第30話:ナタリィと街歩き。
(アイラ視点)
跳躍の暗転を抜けるとそこは今生になってからも何度か足を踏み入れたユーリの部屋の奥の趣味の部屋。
廊下側の扉は開閉しない様になっており。
ユーリの部屋からしか入れない。
「ここが、今のアイラの住まいなの?服がたくさんだね?」
ナタリィはこんなにたくさんの服があるのは初めて見たらしい。
「ここはユーリ、もう一人の周回者の衣装部屋だよ、しばらくここで待ってて、ユーリ・・・もう一人の周回者と相談してくるから。」
ナタリィが頷くのを確認して、ボクはユーリの部屋側の扉をノックした。
反応がない、どうもまだ帰宅していないらしい。
ゆっくりと鍵と扉をあけてユーリの部屋のほうに入る。
ここの鍵は現在ボクとユーリとナディアだけが持っている。
ユーリの部屋に入ってかばん掛けを確認すると、まだユーリの通学用に使っているかばんがないので、やはり、まだ帰宅していない様だ。
と、思った瞬間廊下に数人の人の気配を感じた。
ボクが姿を消して3時間以上経っているので、ユーリと決めた言い訳のための行動をとることにしたボクは気配を消して、ユーリのベッドにもぐりこむ。
いつもどおり肌着だけになって・・・。
廊下にあった気配は、ゆっくりと部屋の前まで移動すると、そのままこの部屋に入ってきた。
部屋に入ってきた気配が愛しい一人分なのを確認すると、ボクは体を起こした。
するとやはりいたのは一人だけで・・・。
「ユーリ」
「アイラ帰ってたんだね。みんながアイラの姿が見えないってちょっと探してる。あまり大事になっていないけれど、ここに居るってことはちょっと時間がかかったの?」
ユーリはかばんとコートを掛けながらボクに外の状況を教えてくれる。
「うん、ついでに『斧』も回収してきたから。」
そう告げると、ユーリは少し驚いた顔になって
「そっか、じゃあナタリィさんにも会えたんだね?」
と、ボクのほうに歩み寄った。
「うん、っていうか今そっちの衣装部屋に居る。」
ベッドから降りて、ワンピースに着替えなおしながら伝える。
「一緒に来てくれたんだ?」
「うん、君にも挨拶したいってさ、それと、明日ボクと一緒にカグラのことを迎えにいってくれるって・・・。」
アイラの婚約者であるユーリにこれを告げるのは少しの後ろめたさを伴う。
前のアイラのときに認めてくれたとはいえ、神楽は暁の特別なのだ。
なんていうか、浮気の許可を求めているみたいな、落ち着かなさがある。
「そっか、もしもこっちにつれて帰って来られるなら、また、僕の側室の振りをするとかでもいいからさ、君とカグラがずっと一緒に暮らせる様にしようね、君の決心がついたみたいでよかった。」
そんなボクの後ろめたさはよそに、ユーリはうれしそうに笑う。
実際、彼はこの数ヶ月の間、何度か神楽を探さないのか?とボクにたずねていた。
「うん、ありがとうユーリ、それとね、ナタリィを今夜ここに泊めてあげたいんだけど、いいかな?」
「いいけど、衣裳部屋に隠れててもらうってこと?ちょっとかわいそうじゃないかな?大陸を旅してる薬師のフリしてるんでしょ?家族にも紹介してさ、1日か2日泊めてくださいってお母様にお願いしたら大丈夫だと思うよ、女の子なんでしょ?必要なら僕のほうが連れてきた様にするし・・・ただちょっと先にアイラが部屋に寝てるって伝えてくるね。誰もついてこさせないから、ナタリィさんと話してて。」
そういってユーリは部屋の外に出て行った。
再び衣装部屋に戻ったボクは、ナタリィに、ユーリが正式に客人になるか尋ねていると訊いたのだが、
「ありがたい申し出だけど、あまりたくさんの人と面と向かって接触するのは、ドラグーンとしては避けたいところだし、今回はこの部屋に待機させてもらうね。」
と、ナタリィは乗り気でない様だったので
「だったら今夜はボクもユーリの部屋に泊まるから、ボクとお話しながら寝よう?お風呂は・・・あとでこっそり町のお風呂屋さんにいこうか?」
それならばとナタリィが納得してくれて、ノックしてから部屋に入ってきたユーリにも同じ内容を伝える。
