している最中の区画、ここなら適度に人通りも少なく貴族街や中層市民街にも通じる道のため私が通るのに不自然でもない。


 まだ建物がほとんど無く見通しの良いところが多いので、襲い掛かられるだろう場所をある程度限定させることができ、空から見ているアイラさんも、例の男の様子を観察しやすいだろう。

 男の、背筋がゾクゾクする生理的嫌悪感を感じさせる視線は、ほかの通りすがりの男たちの視線が減るに連れて強く感じられる様になってきた。

 同時に例の気配もやはり同じ人間から発せられていると確定できる。


 私が、ドラゴニュートであるからこそ気にするべき気配、ドラゴニュートは龍王様が神王様に誓った誓約の元いくつかの役割を持っている。

 必要以上には地上の人たちに存在は明かさず、転生者、転移者、周回者、魔王、鍵の観測、そして「やつら」への警戒、神々から受けた祝福により理性を宿し、強い力を持っていたことから、当初人々を見守る役割を神王から受けたにもかかわらず叛旗を翻した二つの種族、他の種族の獣性と欲望を高める精神寄生の能力を持つグリーデザイア族、そして12柱の御使い様たちの天使態と近い姿を持っていたアンヘル族彼らの王はすでに神々による制裁を受け消滅しているが、一度は繁栄していた種族、善人も悪人も居るので、全滅させるわけにも行かず、アンヘル大陸に閉じ込められた。

 ただその力を使って悪さをするものがしばしば出るのだ。


 今回の彼にもおそらくグリーデザイア族と思われるものが取り付いている。

 グリーデザイア族は4cm程度の人型で、背中に半透明の羽を生やしており、魔法の力で飛翔する。

 アンヘル族の生き残りともどもアンヘル大陸を出ないことと、われわれ同様ヒトの世に積極的にかかわらないことを条件に生存していたが、その後何千年と経つ間にたまに他大陸に渡るものが居る。

 ドラゴニュートは彼らの気配をわかる様になっているが、悪さを確認できていないのであれば基本的に不干渉の方針だ。


 っと、そろそろ遮蔽物が多く、人通りが少ない区画・・・建築資材置き場になっている場所ね、この辺りで仕掛けてきてくれるといいのだけれど・・・。


------

(アイラ視点)

 隠密状態を維持したままでフィサリスを見守っていたボクは、100mほどの距離に1人の男を見つけた。

 歩き方が隠密のそれで、人ごみの中を無人の野を行く様にするすると歩いている。

 あれは視線や手足の動きで他の人の歩く方向や速度をコントロールしているみたい、上空からじゃないと気付けなかっただろう、見知らぬ男だが、あれほどの動きをするのだからきっとナガトさんかまだ見ぬハンゾウさんかだろうけれど、そもそもみんな変装の達人でもあるので近くで鑑定しないとわからない。

 タンバさんはガルガンチュア領の捜査をしているはずなのでクラウディアには居ないはずだ。


 でも彼の人が隠密状態で街中に居るということはおそらく彼らに見張られているはずのブリミールが近くに居るはずだ。

 そう思って人ごみの中でブリミールを探す。

 っと、フィサリスに預けていた光弾が割られた。

 フィサリスの近くにブリミールが居るということだ。

 あわててフィサリスのほうに視線を戻す。

 するとフィサリスの後ろ12mほどのところに見覚えのある長身痩躯、間違いなくブリミールだ。

 

 フィサリスはブリミールと接近した後は襲われ易い様に人通りが少なくそこそこ開けているところに誘い出す手筈になっていて、それはここからだとセイバー装備のパーツを作る工場の建築予定地のあたりだ。

 2人から目を離さない様にして監視を続けること10分ほど、ついに事態は動いた。


 しかしそれはボクたちが予期していなかった動き、どうも職人風の若者3人が連れ立って歩いてきていたのが、人通りの少ない場所に歩いてきたフィサリスにをこれ幸いとナンパしている様だ。

 夕方だというのにすでに酔っ払っている様で、誘いを断ったフィサリスの腕をつかもうとしている。

 どうするべきだろうか?ブリミールはフィサリスが移動を停止してから10mくらいのところで様子を見ている。

 一方3人の男たちはやんわり拒否してみせるフィサリスに脈があるとでも思っているのかなお食い下がっている。

 隠密の男のほうはいつの間にか二人に増えて、片方はブリミールから40mくらいのところギリギリ遮蔽物の間を縫う様にブリミールが見える位置取りで、もう1人新しく増えたほうはフィサリスから6~7mの所、3人の男のすぐ近くの塀の裏に移動している。


 これはちょっと良くわからないね・・・、どうしようかな?

 っと、ブリミールが動いた。

 たぶんあの3人を追い払うためだろう、襲い掛かる様な速度ではない。

 案の定ブリミールは4人の近くまでいくと何事かを話している。

 警戒はしたまま、5人の様子を伺っていたが、3分ほどすると3人の男たちは退散して行った。


 そして、その場にフィサリスとブリミールだけが残る。

 フィサリスは、一応男3人を追い払う役割を果たしたブリミールに頭を下げ逆にブリミールが何か身振り手振りをしていて、ソレはナンパに困る少女を救った普通好青年の様だったが、しかしソレは唐突に始まったのだ。

最初この回でブリミールの話を終わらせ様と思ってましたが思ったより長くなりそうなので分割しました。


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