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第31話:君を迎えに1

 サテュロス大陸西部を領地とするルクス帝国は、かつてはルクス王国として、イシュタルト王国、ヴェンシン王国と並び、サテュロス大陸においてヒト族の3大王国とも呼ばれた国であった。

 かつてサテュロス大陸は、獣人族を中心としていたが、約6000年ほど前、サテュロス(グ族系羊型獣人)族の王族から、魔神バフォメットという魔王が発生したことを皮切りに、獣人系の国がいくつも崩壊し、バフォメットは最後にははヒトの王の手によって討たれ、その後ヒト国家の隆盛が起こり、現在はサテュロス全体でヒト族が主民族となっている。


 サテュロス大陸には現在大きな国家のくくりとして5つの国家が建っており、最大勢力となるのがイシュタルト王国である。

 イシュタルトは大陸中央部に位置し港を持っていない内陸国家だが、その国土と技術力をもってイシュタルト内では最も反映している。


 イシュタルト王国の四方は4つの侯爵家が守っているが、それぞれ現在1つの国を相手取ることを前提として国境を防備している。

 といっても大陸にはもう300年まともな戦争は発生していない、四方の国のうち東南北はすでに戦争よりも大陸外との貿易に力を入れており。

 国境の兵は飾り、兵のほとんどはたまに集落や街道で発生する魔物を狩るためのものであった。

 というのも四方を固め続けねばならず、強大で強力な軍事力を維持し続けたイシュタルト王国を相手取るのは各国割りに合わないとあきらめてしまったのだ。


 しかしそうはいかなかった国がルクス帝国である。

 ルクス帝国は大陸の西側に位置する国だが、ここから他の大陸に渡るには一度サテュロス大陸を迂回せねばならず非常に遠回りであった。

 さらに、北から回るのにはヘルワール火山付近は海岸沿いに暗礁が多く、南回りでは古代樹の森周辺にやはり暗礁が多いため陸地沿いに迂回することもできず。

 また国の面積はそれなりにあるが、南部は未開の密林、北部は巨大な火山地帯によって人が住める状態ではなく実際の国土はそう大きいものでもなかった。

 獣人を追い出して獲た土地も使い帝国はそれなりに発展はしたものの、魔物とダンジョンという補助資源と、休戦中の敵国(イシュタルト)との交易がなければいつでも滅びの道をたどる状態であった。

 その事実に帝国上層部が気がついたのはほんの20年ばかり前のことである。


 その帝都のメインストリートを二人の子どもが歩いていた。

 たった一人の女の子を迎えに行くために。


-----

(アイラ視点)

 前世でただ一度だけ足を運んだ帝都ルクセンティア。

 町並みを詳しく覚えているわけではないけれど、目的地を見失うことはない。

 何せ行き先は帝城、聖母教会を挟まない限り、町のどこからでも見ることができる建物ですべての大きな道が城を中心に集中線を描く様に配置されている。

 これで道に迷うわけがない。


「アイラ、緊張してない?手が汗でしっとりしてる。」

 ボクの手を引いてくれる紫の髪の少女(ドラグーン)ナタリィがボクの顔を覗き込んで尋ねる。

 無論緊張しているとも、本当に神楽はいるのだろうか、いるとしてボクアイラのことを知っている神楽なのか、知らない神楽なのか・・・。

 たぶん知らない神楽なのだろうと思う。

 ボクがアイラになっていることを知っている神楽なら、たぶんボクに会いに来ているはずだ。


「緊張はしてるよ、だって、生まれてから初めてカグラに会いにきたのだもの。それに・・・一応ここ敵国だからね。休戦はしてるけれど、停戦はしてないんだよ。」

 もう300年まともな戦争をしていないとはいえ、イシュタルトとルクスは講和したわけではない。

 王室と帝室は実質取引も黙認しているしお互いに譲歩し合ってはいるのだけれど、軍部はいまさら引き下がれないという状態になっているらしく握ったこぶしを緩めることはそうそうできないらしい。


 非公式に国王と皇帝が会談したりもしているけれど、それはあくまで非公式に行われたすり合わせであり、そのことがこれから約4年半ほど先に迫っているルクセンティア皇帝の死後に暴走した軍部に寄る開戦を止めきれなくなる火種にもなるわけだが・・・。

