第26話:ある日森の中で
次期ホーリーウッド侯爵夫人主催のお茶会から2ヶ月ほどたった。
季節が冬に変わろうという頃、ホーリーウッド市に本拠を構えるビュファール商会からそれまでのものと比べると安価な紅茶が販売された。
もともと貴族向けの装飾品や服飾関連の高級品を扱っていたビュファール商会はインテリアをかねるティーポットなどを取り扱い、お茶なども一緒に販売していた。
イシュタルト王国ではお茶自体は年に6回ほど収穫ができいつでも飲める様になっている
しかし紅茶は偶然に出来上がる以外に入手手段が無かったため貴族や豪商たちは献上品に使ったり自分たちだけが楽しむためのものとして領地や管理している畑でできた紅茶は直接自分たちに卸させていた。
それが一商会から小量とはいえ今までと比べると遥かに安価で販売されたためビュファール商会の商館には貴族の使いが殺到した。
『倍額出すから、あるだけよこせ!』とあるものは言い、またあるものは『どこで手に入れたのか!?』と声を荒らげた。
そんな商会にはホーリーウッド侯爵家の免状が預けられているため彼らはワンシーズンに1家に対して決まった分量しか売らないという姿勢を貫くことができた。
そしてその状況を生み出した茶の加工法をホーリーウッド家にもたらした幼女は、行方をくらませる方法を画策していた。
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(アイラ視点)
とうとうこの時期がやってきた。
イルタマの収穫も終わったし、例年のイルタマ煮会まで10日をきった。
ユーリには一応話しておいたけれど今日からしばらく毎日日中姿をくらませることになる。
とりあえず今日の勉強は消化したので今から自由時間・・・。
本当なら家族に心配はかけたくないけれど・・・。
これからボクは毎日2時間くらいか、自由時間を利用して、ウェリントンの西の森、亀島の辺りを散策する。
前世と異なり光弾も、攻撃魔法もすでに使えるボクなので、森に棲むエントやイノシシ型魔物、それに動物たちは敵にはならない・・・。
いざとなれば跳躍で逃げることもできる。
なので、森の探索については不安を覚える材料は無い。
問題はむしろ街の方・・・、ホーリーウッド内でどうやって行方をくらませるかだった。
城内では比較的自由に歩き回っているボクだけれども、毎日貴族としての振る舞いの稽古(すでに90年以上経験した後なので講義を受けるたび完璧だと太鼓判を押され続けるだけだが)に、来年からの基礎学校に備えてのお勉強(これもいうまでもない)、あとは手隙になったエミリア義母様や母やサークラにかわいがられる(どうしようもない)日々に忙殺されている。
ユーリと考えた行方をくらませる言い訳が、最初の一度くらいなら有効に使えるものなので、咎められた時にはそれを使うつもりでいるが・・・。
(なるべく今日一日ですべて済めばよいのだけれど・・・。)
そう思いながらボクは、周りにだれもいないことを確認して、ウェリントンに跳躍した。
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跳躍はボクの前世・・・アイラとして生きた前世ではなく、さらにその前の近衛暁がもっていた特殊な能力の一つで意志力で発動する能力、
第一段階ではジャンプ力を向上させる能力、また空中でも再ジャンプすることができる能力だった。
そして第二段階はさらに魔力を消費して、物理的隔たりを無視して移動する能力、これは魔力の消費量が移動距離に比例して上がるため暁であったころには1度に10m程度の距離が限界であったが、アイラの魔力量は非常に大きくおそらく一人でなら大陸の端から端までいける様であった。
その能力を使ってウェリントンの森にたどり着いたボクは今回の目的を果たすために周囲の気配を探った。
さすがに森の中には雑多な気配があるが狙いがあるボクはそのうちの一つに狙いをつけた・・・。
森の入り口側というか村のほうへ一旦戻る。
隠形という能力を使い、気配を隠しつつ様子を伺うと教会の庭の日当たりのいいところで生成り色のワンピースを着たオルセーが何かしているのが見えた。
なんだろうと思い姿を隠しつつ様子を見ていると・・・。
ヒュン!
ボクのいるほう目掛けてオルセーが石を投げつけてきた。
(ばれた!?)
驚きながらも飛んできた石を避け、さらに慎重に気配を消し直す。
するとオルセーはボクに気づいていた様子は無く、石を次から次に拾っては森のほうへ投げている様だった。
もしかすると単に大きめな石を外にだしているだけかも?
