第1話:生まれ直した場所は?
自覚できる中では二度目となる。
生まれ落ちた瞬間のことを思い出す。
暗いと認識できる部屋の中から明るい世界に排出されたボクは、同時に急激に空気で満たされる肺の熱さに叫びをあげた。
2度目とはいえこれは慣れないものだ。
ボクという意識にとっては初めてではなくても、体にとっては初めての呼吸、肺という内臓に始めて異物が接触したのだ。
それはびっくりするさ
そして聞こえる元気な女の子ですよという声と
「私の妹だ!!」
と喜ぶ、おそらくは母の隣で分娩を見守っていた姉の声・・・。
そのなんとなく懐かしい声に感じる安らぎに、生まれてきてよかったと思えた。
でもその直後の言葉に、ボクの心はかき乱された。
「よかったですね、サークラさん、さぁ、ハンナお母さんに抱かせて差し上げて」
(サークラ!?ハンナ母さん!?)
なんの因果か偶然なのか、それは前世のアイラの母と姉の名である。
「わかってるよアマンダさん、はいお母さん、胸の上に寝かせるね?」
「まってアマンダさん、サークラ、もう一人いるみたい・・・」
その母の声にも聞き覚えがあった。
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生まれてしばらくたち、ボクの目も近くならしっかりと見える様になってきて、状況は把握できたけれど、これはどう考えても異常な事態だった。
「アイラ~、サークラお姉ちゃんですよ~♪」
そういって微笑みながらピンクブロンドの8歳〜10歳くらいの女の子がボクを覗き込みニコニコとボクの口元に指を出してくる。
ボクが生まれた後3ヶ月ほど経っているので、この子は今10歳になってすこしのはずだ。
(どう見ても聞いてもアイラの姉のサークラだ・・・)
幼い体はボクの意思とは反して差し出された指に吸い付いてしまうけれど、それも仕方ないことだ。
誰しも体の反射に抗うことなんてできない。
指の先を舌で押しちうちうと吸うとサークラは満面の笑顔を浮かべて花の様に咲いた。
まして、ボクの記憶では30年ほども前に亡くなったはずの姉が102年前の幼い姿でそこにいて、輝かんばかりの笑顔でボクを見つめているのを見ると、ボクの方も笑顔があふれてしまう。
もしかしたら死ぬ前に見ている走馬灯かもと思ったけれど、長すぎるし口の中にある姉の指の感触は確かなものだ。
時々隣から妹の泣き声が聞こえてくるけれど、それも前世の最初のほうによく感じたもので、まったく同じことを経験していた気がするのだ。
この後妹が泣き止んで、しばらくするとボクのほうに母がやってくる。
「アイラおねえちゃんはえらいねー、お腹すいたのに、泣かないで待ってたねー。」
なんていってハンナ母さんがやってきて、今までアイリスに含ませていたであろうものとは逆の乳房をボクに差し出すのだ。
そしてボクはかつてそうであった様に、本能に抗い切れず母の愛を受け入れるのだ。
それからお腹がいっぱいになると思い出して泣く。
前世で無残に殺された母を、失った家族のことを思い出して泣く、体裁を気にする必要はない。
なにせボクは今王妃や王族ではなく物心のついていない赤子なのだから・・・。
「どうしたの?なんであなたはお腹すいても泣かないのに、おっぱいあげたらなくのかなー?嫌いにしてはいっぱい飲むし・・・。」
母が心配するほどに泣いてしまうけれど、同時に思うのだ。
ボクはどうするべきなんだろうか?と
前世の通り今世が進むのであれば、5年後にオルセーがかかるはずの病、ハシウトキシックは地球で言うところの破傷風だと考えている。
ナタリィの言っていたとおり発症する前から浄血魔法と解毒魔法を併用することでおそらく防ぐことができる。
前世のあの冬の襲撃、ウェリントンの壊滅も、防ぐことができるかもしれない・・・・。
でも同時に不安になるのだ。
もし前世と違うことをしてしまえば、ボクは前世で抱いた愛しい娘たちを抱くことができなくなるかもしれない。
ユーリと結ばれないかもしれない、神楽と出会えないかもしれない・・・。
そもそも本当にこの記憶が、前世が真実あった出来事だとしたら。
ボクだけが覚えているんだろうか?
ほかにも覚えている人がいるのだろうか?
少なくとも目の前の母も姉も、一緒に暮らす父も兄も、前世の記憶と同じ様に暮らしている様に見える。
だったら違う行動をするものがいればそれは、前世の記憶を引き継いでいるのではないか?
それならそういった者に出会うまで、難しく考えずに、ボクはボクなりに幸せな生き方を目指してみるのもいいのかもしれない
(うん、決めた・・・。)
ウェリントン全滅の回避、ユーリとの婚約、神楽と再会して今世こそいつか日ノ本に帰す、そして可能ならもう一度リリをこの胸に抱く。
ひとまずの目標はこの4つだ。
アイラは妥協しない、前世とは違ってしまって良い、ボクは今を生きるアイラとして、ボクの幸せのために生きる。
だってボクはアイラとして、ウェリントンに生まれたのだから
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(サークラ視点)
昨年末、待望の妹が生まれた。
私には可愛い弟のトーレスがすでにいたけれど、歳が2つしか離れていなくって、小さい弟か妹を可愛がってみたかった。
理由は、幼馴染のモーラの妹ノラが可愛かったからという単純なものだったけれど何せノラは可愛いのだから、十分に大きな理由だよね?
父さんと母さんに何度もお願いして、ようやく授かった赤ちゃんは、生まれる前なぜか元気がなかった。
普通はお母さんのお腹に足の形が浮き出るくらい蹴る子もいるっていうのに、アイラとアイリスはほとんどそんなことがなくって、私は毎日、元気に生まれてきてください、できれば可愛い妹をください。
と、毎日教会で聖母様にお祈りを捧げた。
そうして、いざ生まれた赤ちゃんは元気そのもの、しかも双子の女の子で、私は部屋の外で待っていたお父さんとトーレスに赤ちゃんの誕生を伝えた後、喜びのあまり着ていた服を脱ぎ散らして家の外に飛び出しそうになってしまった。
昼間で村人がたくさんいるのが見えてすぐに部屋に戻ったけれど。
私はきっとこの子たちの目標となる様な立派なお姉ちゃんになってみせる。
それが今の私の幸せだから。
前回は夜に生まれましたが今回は昼間になりました。
自重しないアイラが本当に自分の知っている通りに世界が進むのか疑いながらの新生活の開始です。