「そうか、わかった。アイラのことまだしばらく眠ってそうだっていってあるから今のうちにナタリィをお風呂屋さんに連れて行ってあげて、夕食まで・・・2時間くらいか、僕が昼寝している君の寝顔を独占するから。」
そういってユーリがボクとナタリィに銀銭を5枚ずつ差し出した。
「?」
ナタリィが首をかしげるので、ボクは耳打ちした。
「2時間弱はごまかせるから、二人でお風呂に入って、ナタリィはご飯も食べておいでってこと。ボクも服を洗わないとだし、一緒に街にいこう?」
そういって誘うと、ナタリィは合点いった様に
「年の近いお友達と街を歩くの初めて。」
とうれしそうに笑った。
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ウェリントンでは各家に、お風呂とトイレがあった。
これは十分に土地があったからできることであり、ホーリーウッドの一部商業地区などでは、集合住宅がたくさんあり、集合住宅では一つの大浴場や共用トイレだったり、風呂なしで部屋ごとにトイレがあったりといろいろな形態の建物がある。
また一部の集合住宅では1階の大浴場を住人には無料で、それ以外の人には有料で使わせている場合もある。
自宅にお風呂のない人たちに対応しているのが、銭湯だ。
銭湯は男女で分けられた大浴場か、個室、あとは家族風呂という形態もあり、利用者は目的に沿って銭湯を利用する。
家族風呂は広い浴槽に浅く温めの湯が張られていて、必要なら利用者が自分で湯を足す。
大人6人くらいなら足を伸ばして肩までゆったりと入れる。
利用料は1時間2000ナーロが相場。
個室は大人が1人足を伸ばして入れる位のお風呂でお湯も自分で張らないといけないが、利用料が安い。
40分300ナーロ
大浴場は時間制限はないが、ほかの人の目に触れることになる、利用料は一人200ナーロ
大体の銭湯は3階建ての建物で、1階に大浴場、2階に家族風呂、3階に個室が置かれていることが多い。
ボクはナタリィをつれてホーリーウッド北地区の銭湯にやってきた。
このあたりは、貴族街にも比較的近く、通いのメイドや使用人が職場帰りに利用することもある地域なので、比較的治安がいい。
ホーリーウッド側を選んだのは、ディバインシャフト側より、ボクを知っている人に会う確率が格段に下がるためだ。
「アイラ、どうして家族風呂はだめだったの?」
とナタリィは不思議そうに首を傾げる。
「ボクが幼児で、ナタリィが大人といえない年齢だからね。家族風呂はなんだかんだで子どもには危ないので、子どもだけ2人で入るなら個室のほうがとがめられないんだよ、お風呂屋さんも子ども込みなら個室の料金で二人入れてくれるのが通例だしね。」
「そういうもの?」
ボクは軽く水ですすいだだけの服を石鹸で痛まない様に洗ったりしながら、ナタリィの問いに答える。
裸のナタリィには人と違うところなんてなにも見当たらなかった。
薄い肌には血管が浮かび、湯に浸かれば薄いは肌には赤みが差しこの世界で言えばまだ子どもの姿だが、大人になりつつあるという段階に見えた。
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銭湯を出た後は適当な屋台で串焼きや露天売りのパンを買って食べる。
ボクは付き合いに串焼きを一つだけ齧るけれど、この後夕食があるので、あまり食べるわけには行かない。
「アイラ、街の料理はおいしいね・・・、特にこのお肉が好み。」
「それは猪型魔物の肉だね。」
今ナタリィがぱくついているのは、猪魔物の・・・豚でいうロースとモモの部位のブロック肉を別々に処理した後に交互に串に刺して焼いたものだ。
味は主に塩と胡椒でつけられている。
露天で売られている串焼きにしては使われている部位が良く、手もかかっており。
通常の串焼きなら50~60ナーロくらいだが、これは95ナーロとかなり高め。
お皿の代わりに使う大きいチシャ菜1枚とセットで100ナーロとなっている。
高い分大きさもあり見ているだけでおなかいっぱいになりそうではある。
ナタリィが興味を持ち買った食べ物をボクも半分持って、公園のベンチで座って食べているのだけれど、ちょっと目立っている気がする。
