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第17話:前世の記憶はあてにならない?2

 サテュロス大陸で最大の規模を誇る大国イシュタルト王国、その四方を治めるのが、南進侯スザク、北伐侯ペイロード、東征侯オケアノス、西安候ペイロード、通称四侯とか四大侯爵とか四方など呼ばれる4つの侯爵家である。


 それぞれに特色があるが、主なところでいえば、東は軍の育成と武力外交に強いが生産が低い、北は工業に優れ食料生産は土地が余っているため余裕があるが戦争なれしていない、南は搦め手の外交に強いが反面民を安んじる性格、西は農業も工業も特化した所はあまりないがすべての分野において苦手が少なく内政から軍事、外交まで何でもござれで豊かな領地を治めてきた。

 しかし戦争はこの300年小規模な小競り合い程度のものしかなく、オケアノスの軍が強いなんて特色や、有事には四侯がそれぞれ面している国に対して対応するなんていうあり方はとっくに形骸化していた。


 そして長い平穏の中で、安定した発展を遂げてきたそれぞれの首都(領都)は他の国の王都や帝都にも勝るとも劣らない大都市へと発展していた。


---


 春の季節も過ぎ去った4月、初夏の爽やかな熱気の中、西の都ホーリーウッドに続く道を馬車がゆっくりと北上していく。

 年末年始の人事異動で見事碧騎兵へ採用されたマイヤ・マイヤネン伍長とブランシュ・フランソワーズ・トランティニャン伍長は先任の碧騎兵4人とともに、重要護衛対象の護衛中。


 馬車の中には、とある僻地の村からホーリーウッドに移住するものたちが乗っていた。

 そのうちの一人の幼女に対して個人的な負い目のあるマイヤネン伍長は、自ら志願し、御物台に座り馬車の手綱を握っていた。


------

(アイラ視点)

 突然のギリアム様の来訪と、その際もたらされた報せは、ボクの前世と今生との人生に更なる乖離をもたらした。

 もう自分の前世の知識が今後まったくあてにはならないのが残念ではなるが、もとより人生とは先がわからないものだと考えれば、納得も容易かった。


 一応ホーリーウッドにくるのが3月末か4月頭になるのは、早いうちに決まっていたので、ボクは最低限の保険のために「跳躍」の能力がどの程度発揮できるかを確かめホーリーウッドとウェリントンの間であれば5歳現在の魔力でも往復することが可能と判明したため、前世でナタリィとオルセーが接触した日と、ウェリントンが襲撃を受けた夜はに跳躍して様子を見ることに決めた。

 それでこの度安心して、ホーリーウッドへの移住となった。


 いやボクが安心してようがしてまいが、父を残して移住することは定まっていたんだけどね。


 馬車の中には、父以外のウェリントン家の家族と、アンナ、エッラ、モーラ、アルンがいる。

 アンナはトーティスがエドガーに業務を教えてもらうのに忙しいので、次期村長夫人としてホーリーウッドの組合などへの挨拶周りのため、モーラとアルンはホーリーウッドで勉強をするため、そしてエッラはボクたち姉妹の世話役をしたいといって、家を出る道を選んだ。

 前世と同じメイドさん志望というわけだ。


 昨日の昼ご飯を食べてから村を出て、途中夜警部隊の拠点に一泊、現在地からすると

 今日の昼に差し掛かる頃にはホーリーウッドにたどり着ける見込みだ。

 前世の様な危険がありえる旅ではないので、道中はあまり急がずに来た。

 それでもボロの交易用馬車を騎乗用の馬に引かせるしかなかった前世と異なり、整備の行き届いた輜重用の馬車を、専用の馬に引かせた今回は総移動時間はかなり短くなった。


---


 正午を過ぎた頃、ボクたちを乗せた馬車は、ホーリーウッドの西門、川の西側にある旧ディバインシャフト市外側の門にたどり着いた。

 ボクたちは、制式の馬車に護衛全員が近衛の証である装備をしていたため、簡単な荷物チェックだけで市街に入った。


「わぁー!すごいすごい!お店が1,2,3,4・・・ここから見えるだけでも数え切れないくらいあるよ!?」

 と、モーラは「かわいいソラ」に逢えない寂しさで泣いていたのが嘘の様にはしゃいでいる。


「ほーんと、この立ち並ぶ店を見れただけでも、村を出てきた甲斐があったってもんよね。」

 と機嫌よさそうにつぶやくのはアルン。

 彼女はそもそも村を出たいという願望が強い女の子だったので今回の話に飛びついた。


 ウェリントンからはほかにも数名の若い男女が職人としての修行のためにホーリーウッドに出てくる予定になっているが、この二人は特に未成年の娘ということもあって、ホーリーウッド家が後ろ盾となってくれることとなった。

