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第55話:王都の生活1

 ご無沙汰しております、アイラです。

 皆様と基礎学校に通うことを語らっていた日々がまるで昨日のことの様に思い起こされます。

 ボクの一身上の都合によりお約束を果たすことはかないませんでしたが、夫君ユークリッドとともにホーリーウッドに帰った暁には皆様との旧交を温めさせていただきたいと思います。

 ところで昨年中は・・・・・。


------

(ソニア視点)

 ホーリーウッド家から届けられたアイラちゃんからの手紙は、近況報告ととりとめも無い思い出話、私たちと学校に通いたかってっていう心残りをしたためたものだった。

 私だってアイラちゃんやアイリスちゃんと学校に通いたかったのに、アイラちゃんは花嫁修業のために王都に残ることになってしまったそうだ。

 悔しいし寂しい。


 年が明けて、学校が始まった時、アイラちゃんやアイリスちゃんと同じ組み分けになれなくって残念に思っていたら、そもそも仮登録までしか進んでいなかったらしくって、学校中探しても二人の姿は無かった。

 その後シャーリーからの情報で、アイラちゃんたちが王都にいるということがわかり、さらにその後アイラちゃんからの手紙で王都で花嫁修業することになったため、ホーリーウッドには数年帰れないという情報がもたらされた。


 私たちは最近のたまり場になっているクロエの部屋に集まって、今後の相談をしていた。


「つまり私たちがアイラちゃんと早くに再会するには、王都の軍官学校に入学するか、ホーリーウッドにメイドさんとして雇われるくらいしかないということですよ!」

 貴族の子女もメンバーにいるのに、リーダーシップを握るコリーナはさすがだと思う。

 しかしそんなコリーナの発想をもってしても現実的な意見しか出せない程度に状況は行き詰っていた。

 別にあせらなくてもね?数年待てばアイラちゃんとはまた再会できるしお友達付き合いもできると思うの、でも現在のちっちゃかわいいアイラちゃんの成長を見届けるのが私たちの望みでもあるので、やはり早くに再会したい。


 今この場にいるのはかつてのお茶会メンバー子どもテーブル組とコリーナの計7人、何の因果なのかコリーナとはアルフィちゃんとエルスちゃんも知り合いだったらしく、お茶会メンバーでコリーナと面識がなかったのはシャーリーとカテリーンさんだけだったらしい・・・。

 恐るべしコリーナ・・・


「えぇっと・・・基礎学校はシャーリーが今年が終われば卒業、クロエは来年入学予定ですよね・・・、それでほかは今一年目でみんなそれなりに賢いので再来年には卒業するとして、アイラちゃんが軍官学校に入学予定だとしたら、軍官学校に入学することで私たちは、アイラちゃんと同期になれる可能性がありますね。」

 コリーナがいうと皆頷く。


「まずは情報収集ですよね、アイラちゃんが軍官学校に行く予定かどうか・・・、それに私は今年卒業して、早々に軍官学校を志望するか、それとも来年までまってユークリッド様と同じ年度を志望するか・・・。」

 シャーリはその選択ができる。

 けれど私たちとクロエはとりあえず一旦待つしかない。


 ため息をつく一同、それにしてもどうして私たちはこんなにアイラちゃんのことが大好きなのか・・・。

 今は遠い友のかわいらしい笑顔を思い、私たちはあぁでもないこうでもないと議論を続けた。


------

(アイラ視点)

 2月になった。

 王都での生活にもなれたもので、平日は城で暮らし週末にはホーリーウッド邸で過ごす。

 城では午前中からイシュタルトの歴史や、作法の練習それと午後一番あたりまでは一応の基礎学習も行うが、そちらは試験のみで今のところは全門正解で合格を頂いている。

 それから後は自分の研究の時間ということになっていて、与えられた私室の隣にある研究室に引きこもる。

 与えられた私室は、サーリアたちの部屋とまぁまぁ近い場所にあり、頻繁にサリィがやってくるけれど、部屋は廊下からまず一度10畳ほどの小部屋があり、そこにはボクについてくれているエッラと神楽のためのスペースがある。

 ボクは跳躍で移動できるけれど、他の人がボクの部屋に直接入ることはできない様になっている。


 同じようにサークラ、トーレス、アイリスも城でお勉強するけれど、ボクと違って通いで、私室も用意はされていない。

 代わりに3人共有の休憩室が用意されている。

 アイリスは頻繁にボクの部屋に泊まることもあり、サリィやヴェル様もかわいがってくださっている。


 ユーリたちもそろそろホーリーウッドに戻った頃だし、預けた手紙も、あちらの友人たちに届いた頃だろうか?

