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第179.5話:幼女闊達

(アイラ視点)

 ノアに先導されて、訓練場への道を進んでいる。


 さっき少しばかりユーリから無意識の精神的攻撃を受け、ごまかしながらに握った彼の手から伝わる体温がいつもより熱く感じるけれど、ボクが敏感になっているだけか、本当はボクの体温なのかはわからない。

 何にせよ言えるのは・・・


「たーたぁ、ぅあーにぇ%ЖЁφぃゆ」

 無邪気にあちこちを指さしながらぐいぐいと神楽の手を引く幼女が場を賑やかしてくれているおかげで、沈黙していても不自然でなく済んで助かったということだろう。

 子は鎹とはよく言ったものだ。

 本来の意味合いとは外れるけれどね。


 彼女を見ているだけでドキドキも収まってきて、平和で穏やかな気持ちになれる。

 実のところ体重的には神楽とヒビキの差はほとんど無いので、本当ならもっと振り回されるのだろうけれど、強化魔法のお陰で安心して見ていられる。


 訓練場は工房から2分程通路を歩いた後、屋外に出て、更に少し先にあるらしい。

 宮城敷地内に幾つかある訓練場所の1つで、工房製のグソクや鎧の試しや、装着員の訓練に使われる場所らしい。


 ノアは歩きながらユーリへ簡単な自己紹介を済ませ、それから訓練場についても簡単にレクチャーしてくれた。

 彼女もヒビキの愛らしい姿に和んだのか、それとも単にボクたちと会って少し時間が経ったからか、緊張が解れた様に見える。


 彼女の言った通り2分程の距離の後(ヒビキがあちこち指差しては立ち止まって居たので10分近く掛かったが)外に出ると、夏にしては穏やかな日差しが迎えてくれた。

 内陸部だからか湿気も少なく、とても過ごしやすい。

「くぐーっ、あーぅぅ」

 先程までも何度か外に面した廊下は通っていたけれど、空を遮る物の少ない屋外に出たのが嬉しいのか、クマ語?を喋りながら、前足を持ち上げ後ろ足で立ち上がるヒビキ。


「遊びたいの?」

 と神楽が問いかけながら、こちらに視線で許可を求めてきた。

「急ぐ訳ではないし良いよ?ノア、ここは危なくはない?」

 地下以上の秘密というのも無いだろうし、散策せずその分少し休憩するくらい良いだろうけれど、兵士がよく通るとかだと無闇に走らせたら危ない。


 念のため相伴のノア確認をとると彼女も首肯しつつ

「はい、訓練場側の扉から武器を携帯した者が出てくることもございますが、むき出しで持ち歩く方はおりませんし門近くでなければ問題ないかと思います」

 とのこと


「じゃあちょっと休憩して行こうか?」

「良いって、行っておいで」

 神楽が繋いだ手を放すと、ヒビキはポテポテと駆け出した。

 が、すぐに神楽の方へ戻ってくると、神楽の右手を両手で捕まえた。

「たーたーぁ」

「私も?良いよ、行こっか?」


 甘えるヒビキに神楽は連れていかれ、壁沿いに植えられた草花の所で花を指差しては声をあげるヒビキになにか相槌をうつ神楽。

 その姿は種族の違いこそあるが、年の離れた姉妹か、若い母とその娘そのもので・・・。


 長い時の中で名前も顔もとっさには思い出せなくなりつつある従兄コテツの暴走がなければ、あちらで実現したかもしれない光景にボクは心を奪われる。

 前周の神楽とサクヤの時は、年の差と、サクヤが実際にはボクが産んだ娘であったこともあって感覚が合わなかったけれど、今の二人の姿はあきらと神楽の間にあり得た姿に近しい。


