第19話:前世の記憶はあてにならない?4
初夏の昼下がり、ディバインシャフト城内にあるとある子ども部屋、そこに金髪の幼女と茶髪の、まだ赤ちゃんといって差し支えないくらいの子どもが寄り添って眠っている。
その傍らには、優しいまなざしをしたライトブラウンの髪の女性が、二人の子どもの頭をゆっくりとなでながら、子守唄を歌っていた。
女性は寝かしつけていた二人が寝たのを確認するとカーテンを閉めて、小さいほうの子どもを抱いて部屋を出て行った。
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(アイラ視点)
寝てしまっていた様だ。
エミリア様の優しい手と、ユーディットちゃんの温もりに、馬車の旅に疲れていた幼い5歳の体が耐え切れなかった様だ。
目を覚ました時ボクの隣にはいつの間に布団にもぐりこんできたのか、アニスとアイリスが眠っていた。
外は暗い様で、どうやらボクはお昼寝どころではないほど長く寝ていたらしい。
疲れているとはいってもそんなに長く寝るほどのものだったろうか?
ボクはベッドの上で体を起こすと、アニスの頭をなでた。
~~っ!!
その瞬間、何か声が聴こえた気がした。
妙に胸がざわつくというか、チリチリとした焦げ付きを覚える声・・・。
どこかで聞いたことのある叫び声・・・。
(断末魔?)
違うこれは、母の死を嘆くサークラの・・・?
気がつくと、ボクは暖炉の中にいた。
真っ暗な部屋の中で、母と姉とが、男たちに組み伏せられて、乱暴をされている・・・。
部屋の入り口には、父と兄だったモノが打ち棄てられていて、すでに光を失った瞳で、ボクのほうを見ていた。
(これは現実じゃない・・・)
一瞬で理解できた。
これは前世にあった出来事をよりつらいイメージで思い出しているに過ぎない・・・。
(目の前で真実、母が殺された訳ではない、姉が陵辱を受けている訳ではない)
自分に言い聞かせる。
自分たちは、ウェリントンを出て、ホーリーウッドのディバインシャフト城に来ていたはずだ。
(だから、ウェリントンの子ども部屋にいるはずがない!)
第一ディバインシャフトのボクの部屋には暖炉はない!
なんでこんな夢を見るの?
あれ、かギリアム様たちにお会いしたときユーリがいなくって、もしかして彼が生まれていないんじゃないかって、不安になってしまったから?
幸せな未来を失ってしまったんじゃないかって、ボクはおびえたのかも知れない。
でもだからって、こんなモノを今のボクに見せないで欲しい・・・。
(でも、本当にそうだろうか?ここまで前世と違うことがたくさんあったけれど、本当はそっちのほうが夢で、今見ているのが現実だったら・・・?)
手の中に暁光はある、ならばこれが現実にせよ、悪夢にせよ、ボクがやるべきことは一つではないか・・・?
目の前に首はある。
ボクが落とすべき首、ボクが・・・!
暖炉から幼い体を踊らせて、賊に斬りかかるその瞬間
眩い閃光が、部屋の中を白く染め上げ、ボクは目を閉じた。
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「あぁぁぁっ!」
怒りと悲しみとで、叫びを上げてボクは目を開いた。
同時に体を起こして前に飛び出る。
「わっ!」
するとボクがいた場所のすぐ左で、かわいい声が聞こえた。
ボクはすぐさまそちらに向き直るが、右手に持っていた暁光が広がって、ボクの後ろからかぶさってきた。
まるで風に飛ばされた布の様に・・・。
「わ、わわ!?」
ボクはもがく、こんなところで手間取ってはこの後ボクはどうなるというのか
そんなボクを見かねたのかさっきと同じかわいい声で
「アイラ、落ち着いて、風よけの肌布団だよ。」
と優しい声が聞こえた。
もう一度よく聴こうと思って動くのを辞めると、かぶさっていたものが引っ張られて取り除かれた。
そして目の前にボクを見下ろす愛しい人の姿があった。
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(???視点)
基礎学校から帰ると僕は真っ先に応接室に向かった。
今年で基礎学校を卒業するナディアとトリエラ、一緒に基礎学校に通っている同い年の乳兄弟イサミ、妹の乳姉の兄であるモーリスとともに学校から帰ってきた僕は、焦れていた。
僕の最愛の人が、僕のことを覚えているかわからないけれど、僕は彼女に一秒でも早く会いたかったのだ。
だから、今生では命を落とさなかった母エミリアが応接室で、アンナと、よく似たもう一人と話しているのをみて、すぐにハンナさんだとわかったけれど、挨拶もそこそこに彼女が寝ているという部屋に向かった。
母は幼いとはいえ女の子が一人で寝ている部屋に勝手に上がりこむなんてと怒っていたが、ハンナさんが、娘の反応が面白そうだから後で結果を教えてくださいね?と許可を出してくださった。
『ウチの娘は可愛いけれど、軽い気持ちで手を出すと火傷するからおイタはしないでくださいね?』ともいっていたけれど・・・。
幼いからこそ許されたのだと思う、今はこの幼い体に感謝を・・・。
そうして、この7年夢にまで見た隣の部屋の前に立つと、大きく息を吐いて、それからノックをして、反応がないことを確認して部屋に入った。
カーテンの閉められた部屋の中は薄暗く、内装は同じ白とピンクを基調に統一された少女趣味の部屋、母が主導で部屋を作ったため、前世よりもよりフリルとレースがふんだんに使われている。
今朝覗き込んだ時と全体の様子は変わらないけれど二つ違いがある。
一つは、空気、まだ部屋に彼女が入って1時間ほどらしいけれど、すでに僕の心を締め付ける様な切ない匂いがする。
懐かしい、想い人の匂いだ。
そしてもう一つは、ベッドの中に横たわる少女と思われるふくらみが一つ、ベッドの上にあること。
(あの金髪、この匂い、間違いなくアイラだ。)
僕はベッドの傍らへと歩みを進めるとそこにあったイスに腰をかけた。
ちょうどこちらに顔が見える向きに眠っていたらアイラは、僕の記憶の中にある出会った頃のアイラそのもので、ただその表情は苦しげだった。
「これは・・・・・、・・はずが、ない。」
眉を歪ませて、震える様に肩を抱くアイラ、風除けなのかお腹の辺りまで肌布団がかけられているのを肩まであげてあげる。
するとアイラはその布団をしっかりとつかんで、丸くなった。
後ろ髪が前に流れ顔にかかって息がしづらそうなので払ってやると、前世で何度も吸った小さな唇に目が吸いつけられた。
自分の喉が自分のものではない様に、ゴクリと息を飲んだのがわかった。
(僕はあの唇の甘さを、やわらかさを知っている。)
でもそれは彼女が、僕が当初求めた、家の目論見が見えて透けない女の子で、なおかつ僕が守りたいと思えるほど純粋で、僕でないと守れないほど強い女の子だったからだ。
(彼女が目を覚まして、僕のことを認めてくれるまでは、自重しよう・・・。)
でも・・・。
この苦しげに歪んだ眉間くらいはいいよね?