 一緒に学校に行こうと話していたソニア、コリーナ、カテリーン、アルフォンシーナにエルスティン、それに同じ年度にはなれないけれどクローデット(クロエ)とシャルロット彼女たちと話している時間はとても楽しかったし、アイリスもなついていた。

 ユディやアニスたちも下の子たちとなんだかんだと良好な関係を築いていたのだけれど、これからどうなるやら。

 せっかくお友達になっていたのにアニスは幼いので忘れてしまうかも知れない。


 まぁ過ぎたことは仕方が無い、アニスにはこちらでも友達を探してあげようと思っている。

 前世で友達だったルイーナやルティアと引き合わせるのもいいかもしれない。

 彼女たちの実家の場所ならボクも知っている、あの3人は相性はよかったのかとても仲良しだったし、引き合わせたいと思える。


 現在アニスは屋敷で主に母とフィサリスと過ごすことが多い。

 フィサリスはドラゴニュートであり、特定の人間勢力への肩入れはややゆるい縛りではあるが禁じられている。

 しかし国王であるジークに引き合わせてしまえば、肩入れと扱われてもおかしくない状況に移りうるだろう

 それを避けるため、王城にはつれていかない様にしていた。

 フィサリスはエッラと仲が良いので休みの日はよくエッラとつるんでいるが、普段はずっとアニスの相手をしてくれているので、アニスにお友達ができれば少しは遊び相手も楽になるのではないかと考えている。


 フィサリスは有事の際にはナタリィとの連絡役をしてくれると、ボクたちについてくれているけれど、折角人の世界にいるのだから、楽しんで生活してもらいたい。

「アニスの遊び相手も楽しいよ?」

 と言ってくれてはいるけれど、本来メイドではない彼女に頼りすぎるのもよくないと感じている。


 週末から三日はホーリーウッド邸で過ごす。

 ボクが邸にいるので、アニスやアイリスの相手はボクがしてフィサリスはエッラと一緒に町に出かけることが多い。

 人間の町を歩くのはフィサリスにとっては懐かしいことらしくて帰ってくるといつも上機嫌に、エッラとプチファッションショーをしてくれたり、買ってきたお菓子をボクたちに分けてくれたりする。

 あとはアニスやアイリスにおもちゃを買ってきてくれたりね。

 ボクの生まれ代わりのことを知っているのでボクにはもっぱらリボンや髪留めなどの小物を買ってきてくれる。

 人に物を贈るのが珍しく、楽しいらしくて、ありがとうと伝えると照れ笑いを浮かべて、おでこへのキスでごまかしてくるのがかわいい。


 邸での生活はボクにとっては休養を兼ねている。

 かわいい妹たちと過ごし、食べなれた母の料理を食べ、日によっては軽装で神楽たちと街にでかけ、そろそろユーリがホーリーウッドに戻る頃なので、来週からは隙を見てユーリにも会いに行く予定。

 そして今日は神楽と一緒にアニスとアイリスをつれて、邸の庭で育てるための植物の苗を買いにきている。

 ボクたちの後ろにはエッラとフィサリスも動向してくれることになり、護衛には碧騎のブランシュがついてくれている。

「おねーちゃ、つぎあっちいきたいねー?」

 もう来週には3歳になるアニスは、前世の様な妙にはっきりとした言動こそ見せないけれど、俗にいうイヤイヤ期もはっきりしたものは無く、基本的にはお利口さんなままで2歳の時期を終えようとしている。