 暁が15才に成るとき10歳直前の神楽と祝言をあげて、中学の卒業くらい迄は待って、それから子が産まれたとすれば、ちょうど今の神楽とヒビキくらいの年の差だったろう。

 いつか夢で見た様に神楽が進学したいならば、子どもは遅れても良いけれど、優秀な彼女のことだから両方を手に入れたかもね

 その場合は、日中はうちの母に響を預けて・・・


「アイラ、アイラ?」

 あまりにも甘美な妄想にボクは夢中になっていたらしい。

 気が付くと目の前にユーリの顔があった。

 今は身長差のあるボク達だから、彼はボクに向かいあうために少し腰を屈めていた。


「(近い・・・)えっと、どうしたのだったかな?」

 話を全く聞いていなかったので、尋ねると、ユーリはボクの耳元に口を寄せ優しく囁いた。

「上の空だったけれど、サクヤのことを思い出して寂しくなったの?」

 その囁き声は先ほどの僕の暁としての願望を妄想した物よりも、アイラボクにとっては甘美で、耳の後ろがゾクゾクとする。

 繋いだままの手が、そのままボクの体を愛でてくれれば良いのにと、暁に寄っていたボクの心が急速にアイラに引き戻される。

 先ほど敏感になって居たと思っていたけれど、それは勘違いだったみたいだね、今この瞬間こそが危険だ。


 彼は単に、ボクが神楽とヒビキを見つめてボンヤリとしていたから、心配して声をかけたのだろう。

 けれど、心への急激な揺さぶりが、そしてそのことへの背徳感が、この体アイラのユーリからの刺激への感度を跳ね上げる。

「子どもが生まれたら、たくさん可愛がろうね」

 それをわかっていないであろう彼がボクの耳横で発した微かな息吹きすら、ボクに鳥肌を立たせた。

 だというのにさらに彼は直接的に想像させる物言いをしてしまって、ボクの体に熱が溜まってきているのが分かった。


 ただ彼の正室として、世継ぎの話に何も応えない訳にもいかない、神楽と3人だけの時なら良いとしても、ここにはメイドたちもいるのだから・・・。

 囁く声は周りには聞こえて居なかったはずだけれども、それでも振る舞い方というものを考えなければいけない。

「そうだね、早く授かるといいのにね」

 本当は、この旅の終わりが見えるまでは、赤ちゃんは出来ない方が都合が良い。

 けれどボクだって本心子どもは早く欲しい。

 だから、建前とか、メイドたちの前での振る舞いなんてことを考えたけれど、自然にそんな言葉がでて、ボクはアイラの筋肉の付きにくいお腹を撫でた。


 旅が始まってからは控えめにしているし、夕べだってちょっとそういう雰囲気になりかけたけれど、お布団の力も借りて何とか我慢した。

 とはいえ、ボクもアイリスたちも結婚後、幾度とユーリと体を合わせている。

 旅に出てまだわずかな日数しか経っていないし、実は実家にいる内にもう授かっている。

 ということもあり得ない訳ではない。


 今とは異なる記憶の中の、お乳をやるとなぜか光る愛しい娘の姿を思い浮かべる。

 前周なら今頃もう1歳になる頃か・・・。

 戦争も終わって、ボクがプリムローズとサクヤとを産む直前の頃だものね・・・。

 花から飛び立った一頭の蝶々を追いかけて駆け回る小さなヒビキの勇姿に、やんちゃだった頃のあの子達のことを思い出しても仕方ないよね?


 この体はあの子たちを産んだボクの体と同じではないのだろうし、今生と前周は全く別の道筋を辿ってしまった。

 それでもボクの心は、あの子達を宿していた頃の穏やかな気持ちを覚えているし、プリムローズやアルマがボクより先に亡くなってしまって、張り裂けんばかりに痛んだことだって思い出せる。

 子どもが愛おしいこと、彼らと過ごす日々がかけがえのないものであることを知っている。


 だからこそ目の前の親を失った幼女一人に対してだって、その親の無念を思い、あの子を幸せにしてやりたい、笑顔で健やかに育ててやりたいという思いも強くなる。


 見れば、神楽の手を放したヒビキは、モンキチョウに似た蝶々を捕まえようとその両腕を懸命に伸ばして走り、まるで蚊を叩く様に左右の掌を勢いよく合わせている。

 しかしその動作はあまりに拙いため、両手はパチパチと音を立てることもなく、時々は両手が合わさることすら無く虚しく空を切る。


 蝶はひらひらと羽ばたきながら、上下に動き、危なげなくヒビキの手を避けている。

 というよりも、そもそもヒビキのことなんて認識すらしていないのかもしれない。

 あれでは蝶を捕えることはできまい、と安心して見ていたのだけれど、蝶は疲れていたのだろうか?

