第182話:シンチョウとフィサリス
セントール大陸の最高権威であるミカド、その在所である宮城の一角にサテュロス大陸からの客人たちが集まっている。
そこは普段はグソクやシュゴ鎧の試運転を行う訓練場でむくつけき男たちが汗を流す場所である。
しかし客人である彼女たちのほとんどは未だ少女と言って良い年齢の女性ばかりで、中には2歳にもならないセントール族の幼女までが、その両足で訓練場の土を踏みしめていた。
とは言えその幼女が訓練場でグソクの試運転をしているわけではないし、武器を振るっている訳でもない。
今訓練場で武威を披露目ていたのは客人の中でも新たにダイミョウ鎧を下賜・・・されることになったとされる娘であり、その威力はそれなりに広い訓練場の地面を一撃で1割程捲りあげてしまうほどのもので、誰もが彼女を一角のモノノフであると認めるところであった。
しかしながらそんな彼女ですら外見は、若く可愛らしい、ともすれば幼いと表現されうるほどの可憐な少女(20)である。
実際その特徴的な胸囲的な脅威が無ければ、初対面の人間のほとんどはお使い中の童女だと判断するだろう。
それほど彼女は小柄で、顔立ちも美人ではあるが幼い部類に入り、彼女の年齢を2~3歳若く見せる。
「ご覧いただいた通り、少ない魔法力でも大きな破壊力が得られます。おそらく気密性の高い空間内で魔法を炸裂させることで、衝撃が余すところ無く伝わるためかと思います」
と、幼く見える娘エレノアは自らの行った破壊の簡単な考証を主人たちに述べる。
少し興奮しているからか、常の彼女とは違い自らの着衣の乱れにも無頓着になっており、その破壊を観察していたうちの一人シンチョウ・ヴォーダは謎の力で首を90度以上右に向けられていた。
謎というのは、その力を行使した者のことではなく、その力がその華奢な娘のどこから発揮されたものなのかシンチョウにとって謎だったということであるが、シンチョウはいつの間にか背後に回っていた外見はエレノアと同等に小柄な少女によって頭を掴まれ、エレノアの方から首を背けさせられていた。
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!」
身分も自身の形作ってきたキャラクターも忘れて、痛みを訴えるシンチョウに、少女フィサリスも我に返ったのかその力を緩める。
しかし同時に可愛がっている妹分のエレノアの露わになった鎖骨から胸の上部分の白い肌に目をやらない様に、完全に力を緩めることはせず。
シンチョウの耳元に囁きかけた。
「エッラの肌を見てはいけませんよ、あの子は恥ずかしがり屋なので、やらしい眼でご覧になったのがバレたら命はありません、マルボルクあの子が手を汚すことなく、恥ずかしがらずに済む様に私が責任もって処分致します」
「む、見た目は可愛らしい少女の様であるのに怖いことを、サテュロス大陸の女は皆そうなのか?」
多少力を緩められたことで、自分の頭を掴んでいる人間の顔を見る余裕の出来たシンチョウは、多少キャラを取り繕いながら自分より頭2つ分小柄な娘に尋ねる。
「いいえ?ですが子を守る母と同様、妹を守るためなら信じられない程の力を発揮できる人間というのは確実におります」
無論フィサリスとしても無暗な殺生を行うことを良しとできる性格ではないので、処分というのは記憶を消す魔法の類を試すことなのだが、シンチョウ氏が変な気を起こさない様に、わざと命はないとか、手を汚すという表現を使ったのである。
しかしその真意を測る術も、感情を読み取れるほどの付き合いもないシンチョウからすれば、今目の前で自身には真似できない様な破壊を生身でやってのけたエレノアと同じ様な体格と服装をして、しかも彼女のことを妹だと言うのだから、あえて反目しようなどとは考えられなかった。
「なるほど、了解した。私の努力の能う限り、彼女の肌を見ない様にするし、不可抗力的に見てしまったとしても、一切劣情など抱かないと約束しよう」
ギリギリッ
「痛いっ!痛い痛い!」
「あ、申し訳ございません、あの子の肌を見てもなんの感情も伴わないシンチョウ様を想像して、つい、私からお願いしたことですのに、本当に申し訳ございません」
普段から本業ではないメイドという仕事を7年以上に渡って演じきっている彼女にしては珍しく感情を制御しきれていないのは、直前に見たエレノアの涙に彼女もまた動揺をしていたためだ。
イシュタルト王国で貴族相手ならば問題になったかもしれないが、ここはセントール大陸で、彼女たちの主人は、大陸の最高権威から同格であると太鼓判を捺された3人の姫君、そしてエレノアという同様に3人の姫君に仕えていた者が臨時のダイミョウに据えられたことから、姫君達の従者であると自称する彼女達のことを額面通りただの従者や侍女、側女の類だとシンチョウは考えていなかった。
「いや、良いのだ。私にも弟妹がいるのでな、下の子を、思う気持ちと・・・いうのは、ある程度は理解でき、ていると思うので、そろそろ、手を、離し、てく・・・」