 むしろアイリスのほうがまだイヤイヤ期が終わっていないというか、たまに爆発するしね・・・。


 そんなアイリスも今日はお城でのお勉強ではなく、お買い物ということで上機嫌だ。

 ボクとの間にアニスを挟んで手をつないで、上機嫌、時々走りだそうとするアニスをボクと一緒につなぎとめる。

 本当は、サークラも付き合ってくれる予定だったのだけれど、ジョージが一緒に出かけないかと誘ったため無碍にできずそちらにいってしまった。

 母ハンナと兄トーレスはトリエラを連れて今晩のご飯の食材を買いに出てしまっていたので、お出かけはボクたちだけになった。


「もーぅ、アニス!いきなり走ったらメェだよ!?」

 いきなりグイっと腕を引っ張られたアイリスがアニスをたしなめる。

 ボクと二人で両手を握っているので、アニスの力では振りほどくことはできなかったが・・・。

 それでもそこそこの衝撃をボクとアイリスの手に与えた。

「アイイスちゃうるちゃい、てぇはやして~!」

 アニスはどういうわけかアイリスへのあたりが強く、サークラのことはサーねえちゃ、ボクのことはおねえちゃと呼ぶのに、アイリスのことはアイイスちゃと微妙に名前を言えていない上にお姉ちゃん扱いしないし、生意気を言ってしまう。

「もーぅ!私もおねえちゃんなのにー!!」

 アイリスはいつもそんなアニスの態度に腹を立ててしまうけれど、本当のところアニスはアイリスのこともおねえちゃんとして認識しているし、大好きなのは傍から見ていてわかる。

 困らせて楽しんでいるだけなのだ。


 アイリスが年上の余裕を持って、アニスのからかいに反応しなくなれば、自ずとこのアニスの態度も収まるのだろうけれど、それはアイリスが自分で生長して気付くべきことなので、ボクからはノーコメントで通している。

 そうこうしているうちに、ボクの目的地である種苗屋さんについた。


 ここは、農家のための品種の種から、一般用の観葉植物の苗まで幅広く扱っていると、王城の庭師から話を聞いてやってきた。

 ホーリウッド邸はフローリアン様の隠れ家でもあるので、定期的に手入れされてはいるものの数年間人が住んでいなかったため、貴族の邸としてはいささか殺風景なので、少し花でも植えようという話になったのだ。


 店の雰囲気はよかった。

 外クラウディアの店であるのに王城の庭師が買い付けに行くだけあり、品揃えも良い。

 子ども6人(うち一人はドラゴニュートだが)に護衛も女性とあれば甘く見られても仕方ないのだけれど、ここの老店主は愛想よく対応してくれた。

 貴族のお忍び相手もなれているだけ、といってしまえばそれまでかもしれないけれど、店主はほかの客を対応していたけれどボクたちの来店を確認するとすぐに対応中のお客様に一言断ってから他の店員を呼んだ。

 それからボクたちのほうに来て

「いらっしゃいませお客様方、大変申し訳ございませんが現在お客様の対応中でございまして、今しばらくお時間を頂くことになりそうです、人を呼びましたので、その者にお尋ね頂く様お願いいたします。見習いではあるのですが軍官学校に通う有望な若者でございますので、また先のお客様の対応が終わった後になりますがうかがわせて頂きます」

 と、深々と頭を下げた。

「お気になさらず」

 先にお客さんがいるのに自分のほうを優先しろだなんていうつもりもないので気にしない様告げると、口早に謝罪を述べて元の客のほうへ戻っていった。


 そしてほとんどタイミングを同じくして、エプロンをつけた女の子が裏から出てきた。

 女の子というか女性のほうが正しいのかな?

 薄い紫色の髪はふわふわで、ミディアムの長さで整えられている。

 土を弄っていたのだろうエプロンには少し土がついているけれど、それが返って彼女の穏やかな気性を引き立てている。

「いらっしゃいませかわいいお客様、接客中の店主に代わりまして僭越ながら私、シリル・オーガストがお客様の対応をさせていただきますね。」

 ドキリとした。


「花剣士」シリル・オーガスト、軍人でその名前を知らないものは前の周の世界にはいなかったのではないか?

