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第35話:布石

 ルクセンティアの帝城で突然始まった戦いは、数に勝る将軍側が鎮圧対象の力量を過小評価したがために一瞬で終わった。

 30人いた将軍子飼いの兵のうち12人は皇帝に仕える騎士セメトリィによって殺害され8名は捕縛された。

 また残り10人については、その場にたまたま(・・・・)居合わせた魔法拳士ナタリィ・デンドロビウムの活躍により、無力化されその後駆けつけた近衛メイドたちによって捕縛された。


 軍部の最大派閥の首魁であったゲイルズィ将軍を捕縛とその後の調査により、帝国首脳部から開戦派が大幅に間引きされ、皇帝のかねてよりの悲願であった講和条約の締結、協調路線、未来の併合への契機となったのは実に皮肉なことであるが、それはまだ少し未来の話である。


------

(アイラ視点)

 どういうわけか知らないが、唐突に謀反が起き、それに巻き込まれた。

 もし今日ボクたちが来たことで謀反が起きたのだとしたら、前世の家族の仇であるゲイルズィをボク自ら討ち取れた(殺してはいないが)ことまで含めて天の・・・・聖母の思し召しだと信じることも吝かではない。


 もしボクたちが今日ここに来なくても謀反が起きていたのだとしたら、それによって神楽に危害が加えられていたのかもしれないので、ますます信心深くもなろうというものだ。


(しかし、しかしだ・・どうしたものか・・・)

 ボクはあせっていた。

 現在捕縛したゲイルズィや兵士たちが連行されていっており、ボクはナタリィや神楽とともに、フィル小父さん陛下とクレア姫に連れられて姫の私室に連れ込まれている・・・。

 理由はさっき居合わせたセメトリィさん以外のメイドと衛兵の女性あわせて4名がクレア姫付で、彼女たち以外にボクとナタリィの姿を見せたくなかったからであるが、ボクにとって非常にまずい展開だった。

(時間がかかりそうだ・・・ただでさえもう30分ほどユーリとの約束を過ぎているのに・・・)


「まずは謝罪と礼を述べさせてもらおう、貴殿らが居合わせて非常に助かった。軍部が開戦の要求をあげるたびにその無益を諭してきたが、まさかギエンやゴリアテが魔物討伐で不在の時にあの様なおろかな振る舞いをするとは・・・。巻き込んですまなかった。」

 とフィル小父さんが、主にナタリィに対して語る。


「いえ、皇帝陛下にお味方したわけではなく、自分の身を守っただけのことですので」

 とナタリィは特定の人間の勢力への肩入れではないと述べた。

 特定個人への肩入れはともかく、皇帝ともなれば単体でも一つの人間勢力とみなされる、彼女らの盟約に抵触する可能性もあるのだろう。

 しかしあくまでも自衛や、周回者のボク、転移者の神楽の身を守るためならば、その縛りもゆるいらしいので、それを強調しているのだろう。


「奥ゆかしいな・・・、アイラ嬢も巻き込んですまなかったね。怖い思いをさせてしまった。」

「いえ、カグラと無事に再会できたことを思えばたいしたことはありません。彼女と再会できないことのほうがよっぽどボクにとっては怖いことなので・・・。」

 ボクに対しても巻き込みに関しては謝罪を下さるフィル小父さん、たぶん将軍の足を光弾で撃ち抜いたことはばれていないみたい。

 たぶんナタリィの仕業だと考えたんだろう。

 ボクだって転生者のこととか知らなければ、6歳直前の見た目4歳くらいの女の子が人の足を吹き飛ばせる様な魔法を涼しい顔で放てるとは思わない


「イシュタルトには、優秀な魔法使いや軍人、官吏を養成する学校があるらしいが、ナタリィ嬢はそこの出身かね?あれだけの魔法や武技が扱えるものは、帝国にはほとんどおらぬ、」

 ナタリィはニコリと笑うだけで答えなかった。


「すまぬ、不躾だった。ところでカグラを明日連れて行くという話だったが、連れて行くのは今日にしたほうがよいかもしれない」

 フィル小父さん陛下が言うと神楽が声をあげる。

「そんな!?陛下!」


 しかしフィル小父さん陛下は神楽を手で制し続ける。

「軍部の開戦派はゲイルズィだけでは無くてな、やつがやらかしたことでこれからしばらくきな臭くなるかもしれない、安全に帝都から送り出してやれる保証が無いのだ。だからカグラよ、ここを出て行くならば今日にしなさい、1時間以内に城を出れば、日が暮れる前にはコーナーの町につけるであろう。」

