第37話:始まったばかりの日常に
転生者で周回者の少女アイラ・ウェリントンが6歳で迎えた1月1日の朝、彼女は普段過ごしているディバインシャフト城ではなく川の対岸、ホーリーウッド城に居た。
無論幼い彼女一人だけではなくともに暮らしているものたちのほとんどと一緒に馬車4台に分乗してきた。
もちろん新年の挨拶を当主であるホーリーウッド侯爵エドワードと侯爵夫人フローレンスに挨拶をするためだ。
二人も孫であるユーリと本来なら姪に当たるアイラの中をすでに認めており、アイラ、アイリス、アニスにはおじいさま、おばあさまと呼ぶことを許している。
家族と食事を取るための食堂で、いつもの通りに彼らを迎えた侯爵と侯爵夫人であったが、その日の様子は少し申し分けなさそうだったと、後になってアイラは思い出すのだが、今はまだ新年を迎えた慶びの挨拶を6歳の少女にしてはあまりにも堂々とした所作でこなしていた。
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(ユーリ視点)
前世でも何度も繰り返した新年の挨拶、今生でももう7回目となる。(5歳までは挨拶らしい挨拶は無かったが)
今年の挨拶がいつもと違うのは、あまりにもたくさんで連れ立って挨拶に向かっていることだ。
これまでは、僕と両親、付き添いに乳母でメイドのユイ、乳兄弟のイサミにその姉で僕のメイドのナディアくらいであったのだけれど、今年からはそこにユーディット(去年は幼かったので留守番させた。)とその乳母と乳妹とその兄、さらにホーリーウッドから合流したエドガーさんを除くウェリントン一家6人とアイラのメイドとなったエッラ、とりあえずアイリスにつくことになったトリエラ、現状は客人として扱われているカグラとそのメイドの様な立場になっているドラゴニュートのフィサリス、彼女はどこと無くエッラと雰囲気が似ていて、ドラゴニュートという種族もあるのでおそらくかなり強いと思われる。
そしてさらにもうじきウチから出るアルンとモーラが居る。
アルンは商館の店員としての修行のためビュファール家の商会に、モーラは紡織、刺繍や縫製など服飾をつかさどるあらゆる技術を身につけるためにそれらをすべて手がけることができる稀有な職人の中でも、フローレンス様の信頼を受ける職人のマーサという人に預けられる。
二人とサークラ、トーレス、エッラは当然の様に試験に合格し、基礎学校卒業程度の資格を得て、ウチからの伝で信頼できるその筋の家に預けられることとなったのだ。
マーサはがんばる子どもが大好きなのと、モーラの2つ下の娘がいるので、モーラのことを預けるのに不都合がないと判断された様だ。
先月一度顔あわせをして、すでにそれなりに気に入られている。
マーサ曰く
「かわいい格好が似合わないと思い込んでいるところが鍛え甲斐があって実にイイ!わね、かわいい服を作って自ら着飾る悦びを、ワタシが教えてあげるわ!!」
とのことで、モーラのことを結構気に入っている様だ。
なおマーサは筋肉質な男性で、娘がいることからわかるとおり妻帯者である。
(深く考えるのは辞めておこう・・・。)
ビュファール家はディバインシャフト市街に本店を構えているが、ホーリーウッド市街にも店を持ち、王都とも密に行商を行っている商家だ。
基本的には家族経営の商家で、商会長とホーリーウッド店の店長は兄と弟だそうだ。
兄のほうには娘2人弟のほうには息子が3人居て将来は弟の次男と兄の長女クローデットを結婚させて商会を継がせる予定にしている。
アルンはそのディバインシャフト本店の方に預けられることになっている。
こちらも顔合わせはすでに済んでいて、理知的でハキハキとしゃべるアルンは、好印象だった。
そういうわけなので二人がホーリーウッド家の客分として挨拶するのはこれで最後となるが、アイラの幼馴染で、本人たちもがんば屋ないい子たちなのでこれからも古い友人として付き合えたらいいと思っている。
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(アイラ視点)
ホーリーウッド城のいつもの食堂、去年こっちにきてからもう3回目の家族の食事会。
いつもの通り一人ひとり順番にエドワードおじい様とフローレンスおばあ様が一人ひとりに声をおかけくださる。
「それではアイラも毎日の暮らしに不自由や、不満はなく、ユーリとも仲良くやれているのね?」
そういってフローレンス様は優しい視線でボクを見た。