 モーラは12歳、アルンは14歳ということですでに基礎学校の入学年は逃しているため、まずは基礎学校卒業程度の一般常識はあるという、認定テストを受ける予定にしている。

 それまではディバインシャフト城の女性用宿舎に泊まることができる様にギリアム様が取り計らってくださった。


 同じ様にメイドになる予定のエッラも認定テストと、近衛見習いの入団試験を受けることになっている。

 これに合格していると、御側メイドや近衛メイドとしては1ランク上の扱いを受けることができる。


 そろそろ3番広場というところで。

「あ、マイヤさん、ちょっといいですか?」

 と母ハンナが御者台のマイヤネン伍長に声をかけた。


「はい、どうなさいましたかウェリントン夫人」

 余所見運転はせず声だけで答えるマイヤネン伍長は失敗なくここまでこれたことで少し上機嫌そうだ。

「ブラウニースクエアっていうパン屋さんかお菓子屋さんがこの辺りにありませんか?」


 それは、ハンナ母とアンナの姉に当たるヨアンナさんという女性の、一人娘のカンナが結婚した男が営むパン屋だ。

 前世のとおりならば、ヨアンナさんはすでになくなっているが、この時期であればカンナさんもその夫も不埒な男爵の魔の手が及ぶ前のはずだ。

 母はなんらかの手段で、カンナさんがそこに嫁いだことを知っていた様だ。


「はい、そのお店でしたらこの3番広場から、学校のほうを向いて、あぁあれはディバインシャフト第一学校という基礎学校ですね、この方向から見て左手の道沿いに行くと5番広場との途中にありますね。」

 と口頭で説明した。

 どうやら今は寄り道はしてくれない様だ。


 が、アイリスがパン屋と聴いてゴネはじめた。

「えー、パン!お菓子!?アイリスおなかすいた!お母さんそこいこう、ちょっと分けてもらおう!?」

 と、アイリスはまだお店で商品を買うということに触れたことがなくて

 おなかがすいたから誰かに食べ物を貰う、位の感覚・・・。


 貨幣経済に触れさせるのは早いほうがよさそうだ。



「マイヤさん申し訳ないんですけれど、寄っていただけませんか?アンナもいることなんてめったにない機会なので・・・」

 やはり、母はその店が、カンナさんがどういった存在なのかを知っている様だ。


---


「こちらです」

 マイヤネン伍長が馬車を乗り付けるとボクたちは全員で馬車を降りた。

 馬車は一旦近くの屯所においてくることになりマイヤネン伍長とは一旦お別れとなる。


 その店はそれなりに広場に近いところにあり、正午過ぎという時間も相まって、繁盛している様に見えた。

 店の構えは近くの店と比べて大きくないもののパン屋という基準でみれば結構大きい方だろう、ガラス越しに店内の見える手前の棚には、見た目に特徴のあるパンや肉や野菜をはさんだパンが並び、奥側には食パン系統食事パンが陳列されている。

 そして店内に入ると、焼きたての香ばしいバターと小麦の匂いがして、入り口との逆側の壁沿いにはこの世界では希少な菓子類が置かれていた。


 お昼の時間ということもあり、店内はそれなりに客は多いものの、すでに基礎学校生らは撤収した後の時間のため移動できないというほどではない。

 その中に入っていったボクたちは護衛の近衛兵たちは店の外に残ったものの、母、サークラ、トーレス、ボク、アイリス、2歳になったアニス、アンナ、エッラ、モーラ、アルンと2桁に及ぶため、店内の人口密集度は2倍近くに膨れ上がった。

