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第177.5話:馬幼女と牛少女

 時は少しだけ遡り、アイラがユーリと別行動をとる直前のこと。

 御前会議を行っていた広間に、サテュロス大陸からの客人と、被保護者の幼女とが戻ってきていた。


「スン・・・ヒン・・・」

 先ほど寝起きに目撃した巨大な影が怖かったことと、往路では寝ていた為記憶にない薄暗い通路を通ったのが怖かったのか、幼女は未だにグズっていた。


「エコーちゃん、もう恐くないよ?泣かないで?」

 付き添った3人の娘のうち、幼女を抱き上げている最も胸の大きい黒髪の娘は、少し困った表情を浮かべながらも内心ではそう満更でもない幸福感を味わいながら幼女を宥めていた。

 メイド服が幼女の粗相したもので濡れることも厭わず抱き締めて、幼女も横向きに抱かれながら首に手をまわして密着し、少しでも安心感を得ようとしていた。


 仕えるべき相手ではないからか、それとも少しでも幼女を安心させ様としているのか、珍しく妹にでも言い聞かせる様な口調の黒髪メイドナディアと、彼女にしがみつく幼女の姿を、似通った意匠の衣装を着た色白銀髪のメイドエイラは微笑ましそうに見つめている。

 この幼女がこれまで置かれていた環境を思えば、多少時間が経ったことでかすかに刺激臭が漂い始めたことも些末事に過ぎない。

 人に甘えているその姿だけでも、エイラには幸せな光景に見えてしまう。


 彼女たちが明るい場所に戻ってからも幼女を宥めている間、もう一人の少女、3人の中では唯一メイドの立場にはないユスティーナ・フォン・ハーフセラはミカドの奏者カシュウと話し合いをしていた。

「ミカドから話は伺っております。お待たせして申し訳ない、湯殿はもう用意できていますが、じきに見習い女官が一人参りますので、彼女をお待ち下さい」

 薄く笑みを浮かべた狐獣人の奏者は、待たせることを謝罪し、人を待つ様にとユスティーナに伝えた。


「お早いご対応ありがとうございます。ところで見習い女官さんを待つ意味は?」

 と、ユスティーナは背後のエコーのドロワーズに出来たシミと透けた黒い毛並みをちらりと見ながらカシュウに尋ねる。

 ただでさえ、地下に居たためすぐに洗ってやることができずすでに5分以上も経過している。

 ユスティーナはセントール族の生態には詳しいわけではないが軍官学校を卒業した身だ。

 放置した老廃物や排泄物でかぶれたり、感染症になることもあると知っている。

 それがデリケートな赤ちゃんの肌ともなればなおさらだ。

 そのため言外に、少しでも早く洗ってやりたいがカシュウが付き添うわけにはいかないのか?と尋ねている。


「はい、それなのですがここの浴室は少々他と違いますので案内が必要かと思いまして、皆さま女性でございますので、私が案内するのは少々憚られます。いえ無論見せていただけるというのであれば喜んでお供いたしますが・・・?」

 と、カシュウはにわかに好色そうな笑みを浮かべたが、そういうポーズであり本気ではない。

 それをユスティーナも理解できたので、納得して返す。

「そうですか、わかりました。それでは女官さんを待ちます」


「えぇそれがよろしいかと、それに皆さまはセントール族の生態にお詳しくはない様でしたので、ミカドのご厚意で、セントール族の赤ん坊の世話をしたことのある者を選びました。必ずやその子のためになるでしょう」