「はい、おかげさまでユーリとの仲は、すごく良いです。ボクたちもエドワードおじい様や、フローレンスおばあ様たち以上の仲良し夫婦になれたらいいなって思います。」
そういってボクは努めてはっきりした口調で話すけれど、年齢故の舌足らずさは完全には御すことができなかった。
「そう・・・それは私たちも易々と負けてはあげられないわねぇ。」
とおばあ様は優しく微笑み、おじい様も眼を細めてみていた。
すると横でずっとパンを頬張っていたアイリスが唐突に口を開いて
「アイラってばねぇ、ほとんど毎日ユーリとカグラと一緒に寝てるんだよ?最近わたしとぜんぜん寝てくれないの、寂しいからアニスを抱っこして寝てるんだー。」
と口を尖らせて言いつけた。
「まぁ・・・アイラ、貴方寂しがりやなのかしら?それともエドガーさんが近くにいないから誰かに甘えたいのかしら?」
と、フローレンス様の中でボク=父恋しさに一人で眠れない子疑惑が持ち上がってしまった。
由々しき事態だ。
未来の侯爵夫人を目指すならそんな疑惑は未就学の5歳までで払拭しなければならないだろう。
「そんなことありません、たとえ両親と一緒に暮らせなくっても、ボクはさみし・・がったりはするかもしれませんが、一人でも寝られます。」
なにせ前世ではどちらもこの頃には亡くなっていた。
それが生きているというだけでもボクにとっては望外のことだ。
たとえ二度と会えないほど離れていたって、その人が生きているという希望があるのなら、それはとても幸せなこと。
それが簡単に会いにいける場所にいるならなおさらだ。
「さみしがりはするのね。安心したわ、ちゃんと親に甘えられる年のうちに甘えておきなさい。」
とフローレンス様は少し遠い眼をして笑った。
あとになって考えればこの時のおじい様もおばあ様も少し様子がおかしかったのだけれど、この時のボクはそれに気づくことはなかった。
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1月4日から16日の間は貴族たちが新年の挨拶周りを行う時期となる。
ホーリーウッド家は前世ではエミリア義母様が亡くなったため、今生ではユディに遠出が無理だったため去年一昨年は通信使を使い、直接王都に出向いていないが、ほとんどの貴族は当主が所属する四候家か王家に、後継者が名代として王家に挨拶に行く。
基本的に男女同伴で挨拶に向かい、王であるジークに挨拶し、1月中に何度か催される舞踏会に一度は参加して帰るというものになる。
この挨拶期間がなかなかのクセモノなのだ。
この世界の聖母教の教えでは最後の日10月36日と最初の日1月1日は家族とともに過ごすというものがあり、大体の人が自宅で静かに過ごす。
そして、貴族もそれは同様だ。
例外的に、僻地過ぎて王都に2週間以内にたどり着けない場所に領地を持つ貴族は、四侯爵家の領都に持つ屋敷などに集まるが1月1日は病人や学生、軍人を除いて皆だいたい領地に居るものだ。
イシュタルトの貴族の代表格たる四侯家の一つホーリーウッド家もそれは同じで、1月1日はホーリーウッド市で過ごす。
そして今年は、ユディのついでにボクたちウェリントン家の人間を王家にお披露目するらしい。
王家側からその様な要望があったとホーリーウッド城での食事の席で聞かされた。
目的はわかっている。
ホーリーウッドの血筋であるウェリントン家の人間の「鑑定」だろう。
ホーリーウッド家には「強運」「超反応」「戦法」という占有能力がある。
これはホーリーウッドの血縁者によく遺伝する能力で、それ以外のものには基本的に現れない能力だ。
この中でも「強運」はホーリーウッドの家を継ぐための条件とされていて、たとえば長男が「超反応」と「戦法」を遺伝していても、次男に「強運」が現れていれば次男が侯爵家を継承する。
おそらくは新しく生まれたユディのその遺伝を確認すると同時に、ホーリーウッドの血を引くウェリントン家の継承具合の確認とあとはもしかしたら、ユーリの婚約者となったボクの確認をかねているのかもしれない。
国王であるジークは「鑑定」という能力をもっていてユーリの前世がリリーであることを知っている。
前世では少なくともそうだった。
そして、ユーリがボクとの婚約を決めた後には特別感情のこもった言葉をユーリにかけてくださった。
おそらく今生でもジークはボクとユーリの味方になってくれるだろう・・・しかしまだ完全な信頼関係が構築できていない状況でこちらには異世界スキル持ちの神楽と神話や伝説に類するドラゴニュートのフィサリスが属している。
これらをジークの目に晒しても良いものだろうか?