そして不自然な首の曲がり方で息の続かなくなっていたシンチョウは息も絶え絶えになりながらも、フィサリスに対して乱暴に振りほどくであるとか、怒鳴りつける様なことをしなかった。
「シンチョウ様は誠実な方ですのね、あらぬ疑いをかけて申し訳ございませんでした」
それにようやく気がついたフィサリスも今度こそ手を離し、もう一度謝罪を繰り返した。
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(アイラ視点)
シンチョウ氏はフィサリスに後ろから襲い掛かられていたが、最終的に、いや最初から彼女の事を許してくれていた。
どうもシンチョウ氏は女性に優しいのか、ほとんど不可抗力的に起こってしまったエッラの胸元を見るという出来事に対してのフィサリスの行き過ぎた対処を責めることはなく。
彼女の心情に理解まで示して、その無礼を不問としてくれた。
ロックとは随分と器が違う。
ロックなら責任をとって奴隷となれ、とか主人ともども奴隷となれ、くらいいいそうなところだ。
仮に言われても従う必要を感じないけれどね。
でも格好いい所を見せてくれたからね。
身長差の為に、彼の頭を掴んでいたフィサリスのエッラ程ではないにせよ不釣り合いに大きな胸が、シンチョウ氏の背中に押し当てられていたことは、ボクは見なかったことにしてあげよう。
エッラはそんなフィサリスとシンチョウ氏の様子を見てすぐに佇まいを直したけれど、嬉しそうに興奮したケイコ女史に話しかけられているため、二人の方へは声をかけ損ねてしまった。
なんていうかあのセントール最強、人懐っこ過ぎるね。
いやうちのエッラも女性相手なら人懐っこい方かな?
そして、エッラの使ったケイコ女史の奥義『釘打ち』はやはりサテュロス大陸で言う魔法力を集約して打ち込み、それを装甲の内部で攻撃魔法として炸裂させるものの様だが、ケイコ女史が意図したものよりもエッラの方が爆発力が強いのは、魔法力量もさることながら、攻撃魔法というものへの認識の違いというか、慣れの違いの様だね。
ボクたちは攻撃魔法を扱いなれているけれど、セントールではあまり魔法の体系化が行われていない。
結果的にケイコ女史が放った場合の釘打ちは、打ち込む所まではエッラとほぼ同様であるけれど内部に押し込んだ力を魔法力のまま放散させる様なイメージだ。
対してエッラは打ち込んだ魔法力を風系統の攻撃魔法に変換していたために、想定外の威力を発揮した。
これはセントール人であるケイコ女史の説明を、サテュロス人であるエッラがそのまま実行した結果なので、誰も責めることはできない。
魔法障壁を張ってくれた3人も魔導籠手を簡単にチェックしてからその佇まいを直してボクの近くに戻ってきた。
「ナタリィ、障壁張ってくれてありがとうね、ナディア、エイラもご苦労様、皆に守られてお姫様の気分だよ」
ボクは跳躍という異能を持っていることもあり、単独で先行することが多いから、普段の生活からメイド達に守られてはいるんだけれど、直接的な攻撃や流れ弾から目で見える形で守られることはほとんど経験がない。
それゆえ、ボクの前に3人が立って魔法障壁を発動してくれた姿はなかなか格好良く見えた。
「おかしなアイラ、貴方イシュタルト王国の姫君でしょうに」
「そうですよ、降嫁したとは言えアイラ様を姫と思わない人間はイシュタルトにはおりません」
「えぇ、それにジークハルト様もヴェルガ様もアイラ様のことをとても大切に思ってらっしゃいます。ジークハルト様は弟君よりもアイラ様を選んだくらいですし、ヴェルガ様もリントハイム様のご結婚の言葉には割と無頓着でいらっしゃいましたのに、アイラ様の誓いの言葉の時には泣いていらっしゃいました」
エイラはやけに具体的に例を出してくるね?でもセラディアスの一件でのジークの怒りは、例えばボクが真実無力な子どもだったならばエイラにもセラディアスの攻撃が及んでいたかもしれないからというのもきっとあったんだと思うよ?
エイラとノイシュがエイラの出生を明らかにしたいと言えば、きっとジークは否とは言わないだろう。
でもそういえばボクは王族的な意味でも、貴族的な意味でもお姫様(むしろ今は若奥様だろうか?)だったね。
そもそも本来すでに失ったはずの姫という立場を全面に出してセントール大陸の各シュゴ家との外交をしてきたというのにボクは何を寝ぼけているんだろうか?
きっと今周りに緊張する要素がないのがボクの気を緩ませたんだろう。
シンチョウ氏とケイコ女史、それに新顔の善良そうな少女二人以外は警戒する必要のない相手ばかりで、その4人が視界に入っている以上張りつめている必要はないはずだった。
それがこの緩みを許してしまった。
ドス
「うぇ!?」
衝撃と共に脇腹に刺さる鈍い痛み。
ボクは突然の襲撃にほとんどなにも反応できないままで、ただ一歩前へ右足を踏み出して、倒れない様に踏ん張ることしかできなかった。
区切りの悪さ的に短くなったので、次はなるべく早めに更新したいと思います。