僕は眠っているアイラの眉間に唇を寄せる。
(これは、夢にうなされている女の子への家族のキスだから問題ない!)
そう自分に言い聞かせて唇をアイラのおでこのあたりに・・・
唇がおでこに触れる直前アイラがバチっと目を開けて、5歳児のさらに寝起きのソレとは思えないほど見事な体重移動で大きく跳躍した。
「わっ!」
ギリギリで飛びのいて激突は避けることができた。
けれど恥ずかしいことに素で驚いた声を出してしまった。
僕の今生でアイラに初めて聞かせた声がこの情けない声だと思うとちょっと悔しい。
だけど、今の反応でわかった。
絶対にこのアイラは『僕のアイラ』だ。
ただの5歳児は寝起きと同時に、軽いとはいえ肌布団をつかんで2m以上も跳躍しない。
「わ、わわ!」
しかし直後彼女はもがく、自分でつかんでいた布団が頭の上からかぶさってあわてている様だ。
自分の口元が気持ち悪いくらい緩むのがわかる。
「アイラ、落ち着いて、風よけの肌布団だよ。」
と声をかけると、布団の塊は身じろぎをやめ、こちらの様子を伺う様にした。
歩み寄り、布団をつかみ上げると、赤みがかった金の瞳が、僕を見上げていた。
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(アイラ視点)
目の前にボクを見下ろす愛しい人がいる。
何度も苦楽をともにした。
神楽と並びボクの心をかき乱す存在となった前世の連れ合い、ユークリッド。
たぶん今すでに7歳のはずの彼がその美少女然とした佇まいを崩すことなくボクのすぐ近くで右手に肌布団をもって立っている。
それがボクの頭に今までかぶさっていたものだとわかると途端にボクは恥ずかしさに身を縮めた。
同時に目の前にこの5年間、いや前世で死に別れた後の年数も数えれば30年以上も会いたかった愛しい人、そんなの目の前に出てきて抱きつかないわけないじゃないか!
「ユーリ!」
本当はこれがボクの求めたユーリなのかとか、前世の記憶やさらにその前のリリーの記憶を引き継いだユーリなのかを確かめるべきだったのかもしれないけれど、ボクは我慢できずに飛びついた。
まだ華奢なその体が、懐かしい匂いとぬくもりとでボクに穏やかな時間を与えてくれる。
スンスンと匂いを嗅ぐととたんに幸せな気持ちがあふれてきてしまう・・・。
直前に見ていた夢が最悪に近いものだったこともあってその幸せ効果は覿面だった。
「アイラ、いきなり熱烈だね・・・。その反応を見るに、君も前世の記憶があるのかな・・・?」
とユーリはつぶやいた。
おかげでボクはもう同じ質問をする必要がなくなってしまった。
「うれしい、ユーリも前世のことを覚えているんだね!?ボクと一緒にずっと暮らしたユーリなんだね!?」
そういってユーリの目を見るとその目はやっぱり、心の中に僅かに乙女を残した優しく凛々しいユーリ、ボクのユーリ。
堪らなくなって、抑え切れなくなって、もう一度強く抱きしめた。
ユーリにとっては、6~7年ぶりくらいの再会なのかな?それとも一度リリーに生まれ直したのだろうか?
ボクにとっては30年以上の積もった思いがある。
でも普通は一度死んだら二度目はないから、寂しかった気持ちよりももう一度会えたことがうれしい。
前世の102年はもちろん大切だし、その前の15年だって覚えている、あの人生に決して未練がないわけでもないけれど、今ここにいるユーリと抱きしめあえていることが、今のボクにとっての大事だから。
とかなんとか考えて呆けていると、ぐっと首の後ろに腕を回されて、口を吸われた。
アイラ・ウェリントン初めてのキスは5歳にして、不意打ちの様にユーリに奪われた。
やっと二人をあわせられました。
ユーリの方も前世の記憶を持ち合わせている様です。
可能な限りハッピーエンド目指していこうと思います。