(夕方に幼女と少女が公園でご飯食べてたらそれは目立つか・・・。それにナタリィもかなり整った顔をしているし。)
あまり注目を集めて、ボクのことを知っている人に見られるのもまずいので、においの強い食べ物を食べ終わったあと、公園の茂みに入り衣装部屋に転移した。
「お友達とはじめて歩く街というのはなかなか楽しかったわ。また機会があったら一緒に歩きましょう?」
そういって笑うナタリィの笑顔は少女らしいもので、きっと今日の思い出が彼女にとってとても大切なものになったのだとわかった。
「うん、そうしよう。」
部屋に戻ったあと、服についた料理の匂いなんかも落とした後でユーリの部屋からでる。
計画通り、今日に限ってユーリのいないのに寂しくなって、においを求めてユーリのベッドで寝てしまったことにした。
まだ5歳という年齢も味方して、はしたないというよりはほほえましい話として家族たちも笑って済ませてくれて、翌日はユーリとベッタリで過ごしていいことになった。
これはユーリが口ぞえしてくれたもので、明日も比較的自由に動ける様にしたのだ。
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翌朝になって、ユーリの部屋で目を覚ます。
夕べは遅くまで(といってもボクが6歳前ですぐ眠たくなってしまうので9時半くらいまで)ベッドで3人で並んで話をしてから眠った。
隣の衣装部屋にはナタリィ用に出したベッドでナタリィが寝ているはずだ。
さすがに夜更かしした上、隣の部屋にナタリィがいることもあって、ボクとユーリもおやすみのキス以上のことはしなかったし、今朝も、おはようのキス以上のことはしない。
起きたらすぐにナタリィの部屋に行く。
ノックするとすぐに返事がある、すでに起きていたナタリィと顔を合わせ、とりあえず昼くらいまで待ってもらう様にお願いした。
退屈をするといけないのでとユーリが夕べのうち適当に見繕って借りて来た本を何冊か渡していて、それを読んで待っていてくれるとのことだった。
午前中は普段と同様に勉強して過ごし、午後になったので昨日の約束どおり、ユーリと部屋にこもることにした。
普段から毎日ベタベタとして見せているボクたちなので、家族も今日が特別変だなんて思いもせず、ボクはユーリの部屋にこもった。
そして・・・。
「それじゃあちょっと行ってくるね。」
「うん、3時間くらいはごまかしておくから、なるべく早く帰ってきてね。カグラと会えるといいね」
そういってユーリはボクの体をそっと抱いて、それからナタリィに向き直る。
「ナタリィ、アイラのことをよろしく。」
「はい、貴方のかわいいアイラは責任もってお預かりします。」
夕べ親睦を深めたナタリィとも、ハグをして見送られて、跳躍でナタリィと城の上空に転移した。
帰りに跳躍を使うことも考慮して、行きはナタリィに乗せてもらうことになったので、これからまた10分ちょっとの空の旅だ。
ナタリィの飛行速度は神楽の飛行盾よりもさらに速く、おそらく音速に迫っている。
その代わり背中で安全に乗れる場所が少なく、全長の巨大さに対してわずか3人が限度だという。
魔法で風圧などはカットされているけれど、落ちると危ないのは変わらない(ボクも飛べるけれど)ので彼女の背中にしっかりと伏せて、15分ほどで、ルクス帝国帝都ルクセンティア近くの森に降りたボクとナタリィは姉妹の振りをしての進入を考えていたが、入場門のチェックが意外としっかりしているため断念。
この世界では飛行魔法が一般的ではないため上空への監視がゆるいのを利用して、隠形術と飛行魔法とで一番高い東側の城壁を越えて、進入した。
ルクセンティアはホーリーウッド市の2/3程度の大きさの都市で中央北よりの位置に帝城がある。
前世と同じならきっとそこに、神楽がクレアリグル姫の側に仕えているはず・・・。
ボクとナタリィは夕べ打ち合わせた通りに、年上のナタリィに若年のボクが手を引かれる様にして、帝城への道を歩んだ。
遅くなってしまいました、書いてみたらまとまりが悪かったので分けて、なるべく早く次ぎを投稿することにしました。
ホーリーウッドの独身者や核家族の生活事情の紹介以外、内容がない回になってしまいました。