 両手を構えてタイミングを計っていたヒビキの右掌にピトととまった。


 そしてヒビキはその手にとまった蝶を2秒ほど見つめた後、結局手を合わせることにした様だ。

 こんな時に限って、彼女の手は勢いがあり、その両方の掌は引き合う様にピッタリと打ち付けられた。

 ペチン!

「あっあぁー!たーたぁ、とГЁー」

 嬉しそうに、誇らしそうに、手をくっつけたまま神楽のもとへと凱旋するヒビキの足取りは軽い。


「あー・・・、あれは」

「多分泣くね?」

 と、ボクとユーリの意見は重なる。

 惨事を予想したボクはユーリの傍らを離れ、神楽の隣に向かう。


 ボクとほぼ同時に神楽の近くまで戻ってきたヒビキは手を合わせたまま・・・だけれどその手の間は隙間だらけで、なのに蝶が飛び立たないということは、恐らくボクとユーリの想像通りの光景がその中にはあるだろう。

 それを知らないヒビキは実にやる気の充実した表情を浮かべてその手を神楽の方に差し出している。


「たーたぁ、こぇШぃ」

 何か神楽に語りかけながら笑顔でその手を広げるヒビキ。

 その右掌には想像通り、変わり果てた姿の蝶々が張り付いていた。


 翅は破れ、足は折れて千切れ、腹部もどこか破れてしまったのか、少し萎んでしまっている。

 今はまだぴくぴくとしているけれど、完全に死に絶えるのも時間の問題だろう。

 いずれにせよ、彼の蝶が再び空を踊ることはない。


「ぅーえー?」

 きっとヒビキの中では、手を広げたら変わらない姿の蝶々がいて、再び空へと踊り出る姿を神楽に見せてあげようと思っていたのだろう。

 ちょうどいないいないばあの様に、隠されただけの物は目隠しをとってしまえば変わらない姿を保っていると、彼女は体験的に学んでいるのだ。


 しかし、蝶は彼女の掌の衝撃に耐えきれずに壊れてしまった。

 それが未だ理解できないヒビキは、飛び立たせようとしているのか不満げに手を振り、神楽はおろおろとしながらヒビキの様子を見ている。

 つぶれた虫自体に少し引き気味なのもあるけれど、彼女もこの後ヒビキが泣き出してしまうと悟ったのだろう。


 そのうちに決定的な瞬間が訪れた。

 振り回していたヒビキの手から蝶が勢いに負けて剥がれ落ち、砂の地面にペシャリとたたきつけられた。

 ヒビキの掌には黄色と、茶色の鱗粉がぺったりと化粧されていて、その掌と地面に落ちた蝶とを交互に幾度か見たヒビキの表情は先ほどの晴れ晴れとした凱旋の時とは打って変わって、大洪水となった。