 そういって神楽の頭をなで始めた。


「姫様・・・。」

 神楽は陛下相手にはおねだりもできないのか、クレアのほうを懇願する様に見つめるが、クレアも神楽の頭に手を置いて首を横に振った。


「カグラのことはすごく気に入っているけれど、一緒に暮らせる家族がいるなら、貴方はそっちに行くべきよ・・・タヴィナ、カグラと仲良くしていたメイドをみんな呼んできて頂戴、みんなで部屋の片付けを手伝ってあげて、カグラ、大事なものは持って出てね、いつでも貴方が泊まりで遊びにこられる様に、部屋は残しておいてあげるから。」

 そういって、クレアは神楽のことを、サークラがボクやアイリスにそうする様に、ほっぺたを両手ではさんで、優しく言い聞かせた。


 神楽は少しの時間言葉に詰まって涙をためていたけれど、やがて理解したのか「荷物を整理してきます。」

 といって席を立った。

「クレアも行ってきなさい、部屋を借りてすまないが・・・」

 とフィル小父さん陛下が言うと、クレアは少し考えた上でペコリと頭を下げて神楽とともに部屋を後にした。

 メイドたちもついていく様で、クレアの部屋の中にはフィル、ナタリィ、ボクだけになった。

 寝室ではないとはいえ、主人不在の部屋になってしまった。


 その背中を見届けてから、再びフィル小父さん陛下が語りだす。

「・・・それでだ。ナタリィとアイラはホーリーウッド家に世話になっているというはなしだったが・・・」

 厳密にはボクだけだけれど、ナタリィの正体を話すとややこしいので、黙って首肯するボクとナタリィに、いつ用意したのか、フィル小父さんはなにかの手紙を取り出してテーブルの上に置いた。


「これを、エドワード殿にお渡し願えぬだろうか?」

「これは?」

 ナタリィが聞き返す。

「帝国軍部がいつもすぐに開戦を主張するのは、わが国の産業がいつも綱渡りだからだ。言い換えればひとたび大規模な不作があれば、あるいは、魔物がいなくなればたちどころに食うものが不足するからなのだ。それを解消するには、もう少し広い耕地が必要だが北部にはヘルワール、南部には古代樹の森という土地があって、いくら開墾してもすぐに元通りに戻ってしまう厄介な地形なのだ。ここを開墾できる様にするにはいったい何をすればいいのか、この10年で3度森を調査をしたが、1度目と3度目はわずか2~3日で撤退、2度目に至っては初日に全滅したらしいということしかわかっておらん、これ以上は、私の代では解決できないだろうということで別のアプローチを行うことにした。」

 それがこの手紙に書いているということか。


 どういうわけか今生では神楽に森の調査はさせていない様だ。

 前世では神楽がわずか10日ほどで森の仕組みを破り、古代樹の森を開放したという話だったけれど、今生の神楽はどうやら、魔剣使いとか呼ばれていないただ森の方から出てきただけの身寄りのない少女だったのだろう。


 ボクはそんなことを考えていたが、小父さん陛下の説明は続く

「この手紙には、グリム盆地の西半分を領有させてくれないかという内容が記載されている。」

「!?」

 ボクとクレアは驚愕した。

 グリム盆地の領有が現在禁止されているのは、約800年前グリム盆地に面していたいくつかの国家が結んだ共有非占有条約の効力があるからだが、今となっては残っている調印国はルクスとイシュタルトだけで、両国間での取り決めだけでその取り扱いを決めることができる。

 しかしこれは通るはずが無い要求だ。

 そして何よりも


「ボクたちの様な子どもに話す内容ではありませんね。実際のところ陛下・・はどうされたいのですか?」

 ボクという幼児にそんな返し方をされると思っていなかったのか、皇帝・・は目を見開いた。


「聡いな・・・本当に6歳前の子どもなのかと問いただしたくなるな、ゲイルズィやガリクなどよりよほど頭が回るのではないか?」

 そういって目を瞑り、再び開いた時には、今日ずっと見せていた好々爺然とした目から、戦時中のジークの様な冷徹な目に変わっていた。

「お褒めに預かり光栄です。多少分別がつくもので」


 分別がつく子ども以下の重臣たちを思い浮かべてか自嘲気味に笑った皇帝は手紙の上に手を置いて

「この手紙がエドワード殿かジークハルト王に届くことで、余が、帝国が王国に頭を下げたことになる。先にその事実があれば、帝国を王国に併合させるときに無用な争いを避けることができる。」

 と、とても一国の君主が、それも敗戦直前であるとか、国の存亡の危機にあるとかでない国の皇帝がそれを、一介の子どもの前で・・・?


