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第51話:寝耳に水、7リットル

 時刻は夜にさしかかった7時頃、王城では晩餐が終わり、食堂では歓談が始まっていた。

 当初の予定よりも2名参加者が多くなったが、それで食材が足りなくなる様なこともなく、全員分の席が用意され、皆不足なく王城での食事を堪能した。


 予定外の参加となったエミリーはサーリアの隣に、ジョージはサークラの隣に座り、それぞれ出会ってから日は浅いものの、ギクシャクとはしていない。


 特にサークラはしきりにジョージの方を気にしていて、一つ年上の男を意識しているのが見て取れた。


------

(アイラ視点)


 案内された食堂は城の中で一番広い会食室、主に昼食がてらの会議などに使われる部屋で、おそらくは予想外に人数が膨れ上がったためこの部屋を使うことにしたのだろう。

 通常1年を通しても来年度の予算振り分けのために行われる年末の会議くらいでしか使われない部屋である。

(あとは、王が崩御したときとか、戦時中は割りと使われてたかな?)


 今日は初めこそ、一昨日なにをやらかしたのか怖くて戦々恐々としてたものの、蓋を開けて見れば和やかな集まりだった。

 今は一通り食事も済んで、食後の歓談中。 

 ボクの右手側にはユーリ、ユディ、義母様、義父様と続き、左手側には神楽、アイリス、アニス、ハンナ母さんと続いていたが、ユディが食後の口直しにおっぱいを欲しがったため義母様とユイ、それに付き添いでアイリスとナディアが席をはずしている。

 あとは珍しくサークラがボクやアニスの傍ではなく一番外側に近いところで、ナディアとジョージに挟まれている。

 サークラをジョージに宛がうことが、あの祝宴のときだけでなくなっているのだろうか?

 今のところサークラは嫌がっていないからこちらも何かを言うつもりはないけれど、もし今後サークラをジョージとだなんてことになったらボクはどうしようか?

 サークラが望むならあきらめるけれど、もしもサークラの意思を尊重しないで無理やりなんてことになったら、ボク王国滅ぼしてしまうかもしれない。


 サークラは今のところジョージのことを好意的に見ていると思う。

 簒奪侯家であることを除けば、ジョージは軍官学校での成績も良いし、学校内の派閥組織シュバリエールに対する干渉も通常の範囲内だ。

 心酔しているものが多いため、多少過激なものも無いではないが、前世でボクたちが入学した頃の東を思えばずっとましだ。


 それに若い頃から、トーレスやユーリ、ギリアム義父様の様な美形をみてなれてしまっているボクから見てもジョージのお顔は綺麗な部類だ。

 サークラと並んでも存在感がなくならない程度には整った顔をしている。

 サークラと年頃の近い人間で、あそこまで顔の整った人間はここに来るまで出会ったことが無かったので、その点でもサークラには印象が良かったかもしれない。


 しかしそのそわそわしてジョージの顔を見ているサークラを見ているとなにか楽しくないという感情がボクの中に浮かんでくるのだ。

 これは妹の嫉妬なのか、手元の美玉を他所に取られたくないという独占欲なのか、感情の処理はうまくできなくて、ただただ悶々としてしまう。


(ともかく、サークラの感情が伴わない限り、ジョージにサークラはあげない)

 ふんす!と鼻息も荒くサークラとジョージの方をみていると、ジョージがこちらを向いて微笑んできた。

 ご丁寧にサークラに小声で教えて、ボクと目の合ったサークラがうれしそうにこちらに小さく手を振ってくる。

 むぅ、それまでソワソワしていたのが邪気の無い顔で手を振る様になった。

 サークラに罪は無いし、笑顔で手を振る姿は非常に愛らしいのでボクも手を振り返す。

 それが終わると今度はジョージとニコニコと話し出してしまった。

(二人の距離が近づいてしまった!これじゃあジョージに味方した様なものじゃないか!?)

 悔しい・・・。


 暁の頃に姉の照子が、結婚を前提に付き合っている男が居ると告げた時だってここまで焦ることは無かったし、前世でサークラがギリアム義父様の継室になると決まった時には祝福さえした。

 だというのに、なぜ今回に限ってなんとなく悔しいのか・・・。


(同性で、なおかつギリアム様のときと違って遠くの人だからとか?あぁそういえば距離があるからなかなかあえなくなるよね・・・。あぁでもボクには跳躍があるから距離は関係ないのかな・・・?)