 ルクセンティアには少ない人数とはいえ、イシュタルトの商人もやってきているはずだけれど、ボクたちの様な(見た目だけでも)子どもがルクセンティアにいるのは2つの意味で命の危険を感じることだった。


 一つは前述の一応敵国であること。

 もう一つは・・・

「この国にはいまだに、浮浪児や後ろ盾の無い平民の子供を拐して奴隷として売ったり、ヒト族以外の人を食べたりする連中もいるらしいからそういう人たちがこの狭い町の中にいるかもって思うと、長居はしたくないよね。」

 ボクの言葉にナタリィも悲しそうな顔を浮かべる。

「ヒトも獣人も等しく聖母が送り出した人類であるというのに、悲しいことです。バフォメットのことだって、悪いのは争いそのものだというのに・・・。」

 と小さくつぶやいた。


「そう思うのならばドラグーンたちが、人の争いを仲裁すればいいことです。ほかの大陸は知りませんが、ドラグーンたちに命じられて否といえるものなどこのサテュロスにはいないのですから。」

 かれらドラグーンは神話の中にのみに語られ続ける龍の一族であるが、実際には今目の前にいるナタリィの様に現存している。

 しかもナタリィの父が創世神話に語られる龍王本人だというのだからなおさら驚きだ。


「私たちにも、守らねばならない契約がありますから、そうそう人前に現れるわけにもいかないんですよ。私たちの個人の感情は尊重されていますから、手伝いたいとおもったことや、気になったことへの干渉や、龍の島を出て人に混ざって暮らすことも認可されています。それも一応ドラグーンの存在をばらさないことが前提ですが、止むを得ない場合や、相手が転生者や周回者などであればそれも免除されますしね。」

 申し訳なさそうになりながらナタリィがボクの手を強く握ってくる。

 手を握っているのは、はぐれないためだ。

 ボクは見てくれが幼い娘で、通りを歩いている人たちに阻まれれば前が見えない、それでもいつかは帝城にはたどり着くであろうが、ナタリィとはぐれるのはいただけない、だから手をつないでいる。

 幸いナタリィも外見は麗しい少女であり、ボクと手をつないだ彼女は似ていない姉妹か、近所のお姉さんと連れ歩く幼女にしか見えないだろう。


 町に入ってから25分ほど、人の波の縫う様に歩いてようやく帝城の門扉のひとつにたどり着いた。

 前世で通ったことのある門とは別の扉だが、城の正面側なのでたぶん一番大きな門扉だと思われる。


 さて問題は・・・

「どうやって中に入れてもらうか、または中にいるカグラを呼び出して貰うか・・・。」

 正門から少し離れた場所にある公園に座って二人で考える。

 ここまできたのはいいけれど、神楽と接触する方法を考えていなかった。

 暁としての能力光弾を乱発すればそのうち気づいてもらえるかもしれないが、先に兵士たちに囲まれそうだ。

 幸い今のところボクたちはただの子どもとして町に溶け込んでいるのでそういう目をつけられるものは最後の手段にしたい。


 どうしたものかと思案しているとナタリィとボクとでほぼ同時に視線に気がついた。

「アイラ、これ・・・。」

「うん、見られてるね。」

 一瞬正門の門番かと思ったが、方向が違う。

 どうしてこんな城の近くにいるかわからないけれど、いかにもガラの悪いものが、そうと見咎められない様に格好を取り繕っただけな風のチンピラが2名、近くの噴水のところからこちらをのぞきこんでいる。


「アイラあっちにも・・・。」

 そういってナタリィが目で示したほうに顔はむけずに目をやると・・・・3人の平民服の男性、こちらは統率が取れているのを隠しきれていない私服捜査官みたいなものたちだ。

(あ、セメトリィさんだ。)

