第36話:二人の想い人
夕方のディバインシャフト城その一室、ホーリーウッド侯爵家の嫡孫ユークリッド・フォン・ホーリーウッドはあせっていた。
アイラがこっそりと城をでて4時間半経ち、今のところなんとか怪しまれずにやり過ごせているとは思うものの、彼はもう2回メイドを追い返している。
次にメイドが来たときにはさすがにアイラを出さないとまずい、何時間昼寝しているんだという話になるし、何より彼女のトイレの近さはメイドたちの間では有名な話だった。
そのアイラが寝ている(ということになっている)とはいえもう5時間近くもトイレに行っていないというのはあまりにも異常だったのだ。
その上、普段ならユークリッドの部屋はメイドの入室を断らないが、今日に限ってすべて断っている。
そのため部屋を訪ねてきたメイドたちのなにやってらっしゃるんだ?うちの坊ちゃんは、という疑念をユークリッドは肌で感じ始めていた。
そして、アイラたちが部屋を出てから4時間50分ほど経った頃・・・ようやく隣の衣裳部屋に人の気配がした時、ユークリッドは胸をなでおろした。
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(アイラ視点)
ユーリの衣装部屋に無事跳躍できた。
移動中に説明していた通りに二人には一旦この部屋で待機する様にお願いする。
部屋に入ってすぐに、ユーリがこちらに入ってきた。
「アイラ、ナタリィ遅かったね、カ、グラもいらっしゃい、一旦アイラを借りるね、ちょっと時間が過ぎてるから早めに城のものにアイラの姿を見せておかないといけないんだ。」
ユーリが神楽のことをいいよどんだのはその外見の幼さ故だろう、15才程度の神楽を想定していたのに、10才前後がきたのだから。
「はい、えっとユーリさん?でよろしいんですよね?お世話になります。」
ペコりと頭を下げる神楽、スカートがふわりと動いて一瞬あらわになったふくらはぎの細いふくらみに目を奪われる
(あとでたくさん抱きしめよう。)
「うん、これからよろしくね。」
「ごめんねユーリ思ったよりごたついて、すぐに帰れなかったんだ。」
2時間近く時間を超過してしまった。
メイドたちはともかく、サークラやアイリス相手にボクの不在をごまかすのは大変だっただろう。
最近はサークラはモーラやアルンの勉強の仕上げに付き合っているし、アイリスはアニスとユディ相手にお姉さんぶるのに夢中とはいえ、あの二人はただの姉妹というだけでは説明がつかないほど、ボクに対する執着が強い。
トーレスはたぶんイサミとモーリスとともにメロウドさんに剣術指南をうけているだろうけれど、5時間近くも顔を見せていないとなると、様子を見に来るかもしれない。
誰かが何度かはユーリの部屋をのぞきに着ただろう。
そのたびにごまかさねばならなかった彼の苦労を思うと申し訳ない。
「大丈夫、ナディアたちが2回来たくらいだよ、今日はアイラは最初に1時間半くらい昼寝、そのあとボクの部屋でカードの絵合わせをしたりて遊んで、また疲れて寝てた。2時間くらいね。」
とユーリは気にした様子も無く、情報の刷り合わせをする。
「わかったじゃあとりあえず寝起きっぽい感じにするね。」
そういいつつとりあえずは朝着ていた服に着替える。
ユーリはボクが着替えようと服を取り出したのを見るや自然に後ろを向く。
ボクがもう少し育っているか、ほかの男性ならともかくユーリに見られてもボクは別に恥ずかしいとも思わないのだけれど、律儀なことだ。
5歳の裸を見てどうこうということもあるまいに・・・。
「それじゃあカグラ、アイラを一旦借りていくから、ナタリィとしばらく待っていて、後でご飯とお風呂は何とかするから。」
「はい、あとでゆっくりお話を聞かせてください。」
そうやって二人に見送られた。
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ユーリの部屋に戻り、そこから廊下へ、廊下に待機していたナディアに声をかけられる。