 そう思えるほど勇名を馳せた魔導特務兵で、後に世襲可能な男爵位まで賜った人物である。

 たしかサークラと同い年なので・・・今年16歳になるはずだ。

 独特な魔法剣技「花剣術」を使い空間を支配する戦法を得意としていた。


 そうか、今軍官学校1年生になったばかりなのか・・・。

 考えてみればそうだ、ボクが一年生9歳のときに、18歳の4年生だったのだから、ボクが6歳の時は15歳の1年生だ。


「お客様・・・?」

 シリル先輩はボクがぼんやりとしているので心配顔を浮かべている。

「あぁすみません、おじいちゃんの店長さんの後に出てきた店員さんが若くてかわいい方だったので、びっくりしちゃいました。」

 適当言ってごまかすのも良くないなぁと思いつつも、動揺を悟らせない様に努めて無邪気に告げる。


「ありがとうございます。それでは早速になりますが今日はどういったものをお探しですか?」

 少しほほを染めたシリル先輩は本題に入る。

「あのね、アニスねー、おるすばんなの、おねえちゃがね、およめさんになるから、おるすばんなのー」


 アニスの説明では三日くらいかかりそうなので、アニスが不機嫌にならない程度に補足しながらで、今日は庭をにぎやかにするための、しかしアニスがお世話をできるくらいの丈夫な花を咲かせる品種を探しにきたのだと告げると先輩は3種類くらいの植物を勧めてくれた。

 ちょうどそのくらいに、店主も接客を終え、前の客を見送って戻ってきた。


「お待たせいたしましたお客様。・・・シリル」

 店主が短く先輩の名前を呼ぶと先輩はボクたちの今日の目的と自分が薦めている品種を店主に告げる。

 すると店主はにこやかにシリル先輩をほめてからこちらに向き合う。

「そうですね、シリルから訊いた内容で正しければ、私から勧めさせていただくのも同じ苗になります。が、お客様方では荷物になると思いますのでお宅まで配送させていただきたいと思います。ご住所を伺っても大丈夫でしょうか?」

 内クラウディアの貴族街の住所を告げても店主は眉をピクリとも動かさず淡々と業務をこなす老店主に好感をもつ。


 店主はその後警備なども担当しているブランシュと明日の配送時間を確認していた。

「シリルはお嬢様方のお話相手を」

 とシリル先輩を残して・・・。


 サークラと同じ年齢で外見もエッラやフィサリスと違い年相応のシリル先輩に、アイリスとアニスはすでになつき始めていた。

 ボクたちはウェリントンで一番年下組だったこともあって、基本年上には甘えてしまうのだ。

「ねーむらさきおねえちゃん、ピンクのおはなないかな?」

「そうですね、それなら・・・」

「ねーねーふわふわおねーちゃ、このおみゃめは?」

「これは食べられるお豆の・・・」

「ねーねー」

「ねーぇ」

「ねぇー」

 ・・・・・・・・・・


 いやね?

 ちっちゃいこ二人にたじたじになるシリル先輩というのがもの珍しくて助け舟も出さず見惚れてしまったよ。


 しばらくすると配送の確認も終わりこの店の用事は終わった。

「アイリス、アニス、おなかすいたでしょ?ご飯食べにいこ?」

 そういって呼びかけると、シリル先輩に絡めていた腕を放しボクたちのほうへ戻ってくる。

 そしてシリル先輩もゆっくりとこちらに戻ってくる。

「すみませんねシリルさん、妹たちが遊んでいただいて」

「いいえ、元気でかわいい妹さんたちですね、また是非お越しください、といっても私は学生で黒曜日だけの店員ですが・・・」

 そういってまたねーと手を振るアニスの頭をニコニコとしながらなでてくれる。


 花と子どもが好きな心優しい女の子、ただそれだけのシリル先輩がそこにいて、妙にボクの心に焼きついた。

 彼女はきっと本当はこういう女の子で、前世の『花剣士』である彼女はそうできてしまっただけに過ぎないのだと、それが理解できた。

「はい、今回の苗木がうまく根付いたら、次を買いに来ます。」

 ボクも笑顔で答えて、シリル先輩との初接触は終わった。


---

 それから適当なお店で食事を済ませて、内クラウディアに戻ることにした。

 種苗屋さんは広い敷地が必要なため内クラウディアには無い、そのため外クラウディアまで出てきたけれど、本来ボクたちの様な女子どもばかりの集団が表立った護衛もつれずに外クラウディアを歩くのは推奨されることではない。