「うびゃぁぁぁぁん、まーまぁぁぁぁ」

 唇がひっくり返るほどに歪む。

 その場にへたりこみ地面に手をこすりつけながら、不安をかき消す様にわしゃわしゃと地面の砂を掻き乱す。

 ボクの中にちょっとだけ苛立つ様な感情が芽生える。

 あれだけ神楽に懐いておきながら、今更母親を求めるのか?と・・・。

 しかしながら、すぐに彼女との関係を思い出し、反省した。

「(当然だよね、ボクたちはまだ出会って2日目、もうずっと会ってないとは言え、母親に勝てるわけがない)」

 ヒビキという名前さえ、まだ付けられて20分ほどの新しすぎる名前で、エコーと呼ばれなくなったことも彼女のストレスになったかもしれない。

 それでもエコーと呼んであげる訳にはいかない。


 本当はもっとずっと泣いていておかしくない、この子はずっと不安だったはずだし、今だって不安のはずだ。

 自分を育んでくれた母は傍らにはいないのだ。

 クマよりは母親に近い姿のボクたちに連れてこられて、少しは落ち着いていたかもしれない。

 おそらくは母親に似ていると推定される神楽に可愛がられて、少しは癒されていたかもしれないけれど、とっさの時に求めるのはやはり母親だろう。


 妹が妹だというだけで無条件に可愛い様に、母と子はほとんど無条件に、無意識にお互いを求めるのだ。

 言葉で説明のつけられない執着がある。

 だからヒビキは今お母さんを求めて泣いている。

 神楽に頭を撫でられても、神楽が抱っこしようか?と言ってもイヤイヤと首を振って執拗に手を地面にこする。

 あんなにこすっては、手は真っ赤になってしまうだろう。

 だからこそボクはこうやって駆けつけている。

 本当はママが駆けつけてくれるのを待っていたのだろうけれど、ママは来られないのだから、ボクたちが彼女の家族になっていくのだ。


「ヒビキ、蝶々さんごめんねって、埋めてあげよう」

 今ヒビキに必要なのは慰めることでも甘えさせてやることでもなくて。

 蝶々を彼女自身の手で弔わせることだろう。

 弔うこと悼むことを幼い彼女が正しく理解できるとは思わないけれど、彼女自身の手で蝶の姿を隠すことで、もう変化しない様にする。

 蝶の死骸はもちろん微生物に分解されそのうち無くなってしまうだろうけれど、ヒビキにとっては埋めた時点で、潰した蝶との関わりは永遠に失われる。


 目の前にあるから悲しい気持ちが続く。

 現にヒビキは今の今まで、ボク達の前でお母さんを思い出して泣くことはなかった。

 ボクと同じだ。

 ボクはあの子たち・・・・・のことを覚えているけれど、常日頃から思い出して泣いたり、胸の中が痛くなったりはしない。

 目の前の現実に、あの子たちはいないのだから。

 時々ふっと思い出して寂しくなったりはするけれど、長続きはしない。


 ヒビキにとってはもう、ママが居ないのが現実だ。

 ママがいないことが現実だから、ママのことを思い出さないことで神楽に甘えて居られる。

 庇護の必要な幼い子の本能なのだろうか?

 今は気持ちが高ぶってしまって泣いているけれど、少し間を置けばまた幼児らしく笑ってくれるだろう。

 そのためにも、目の前にある原因を、彼女自身に取り除かせる。


 スコップはもっていないから、光弾を使って土を掘ることにする。

 光弾を壁際の土の柔らかそうなところに押し付けて、光弾の中に土を取り込みお椀型の穴をあける。

 それからヒビキに見える様に蝶々の死骸を近くの砂ごと持ち上げると、ゆっくりとその穴の方へ運んで、穴の中に落とす。


 死骸を見える様にした辺りでピクリと体を震わせたヒビキは、何か思うところがあったのかギャン泣きからすすり泣きに変わる。

 手は砂を掻いたままで、でもボクの手の上の蝶が砂と一緒に穴に入るところをじっと見つめていた。

 神楽は、ボクに任せてくれるのか、ヒビキの隣で待ってくれている。

「ぅー、ケッホ」

 やり方が分からないだろうから、ボクはヒビキと同じ様に地面の砂をこすってから少量掴むと、穴の中に蝶にかかる様に注いでいく。

 ジッとボクの手からこぼれる砂を見つめるヒビキ、神楽もボクの意図を察して、同じ様に砂をこすってから小さくつまむと、まるで焼香でもする様にパラパラと蝶にかけた。


 二人の動きを見てボクの伝えたいことは伝わった様で、ヒビキも立ち上がると同じ様に砂を掴んで穴の中に放り入れる。

 少しずつ注ぐのはまだ難しい様で、ちょっと豪快な入れ方になったけれど、ヒビキはなぜか最初に泣き崩れていた場所まで歩いて戻ってはしゃがみ、砂を掴んで立ち、穴まで歩いて中に砂を放りいれて、少しずつ蝶の姿が見えなくなっていく。