「陛下!?」

「そなたたちは分別がつくのだろう?不用意にもらすことは無いはずだ。だから、これを言ってしまってもさしたる問題はないんだ。」

 そういって試す様にボクたちを見る。


「そなたたちはこれをエドワード侯爵へ届けることができるか?」

 と、手紙をピラピラさせながら示した。


 ボクたちはエドワード様と直接会える立場にある。

「ボクたちからそれをエドワード様へ直接お届けすることは不可能ですが、たとえばユークリッド様宛ての手紙として預かって、その中にそれを入れておくことは可能かと思います。ユークリッド様に手紙の内容を知られる可能性もありますがそれでもよろしければお預かりします。」

 ここにボクたちが来たことはエドワード様たちには秘密だし、そうでなくても一国の皇帝の手紙を預かる様な機会は本来ボクには無いだろう。


「ボクたちがルクスに来ていることはエドワード様にも秘密のことですので、ボクたちのことは記さないでくださいね。あぁ思いつきました。カグラのなくなった婚約者ですが、強力な魔物討伐に功のあったものですので、カグラを使者に立てて、そのままこちらで引き取る様な形式にすれば手紙を不自然なく届けられるのではないですか?森をさまよっていたので救助したといえば筋が通る様になってますので。」

 暁が相打ちとなった魔物は神話に謳われる起源獣の可能性もうあるといわれる魔獣ガルムだったとされていた。

 その婚約者だったといえば彼女のことを悪く扱うことはしないだろう。

 その証拠、となるかどうかはわからないが、この世界では見ない形式の3振りの暁の佩刀のうち1本をホーリーウッド家が、1本をボクが、もう1本を神楽が持っている。

 その二つでなんとか信用してもらって神楽を侯爵家に留め置きたい。


 ボクの提案に対する皇帝の回答は

「ふむ・・・その話があるならそういう手もあるな、ただ現在こちらは護衛をつける余裕が無い、そなたらにカグラを連れて行ってもらいたいがよいだろうか?」

 ボクにとって望むところだった。


---


 結局、ユーリとの約束の時間を1時間半ほども過ぎることになった。

 部屋に荷物をあまり置いていなかった神楽は20分ほどで片づけを終えた。


 神楽は飛べることを明かしていない様で、メイドたちは今生の別れとばかりに神楽に抱きついてかわいがっていた。

 神楽なら日帰りでのホーリーウッド、ルクセンティア間の往復も可能なのだが・・・。


「カグラもそなたら二人も、今後帝城に来る際は自由に出入りできる様に取り計らっておく、またいつでも遊びに来てくれ、クレアも喜ぶ。」

 と皇帝に見送られ、セメトリィさんに送られて城門を出る。


 セメトリィさんはまだ忙しそうにしていたので、城門をでたところで

「少女3人とセメトリィさんの様な見るからに鍛えている人が一緒にいると反って目立つので、ここまで出いいですよ?まだお忙しいでしょうし」

 とナタリィが断り、分かれた。


 そこから公園の茂みに隠れて、神楽とナタリィを抱き込んで上空に転移、ナタリィが龍化して、その上に乗った。

「えぇぇぇぇぇ!?な、ナタリィさん、人間じゃなかったんですか!?」

 と驚く神楽をなだめつつ軽く状況を説明して、今後の認識をすり合わせたボクたちは、そのままホーリウッド上空まで飛び、そこからまたナタリィが人化し、3人でユーリの衣装部屋へ跳躍した。


ようやく序盤に回収しておくべき主要な人たちがそろったので、しばらくまったりできますが、神楽は基礎学校には入学できない年齢なんですよね・・・これからどう(やってアイラとの日常パートを)したものか。

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