そう判断して引き続き様子を見ているとオルセーは次にアリをつぶし始めた。
最初は手に持った石で一匹一匹アリをつぶしていたオルセーは次第に森のほうに近づいてくる。
やがてボクのすぐ近くの木の根元にたどり着いたオルセーはそこにアリの巣を見つけ、ブツブツ言いながら手に持った石でその巣をグジャグジャと壊し始めた。
しかし壊されてもすぐにアリは巣を再生させる。
すると次にオルセーは周囲を見渡してからおもむろにワンピースのすそを上げるとズロースをひざまで下ろした。
(ぶふっ!?ちょっとオルセー、仮にも10歳の女の子が野小便って!?)
しかし彼女はボクに気づいていないのでそのままアリの巣に向かって始めてしまった。
だがすぐになにか納得いかなかったのか一度立ち上がった。
「あら?あぁそっか」
そういったオルセーは今度は股座に手を添えてアりの巣に水攻めを仕掛けた・・・
(さっき地面を触ってた手で・・・ばっちい・・・)
こっそり後ろから浄化魔法をかける。
隠形が効いているのか、オルセーはボクの存在に気づかない。
メロウドさんならボクの割と本気の隠形相手でも気がつくけれど、子どものオルセーは見え辛い相手の気配なんて読めない、一度気づかれてからだとか、相手が用心していたら隠れるのも大変なんだろうけれど
(あぁせっかく近づいたのだから浄血魔法と治癒魔法もかけておこう)
今生のオルセーが感染しているかわからないけれど、前世では初期段階に浄血と浄化をかけておけば助かったはずだといわれていた。
近づいたついでにかけておこう。
アリの巣を水没させたオルセーはその後拭くものが無かったためひざまで下ろしていたズロースを脱いでポケットに収め、カメを捕まえると言って森に入っていった。
道中
「あーあー、双子やトーレスがいないと寂しいなぁ・・・、もうトーレス、もどってこないのかな・・・。」
なんて寂しくつぶやくオルセーの背中をみていると申し訳ない気持ちが芽生える。
「次のときにアタシも村をでる・・・?ううんリルルをおいてなんていけないよね・・・。」
彼女は幼いなりに、恋心と友情の狭間で迷っている様だった。
彼女は亀島にたどり着いた後、ブツブツと言いながら一匹の茶色のカメを捕獲した。
これは亀島のカメで2番目にねらい目とされるモノで少し筋張っているが味がよく、煮込むとおいしいと評判のもの。
煮込む時にごぼうやしょうがと一緒に煮込むのがおいしく食べるコツだ。
彼女は満足してウェリントンへの帰り道についたが・・・その直後彼女の目の前にエントが現れた。
エントとは、植物型魔物の一種で、たくさんの種類がこの森には住んでいる。
目の前に現れたのは俗に宿木型と呼ばれるタイプで、人類や小型の魔物を捕らえると傷口やお尻、鼻の穴などから種や蔓をもぐり込ませて、寄生するタイプのものだ。
動きは遅いが力がそこそこ強く獲物を捕まえると穴倉などに連れ込んでからじっくり寄生する。
寄生されると最終的には体の自由を奪われて衰弱して死んでいく恐ろしいやつだ。
それが、今通ってきた道におり、オルセーは通せんぼされた形となった。
オルセーはエントの動きに眼を光らせて、隙をうかがう。
このあたりの子どもならエントの対処方はある程度覚えているものだ。
まして動きの遅いヤドリギ型なら何とかなるだろう。
と思っていたが、走り出したオルセーは抱えていたカメが道の脇の木にあたったことで驚いて足を止めてしまった。
するとあっという間にエントに足に巻き疲れて、つかまってしまった。
(どうする!?)
俯いて逡巡する。
ナタリィは前世オルセーがエントに襲われていたので助けたといった。
それがこのタイミングなのかどうかわからない。
この型のエントは種を植えるのに時間がかかるし、こんな一目に触れる場所ではなく洞窟などに運び込んでから種を植える。
(・・・それならまだ安全?)
でも友達であるオルセーが魔物に捕まったのにそれを見ているだけというのも自分が嫌だ。
(やっぱりすぐに助けよう。)
3秒くらい考えて
そう結論付けて小太刀の払暁を空間収納から取り出したところ。
ポスン
と音がした。
(何の音?)
とおもってオルセーのほうに視線を戻すと。
腰まで伸びる淡い紫の髪に鳶色の瞳をした女の子がオルセーをお姫様抱っこしていた。
女の子はオルセーを地面に優しく横たえると、エントを亀島のほうへ、たぶん風魔法で吹き飛ばした。
(ナタリィだ!)
ボクは隠れたままで一旦様子を見ようと画策したが、すぐにその目論見は崩れた。
「そこで見ているヒト、気配を隠しての盗み見、不快です・・・」
そういってナタリィはボクのほうをにらみつけた。