 無論外クラウディアに出ることがただちに犯罪に巻き込まれるというわけではないけれど、内クラウディアと比べて制御できない因子が多いのも確かだ。


 外クラウディアで生活している人たちには失礼になるかもしれないけれど、身なりの良い女の子ばかりの集団なんて、カモだと考える不埒ものも少なからずいるわけだ。

 まぁ、本当は離れたところから護衛している私服もいるのでそうそうたいしたことは起きないわけだけれど・・・・。


 現に、ボクたちが内クラウディアへの帰路に着いた頃、ボクたちに後方から近づこうとしていた、春先だというのに不自然に厚い上着を着込んで、ポケットに手を忍ばせたイカにもチンピラ風の男が一人、護衛をしていた私服の一人に路地裏に引き込まれた。

 あとからブランシュにたずねるともともと恐喝や強姦の罪で手配されていたチンピラで、おそらくフィサリスかエッラを目当てに着いてきたらしいけれど、護衛たちに気づかず接近したためにあえなく御用となった。

 この日はそれ以上の騒動は起こらず無事に邸に帰宅した。


---

 半日しっかり歩いて疲れていたアイリスとアニスは食事の後、お風呂に入る前から船を漕いでいたが、何とかお風呂までは入れて寝かしつけた。

 神楽に部屋の留守を頼み、非常時には「デネボラ」を使って「暁天」に魔力通信で連絡を入れてもらう様にしてボクはホーリーウッドのユーリの部屋へ跳躍した。


 跳躍の暗転を抜けると見慣れたユーリの部屋の隣の衣裳部屋、灯りがついていないので暗いけれど、ものの配置はわかるので、迷うことなくユーリの部屋側のドアへとたどり着く。

 扉越しに室内の気配を探り、人の気配が一人分しかないことを確認した上で扉を小さくノックする。

 するとすぐに、愛しい人の息遣いと足音が聞こえて、扉が開けられた。


「アイラッ・・・」

 すぐにユーリに抱きつかれる。

「ユーリ、半月ぶり・・・。」

 クラウディアでお別れしてから3週間ほど経っている。

 ユーリはボクが挨拶を終えるのを待つことさえせずに、ボクの口腔を侵した。

「ん・・・ぁ♪」

 挿しこまれる舌に、上顎や歯茎をなぞられる感触に声が漏れる。

 口の中を侵されているため、漏れた声は意味のある音にはならず、ただ反射的に吐いてしまった息の為にボクは息苦しくなる。

 パンパンとユーリの方を叩きギブアップを宣言するとユーリは驚いた様に体を離した。


「ごめん、久しぶりでつい・・・。」

 小声で謝るユーリの肩に手を置いたまま、ボクは息を整える。

 それから無言で今度はこちらからユーリの唇を奪った。

 ユーリは一瞬目を見開いたけれどすぐにボクの舌を受け入れて、否、ボクの舌に自身のそれを絡めてきた。

 今度はちゃんと事前の準備をしたので、十分な時間をかけて、会えなかった時間分の愛をかわしてそれからユーリと改めて向かいあって、お互いに近況を報告する。

 ボクは城で出会った人や、今日であったばかりのシリル先輩のこと、そして研究の状況、といってもわずか半月では、素材集めに終始しており研究そのものはまだスタートしていないも同然だが。


 ユーリのほうもまだ4日ほど前に帰還したばかりで、学校のスタートに遅れたこと以外報告できることはない様だった。

 しいていえば帰還したその日のうちに兵を使いボクの友人たちへ手紙を届けさせたことと、ボクたちウェリントンの姉妹が帰ってこないことを嘆いたフローレンスおばあ様が三日三晩ユディを手放さないことくらいか。

 ユディのほうも約一ヶ月ぶりにあった祖父母に甘やかされて、今はボクたちがいないことに気づいてもいないらしくて実に幸せそうだという。


 時間にすればわずか二時間ばかり、その時間を神楽は一人で過ごしていると考えれば長い時間かもしれないけれど、ベッドの上で手をつなぎながらここのところの出来事を話し合ったボクとユーリは、名残惜しさを感じながらも最後にキスをして分かれた。