 一人前世で見知った顔が含まれていた。


 セメトリィさんは確かこの頃もまだ闇奴隷商人の摘発任務に携わっていた頃だ。

 それがボクたちを見ているということは今ボクたちは奴隷商人に狙われているのだろう。

 セメトリィさんたち以外にこちらを見ているのといえば・・・

「ナタリィ3人組のほうは悪人じゃない、この街の兵士だ。そして、2人組のほうはたぶん奴隷商人だ。」

 そう小声で告げたとたんナタリィは魔力をまとい殺気を放った。

「あぁ、まってまって、城に連れて行ってもらえるチャンスだ。商品を傷つけるつもりもないだろうから、たぶん最初は親切に接触してきて商館に入ったら何か仕掛けてくると思うからそのときまでは無力で幼い子どもを演じよう・・たぶんあっちの兵士たちのほうがついてくるから、可能ならその人たちに保護してもらう、ダメそうならこちらで人攫いたちを取り押さえて、捕らえられてる子どもたちがいるなら解放しよう。」


 そう伝えるとナタリィはその猛威を抑えた。

 セメトリィさんたちのほうは・・・幸い距離があるからかナタリィの殺気に気づいていない様だ。

 チンピラたちのほうは言わずもがなだ。


「それじゃあアイラ設定はどうしますか?」

 まだ猶予はありそうなので話す内容をすり合わせておくことにした。


---


 ナタリィとの設定のすり合わせを終えて公園を後にする。


 ボクたちは当ても無くさまよい歩く子どもの様に、蛇行し、時々公園や店先で休み、城から少し離れた教会にたどり着いた。

 教会で熱心に祈りをささげて見せ建物から出たところようやくチンピラたちが接触してきた。

 すでにユーリが担保してくれた3時間まで1時間半ほどしか残っていない。


「お嬢ちゃんたち、さっき熱心にお祈りしていたね?どうしたんだい?迷子かなにかかい?」

 といかにも優しそうな声色で話しかけてきた。

 その目は優しいというよりは獲物を見つけたハゲタカの様な目つきで、ボクたちにはただの犯罪者の様にしか見えなかった。

 しかしナタリィとボクはかねてからの打ち合わせどおりの行動を開始する。


 ボクは人見知りした様にナタリィの長いスカートにつかまって隠れ、ナタリィはそんなボクをかばう様にして立ちながら、不安げに、それでいて助かったという安堵にも見える表情を浮かべて、対応する。

「いえ、2年程前に帝都に上った姉を探していて・・・」

「お姉さんを訪ねてきたのかい?」

「お父さんやお母さんは一緒じゃないのかい?」

 とやはりいかにも心配だといった顔を浮かべて男たちはボクたちが通りから見えない様になんとなしに壁際に寄せていく。

 交通量の多い通りでボクたちを端に寄せるのはボクが馬車に轢かれない様にしていると取れなくも無いが、まぁ男たちから悪意の様なものは変わらず感じるので、間違いなく人攫いだろう。


「はい、妹と二人で、ついさっき帝都に着いたところです。」

 涙ぐみ、事情がありそうな表情を浮かべてナタリィは答える。

「そうかい、君たちはまだ子どもに見えるがなんでそんな危ない旅を?何か事情があるのかい?」

 男たちはナタリィがペラペラとしゃべるので与し易いと思ったのか、堂々と探りを入れてくる。

 そしてナタリィもそう思い込ませるのが目的なので設定をべらべらと喋る。

「はい・・・その、魔物に教われて母が亡くなってしまって、もう姉しか頼れる人がいないんです。それで、二人で村をでて、姉を探しにきたんです。長い黒髪の子なのですが・・・」

 不安げな様子を見せるナタリィはかなりの役者だ。

 自分で決めた設定出なければきっと信じてしまっていただろう。

 あるいはこれまでもそうやって誰かを演じて、地上を調査したこともあったのかもしれない。


「おぅおぅ、そりゃ大変だったねぇ」

 と、口では心配するそぶりを見せながらも、チンピラの目はしめたとばかりに嗤っている。

 そうやって話している間にチンピラが増えはじめた。

 同じ様な小物臭のするチンピラが2人増えて4人になっている。

 そして、当たり前の様に会話に入ってきた。


「よぅニコラ、どうした迷子か?」

「よう兄弟、いやなんかな親が亡くなったので出稼ぎに出てる姉を頼りに帝都まで来たらしい。」

 とワザとらしく偶然の様に会話に加わってくるが、この新しい二人はさっきまで、今ボクたちがいる壁のすぐ隣の小道で会話をずっと盗み聞きしていたやつらで、あたかも今通りがかった様にその小道から出てきた。


