第18話:前世の記憶はあてにならない?3
西の都ホーリーウッド市には城が二つある。
市の中央を南北に大きな川が走っており。
市は東西に二分されている。
その両岸に城が対峙する様にそびえており。
東側をホーリーウッド城、西側をディバインシャフト城といった。
これは約450年ほど前、フィオナ族という人種の都市国家であったディバインシャフトがルクス帝国からの圧力に耐えかね、ホーリーウッド侯爵に助けを求めて当時のウェストウッド市街に併合されたことによって発生したことに由来する。
現ホーリーウッド城は旧防衛用城砦ウェストウッド城を改築したものであり、現ディバインシャフト城は旧城に防衛用の設備を増築したものである。
なおこの世界には保存の魔法という一種の魔法障壁が普及しており、築2000年以上の建物がたくさん残っている。
これは建材の表面に、風化や劣化を防ぐ魔力の膜を張るもので、大きな建物であれば建物自体に魔方陣と呼ばれるものが施してあり、 中で人が生活して放出される余剰魔力を使って維持される。
なのでこの世界の大きめの建物というのはかなり長持ちだ。
ホーリーウッド城には通常ホーリーウッド侯爵夫婦と嫡男以外の子が住み。
ディバインシャフト城には次期ホーリーウッド侯爵と、それ以下の家族が住む様になる。
そのためディバインシャフト城には大量の部屋があり、また西のルクス帝国に対する防衛をするために軍の駐屯施設などが充実しているのもディバインシャフト側であった。
なおフィオナ族はホーリーウッド領南東部のレジンの森周辺地域にレジンウッドという町を起こして、今も平穏に暮らしている。
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(アイラ視点)
ブラウニースクエアから母が出てきたのはボクがパンを食べ終えてすぐのことだった。
母はうれしそうに笑っていて、一人の女性を連れ出してきた。
外見からリウィの母、カンナさんだとわかる。
アンナやハンナ母さんにそっくりだしね。
「アンナ、サークラ、トーレス、アイラ、アイリス、アニスちょっとこっち向いて♪」
「?」
一同突然現れたなぞの人物(しかも呼び出した本人にかなり似ている。)に怪訝そうな視線を向けた
「こちらカンナ・ブラウニーさん、母さんの、まぁ親戚よ?カンナさん、さっき話したこちらがアンナよ普段は僻地の村にいるから、めったには会えないけれど、貴方の親類よ?」
と、母が声をかけるとカンナさんはうれしそうに目を瞬かせてアンナの手を握ってきた。
アンナはなにがなんだかわからないといった感じでなすがままにされている。
「それから、こっちの子たちが私の娘、貴方の従弟妹たちということになるわね。」
「わー、こんなにたくさん・・・はじめまして、カンナ・ブラウニーです。私母が亡くなってから血を分けた家族って娘しかいなかったので・・・、うれしいです。」
と目に涙をためてよろこんでいる。
普通そんな状態で突然貴方の家族ですといって知らない人がたくさん出てくると、詐欺を疑うが、カンナさんは親戚であることを疑う余地がないくらいハンナ母さんやアンナとそっくりだった。
「私の娘のリエッタが、今はお使いに出てしまってるんですけれど、アイラちゃんやアイリスちゃんと同じ年らしいの、仲良くしてくれるとうれしいな。」
と、ボクとアイリスの手をつかんだ。
「よろしくー」
「よろしくお願いします、カンナさん、リウィにも今度会いにきますね。」
「あら?リウィって愛称教えたかしら・・・?まぁいいわ、サービスするからまたパン買いに着てね。」
と談笑して分かれることができた。
一応次期侯爵を待たせている立場なので、早めに切り上げて。
護衛5人とともに屯所に向かう。
町の中を15人で行き来する女性だらけの集団というのはかなり目立つけれど、護衛しているのが碧騎兵だからか、見られるだけで、ちょっかいをかけてくるものはいなかった。
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母は母でおいしそうなビスケットをいくつか買っていて、それを入れた袋をみんなで分けて、とトランティニャン伍長に預けていた。
嗜好品用のビスケットは贅沢品で小袋一袋で500ナーロくらいするのに、いったいいくつ買ったんだろうか?
