第46話:寝耳に水、2リットル
王都クラウディア、その王城の奥側のエリアを難しい表情を浮かべた少女が空色のエプロンドレスを着て歩いている。
少女の名前はアイラ・ウェリントン。
未だ平民の身分であるが、現侯爵の孫にして未来の侯爵ユークリッド・フォン・ホーリーウッドの正室候補である。
家族も本人同士もすでに結婚は決定事項ではあるのだが、身分の差から婚約者にも未だなれずにいる。
彼女は本来先代侯爵の孫に当たり、現侯爵エドワード・フォン・ホーリーウッドの姪に当たる人物であるが、先代がすでに故人であり、なおかつ侯爵家とのつながりを持つアイラの父エドガーが存命であるためにその身分の保証を面倒にしていた。
通常親子関係を証明するには二者間の合意があれば簡単なのであるが先代侯爵がすでに故人のため本人による証明ができない。
さらにホーリーウッド家が貴族のため「貴族性の売却防止に関する法律」が適用されるので、親が貴族で故人である場合には遺族同士の合意による親子認定ができない。
たとえば仮にエドガーが亡くなっていれば、エドガーがエドワードの子どもだったことにしてしまえば比較的簡単な手続きで血族として登録することができたのだが、エドガーが存命なためギリアムでは無くエドガーの気持ちは関係なく傀儡に立てて・・・と考える不埒者が出た場合が手に負えない。
そもそも身分が平民だからといって、必ずしも貴族と結婚ができないわけではないが、ホーリーウッド家嫡孫の正室の座を狙う貴族は多く、立場の弱い状態で婚約をすればアイラや家族がどの様な妨害を受けるかもわからないため現在は当人同士の仲を深め、アイラにお茶会を差配させることですこしずつ当事者世代の中で仲間を増やしている段階であった。
今日は、そんな未来の侯爵夫人の筆頭候補とその家族が、国の元首たる国王一家に顔をつなぐ機会として設けられた食事会の席であるはずだった。
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(アイラ視点)
結局、何がわからないままで王城まで来てしまった。
不安は尽きないが、何か言われるまでは混ぜっ返さない様に気をつけよう・・・。
ボクは一昨日の王城での新年の祝宴を中座したあと、睡魔に負けてしまい、よく記憶がないままでいつの間にか自室に戻っていた。
なにか粗相をしている可能性もあるので、ユーリに事情を聞きたかったのだけれど、いろいろとあって聞けるタイミングを失ってしまい、そのまま昼食会の時間となってしまったのだ。
現状ユーリや義両親や姉に変わった様子はないので、もしかすると特に後を引く様なやらかしはなかったのかもしれない、そう考えることにしてボクは食堂への道を歩んだ。
道を先導するのは近衛メイドのノイシュさん、その直後にアニスとユディ、それを見守る様に義両親、母とサークラ、そしてボクとユーリ・・・と続いている。
ボクの腰と手を支えてエスコートしてくれているユーリは、昨日や今朝よりもさらに安定してきていて、美少女オーラが漏れ出始めている。
(昨日相手をしなかった分なのか、ちょっとスキンシップ過剰だけど・・・。)
ホーリーウッド家一行は14人もいる上女性(スカートドレス姿)の数が多く、低身長のボクは前のスカートの裾のせいで視界が非常に悪い、一番低身長のアニスとユディは手をつないで、一番先頭を嬉々として歩いており、そのはしゃいだ声だけがボクの耳に届いている。
「ユーちゃんかーいいねー?」
「あーぁーぅ♪」
「マーマ、マーマ、ユーちゃんかわいいよねぇ?」
「そうだねー、ユーディットちゃんかわいいよね。アニスのほうがお姉さんだから、しっかり手つないであげてね?」
「おぉーおぉ」
「ちがうね?ユーちゃん、いまのアーちゃんだよ?」
ちょっと耳を澄ますだけで自分の名前に返事をするくらい受け答えができる様になってきたユディのかわゆい声が聞こえる。
前世でソラのことを構っていた様にアニスは、ユディのことを気に入っており、その世話焼きお姉さんぶりは、たまにユディからの理不尽な殴打という形に結実するほどだ。