「あぁーそりゃーかわいそうになぁ。お嬢ちゃん、お姉ちゃんの名前はなんてーんだ?」

 と新入りがわざとらしく名前を聞き出す。

 ナタリィは何も怪しんでいない様に、親切なお兄さんたちを頼る無垢な子どもの様に答える。

「カナリアです」

 一応神楽がどちらを名乗っているかわからないが、帝国には短めで濁音の混ざった発音が言い難い人が多いらしいので、カナリアのほうにしておいた。


 すると新入りは一瞬考えるフリをしてからすぐに合点が言ったという風に笑う。

「あぁあの黒っぽい短い髪の子かもなぁ・・・黒髪は珍しいからたぶんそうだろう。」

 といって、なぜかボクたちが言ったのとは異なる髪型について語り知っているアピールをする。

 最初から盗み聞きしていたのをばらさない工夫なのか?

「姉は髪が長かったはずですが・・・?」

 設定と異なる髪形にナタリィは思わず容姿の違いを指摘してしまう。

 が、チンピラは慣れたもので

「そうそう最初髪が長かったんだが、ちょっと前に髪の毛を焼いてしまってな、短く切ったんだよ。俺はたまにあの店で買い物してるから、たまに話もするんだが、妹がいるだなんて聞いてなかったなぁ」

 と、笑いながら対応した。


---


 それから至って自然|(ボクたちはその目論見に気づいているが)に男たち4人に囲まれる様にしてルクセンティア市内南西部の商業地区の中でもごみごみした地区に案内された。

 途中何度か気配を探りセメトリィさんやその仲間の兵士たちが徐々に増えていることを確認する。


 できれば自力ではなくて、彼らに助けられたい。

 そのほうが、城の中に入れる可能性が高くなる。

 ただ、すでにユーリの言った3時間まで1時間を切っている、この調子だと少しオーバーするかもしれない。


「ちょっと今日は黒曜日だから働いているかわからないが、とりあえず働いている店にいこう」

 そういって男たちはボクたちの案内を開始したが、4人はボクたちを囲む様にして歩いている。

 逃がさないってことなのか?それとも周りから見られない様にしているのか・・・。


 そんなことを考えているうちにとうとう、その場所に着いた。

 そこは地中海沿岸の様な石積みの建物で、飾り気は少ない場所だった。

 入り口は大人が一人通れるくらいの木の扉で、店構えから食事や宿を提供している店だとわかる。

 しかし中に入るとちょっとした違和感を感じる。


 ここからは要注意だねと、ナタリィと目線を合わせて頷きあう。

 建物は3階建てであったのに、見えるところに階段が無く、カウンターに向かって右横に重たそうな大きな木の扉がある。

 1階奥部分は食事を提供するスペースの様だが、中央に視界をさえぎる様に柱がある。

 またカウンターの左隣、建物の外に面した壁沿いにも通路があるがそちらはどうも厨房の様だ。


 となると2階3階に行くのはあの重たそうな扉の向こうか。

 ボクたちを連れてきた男たちが自然とドアを塞ぐように立ち、男の一人がカウンターにいた男に話しかける。

「カナリアちゃんの妹ちゃんだそうで親が死んで、カナリアちゃん頼って帝都に二人できたみたいッス」

 とボクたちを紹介し何か目で合図をする。


「そうか、今日はカナリアは休みなんだ。呼び出してあげるからとりあえず奥の部屋で待っているといいよ」

 いやらしい目でボクとナタリィを嘗め回す様に見た男は重たそうな扉のほうを示し、後ろについていた4人のうち2人がボクたちの背中を押す。

「入っていいってさ、ほら一緒にカナリアちゃんくるのを待とう」

 とやけに急かす。

「ありがとうございます。姉のことを知っている人に会えるなんて私たち運がいいです。」

 とナタリィはお礼をいい。

「いやー気にしなくていいよ、オレたちもうれしいよほんとよかったよかった」

 とチンピラの一人が少し大げさに答える。


 そしてボクたちはチンピラたちに促されるままに、扉の奥に入っていく。

 カウンターにいた男が下卑た笑顔を浮かべたのをボクは見逃さなかった。




突然会いに行くことにしたため、ルクセンティアに入る方法や、帝城に入る方法、神楽に出会う方法をあまり考えずにわたつくアイラでした。

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