 なるほど、とユスティーナは頷いた。

 ユスティーナは確かにこれまでセントール族とまともに接したことがない、せいぜいシコク領でリスという名前の少女にあったと、アイラたちから聞かされたくらいであろう。


「失礼します!」

 とそこに丁度件の待ち人が到着した様だ。

 3分と待たされていない。

「入りなさい」

 年若い女の声にカシュウが許可を出すと入口からその少女は入ってきた。

 服は生成り色の素朴な衣装だが、袖と胴の間、脇のあたりが少し開いている様に見える。

 身長は140cmほどとフィサリスよりも小さく、それでいてその胸は巨乳のフィサリスより少し大きいくらい。

 頭の両側に小さな角が生え、横向きに生えた長めの耳もヒト族とは異なることを示している。

 毛色は通常ならば希少である黒毛だが、彼女の種族としては白毛や黒毛は一般的な色である。

 彼女は牛系の獣人であった。

 胸のすぐ下に両手でなにか布にくるまれた物を抱えている。


「おやメグ、君に決まりましたか、お客様方がすでにお待ちです。急いで、でもあわてずに浴室に案内なさい、ですがその前にお客様にしっかりと自己紹介を」

 とカシュウはメグを促す。

 メグはその場で膝を折ると傍らに荷物を置き、ユスティーナ達へ頭を下げ挨拶をする。

「メグ・ミルヒカーフと申します。見ての通りのチチウシ族で、年は11です。無作法者ではございますが、誠心誠意務めさせていただきます」

 角が床に着きそうなほど深々と体を折る彼女だが、その体はある一点に押しとどめられて、それ以上下がることはなかった。

 服越しに床に押し付けられたそれが柔らかく、少し扁平に形を変える。


 ゴクリ・・・とエイラは唾をのみ込んだ。

「(これで、11歳だというの・・・!?)」

 頭の中だけのこととはいえ、普段の言葉遣いを忘れてしまうほどの衝撃を彼女は感じ、そして自分の足元を見降ろして愕然とする。

 彼女は自分の胸と見比べようと思ったのであって、決して床を見てみようと思ったのではない。

 だがメグの、幼いながら豊満なそれを見てしまった後では、エイラは自身の胸と、その向こうに見える床とであれば床の方が視界を大きく占有していることが、とても悔しく思えてしまったのだ。

「(チチウシ族というのはおそらく、サテュロス大陸でいえば、グ族獣人系シウ部族の一派と同じ様な種族なのでしょうけれど・・・それにしたってこの発育の差は悲しい)」


 たった今、エコーの子どもらしい姿をみて母性を刺激されていたからか、母性の象徴の格差にいつも以上に落ち込むエイラ。

 普段から実は少しコンプレックスに思っている自らの発育不良、年下のメイドであるソルに身長も胸も上回られたころから特に意識する様になった。

 それが、種族差もあるとは言え3つ下の娘、それも背丈はエイラよりもずっと小さい娘にこれだけ立派なモノがついているのはエイラにとって大きな衝撃だった。


「よろしい、メグ、それでは皆様を案内差し上げなさい、それから、この役目に名乗りを挙げた以上半端は許しません、ミカドの名を汚さない様にしっかりと励む様に」

「はい、カシュウ様、今までお世話になりました。それでは皆様ここからはこのメグめが御相伴務めさせていただきます。こちらへどうぞ」

 しかしそんな彼女の動揺とは関係なく、カシュウとメグは役目を引き継ぎ、ここからはメグがユスティーナ達を案内することが示された。

「それではお願いしますね、カシュウ殿もありがとうございました。行きましょう。」

 ユスティーナも別段特別な反応をすることもなく、メグの後をついて移動を開始する。

 ナディアやエイラも特に反対する理由もないので、その後について広間を後にした。


 ナディアに抱きかかえられたエコーだけが、新たな声の主に反応したのか、それとも広間を出た瞬間に風の流れを感じたのか、多少すねた感じは残っているものの、顔をあげて目の前のナディアの横顔を見つめている。

 幸いにしてか、エコーは下半身にそこまで不快感を感じてはいない様子で、淡い色の染みた下着を穿いた後ろ脚は小さく空をかいているものの、暴れたり身をよじったりはしていない。

 そのおかげもあって、彼女たちは広間をでて5分程後には、ひとまずの目的地である脱衣所にたどり着いた。


「こちらの棚の中に籠がございますので、お好きなところに脱いだ衣装を入れてください。こちらエコー様のお着替えと、皆様のお体をお拭きするための布をご用意させていただきましたのでお使いください」

 そう言ってメグは3人が立った近くの鏡台に、自分が持ってきた荷物を置き、包んでいた布をほどいた。

 中には、セントール子ども服(セントール族用)と水吸いの良さそうな布が数枚入っていた。

「ありがとうございます、それでは私がお預かりします」

 と、エイラは包んでいた布ごと持ち上げると近くの籠の中に置いた。

------

(エイラ視点)