それに「暁天」のこともある・・・。
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神楽を帝国から連れ帰り、フィサリスとともにホーリーウッドで預かれる状態になった直後のこと、神楽がその身分の証明のために用いた護り刀暁天をボクに渡した時のことだ。
「カグラ、これって魔力偏向機だって知っているんだけれど、初期の解除コードってなんだっけ?」
前世でたった一度12歳前の頃に唱えただけの呪文をボクは忘れていたため、神楽にたずねた。
「あれ?アマネお姉様はアキラさんにはコレのことはまだ話していないっていってましたけれど・・・。」
そこまでの数日で、ボクとユーリがもう2回目のアイラとユーリの人生であること、その記憶を引き継いでいることを話した。
その中には当然前の周で神楽と出会ったことも含まれていたのだけれど。
「ほら、ボクとユーリは・・・」
とそこまでいうと、神楽は照れた様な顔で
「あは、そうでした。アイラさんとユーリさんはもう一度添い遂げられたという話でしたね。」
そういって笑った。
「カグラも、一緒に添い遂げたんだよ?ただ、きっとカグラがつらい思いをたくさんしたから、9歳のカグラ一人では抱えきれないと、神様が忘れさせてくださったんだよ。」
カグラには前回の細かい内容は伝えなかった。
聞かないほうが良いことも多いし、神楽が9歳である意味もボクたちにはわからないのだから。
「アイラさん・・・そのまなざし、本当にアキラさんそのものです。目の色も、目線の高さも違いますけれど、私の大好きな人の目です。」
その日、ユーリは学校に通っている時間帯で、この頃はまだ年長のみんなは試験のための勉強をしていた。
アイリスはお勉強疲れで午睡中、アニス、ユディは言わずもがなで、ボクは午睡するためにエッラに見送られて神楽と一緒に自室に戻ってきていた。
当初こそ自分より年少の幼女となったボクとの接し方がわからず混乱していた神楽だったが、2週間もたつとむしろ女同士であるという気安さからなのか、ボクに対するボディタッチがかなり増えていた。
現在のボクの婚約者であるユーリからも、アイラと自由にいちゃいちゃしていい、後から入ったのは自分の方だ。
と、暁の婚約者である神楽に最大限の譲歩を示したので、神楽のほうも次第に自然に、暁に対していた様に甘え、なおかつ、姉妹たちにしていた様に触れてくる様になった。
今も神楽は正面からボクと向き合う形になっているがもともとは2人きりになって抑えきれなくなった神楽がボクをベッドに押し倒して、ひとしきりキスの雨を降らせた後に、始まった会話だった。
さらに30分ほどいちゃついた後。
「マジカレイドシステム・ギョウテンの初期起動でしたね。【近衛暁の名において命ずる、目覚めよ暁天】です。」
そうだそうだ、日ノ本語で言うんだった。
ボクは神楽から受け取ったばかりの暁天を構えて、静かに、しかし力強く、力ある言葉を呟いた。
「【近衛暁の名において命ずる、目覚めよ暁天!】」
・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・?
「あれ?」
「反応がありませんね?」
おかしい、前回はこうやって唱えると暁天が淡い光を放って頭のなかに暁天の使い方とか、情報の閲覧方法なんかが頭の中に入って着たのだけれど・・・・。
「いや、待てよ・・・?」
そもそも前世の記憶のおかげでボクの頭の中には暁天の使い方は入っている・・・。
もし、使い方が判ることが認証の目的だとすれば・・・?