 内クラウディア邸の部屋に戻ると神楽はフィサリスとボードゲームをしながら待っていたのだけれど、よくよく考えたら共犯者が一人いたね、とボクは神楽とフィサリスにお礼を言って、とりあえず初回となる、ユーリとの遠距離逢引は成功裏に終わった。


---

 翌日、午前中に前日に注文した苗木と苗が届き、ボクたちウェリントンの5人兄弟と、神楽、エッラ、フィサリス、トリエラとで楽しみながら植え替えを行った。

 穴の位置を考えたり掘ったりは土いじりが趣味の母ハンナが率先してやってくれた。

 お昼をはさみ、すべて終わった頃には夕方になってしまったけれど、気持ち良い疲労感と達成感に満足して、この日もみんな早々に眠ってしまった。


 そしてさらに翌日。

「それではいってきます、母さん、アニスも母さんの言うこときいてお利口さんにするんだよー?」

 いってきますとしばしの別れの挨拶を済ませる。

 アニスはちいさくあーいと気のない返事をする。

 

「いってくるねー」

 アイリスとトーレス、サークラも朝は一緒に城に向かうので、ボクを迎えにきた馬車に一緒に乗っていく。

 無論ボクに付き添う神楽とエッラも・・・。

 馬車は王城に着くと、道中でまずアイリスたち3人を下車させる。

 3人は王城にくるとそれぞれのお勉強の場所に向かうのだけれど、ボクは先に着替える必要があるので部屋に向かい、それからアイリスのいる部屋に合流して、午前中は一緒に過ごす。

 アイリスも覚えていて損はなかろうということで、貴族教育を受けていて、ボクと分かれたあとは基礎教育の算術や文字の勉強をするのだ。


 ボクが所定の位置で馬車を降りると、すでに特注の子供用メイド服姿のエイラが待っていて

「おかえりなさいませアイラ姫様」

 と、スカートをつまみながらボクを迎える。

 これはエイラがボクを主人としているという意思表示、城の中でも王族が住まう区画に近いこの乗車口ではすでにボクを見慣れている人も多いのだけれど、そうでない人もいる。

 そんな人たちが、少なくとも王城に朝からいる少女メイドが主人として仰いでいる人物ボクがいったい誰なのか?と注目する。

 そうすることで、興味を持った人たちがボクの顔を覚え、そしてそのうち最近王室が養子にとった少女だと認識する。


 そのためボクは毎週城に来るときは結構豪奢なドレスを着ている。

 しかし動きにくいので、お勉強や鍛錬の前に動きやすいシンプルなドレスに着替えるというわけだ。


 お城では神楽はずっとボクに付きっ切りだけれど、エッラはボクたちの勉強中戦闘訓練を別に受けている。

 なんとイシュタルトが誇る軍人勇者の『剣天』ジェリド、『魔砲将』ボレアス、『槍聖』アクタイオンという錚錚たる顔ぶれから剣術、槍術、魔砲闘術、砲兵戦術といった技術を叩き込まれる予定となっており、さらに午後には、ノイシュさんをはじめとした近衛メイドたちからメイド術を習う。

 エッラの肉体はかなり戦闘に適した成長を見せており、すでにメロウドさんからも近衛メイドに適しているという評価を貰っていたため、こちらでもその訓練を続けることにした。

 すでに3将からも並々ならぬ賞賛をされており「将来と言わず、今すぐにでも軍部に欲しい逸材だイロイロな意味で」と若干下心を含む評価を頂いている。


 トーレスは同い年のエッラに戦闘訓練の評価で大きく引き離されていることにあせりを覚えているが、むしろエッラが異常なだけでトーレスもまぁまぁ優秀な部類なのだけれど、少し不憫だ。

 アイリスも奔放なところはあるものの6歳にしては優秀だし、サークラは外見からして目立つ。


 わずか半月の間にボクたちは城の一部での知名度を大いに上げている。

 これはボクたちにとっては目論見通りだったはずなのだけれど、この一部での知名度というのがクセモノで、ボクにとって想定していなかった接触が刻一刻と迫っていたのだ。



ユーリと離れて暮らす2年は巻きで行こうと考えております。

早く前作の進行度に追いつきたいです。

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