要はべったりしすぎで鬱陶しがられている。
見てる分にはほほえましいのだけれど、ユディはいきたいところがあっても世話焼きお姉さんのアニスに邪魔されてしまうので、正直ありがた迷惑の様だ。
(それでもアニスが近くにいないと自分からよっていくあたり大好きではあるみたいだけれど)
アニスといえば前世ではたまに見せていた。年不相応にに大人びた言動が今のところ出ていない、今回のアニスは突飛なことを考えないおとなしい子なのか、それともたまたまボクの目に触れていないのか・・・。
今ボクの周囲の人物たちの中で、周回者だと確定できているのはユーリとボクだけで、ユーリのステータスを見ると意思力が異常に高いということがわかっている。
考えてみれば意思力というものは、その人がどれだけの経験をしてきたかによって数値が上がる。
前世のボクやユーリ、エッラが高かったのは、転生者であったり、ウェリントンの悲劇を乗り越えてきた人間だったからだ。
だから今のエッラは普通の人よりも少し高い程度だし、周回者になったボクとユーリは前世の老後の数値よりも高くなっていると推定される。
このことからも、意思力の高さがそのまま転生者や周回者を見つける条件になるとまではいわないが、その人がどれだけの経験をしたのかを見極める材料になるだろう。
そしてこの説に拠るなら、今のところ周回者か転生者と思しき意思力を宿した人間にはユーリ以外お目にかかっていない。
意思力といえば、イシュタルト王家が認めている勇者の発現条件として意思力500を挙げていた。
意思力が500未満ではほかの条件を満たしていても勇者や、それに準じるとされる固有職適正が発現しないのだとか・・・、その点から見ても、この意思力という数値がこの世界の神話的要素か、もっと神秘に類するものに繋がる可能性があるとボクはにらんでいる。
「わ、ぅ!?」
しかし考え事をしながら歩いていたためか、何もない床で躓き転びそうになるボク
「っと、大丈夫?ごめんね?」
ユーリは何も悪くないというのに、丁寧にエスコートをしてもらっていながらボクが不注意だっただけなのに、すぐに支えてくれた上に心配そうに声をかけてくれる。
「ユーリってば、だめじゃない貴方の不注意でアイラに怪我をさせたら、母様アイラの怪我が治るまでユーリと口きいてあげないわよ?」
なんて冗談めかして言うエミリア義母様がだけど目が若干本気なのであわてて口を挟む。
「ごめんなさい義母様、今のはボクがボヤっとしてて・・・ユーリのエスコートは悪くないです、本当です。」
と、上目使いで訴える。
しかしエミリア義母様の求めるエスコートのレベルは厳しい。
「女の子がぼうっとしてるなら、それにあわせたエスコートをするのも紳士の勤めよ?どんな状態だろうと、エスコート中の伴侶を怪我をさせたり、危ない状態にしてしまったならそれは男の責任よ?ユーリはもちろんわかってるわよね?」
と、義母様をエスコートしているギリアム義父様の手をぶんぶんと上下させて言う義母様と頷くユーリ。
そして義母はそのまま言葉を続ける。
「今日は貴方たち2人にとって大事な日になるのだから・・・こんなところで怪我をしたらつまらないわ。」
大事な日?ジークと会うことかな?でもそれは宴で挨拶は済ませたし・・・?
それから気を取り直して1分ほど歩いてようやく目的の食堂へたどり着いた。
イシュタルト王国の城は大体どこもいくつも食堂があって、そのうち1つか2つは主人家族専用とか、親しい人しか呼ばない場所とかになっているのだけれど、今日呼ばれたのもそういう部屋、っていうか前線で初めてジークに会ったのと同じ食堂だった。
「陛下、殿下、ギリアム様とお連れ様がお越しです。」
「おぉよぅきたの、ノイシュご苦労だった。そなたは扉の外で待つ様に」
食堂の中には、すでに王族たちが座って待っていた。
正面奥に国王ジークハルトそこから向かって右側にヴェルガ皇太子、フローリアン様が座っていらっしゃる・・・そして左手側にジョージ?