「アイラ様、起きられたのですね、今日はユーリ様とたくさん過ごされてよかったですね。」
と、何も疑っていない朗らかな笑顔で述べる、ナディアはボクとユーリとの関係をほほえましく見守っているメイドの筆頭で、ユーリがようやく好意を明確に示したボクのことをとても大切にしてくれる。
「ナディアおはよう。うん、ずっと寝ちゃってたからちょっともったいなかったけど」
実際のところユーリのことを慕っているはずのナディアからユーリと一緒にすごせる時間を奪いなおかつユーリに孤独な時間を強いてしまったわけだけれど、今回は仕方の無いことだった。
だから少し悪いなとは思うけれど、嘘をつく。
ナディアに支えられて寝起きのまだ眠い子どもの様な足取りで・・・いや昨日今日と午睡をしていないので、実際かなり眠たいのだけれど・・・トイレに行く。
(寝起きのボクといえば不本意ながらトイレに駆け込むのが定番・・・。)
暁だった頃の名残なのか、我慢できる尿意の限界値と感覚が一致しないので、少しでも尿意を感じたら駆け込む様にしないと、体の小さいうちは危険なのだ。
前のアイラの人生では何度かやらかして恥ずかしい思いをしたものだ。
「アイラ様、ふらついていらっしゃいますね、まだ眠たいのでしょうか?お一人で大丈夫ですか?」
と、ナディアはボクの足元のおぼつかなさを、あるいは5時間に渡って水を蓄えたダムの決壊を恐れている。
「ナディアの手間を増やせないからがんばるよ・・・。」
本当はずっと起きていたし、ルクセンティア城のトイレを借りたのでまだ余裕があるけれど、話をあわせておく。
ナディアは「手間だなんて」と微笑んでいた。
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用を足し、あと1時間ほどで夕食だが食べられるかと聞かれたので、食べると伝えてからユーリの部屋に戻る。
それからナタリィと神楽と今後の方針について相談して、今日のところはナタリィと神楽にはまたユーリの衣装部屋に泊まってもらうこと。
神楽は明日から何回かに分けて関所を越えてもらうことになった。
まぁ関所の付近までボクが跳躍で送り、越えたあとにまた跳躍で送り届けるのだけれど。
またナタリィからの提案で、ドラゴニュートを一人つけてくれる見込みになった。
その相手の名前はフィサリス、ナタリィの手伝いで一緒に旅をしている水属性に特化したドラゴニュートで治癒術や解毒術などの治療系魔法も得意な癒し系、髪は前髪が目元を隠す程度に長く背中側は肩甲骨くらいまで、全体に水色の髪をしているけれど、右耳にかかる一房だけが鮮やかな橙色になっている。
身長は145cm前後で顔も童顔で巨乳、性格のおとなしさを含めて成長したあとのエッラと少し特徴がかぶる女の子だ。
ドラゴニュートの人間態はすごく長い間成長が止まるらしいので、たぶんボクが生きている間はその姿のままだろう。
そのフィサリスが3日後に迫るレジンウッドでの合流に先立って明日、ホーリーウッドでナタリィと合流する。
そのとき本人に頼んでみて了承が取れたらボクのそばに付けたいそうだ。
なのでそうなった場合はフィサリスも神楽と一緒に関所越えをしてもらうことになった。
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翌日以降慌しく動いたボクたちだったが、最初の2日はナタリィにも手伝ってもらいホーリーウッド側の何箇所かの砦や関所を、神楽とフィサリスとで通過してもらった。
3日目にはナタリィはレジンウッド経由で龍の島への帰途についた。
残されたフィサリスは竜化した際非常に小さな竜で人を乗せられないが、飛行速度と持久力に優れるためいざとなったら単体で龍の島まで飛べるそうで、快く地上に残ってくれた。