 もやもやする。


「ところでアイラや、例のことなのだが・・・」

 ボクが初めての感覚に身悶えしていると、順に声をかけていたらしいジークがボクを呼んだ。

 ちょっとサークラのほうに意識を集中しすぎていたためか、周囲への注意が疎かになっていた様だ。

「はい、何でしょうか陛下。」

 今日はジークとはまだまともに話していなかったと思う。

 だがジークは例のこと、とすでにボクにある程度話をした風に語っている。


「お主は、ユークリッド、ユーリとの婚姻を望み、どの様な障壁があろうとも結ばれるための努力をする・・・これに間違いは無いな?」

 確かめる様な問いかけ、これに対するボクの回答は、ボクがアイラである限りはYES以外にありえない。

「はい陛下、わたくしアイラ・ウェリントンはユークリッド様の正室となるべく励みたいと思っております。」

 ボクはまだジークとの関係性が進んでいないので今はまだ余所行きのボクとしての会話、ただジークは優しい目をしてボクのことを見ている。

 そしてなにか納得した様に頷くと次にユーリに視線を戻す。

「ユークリッド・フォン・ホーリーウッドよ」

 珍しくフルネームで呼ぶ、やっぱりこの名前には少し違和感を覚える。

 前の人生ではエミリア義母様が亡くなっていたからフォンの前にカミオンが入っていた。

 フルで名前を呼ばれたユーリはいつもの親戚づきあいをしているジークではなく、イシュタルトの国王に対峙した。


「は!」

 短く反応をし、ジークの言葉を待つ。

「汝は、公には出生の秘密を明かすことができず平民として扱われるアイラ・ウェリントンを、第一の妻として愛し、いかなる障害からも彼女を護り添い遂げる最大の努力を誓うか?」

「はい!」

 ジークの問いかけに対するユーリの返答もやはりYESかNOのみしか答えの用意できないもの、それであれば、やはりユーリの答えもYESだ。

 ごく短い言葉にユーリは強い意志をこめて答え、ジークは満足げに頷いた。

 そして・・・


「その覚悟に免じ、王家が後見となろう、アイラ・ウェリントンは今日よりヴェルガの養子となり、アイラ・イシュタルトと名乗りを許す、アイラとその実家に手を出すものは、イシュタルト王家を敵に回す者となる。しかるべき年齢になったときには、余とのヴェルガの裁量にてユークリッドとの婚儀を執り行おう。ハンナ、サークラよ、先ほど相談したとおり、これは娘を取り上げるわけではなく、汝らもかわらずアイラの親であり、家族、同じアイラという家族を持つことで汝らもこれからは親しく付き合うて行こうぞ」

「ふえ!?」

「うぇぁ!?」

「!?」

 ジークが飛んでも無いことを言っている。

 ボクと何人かはついていけなくて変な声が漏れた・・・聞き間違えだよね?

「はい、陛下のお心遣いに感謝いたします。」

「ありがとうございます陛下」

 ハンナ母さんとサークラはすでに話を聞いていたらしく驚かずに返事をしている。


 一方で初耳らしいハルベルトからエミィまでのヴェル様の子供たちは目を見開いてからサリィとエミィはボクに向かって笑顔で手を降り始める。

「アイラちゃんが妹になるんですね!」

「アイラちゃんのこと大手を振ってかわいがれる!」

 と喜んでいるのでボクも軽く手を振っておくが内心穏やかではない、これからボクの暮らしがどうなるのか、ユーリや神楽と暮らせるのか?

 ボクの混乱を他所にジークは続ける。


「ほかのウェリントン家の者も今後数年はは王都のホーリーウッド邸で暮らし、サークラは王城で教育を受けながらジョージとの交際を続け、今後の身の振り方を考えてみる様に、トーレスもすでに基礎学校程度の学習は完了しているということなので、城に通い好きな分野の教官をつけて学問や鍛錬に励むと良い。すでにギリアムたちとも相談はしてある。そなたらの暮らしについては王家から予算を潤沢に出す。守備の兵も王家が出す。言いたいことは多少あるだろうが、細かいことは後々話そう。さて今夜は皆泊まっていくといい、寝仕度が終わった後でよいので、ユーリとアイラは細かいことの相談のためワシの部屋にくる様に、案内はノイシュに頼む」

 ジークの口調は途中で国王から、親戚のジークになっていたし、ボクと相談するといっているけれど、これはほぼ決定した事項なのだろう。


 平民の身分のボクがユーリと結婚するのにこれ以上に大きな後ろ盾は無い、今までの歴史において王家が下級貴族の子を養子にとり有力貴族に嫁入りさせるという事例が無かったわけではないし西側貴族間のバランスを乱すことも無い良い作戦だ。


 問題点を言うならボクが2年ほどユーリと暮らせなくなることだけれど・・・、まぁそれも跳躍があるのでまったく逢えないということはないよね・・・?

 要点としては、ボクとアイリスの基礎学校入りが中止され、代わりに王都で教育を受けることになるということ、基礎学校制度はホーリーウッド独自のものなので王都での幼年教育は家庭教師か教会学校で行われる。

 王家の養子にまでしてくれるというのだから、教育はサークラ、トーレスの貴族、官吏の教育と同様に城で面倒を見てくれるということだろう。


 そして今年と来年はユーリと暮らせなくなるということだ。軍官学校の入学年齢は下限が9歳で迎え、年中に10歳になる年度からなので、1つ上のユーリはボクが8歳で迎える年には軍官学校に入れるので、そのときにはこちらに来るだろう。

 ただそれによって、本来ユーリと絆を育むはずだったハスターやアイヴィー、オーティスとの出会いが発生しないとなるとそれはそれで悲しい。

 それに・・・その年でユーリが入学しちゃうと、ボクと同級生ではなく一つ先輩になってしまうわけだ・・・。

 ちらりと隣に座るユーリの顔を見る。

 すると彼はどうしたの?という様に首をかしげてボクの方を見つめた。

(ユークリッド先輩・・・ユーリ先輩・・・。想像するとなんか照れる・・・。婚約者なんだから、呼び捨てでもかまわないのかな?)