 使って良いと置かれたそれらは確かに必要なものでした。

 私たちは着替えや布くらいは魔導籠手の収納機能の中に納まっているけれど、まだエコーちゃんの余分な着替えは用意できていない。

 ナディアはエコーちゃんを抱えているので、もう一人のメイドである私が受け取っておくべきでしょう。

「ありがとうございます、それでは私がお預かりします」

 そう応えながら、鏡の前に置かれたそれを持ち上げる。

 包みの中を改めると、確かにエコーちゃんサイズと思しき服と柔らかそうな布でした。


 それらを近くの籠に置いた私は、エコーちゃんの脱衣を手伝おうと振り向いたのですが

 エコーちゃんよりも先に目に入ったのはなぜか真っ先に服を脱ぎ始めたメグさん~いえメイドと似た様な職なのですからメグと呼ぶべきでしょうか?~の姿でした。

「えっと、なぜメグが脱いでいるのかしら・・・?」

 と、貴族出身であるユナ先輩も思わず尋ねてしまうほど思い切りのよすぎる脱ぎっぷりで、彼女はすでに何も身に着けていません・・・というより、もともとワンピースかエプロンに近い首と腕を通すだけの袖と背中側の布のほとんどない衣装と、その上から羽織る袖と背中を隠す布だけで出来た付け袖とショールを足した様な物だけを着ていた様なので、ほとんど服を一枚だけ着たのと変わらない格好だった様です。

「(こちらの方の下着は、下は穿かないみたいですし、脱ぐ枚数も少ないからでしょうか?脱ぐのが早い)」

 それともここまでに聴いた彼女の出生に起因することでしょうか?


「えっと?今から入浴なさるのですよね?『道具の使い方がわからないだろうから、ご一緒してお手伝いする様に』と言われたのですが」

 首を傾げながら、彼女は紐で髪を縛ります。

 生で見るとなおさらに大きく見えます。

 その11歳という年齢に不釣り合いな巨大な乳房に、私は彼女が11歳だったということを逆に思い出しました。

 11歳は結婚しておかしくない年齢ではあるけれど、まだ子どもとして扱われる年頃です。

 イシュタルト王国では王国軍に正式に所属できるのは13歳からお酒は15歳から、一応15歳になれば大人の仲間入りという扱いではあるけれど、それでも18~22くらいまでは男性なら半人前、女性ならお嬢さん扱いをされることがほとんどです。


 そこから見ても、彼女、メグはまだ疑い様もなく子どもなのです。

 人前で脱ぐことに羞恥心を覚えなくても仕方がない・・・という年齢はとうに過ぎていますが、彼女はメイドと同じ様な立場の人間、つまり奉仕の精神で立っている人間ですから、彼女が仕えることになったエコーちゃんの前で仕事のために必要だと判断して服を脱ぐことは別段おかしいところではないと、私は思い直しました。


「中でも手伝いをしてくれるのね、それでは私たちも服を脱いだり、エコーちゃんを脱がせたりするので、あなたは先に中で準備をお願いするわ」

「畏まりました」

 ユナ先輩が貴族らしく落ち着いた様子で命令すると、メグは一礼して先に浴室へと入っていきました。

 裸でありながらメイド服を幻視させる様な堂々とした振るまい、子どもと侮ってはメグに失礼だったと反省します。

 私たちと文化や呼名は違えど、彼女は確かに私達メイドと根っ子の部分が同じであると認識しました。


 さて、それはそれとして、エコーちゃんを裸にしないといけません、加えて脱がせたあとすぐに浴室に連れていく必要もあります。

 子どもを退屈させると何をするかわかりません。

 つまり誰か一人、エコーちゃんを脱がせるのに平行して支度を整える必要があります。

 メグが浴室を温めに先行している現在、私はこの場では一番発言権が低いので、ユナ先輩かナディアの指示を待ちます。


 ナディアは数秒間ユナ先輩を見つめ様子を確認、指示を出すつもりが無いとわかると自身が指示をする側になることを選んだ様です。

「それでは僭越ではありますが、私はエコーちゃんを脱がせます。

 ユスティーナ様はエコーちゃんを浴室に連れていっていただきたいと思いますので脱衣をお願い致します。

 エイラは私と一緒にエコーちゃんを脱がせるのを手伝って」

 とすらすら述べる。

 述べながらすでにエコーちゃんの服を固定している紐帯なんかを解き始めている。


「あ?うん、わかったけど、脱がせるの手伝わなくて良いの?湿ってるし大変じゃない?」

 と、ユナ先輩は善良な、それでいて少し全体の見えていない言葉を返す。

 小さい子のお世話には流れと言うか、全体の把握が重要、どこかが停滞すれば、まだ我慢の上手に出来ない子どもを不機嫌にさせてしまう。

 ユナ先輩は今はエコーちゃんよりも先に服を脱ぎ、支度を整えて頂くのが一番効率的であります。


「ありがとうございます。こちらはなんとかなりますのでユナ先輩は私たちが支度を終えるまで中でエコーちゃんの相手をお願いします。きっと滑り易いので」

「あ、そうか、私が先に脱がないとなのか」

 と、言葉を繰り返して、ようやくユナ先輩も服を脱ぎ始めました。


 先輩はオンオフがハッキリとしているのか、のんびりした時と切れ者の時の差が激しい。

 貴族らしいと言えばそうかもしれない、私の親しくさせて頂いている王侯貴族の皆様も評判の高い方ほど、仕事時とご休憩時とが結びつかないほど激しく変わる方が多い。

 優秀な方達は気を抜くのもうまいと言うことでしょうか?