この世界でも官吏や正規兵は賂をしてはいけないけれど、護衛に対して食料や備品といえるもの、金銭価値の低い物を与えることは慣例とされ、贈収賄に含まれないため、母はそれをお礼に選んだ様だ。
今回の護衛はみんな女性なので、甘いものは素直にうれしいだろう。
価格も食料としては高いとはいえ、贈り物としては安物の範疇だ。
トランティニャン伍長も一度は遠慮したものの、甘い物は好きな様で、再度すすめられるとお礼を言って受け取った。
するとほかの5名も心遣いありがとうございます、隊の仲間と食べます。
と、笑顔でお礼を言ってきた。
あとから聞いた話だが、ブラウニースクエアは旧ディバインシャフト市街でもっとも庶民に人気のあるベーカリーで、特に名前の由来ともなっている四角形の食事パンと、クッキーやカヌレなどの菓子類が人気のお店であるが、黒曜日を休みにしているため休みがかぶり、近衛兵たちはなかなか買うことができないのだとか・・・。
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その後ディバインシャフト城についた、前世では人生で2番目に長く住んだ城であり、ウェリントンを失ったあとのボクにとっては、故郷の様な安心感を得られる場所だったけれど、今生のボクは今のところウェリントンを失っていないので、故郷はあるし、ここまでにたくさんの差異が発生しているためまだユーリがボクの知っているリリーの転生者のユーリとは限らないのでここがボクの嫁入り先になるかどうかも実はわからない・・・。
それでも、ここに来た瞬間に、愛しい人に会えるかも知れないと思ってボクの胸は高鳴った。
馬車から降りると、すぐに目の前の裏口というか、東棟と呼ばれる、ホーリーウッド家の血筋のものが住んでいる区画の入り口に案内された。
普段は施錠されている出入り口だけれど、客を招き入れるときだけはあらかじめ開錠されており、出入りすることができる。
今日はここでギリアム様と、そのご家族と会う予定となっているが、ボクたちはお行儀よく座っていられるだろうか・・・、これからお世話になる貴族に対して無礼があってはならないと重々言われているが、アイリスとアニス、それにモーラは少し心配だ。
(アルンとエッラはいいとしても、モーラはがさつなところがあるから、嫌われなきゃいいけれど)
応接室に通されて5分ほどすると、部屋の外に気配があって、すぐにギリアム様たちが入ってこられた。
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ギリアム様から聞いていたので、隣でエスコートされている、シンプルなワンピースドレスを着ている女性がおそらく奥様だろう、そしてその隣にいる黒髪のメイドさんが抱いているのがおそらくはギリアム様がおっしゃっていた幼い娘、見たところまだ1歳にはなっていないくらいだね。
(ユーリがいないのだけれどどういうことだろう、もしかして・・・生まれてないとか!?)
ボクが前のアイラの記憶を持って生まれてきたことでそんな差異が発生するか・・・!?
さすがに生まれる前のことまで、変化するとは思えない・・・。
いやでも、現に今目の前にユーリがいない・・・。
「待たせたね、ようこそホーリーウッドへ、待っていたよ諸君。」
とギリアム様が、手を拡げて歓迎の意を示し
「お招きいただき感謝しております。閣下のご厚情にお応えできる様にしたいと思います。」
母が代表して応える。
「堅苦しい挨拶はなしにしよう。私はすでにここにいる全員と面識があるから簡単にいこうか、ギリアム・フォン・ホーリーウッドだ。次期ホーリーウッド侯爵となる予定で、ゆくゆくはエドガー殿に私の片腕になってもらいたいと思っている。こちらが妻だ。」
とギリアム様は隣の女性を促した。
「はじめましてみなさん、エミリア・カミオン・フォン・ホーリーウッドです。皆さんと、特に双子ちゃんたちと会えるのを楽しみにしていました。隣のメイドが抱いてくれているのが、長女のユーディット・フォン・ホーリーウッドです。去年の6月34日に生まれました。本当はあと一人長男のユークリッド・フォン・ホーリーウッドがいますが、今日は学校にいっているので後で改めて紹介しますね。双子ちゃんの1年度上のかわいい男の子ですよ。」
と女性、エミリア様はペコリと頭を下げた。
髪の色がライトブラウンなことと目つきを除けば、ボクの知っているユーリにどことなく印象がかぶるおっとりした感じの女性・・・。
(よかった、ユーリは学校に言っていただけの様だ。ひとまず生まれてはいる。)
それからボクたちも順に挨拶をして、お昼ご飯を食べてから各自の部屋で休憩をすることになった。
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ボクの部屋は、前世と同じくユーリの隣の部屋らしい。
エミリア様が楽しそうに教えてくれた。
部屋は前世と違いボクとアイリスの部屋の両方が薄紅色系統の色が基調となっていて、ユーディットちゃんの部屋とほぼ同じ色を基調にしてあるそうだ。
それとアニスの部屋も同じ色らしいけれど、ボクを案内してくれたのはエミリア様でほかはそれぞれ別のメイドたちが案内して行ってしまったのでそれ以外の部屋を見ることはできなかった。
「でもあの人から聞いていた通りかわいい双子ちゃんで安心したわ。」
とエミリア様がおしゃった。
今部屋の中には、ボクとエミリア様とユーディットちゃんだけで、アイリスは自分に割り振られた部屋に、一緒に部屋の案内をしてくれていた黒髪のメイドさんはボクの部屋にユーディットちゃんを解き放つと、アイリスの世話のために追従していった。
「ありがとうございます。」
かわいいとほめていただいた。
でもボクは今、ユーリに似ている茶髪の天使のほうにメロメロだ。
(ユーリも赤ちゃんのときに会えてたらこんなだったのかな?)