 それともう一つの心配事は、ボクたちがクラウディアで暮らしてしまうと、今年の収穫後にホーリーウッドに出てくる予定の父エドガーが逆単身赴任状態になってしまうという不憫さ・・・。

(神楽やエッラは王都邸に住んでもらうなり、ジークに談判して一緒に王城においてもらうことも可能かも知れないけれど、父はホーリーウッドの臣下、それも重臣候補として呼び出すのに王都にすむわけにもいかないよね・・・。)


 突然出てきた養子縁組話と王都への居住の話、よく吟味して受けたい話なのだけれど王家からの申し出という時点で実質拒否権はないし、保護者である義両親やハンナ母さんには相談済みの上での報告という外堀はすでに存在しない状態・・・。

 ユーリとの結婚を後押ししてくれるみたいだし、別にウェリントンの両親との縁を切らされるわけでもない、ユーリとあえないというデメリットも存在しない様なもの、それならば・・・。


「はい、それではこれからよろしくお願い致します。陛下、殿下」

 席を立ち、ジークとヴェル様の近くまで行きそれぞれに対して貴族令嬢形式の礼を執る。

 するとヴェル様はフフと笑って、ボクに訂正の言葉をくれる。

「正式な手続きはまだであるが、今日より余はそなたの養父であり、フローリアンは養母となるのだ。賢いと評判の君にはわかるね?アイラ・・・

 と仰ったので、改めて家族の親愛を込めて。

「ふつつかな娘ではございますがこれからよろしくお願いいたします。養父とう様、養母かあ様、陛下。」

 と呼んだのだが、再びダメだしが入る。


「アイラよ、ワシのこともおじいちゃまとかでよいぞ?そなたはまだ子どもといってよい年じゃからな、公式の場ではともかく、甘えたい年頃であろう?」

 すでに国王の面影無く頬を緩ませたジークがいう。

「えぇ・・・」

 さすがに・・・と続けようとしたところで堪らなくなったらしいサリィとエミィが席を立ち飛びついてくる。

 王族としての以前に、食事のマナーすらかなぐり捨てているが、もともと今日のこの場は家族としての席で、形式は無視してよいとのお達しだったし、すでに食事自体は終えているので、ジークもヴェル様も特にしかりつけることはせず、姦しく騒ぐ娘たちのことを見守っていた。


------

(ジークハルト視点)


 晩餐は恙無く終わった。

 あとはユーリとアイラの二人を部屋に迎え、ギリアムとサリィを交えて話すことになる。

 アイラは『鑑定』の能力をもつ娘であった。

 今日も念のため鑑定してみたが、読むことのできない『鑑定』の文字はやはりそこにあった。


 昼の再会時に鑑定して、王家と同じ『鑑定』の文字を再度確認した時、私はアイラを取り込むことに決めた。

 といっても、本人がユーリとの結婚を希望している以上無理に王家と婚姻させる必要は無い、せっかく出自の都合上平民扱いであるのだから、養子に取ってからユーリの嫁に出すことで、ホーリーウッドとアイラの双方に恩が売れ、また養子とはいえ親子の関係になればヴェルガとの間にもそれなりに情が湧くだろう。


 ユーリと同様にすでに勇者に目覚めているアイラは、おそらくは転生者。

 さらには王家の『鑑定』と同様の文字体系に見える角張っている読めない文字の能力や龍王の加護、職業適性に聖母が含まれていることから、自覚があるかどうかは別としてももしかすると神話に語られる聖母に縁の者の転生者かもしれない・・・そう思うと心が逸る、早く語り合いたいと思う。


 しかし、焦りは禁物、もしも彼女に下心のある王だと判断されれば一体どの様な結末を迎えるかもわからない・・・、万全を期さなければならない、私は国王なのだから。

 先ほどから姉の方を向きにらんだりふてくされたりにこにこと手を振ったり、またふてくされたりと百面相する様はまさしく子どものそれ、可愛い姿だが、やはり6歳としては気を使いすぎている。

 外見が4歳くらいなのもそれに拍車をかけているかもしれないが・・・。


 食事も終わり、後は初めから決めていた話をしなければ、せっかくギリアムやアイラの母、姉に話を通したというのに・・・。

 まずはユーリのことからたずねればかかり易いか?

 私は、国王のジークハルトとしてアイラに、6歳の少女に結婚の意志と覚悟を問う。


「ところでアイラや、例のことなのだが・・・」

 逸るな、焦るな、余ならできる。ワシならできる。

 まだ1月だというのに、おそらくは今年最大の緊張感に心を震えさせながら、私は少女との会話を開始した。



少し遅くなりました。

寝耳に水を流し込むのはそろそろ辞めようと思います。


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