 決済書類一枚で数百人以上の民の暮し向きどころか生命にすら影響する貴族の気苦労は測りかねます。

 自然とオンオフの切り替えも巧くなっていくのでしょう。


 多少手間取りながらもエコーちゃんを脱がせて、ユナ先輩と送り出したあと、私たちも手を洗ってから服を脱ぎ浴室に入りました。


「もー、♯↣∂!」

 もー以外に聞き取ることができなかったけれど、きっと遅いよ、と伝えたかったのでしょう。

 エコーちゃんは浴室に入ったすぐのところで私とナディアを待ち構えていました。

「ごめんね二人とも、エコーちゃん二人を待つって言って動いてくれなくて、お湯だけかけながら待ってたよ」

「申し訳ありません、玩具でお誘いしても動いてくれませんでした。私の力不足です」

 先行していたユナ先輩は、その手に木でできた魚の玩具を持ってエコーちゃんがこけない様に隣に傅き、メグは浴槽からお湯を桶に掬ってきてはエコーちゃんの背中と馬体とにかけている。


「いえ、ありがとうございます。私たちが一緒にはいれなかったことが原因の様ですので、エコーちゃん、体を洗いましょうね」

 とナディアは頬笑みながら、エコーちゃんを誘うけれど


「たーたーぁ?」

 タータはー?と言うことでしょうか?

 エコーちゃんは高くか細い声で少し不思議そうに首を傾げ、ナディアを見上げました。

「カグラ様はお仕事中ですからわたくし達と、体キレイキレイしておきましょう、後でカグラ様に遊んで頂きましょうね」

 と、ナディアはエコーちゃんを撫でながら言い聞かせます。

「≫оÅин○кий‰・・・るーぁー?」

 お耳をしょんぼりさせてうにゃうにゃ言ってから、エコーちゃんはさらに尋ねました。

 るーはリュウ、つまりあの目の周りなどが黒いク魔物のことでしょう。


 あの魔物は彼女に取って保護者の様な大切な存在でしょうから、近くにいないと落ち着かないのでしょう。

「リュウはよいこでお留守番してます。エコーちゃんもよいこでしたから、お風呂でキレイキレイして、帰ってからたくさん誉めて貰いましょうね?」

 ナディアがエコーちゃんに手を伸ばすと、エコーちゃんもその小さな手を伸ばして、ナディアはエコーちゃんの手を包み込む様に握りました。

 それから洗い場とおぼしき鏡と椅子のあるところへ歩きだしたので、私も後を追います。


---

「んー♪」

 と、先程までと打ってかわって上機嫌のエコーちゃん、お湯をかけられるのも好きで、体をブラシで擦られるのも好きみたいで何よりです。

 メグが先に何度もお湯をかけていたからか、先程服を脱がせる時に感じたツンとした匂いもなく、充分に湿った体毛は粉石けんの泡立ちも良い。


「エコーちゃん、おててばんざーい・・・脇は・・・ココです!」

 ナディアが言いながらばんざいのジェスチャーをすると、エコーちゃんはしっかりと真似て両手をあげます。

 まっすぐに上がっていない腕が可愛い。

 そこをすかさずナディアは手をさし込み脇の下と腕の内側を優しく手洗い。

 くすぐったそうにキャッキャッと笑うエコーちゃんを楽しみながら私も逐次声をかけながら洗っていきます。

「エコーちゃん、次はしっぽを洗いますよー」

 体が大きく死角のできやすいセントール族の体を洗うときは、こうやって声をかけながらじゃないと驚かせてしまうのと、おしりやしっぽといった敏感な体の部位を呼んでから触ることで言葉を覚えてもらう狙いがあります。