 力いっぱい泣いたせいでまだすこしコホコホとせき込みながら、それでも休むことなく砂を入れていく。


 ヒビキの手は小さい上、掴むのも下手で穴にたどり着く前にこぼれてしまう砂も多かった。

 けれど20回ほども繰り返すとお茶碗一杯分くらいはあった穴がようやく埋まりきった。

 穴が埋まりきったところで、ボクは聖母教式に手を組むと蝶の魂に安らぎあれと祈りを捧げる。

 神楽もボクに倣い手を組んで祈り。

 それをみてヒビキもマネをする。

 ここまでくるともう泣いてはおらず。

 少し寂しそうな顔をしているもののボク達のマネをして神妙な顔をしている彼女の姿は、少し年長の子どもの様に見える。


 ヒビキが手を組んでから20秒ほど待って

「蝶々さんにバイバイしよう」

 と声をかけると、バイバイは通じるのか小さく、穴に向かってその小さな手を振った。

 落ち着いたヒビキは、少しションボリはしていたけれど、結露の柄杓で水を出して手を洗ってやると神楽と手を繋いで、また花に戯れる蝶々が居ても今度は追いかけずにバイバイと手を振っていた。

 幸い手の平は少し赤くはなっていたけれど、擦り傷はできていなかった。


 ボクは神楽の手を再び握ったヒビキが歩き出すのを見届けると、ユーリたちのところへ戻る。

「お疲れ様、流石だね」

 と、ユーリがボクを迎える。

 他の子達もいるから濁しているけれど、これはきっとボクがお母さん経験者であることを流石だと言っているのだろう。


「まぁね、小さい子の相手は慣れてるから」

 ただ前周だけでなく、今生でもアニスにユディ、シシィ、ソフィ、ピオニーと幼女の相手には事欠かないので、これは声を大にして言える。


 ヒビキは先ほど号泣していたのが嘘の様に甘えた声で神楽の手を引いている。

 神楽はそれに応えて、二、三言葉をかけると、収納から結露の柄杓とミネラル補給用の丸薬を取り出して、それを木の器に混ぜてヒビキに与えた。

 はしゃいだり泣いたりで喉が渇いていたのだろうボクも気付いてやるべきだった。


 ンクンクと水を飲むヒビキはすでに機嫌も若干良さそうに見える。

 赤くなった頬と掌が、先ほどの大洪水の跡を確かに残しているけれど、それもそのうちに消えてしまうだろう。

 ただボク達は彼女が常に孤独を抱えていることを忘れてはいけない。

「種族形態の異なるボクたちでは、真にあの子の家族にはなれないのかな?」

 小さく呟いたボクの独り言は、誰かの耳に届いただろうか?

 しかしそれを確かめる前に・・・・


 ドーン!!


