第25話:お茶会の後
にぎやかな時間は過ぎた。
金髪の幼女は茶会の終わり際、予定通りに様子を見に来た愛しい若君と軽い抱擁を交わし。
その場にいた新しいお友達皆に紹介した。
招かれた同じ年代の6人の娘たちも、その5人の母親たちも、賢く見目の良い二人を似合いだと褒め、今後の付き合い方を定めた。
特にオイデ子爵夫人は、はっきりとした物言いの幼女を気に入り、平民出身で家格がつりあわなくて困っているなら、一度子爵家に養子に入ってからでも侯爵家に輿入れすれば良いといってきたが、まだ年も若く結婚や婚約をするまでは時間があるからと若君が断りを入れた。
上級貴族の婚約なら生まれたときから決まっているものも少なくはないが、これまでの様に女子に興味がないのではなく決まった相手がいるなら、一般的な結婚可能年齢とされる12歳でも問題はなかった。
お茶会に参加した3つの貴族家はその後1家の当主が代替わりしたものの、3家はともに西の盟主である侯爵家との親交を深めていく。
------
(アイラ視点)
「あーつかれた・・・お茶会を開いたのなんて25年ぶりくらいだからほっぺたの筋肉が攣るかとおもったよ・・・」
ユーリと二人きりの部屋の中で、ユーリのベッドにダイブしながら愚痴をこぼす。
「お疲れ様アイラ、さすがに『初対面』だから、良い印象を持ってもらいたいものね。」
「うん」
ボクの共犯者、前世からの連れ合い、最愛の男性。
『もう一人の最愛』と同様にボクの正体(近衛暁)を知っている彼は、今回のお茶会の計画を共に立ててくれたものの、基本的には女性の戦場であるお茶会には参加しなかった。
彼とて前世の中で女性であった時期もあり、お茶会での世渡りはもちろんできるのだろうけれど・・・。
ベッドの淵に越しをかけた彼は、うつ伏せたボクの頭に手を載せ髪を梳いてくれる。
髪の間を指がすり抜けていく感覚がなんとも気持ちよくて、もっとして欲しいと、ボクは彼のほうに頭を傾けた。
「ユーリもありがとうね?ポピーの相手疲れたでしょ?」
何せアレは人の話は聞かないくせに自分の話を聞いていないと怒ってくるし、こちらが1を言うと10を理解(したつもりですべては都合よく勘違い)するので会話が成立しない。
「そーだね、ただ今回は彼が平手ウチを食らわせたメイドがダノン子爵家から預かっている三女さんだったから、ポピーには有効だったよ」
そういってユーリの声色は少しうれしそうに弾む
通常使用人や行儀見習いとして勤めている以上は、家中では使用人の扱いを受ける。
そのため刑罰などはあまり受けることはないが、お客様への態度や家人への応対は使用人としてふさわしい振る舞いをするので、たとえば平民の商人相手に粗相をしたときには誠意をもって謝罪はしなければならない、無論身柄をどうこうされるといったことはないし、衣装の弁償などがあれば侯爵家の資産から支払う。
なので、よほどのことをしたのであれば平手打ちを食らうこともまぁ仕方ない。
それによって客側が咎められることは通常ないのだが、相手が今回はポピーである。
まずメイドをしていた13歳のシャノン・フォン・ダノン子爵令嬢には落ち度がなかった。
カテリーン嬢、アイリーン嬢、ポピラー夫人のための招待状でテオドールとポピーが現れたので入場をお断りしただけだ。
それに対してポピラーは使用人の分際で指図するなとか、卑しい身分のものが男爵である私に意見を言うなどと・・と詰り平手打ち。
無論シャノンの方もちゃんと招待状の理由と、自分も侯爵家から命じられているとおりにお断りしているのだと提示しているので、説明責任も果たしている。
まぁ結果取り押さえられているわけだが、ここで重要なのはポピーの性格だ。
かれは学校や教会などの通常身分を問われない場においても男爵位を振りかざして好き放題しようとする人間性を持っており、慣例では今回の様な場合使用人として扱われるシャノン嬢の身分を明かしたところ顔色が悪くなったという。
つまり彼には相手が使用人であっても子爵令嬢を相手に殴ったという認識が芽生えたのだ。
彼は準貴族を除けば最下位の男爵なのでわからなかった様だが、貴族の家には下位や付き合いのある同格の貴族の娘や息子が将来の嫁候補や婿候補、あるいは箔付けのためなどの理由で行儀見習いやメイドとして奉公することがあることを知らなかったらしく。
『な、なぜ子爵令嬢がメイド働きなどしておるのだ!!わたしは悪くない身分を偽ったあちらが悪いのだ!!』
なんて叫んだらしいけれど、近衛の取調べ室ででも侯爵家の命じた職務を忠実に守っていた何の落ち度も無いシャノン様を殴りましたよね?