あれ?サリィやハルベルトたちがいない・・・?
「さて、昼は少し込み入った話もするのでな、ここにはギリアム、エミリアと、ハンナ、サークラ、ユイが残り、ほかのものはサリィやハルベルトがそれぞれ別室でそなたたちを待って居るでな大人の部と子供の部というわけだ。」
とジークが言い、続いてヴェル様がボクたちのほうに歩み寄りながら。
「せっかく城まで足を運んでもらったのに、何時間も挨拶もしないのでは気持ちが悪いからね、一度ここまできてもらったんだ。あぁ、安心してくれサリィたちが待っているのはここよりも奥だ・・・。難しい話はわれわれに任せてユーリたちは子供同士で楽しんできなさい。」
と、ボクたちに伝えた。
そしてヴェル様が合図すると今入ってきた扉から一人の小さなメイドさんがノイシュさんと一緒に現れた。
っていうかこれはエイラだ!
7歳の幼いエイラだ。
「はじめましてホーリーウッド家の皆様方、私は本日皆様のご案内役を承りました。メイド見習いのエイラ・ウーリヒールドでごじゃいます、ここからはノイシュに代わり、姫様方のお待ちの食堂まで皆様をお連れ致します。」
ぺこり、と擬音が聞こえそうなほどの綺麗なお辞儀をして、エイラはボク達に挨拶した。
噛んだのは無かったことにしたいらしい、真顔だ。
「ノイシュ、彼女が?」
と、ユーリも本当はわかっているだろうに、あたかも初めて会った風に(実際に今生で会ったのは始めてのことだけれど)ノイシュさんにエイラのことを尋ねる。
「はい、私の娘でメイド見習いのエイラにございます。本日姫様方の昼食会には彼女が案内させていただくことになりました。」
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それから、ボクたちは軽くジークたちと挨拶をしてから、サリィたちの待つ別の食堂へと足を運んだ。
そちらはジークたちが待っていたあの曲がりなりにも晩餐室としても使えるスペースとはまったく趣の異なる部屋であった。
「ここは・・・子供部屋?」
そうそこは子供部屋だった。
一番奥にはベッドがあり、部屋は入り口で靴を脱ぐ仕様で柔らかい絨毯が敷き詰められている。
部屋の入り口で靴を脱ぐということはここはおそらくは私室か育児室に類する部屋であり、内装から判断すれば女の子用の部屋だ。
ちょうどついこの間訪れたサリィの部屋に似ていないことも無い。
違いを挙げるとすればそれはぬいぐるみやかわいいデザインのシェルフが並べられていて、なおかつそれが新品であると思しきこと。
「いらっしゃいユーリ君、アイラちゃん、それに初めましての皆さんもようこそいらっしゃいました。」
部屋の中で迎えてくれたのはサリィ、キャロル、エミリーの3名、ハルベルトとリントの姿は見えない・・・?
「ユーリ君とトーレスさんには申し訳ありませんが隣に部屋が用意してあります、そちらにハルベルトお兄様たちがおりますので、男の子はそちらへ、こちらは見ての通り女の子のお部屋となります。また後ほどご一緒しましょうね?」
にっこりと笑うサーリアは今日は先日の様な着飾った感じではなく、スカート部分にタックを用いたオレンジ単色のワンピースを着ている。
この徐々に大人と子ども、さらに男女と分けていくのは何なのか・・・?
いわれるがままに今は挨拶だけに留めユーリとトーレスは部屋にいたメイドに付いて部屋を出て行った。
この部屋には元からいたサリィ、キャロル、エミリー、そしてボク、アイリス、アニス、神楽、ユディ、ナディア、エッラ、そしてエイラ、それにメイド2名が残った。
広い部屋とはいえかなりの人数が集まったね。
そしてユーリとトーレスが部屋を出たのを見届けると
「さぁそれでは女の子だけのおしゃべりパーティをはじめましょうか」
と、サリィは高らかに宣言した。