その後さらに6日ほどかけて痕跡を残しつつ、神楽とフィサリスはホーリーウッド城にたどり着き、婚約者の暁を探し歩いていた少女としてホーリーウッド城に迎えられた。
暁の死亡時には彼女は3歳くらいだったことになってしまったが、むしろ3歳当時の婚約者のことを必死に追いかけてきた健気な娘として受け入れられた。
サテュロス大陸の者では打刀の特殊性が説明できなかったため、ハルピュイア大陸の西側出身と偽ることにした。
彼女は婚約者の足取りを追ってハルピュイアから家臣のフィサリスとともにサテュロス大陸南部のミナカタ協商に渡る予定であったが、荒波のために進路を誤りルクス帝国へ漂着、その後紆余曲折を経て森を彷徨っていたところを帝国に救助され、資金稼ぎのためにクレアリグル姫に大陸外の話を聞かせる役目でルクス帝城に雇われ路銀を稼ぎ、そしてある程度お金がたまったので、城を後にしてホーリーウッドに行こうと思っていたところ最後のお仕事として、手紙を預かった。おかげで路銀は帝国持ちだ。
という筋書きに変更した。
フィル小父さん陛下に書いていただいた手紙には、神楽の詳しいいきさつは書いていない為神楽の口頭の説明がメインになり、神楽から打刀を持った黒髪の少年剣士が探している婚約者であると聞けば、エドワードおじい様はすぐに、数年前にエドガー父様から報告のあったガルム討伐の剣士を思い浮かべ、神楽の持ち込んだ暁の守り刀・暁天と、父から預けられた暁の佩刀・暁光とを見比べて、真実と判断した。
そしてその死を伝えられると神楽はすでに知っていることとはいえ、暁光を見せ付けられて号泣し、エドワード様は神楽の保護を約束した。
さらにその後、暁の小太刀・暁天を持っている少女のことをエドワードおじい様から聞いた神楽はボクと対面し、なんとなくその刀の扱いや、話し方にアキラの面影を見た(面影もなにも本人だし、神楽もすでにソレを知っているのだが)ということにして、ボクのそばに近侍したいと要望した。
かくしてやや乱暴ではあったが、ディバインシャフト城に新たにカグラ・キリウが客人兼、ボクのお側メイド見習いとして、さらにフィサリスがその家臣というよくわからない状態での仲間入りを果たした。
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「「アイラ様!アイリス様!6歳のお誕生日おめでとうございます!!」」
音魔法道具のクラッカーが小気味良い破裂音をたてる。
あれからさらに少し経ち、今日はアイラとアイリスの6歳の誕生日、控えめな誕生会を開いた。
実質ユーリの婚約者とは言え、ボクの身分はギリアム様の腹心候補の娘で平民で、まだ正式な婚約者にもなっていないし、区切りになる10歳や15歳の誕生日でもないので、身内だけのささやかな誕生日会、ディバインシャフト城の一室を借りて、誕生席にはボクとアイリスが並んで座っている。
こちらの世界ではケーキにろうそくで火をともして・・・なんていう文化はなくって、節目の誕生日にはたくさんの客人を招きご馳走を立食形式で祝うのが貴族の嗜み。
しかしながら今回は神楽が作ってくれたホイップクリームとイチゴのたっぷり乗った巨大なバースデーケーキが2ホール用意されて客人たちを驚かせた。
神楽は前世の世界でよく料理のお手伝いをしていたし、花嫁修業と称して、漬物作りや菓子作り、味噌や醤油、日本酒の醸造法、趣味の紅茶や無人島で塩や水、糖類を得るための知識など良くわからないものをたくさん覚えこんでいる。
そんな彼女が作ったバースデーケーキは、チョコの文字こそ無いもののメレンゲを使ってケーキの上にメッセージプレートが用意されており、ボクの前の物にはアイラさんお誕生日おめでとう、アイリスの前の物にはアイリスちゃんお誕生日おめでとうとキャラメルで文字が書かれており。
招待されていた友人たちが驚きの声を上げた。
アイリスだけは、「何でアイラが女性扱いでアイリスは女の子扱いなの!!」って怒っていたが・・・。