というと、大分おとなしくなっていたらしい。
そして近衛の部屋に偶然王都からの通信使がいたので、その通信士の前でポピーに、今回の件は侯爵家の開催した茶会を難癖をつけてかき乱すもので、ポピラー男爵家からの侮辱とみなして戦争を始めることもできる、幸いにして指導者の男爵がここにいるので、2日もあれば男爵領軍の殲滅と領地の安定化はできるだろう。
と、脅迫し、男爵に開戦か、爵位の返上+御家取り潰しか、嫡男レグルスへ爵位を譲りホーリーウッド家から少額の年金を貰って王都で隠居生活をするかを選ばせた。
答えは聴くまでもない。
なおシャノン嬢は耳の鼓膜が破れるほど強く叩かれており、治癒術で治療はできたが、あまりに一方的なポピーからの仕打ちにかなり不満を持っていた。
これが後日男爵領を継いだレグルスからの謝罪を受けることにつながり、さらにはレグルスとシャノン嬢の互いの一目ぼれ、結婚まで話が進むとはこのとき誰も想定していなかった。
「とりあえずこれで、ボクたちの結婚や婚約の時にポピーがわめいて思い出を曇らせる様なことはないかな?」
「そうだね。」
なでてくれる優しい手つきだけでは満足できなくなってきて、ボクはユーリの腰に腕を回すと自分のほうに引き寄せる。
ユーリは抵抗せずボクの上に重なる様にベッドの縁からベッドの上に体を移し、ボクに覆い被さる様にして頭を抱きこんできた。
体が子ども同士なので、体を重ねて体温を交換しあうわけにはいかないが、前世では夫婦として過ごし、1000回といわず体を重ねたことがあるボクと彼とではベッドの上で体を密着させるだけでは刺激が足りないはずだった。
しかし温もりを求める子どもの体故か、間近に感じるその体温も匂いもすごくぴたりとハマる。
「んぅ、ユーリぃ・・・すごい気持ち良い、このままちょっとお昼寝してもいい?」
11時半頃から主催者として茶室のある区画に準備のために待機し、14時半から開催、現在は17時、普通ならお昼寝をしている時間をすべてお茶会の準備と実施に使ったためかなり眠たい。
お茶会途中でお昼寝に移行した赤ちゃんたちはともかく、興奮して眠らなかったテオドールとボクよりも年下のクロエもきっと今頃眠たくなっているだろう。
「いいよ、抱っこしててあげる。でもワンピースは脱いだほうがいいかも・・・ナディアに着替え持ってこさせようか?」
ユーリの部屋にはさすがにボクの着替えは置いていない、もう少し年かさがいっていれば着替えの何着かは置いておいてもいいけれど、今のボクの年齢ではユーリの部屋で着替える必要が発生するのはおかしいのでおいていない・・・。
「いいよ、ワンピースだけ脱いで肌着で寝る。」
もう眠たくて動いたり考えたりしたくなくなっていたボクは着替えずに肌着姿で寝ることにした。
秋口とは言えまだ温かいし、隣にユーリがいるなら風邪も引くまい。
体を起こして、ワンピースを脱ぐために手を動かすのだが・・・座ったままではうまくワンピースを抜くことができない。
なんだか面倒になってきた。
「ユーリぃ?」
察しのいい彼は、ボクの甘えた声でやるべきことを理解して、ボクのワンピースを引き抜いてシワにならない様にソファの背もたれのところにかけた。
「ねぇ・・・早くぅ、こっちきてよ」
「はいはい、今行くよ。」
もう自分でもどうしようも無いくらいに眠たくってボクはベッドに顔を伏せた。
それから20秒くらい経ってユーリがボク同様肌着だけになってベッドにあがってきた。
先ほどまでより体温が近くなってうれしくなったボクはその胸に顔を押し付ける様にして眠りについた。
-----
(ユーリ視点)
お茶会の後、今日は午睡も挟まずに朝から動き続けていたアイラがようやく眠りについた。
彼女は転生者の上に、ボクと同様生まれ直している。
そのため精神的には自立した大人どころか、国の母として50年以上の間サテュロス全土からあがめられた人物で、ヒト族でありながら100歳を超える年齢まで生き続けた上大陸最高の魔法使い、発明家、剣士、でもあった彼女はあらゆる人々から崇拝されていた。
僕は先に死んでしまったので、最後まで見ていられたわけではないけれど僕が生きていた時点ですでにほとんど神格化されて『戦女神の再来』とか『神代の光』とか『商いの聖母』とかよばれていたので、100歳超えまで生きたのならその影響力はすさまじいものがあっただろう。
そんな彼女が、だ。
今僕の胸の中でもぞもぞとしながら眠っている。
6歳前の幼女でありながら人とのつながりを作るのに腐心し、また僕と寄り添ってくれるためにがんばっている。
その髪を梳きながら匂いを嗅ぐと、子どもの甘い匂いと、石鹸、それに汗のにおいとがまじりあって、なんとも言い難い恍惚とした気持ちになる。
これは彼女がアイラだから感じる幸福なのだろう。
前世では政略結婚だったり、アイラの離れがたい女性たちを側室に迎えたりで10人以上の女性と関係を持った僕だけれど、やはり僕の唯一はアイラだ。
無論室に迎えた以上僕はそれらの女性たちにも愛を持って接したけれど、前世の彼女たちは誰一人お互いに隔意を持つことなく仲良く、姉妹と称して大事にし合っていたので、それをまとめていたアイラの魅力というものはやはりズバ抜けていたのだと思う。
今生でもすでにどれだけの女の子に言い寄られたか数え切れないほどだけれど、僕は今、僕の全部の初めてをアイラに捧げるために生きている。
だからアイラと再会してから舌を入れるキスもハグも、甘噛みも、5歳と7歳にはちょっと早い接触を体の成長には影響を残さない範囲でちょっとずつ僕たちは重ねている。
一度はすべてを味わいつくしたのではないかと思うほど濃密な情を交わした僕たちは、何の因果かもう一度こうやって幼少期を過ごしている。
彼女の肌の柔らかさや僕だけに許された彼女の声を思い出すと今すぐ彼女をむちゃくちゃにしたくなる・・・。
今もこうやって、年頃の男女の様に肌着姿で同衾しているので最初は暴発しそうになってしまう、けれど天使の様な寝顔を見ていたら持ち上がりかけたよこしまな熱もいつの間にかスっと引いてしまう。
「ほんとう、お疲れ様・・・。」
アイラの熱を間近に感じながら、やがて僕も意識を手放した。