ちっちゃいおててをにぎにぎして我ながらユーディットちゃんの邪魔ばかりしている。
そして、ボクのぞんざいな返事にも機嫌を損ねることなくエミリア様は微笑みを湛えてボクとユーディットちゃんを見つめている。
ひとしきり遊んでから満足したボクはようやくエミリア様に向き合った。
「それで、どうしてエミリア様はボクとアイリスにご興味が・・・?」
なおユーディットちゃんは疲れて眠そうにしていたのでボクのベッドに転がしている。
「うーん、そうだねー、いろいろ理由はあるんだけど、アイラちゃんかアイリスちゃんのどちらかが、ユーリ・・・ウチの男の子のお嫁さん候補なの、だから私はぜひともいい子であって欲しいな、ユーリが仲良くできる子だといいなって、思ってるの。」
と優しい微笑みを浮かべたままでエミリア様はおっしゃった。
「侯爵家の嫡孫ともなれば、引く手数多なのでは?」
ボクがつい思ったことを口に出すと
「アイラちゃん5歳なのにずいぶん大人びたこというのね・・・。」
きょとんとさせてしまった。
「うちのユーリみたい、きっと貴方とユーリは気が合うわ、それに可愛いし。もしもアイラちゃんがユーリのこと気に入ったら是非お嫁さんになってね?」
それは、ボクの気に入るユーリだったならばもちろんなるつもりだ。
できればボクはまた愛娘をこの手で抱きたいのだから。
「はい、それは素敵な方だったらもちろん」
「実は今日ユーリってば貴方たちが来るって聞いたら楽しみで、学校行きたくないとまでいっていたのよ、それにあの人・・・ギリアム様がウェリントンに行くといったときもついていくと必死で言ってなかなか聞かなかったのよね、だからきっと貴方たちのこと、特別に感じてると思うの、今までいろんな女の子にあわせてきたのだけれど、メイドのナディア以外にはなかなか心を開かなくてね・・・。親戚の貴方たちならいけるかもって思ってるの。」
聞けば聞くほど、前世のユーリだと思える条件がそろっている。
そして、メイドにナディアがいることが確定した!
「今日は何時くらいに帰ってくるんですか?」
「ユーリ?」
聞き返されたので首だけで肯く
「そうね、楽しみにしてたから、かなり早く帰ってくると思うわ。たぶん3時半くらいね・・・アイラちゃん眠たそうだしちょうど今からお昼寝したら起きる頃に帰ってくるかもね?」
時刻は2時を回ったところ、確かにおっしゃるとおりだろう。
でも寝るにはエミリア様がいらっしゃると失礼になるか?と思っていたらエミリア様がボクを手招きした。
なんでしょう?と首を傾げつつ近づく
「もーがまんできない、かわいいかわいい」
そういって、エミリア様はボクを抱えあげてそのままベッドへ腰をかけた。
軽めとは言え13kgくらいあるんだけれど、普通に持ち上げたね?
なすがままにされてベッドに横たえられ膝の上に頭を抱え込まれた。
「眠いの我慢しなくていいからこのままねちゃいなさーい。」
と、不思議と抗う気の起きない甘い声でボクはあっという間に眠りの世界へ誘われた。
もうちょっと早く書きあがるつもりだったのですが、10日に間に合いませんでした。
明日も仕事なのにこんな時間になってしまいました・・・。
なお後ろにいた黒髪メイドさんはナディアの母です。