室内には、メイド枠の参加者として、ユイさん、モーガンさん、ナディア、トリエラ、エッラ、フィサリスが、家族の参加者としてはハンナ母さん、トーレス、サークラ、アニス、ユーリ、ユディ、エミリアお義母様、その後友人づきあいをしているブラウニースクエアの娘リウィに、招待客としてお茶会で友誼を結んだソニア、シャーリー、クロエ、カテリーンが呼ばれた。
残念ながらアルフィとエルスは実家のほうに帰っているため参加することができなかった。
カテリーンはあくまで先代男爵の娘のため、友誼のほうを優先させてくれたが、残りの二人は現役貴族の娘、年末年始は忙しいのだ。
さらにソニアの縁で知り合ったコリーナ・フェブラリにシャーリーの幼馴染ということで知り合ったアナ・バスケスとが招かれている。
コリーナはソニアと同様前世でアイラの親友であったうちの一人で、スレンダーで物腰のおっとりとした、しかし強かな美少女だ。
今生でも是非にお友達になりたいと思っていたが、ソニアとクロエがコリーナを共通の知人として紹介してくれたことでその道筋が立った。
アナは前世では軍官学校の後輩として出会った少女で、ボクのことをアイラちゃん先輩と呼び慕ってくれた娘の一人だが、今回はシャーリーの紹介で4年ちょっと早く出会うことができた。
偶然の産物だがうれしい。
この誕生日の集まりで供されたホイップクリームをふんだんに使った菓子類はリウィから両親にもたらされ、その後カンナとヨシュアが神楽に頭を下げて製法を伝授されて菓子類の発展が前世よりも十数年早回しになることになった。
ほとんど武芸一辺倒だったボクよりもいろいろな食品の作り方に通じている神楽のほうがこの世界の食文化への影響力は大きい、けれど帝国ではあまり厨房に入る機会も無かったとかで、その影響は無かった様だ。
客人たちにも家族があり、夕方前には皆帰っていった。
客人を帰したあとは、パーティの間モーリンの面倒を見てくれていたイサミとモーリスにもねぎらいの菓子を出し、二人からもお祝いの言葉を貰った。
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ボク、アイラ・ウェリントンが6歳で迎えた10月36日、この年は異常ともいえるほどたくさんの出来事があった。
村を出てホーリーウッドに移ったこと、ユーリがボクと同様に記憶を引き継いでいたこと、リエッタの両親や前世ではもっと後に出会う人たちに出会い友誼を結んだこと、ナタリィとの出会いとフィサリスの同行、早すぎる、そして若すぎる神楽との再会・・・これらが、ボクが記憶を引き継いだことに拠るささいな変化がもたらしたものなのか、それとも全部ひっくるめて、聖母や神王の目論んだ目的のためのものなのかそれはわからないけれど・・・。
ボクの部屋のベッドでボクの右にユーリ、左に神楽が陣取って挟み込まれて年を越した。
今生においても神楽は暁がアイラであることを受け入れて一緒にいてくれる。
ユーリはユーリで今生でも神楽を受け入れてくれている。
眠ってしまった二人の寝顔を見つめながら、周回者のボクがこの二人に何を返せるのか・・・、何をなせるのかをじっと考えて、いつの間にか夢の世界に落ちた。
1月13日には基礎学校への入学を予定している。
穏やかな時間がどれだけ続くかはわからないけれど、幼い今くらいはせいぜいゆったりと過ごさせてもらおうじゃないか。
前回と比べると5歳の期間が長かった様に思いますがようやく6歳になります。
とにかく関係(登場)させることを急いだため、各キャラクターとの関わりを表現できていないので、ここからは少しゆっくりと関係性を描いていけたらと思います。
が、新年度になるのでまたアイラを取り囲む環境が変わります。
作中の竜と龍の表現はドラグーンのみ龍の字を使いドラゴニュートや魔物としてのワイバーンやサラマンダーには竜の字を当てることにします。