そう考えてボクはマジカレイドシステムとしての暁天の本体部分、柄の中で茎の基部と接触する辺りに意識を向けた。
すると・・・?
「あ・・・・」
「アイラさん?」
変な声を上げたボクの顔を神楽が覗き込む。
「なんか知らないけれど、認証が完了している。」
「え?でも今光ったり音したりしませんでしたよね?」
と神楽は不審な顔
ためしに神楽の前でシステムの主機能の一つである魔導鎧衣を起動させて「変身」する。
マギリンクパンツァーは朱鷺見台の一部の魔法使いが使っていた戦闘用のシステムで、あらかじめ設定された強化や補助、防護の機能を持つ戦闘用の衣装に瞬間的に着替えるためのシステムだ。
別に戦うわけじゃないし・・・コレでいいか。
すべての鎧衣の中でもっとも魔力的消費が少ない鎧衣を選択する。
「双葉の服」はシステムの開発元の一つである中家家のお嬢さん中家双葉さんが幼少の頃にデザインした鎧衣で、鎧衣の瞬間装着機能を、着替えの時間と手間を省くという一点のために使ったものだ。
うっすらとボクの体を魔力が包み込み2秒ほどで光が消えると、ボクは薄黄色のタートルネックに薄紅色のキュロットスカート、それに若葉色のポンチョをつけただけの、現代日ノ本の若者風の衣装に変わっていた。
「それは初期試験用の双葉さんのモノですね・・・。変身できたってことは、本当に認証は終わっていたみたいです。アキラさんの魔力では扱えないはずでしたのに・・・おかしいですね?」
そういって首を傾げる神楽もすごくかわいい。
ボクにとっては最初に暁として死んだ時、二度とは見れないと覚悟したあの頃の神楽そのもの、待つ女の心も、受け入れた女の幸せも知った今、すぐにでも当時の彼女の願望をかなえてヤりたいところだが、アイラの体ではそれも無理だ。
そして今はもっと確認しなければならないことがある。
「カグラのデネボラには、君に見方がわからないデータとかない?」
「マジカレイドシステムの主要な部分は私には見られないですね。」
ボクの問いに、まったく不自然でない答えをくれる神楽。
これはおそらくいっている通りだろう・・・だとすれば・・・。
「ボクのギョウテンには、前のアイラの人生でボクが携わって開発していた兵器の資料とか、地図とか、内政資料の写しが残ってるみたい・・・。」
「え!?それってつまり・・・ギョウテンも周回者になっているということですか?」
頭の回転の良い神楽が早速答えを言葉にしてくれた。
どういうわけか、神楽のデネボラはそうでなかったのに、ボクの暁天は前にアイラに使われたものを引き継いだ状態の様だ。
しかも鞘についていた傷などは消えているので、ボクと同様引き継いで、生まれなおしたみたいだ。
どのタイミングでデータを引き継いだかまでは判らないが・・・
今のところこの「データ」のことはユーリと神楽とフィサリスとだけの秘密だが、フィサリスがいうには、「その引継ぎが発生した以上それは神々の目的が果たされるのに必要なものなのだと仮説するべき」とのことで・・・。
ボクがかかわっていた頃までの50年超先の魔方陣、魔石回路、冶金技術、農法、治水法、船や魔導砲、セイバータイプの魔導鎧群、鉱脈、水源、セントール大陸やハルピュイア大陸から伝わる予定の技術などおびただしい量の切り札を手に入れたのだった。
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そういうわけで、不安というか、後ろめたい部分も多分にあるが、王都行きを断ることはできなさそうだった。
本当ならば1月13日から基礎学校が始まるため、ボクやアイリスは通常なら免除されるはずだったのだが・・・。
「学校のことはワシらと陛下とでどうにかしよう、王都は良いところだ。それを肌で感じてくるといい」
とおじい様におっしゃられては、どうしようもなかった。
いつも不定期な更新で申し訳ないです。