 それでも店内には動けるスペースがあるため、個人営業のパン屋としてはやはり大きい部類になるだろう。


「それじゃあお昼は別に食べるものが用意されるらしいから、サークラは買い物の練習よ、エッラたちにも1つずつ買ってあげてアイラとアイリスとアニスは2口分くらいでいいわ、貴方とトーレスと、アンナとで分けて食べなさい。」

 そういって母は銀銭を2枚と銅判を2枚サークラに預けた。

 2200ナーロ、果物や、野菜ならかなりの量を購入できる金額だがパンだと8個分くらいだ。

 このホーリーウッドでは切っただけや焼いただけ、なんかは安いが、手をかけると値段が加速度的に跳ね上がる。


 パンは毎日消費するものだが、それだけに味と品質は大切なもので、店で買うとそれなりに高価だ。

 そもそもほとんどの者が安価に自宅でも食事パンを作れるのに店を構えている者がいて、そこに客が入っているということは、それだけおいしいパンを生産できているということだしね。


 あとは専門店ならではの創意工夫か、このリンゴと一緒に焼いたパンなんておいしそうだよね。

 この世界のリンゴはあまり甘くなく、ほのかな甘みと目の覚める様な爽やかな酸味が特徴だけれど、火を通すことで甘みが強く、酸味が弱くなる。

 このスライスしたリンゴの乗ったパンはリンゴが透ける様になおかつ均等に火が通っているのに、見た感じシャキシャキした食感も残っていそうだ。

 まだ食べていないので味はわからないがこの出来映えなら一個300~350ナーロはしそうなものだけれど、表記された値段は250ナーロと安価だ。


(まぁリンゴ一個70ナーロ弱、串焼き肉1本50~60ナーロ、前世なら工場生産品で120円~200円、パン屋で買って270円から500円くらいの食パン一斤がが300ナーロ程度が相場のホーリーウッドで、菓子パンの値段250ナーロをどう見るかだけど・・・。)


 アイリスは、アイリスと同様ふわふわな見た目をしたミルクブレッドという名前のパンに夢中みたい、卵も砂糖も使われているので高めだけれど、実質フレンチトーストだね。

 値段は350ナーロ、相場よりも50ナーロばかり安いか。


 おそらくこの値段で出しても儲けられる程度に毎日大量に捌けているんだろう。

「アイリス、ご飯は後でギリアム様がご馳走してくれるらしいから、そのパン買って半分こしようか?」

 とアンナがアイリスに持ちかけアイリスのパンは決まった。


 ハンナ母さんはボクたちがパンを選んでいる間に追加のパンを持ってきた男の人にカンナさんはいる?と尋ねていた。


 そちらの話ももちろん気にはなったけれど、おなかの虫には勝てず。

 ボクは最初に気になったリンゴのパンを選び、会計をした後は、外のベンチに座り3分の1をちぎって残りをサークラに、さらに自分の分を一口ずつアイリスとアニスに分けてあげた。

 予想とおりシャキシャキした食感の残ったリンゴとふわふわのパンの食感が気持ちよくて、パンについたバターのほのかな塩分とリンゴの風味と甘さが絶品だった。


 お返しにと、アイリスからフレンチトーストを一口、そしてアニスからは焙った塩蔵豚肉としっとりした食感に炒めたイルタマを細切りしたものを挟み込んだサンドを一口分けてもらった。

 どれもおいしくて相場よりも安い、また買いにきたいと思わせる味だった。


 それはみんな同じ様で、特に「んー♪」といいながら足をばたつかせているアニスの感情の強さは、それをみて歩いていた男性が、今日は贅沢にパンでも買うか!と意気込んで店に入っていたことからもその漏れ出た幸せオーラの威力が窺い知れるというものだ。


 前世と同じなら、あと3ヶ月ほどで男爵の魔の手が伸びてくるはずだけれど、絶対にそんなものは、阻止してみせる。

 幸い男爵の屋敷の場所は覚えている。

 今夜あたり、「跳躍」で地下牢を確認して可能なら屋敷を爆破でもして、調査のメスを入れさせるのもいいかもしれない・・・。


 少し物騒なことを考えながら、ハンナ母さんが店から出てくるのを待った。


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