 激しい音とともに、交通事故の様な揺れがボク達を襲った。

 ヒビキは耳を伏せ尻尾をシュンと垂らしながら神楽にしがみ付いて、神楽は魔力強化を強めてヒビキを抱きかかえながらボクたちの方へ歩いてくる。

 継続する揺れではない、先ほどあったらしいのと同じ様な、人為的な揺れだろう。


「さっきもこんな感じだったの?」

 と、ユーリに尋ねると、ユーリは他の子達と視線を合わせ、彼女たちのいずれも小さく首を横に振った。

 それからユーリはボクに向き直り

「似ているけれど、多分今回の方がずっと大きい」

 と答えた。


 賢い彼がそう言う以上距離が近いからとかではなく、実際に強い揺れなのだろう。

 何にせよもうひとつ先の区画まで行けばわかることか。

 幸いヒビキも揺れが短かったからか神楽に抱きかかえられているからか、地下の時の様な恐慌状態とはなっていない。

 とはいえ怯えていて、神楽の首にしがみ付いて離れ様とはしない、神楽も歩きにくそう。

「ヒビキも散歩を続けられる様な状態でもないし、そろそろ行こうか」


 ユーリが提案すると反対する者もおらず再びノアに先導を任せて歩き出す。

 まぁ、さっきから見えている門へ向かうだけだけれど・・・。


「いやさっきから思ってたけれど、こっちだけずいぶん高い壁だね?」

 クラウディアの外壁ほどの総延長はないとはいえ、城の内側の区画の壁が6~7m程の高さでそびえたっているのはなかなかに圧巻だ。

 ヒビキが走り回れる程度に狭くないとはいえ、壁沿いまで行くとそれなりの圧迫感がある。

 それによく見れば薄い壁ではなく、上部に返しとその上に通路かなにかが設けられている様だ。


「宮城の裏手口から割とすぐですからね、ここもそうですが、訓練場も周囲を壁で囲んでいて上から攻撃できる様になっています」

 言われて周りを見てみると、このヒビキが遊んでいた区画は訓練場側の壁だけがやけに高く、それ以外の壁はそこそこの高さしかない、そして確かに壁の向こう、宮城の中央側に櫓状の建物があったり、少し離れた位置に建物の2階、3階部分が見えていて、そこからここは丸見えになって居るだろうと分かる。


 防衛用に作られた配置。

 訓練場側の門と比べて、宮城の奥側となるボクたちが出てきた側の門が小さいのも、この空間が僅かに先細りした造りなのも、セントール大陸における籠城戦で、侵入した敵兵を討ちやすくするための、防衛的造りなわけだ。

「(高いとはいえあの程度の壁の上なら、下からも攻撃できそうではあるけどね)」

 セントール大陸での戦争史を知らないボクには、防衛設備の意図のすべてを測り知ることはできないけれど、ここもミカドの本拠として1万年に渡り栄えてきたのならば、造りの一つ一つに意味があるのだろう。


 大き目な扉を抜けると、さらに狭い空間があった。

 区画と区画の間を結ぶ通路だろうか?

 幅は4mないくらい、高めの壁に挟まれた直線の通路の突き当りの様な場所、その右手側がボク達が今までいた区画。

 直線の通路の突き当りはやはり壁そして左側、つまり今のボクたちの正面にはまた扉があり、その向こうが工房で言っていた『表の訓練場』らしい。


 そしてその扉もノアが開け、ボクたちの視界に訓練場内部の惨状が飛び込んできた。

 硬い土と砂の地面は大きく砕け彼女・・を中心としてクレーターの様になって居る。

 彼女の正面、クレーターから離れた場所には半裸姿で膝をつく女ダイミョウ、ケイコ・チョウビ。

 ケイコ女史の傍らには先ほど別れたばかりのエイラがついていて、何か懸命に声をかけている。


 そしてクレーターから見てケイコ女史とは90度異なる方向、クレーターの外縁ギリギリの位置には同じく着衣が乱れ半裸状態の新米ダイミョウ、シンチョウ・ヴォーダが仰向けに倒れ失神のびている。

 彼にはメグがついて介抱している様だ。

 

 そして事の中心地であるらしいクレーターには彼女が・・・

 着衣の乱れたエッラがいた。

 メイド服の乱れた彼女の姿を見たのはいつ以来だろうか?

 タイが外れ緩んだ首元から白い肌が見えている。

 そして地面に座り込み、そのまなじりには涙が光っていた。

 エッラの傍らにはフィサリスがついており、やはり珍しくオロオロとして、エッラに声をかけていた。


 ボク達の入ってきた気配に気がついたのだろうエッラはこちらを振り向くとボクを視界にとらえた。

「エッラ?何があったの・・・?」

 メイド姿の彼女が人前で涙を見せるだなんて、これはただ事ではない。

 ボクの問いかけに、涙を浮かべながらも耐えていたらしい彼女は目を細め、その双眸に溜まっていた涙が零れ落ちる。


「アイラ様・・・、私、お嫁に行けなくなってしまいました」

 


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