 エコーちゃんの教育は少し遅れてしまっているので、取り戻していかないといけません。


 メグの助言を受けながらナディアと二人で手分けして洗っていると、ふとエコーちゃんと目が合いました。

 私はエコーちゃんのお尻側を洗っているので、エコーちゃんはわざわざこちらを振り返ったことになります。

 エコーちゃんは私の顔を見るとニコリと笑顔。

「(洗われて気持ちが良かったのかな?)」

 私もニコリと笑顔を作って応えておきます。

 すると満足したのかエコーちゃんは再びくすぐったそうなを浮かべてナディアの方へ向いてしまい、その後洗い終わるまでこちらを振り返ることはありませんでした。

---

「・・・と、そういうわけで、セントール族の子どもは早くて3歳、ほとんどの場合5歳位までは、完全離乳はしません、そこでチチウシ族の乳母を使うのが通例です」

 浴槽にエコーちゃんを入れてから、先に体を洗い終えているユナ先輩とメグにエコーちゃんを任せて、私とナディアも自分達の体を洗います。


 洗いながらセントール族の子育ての注意をメグから聴いています。

 例えば今話しているのはヒト族と大きく変わらない胃の大きさしか持たないセントール族は大人になっても一日5回程度の食事を必要とすること(こちらでは武家や中央の方は日に3度、平民は日に2度の食事と干した穀物等の間食をとるのが普通だそうです)

 特に幼いセントールは胃の大きさに対して体が大きいためか、水分量の多い食事を与えないと、ウンチが固くなってしまい、自分で水を飲む量を調整できないうちは、力んで肛門を切ったり、腹痛や、ムズムズで不機嫌になったりすること、そしてその解決策として、他の種族よりも長い授乳期間が取られていることなどです。

 そう言われてみれば先程エコちゃんのお尻を洗っていたときに肛門の粘膜がひどく荒れていました。


 と、私が不勉強を恥じているとユナ先輩の不思議そうな声がしました。

「あれ、どうしたのエコーちゃん?出たいの?」

 見るとエコーちゃんが浴槽のスロープになっているところから上がって来ています。

 そしててこてこと私の方へ・・・中腰になってエコーちゃんについてくるユナ先輩がなんだかちょっとほほえましいです。

「どうしました?エコーちゃん」

 エコーちゃんは、クマズ以外だとお母様に似ていると推察されるカグラ様と、最初に名前を呼んだアイラ様に懐いていて、次いでお母様と同じ黒い髪のナディア、トリエラにはやや懐いています。

 ナディアのほうに行くならともかく、私になにか気になるところでもあったのでしょうか?


 不思議に思いながらも、それを表情に出さない様に、体を洗う手を止め笑顔でエコーちゃんを迎えました。

 するとエコーちゃんもニコリと、可愛いらしい笑顔を浮かべたので、私もニコリとしたところ・・・

「※!rÅтоже♪」

 エコーちゃんはなにか聞き取れない、でも楽しそうな声色で私に飛び付いてきました。

「あは♪泡がついちゃうよ?」

 正直母親の様に懐かれているカグラ様が羨ましかったので、思わず素の声が出てしまいます。


 しかし、その私の喜びは瞬時に戸惑いへと変わりました。

 ニュルリとした感触とともに・・・

「ひゃん!?」

 私の前側からしがみついたエコーちゃんの腕は私のおしりの側に回され、その指がその中心部付近を這いました。

「エコーちゃん!?」

 訳がわからずエコーちゃんの事を引き剥がそうかとも思いましたが、こんな幼い子に拒否されることを覚えさせたくはありません、訳もわからず他人に臀部を触られるゾクゾクとした感触を堪えながらなんとか突き離したりせずに、体を屈めながらエコーちゃんと目線を合わせて肩と腕と背を撫でることで、私のお尻は守られました。


「エコーちゃん、どうしたの?」

「もーぅ、もー!」

 なぜかちょっぴり不機嫌そうに体を捩るエコーちゃん、本気で嫌というわけではないみたいですが?

「多分さっき体を洗ってくれたお礼をしたいんじゃないかしら、私も洗うーっ!て」

 私にはエコーちゃんの伝えたいことがよくわからなかったけれど、隣でみていたナディアが助言をくれました。

 試しに腕を放すとエコーちゃんもそうだと言わんばかりににんまりとした笑顔で、私のさほど膨らみのない胸を、泡のついた手のひらで撫でます。

「ほらね」

 と良いながらナディアも隣に屈むと、エコーちゃんは逆の手でナディアのおっぱいにも泡を撫で付ける。

「(ていうか、それ私の泡!)」


 私の体を洗っていた泡をナディアに擦り付けられる恥ずかしさ、ナディアは嫌じゃないかとか、複雑な恥ずかしさが私の人より白い肌を赤くさせる。

 でも今は入浴中なのですから、のぼせて赤くなったのだと言い訳ができるので、こういう恥ずかしさも少しは受け入れましょうか。

 泡を押し付けられてるナディアがニコニコとエコーちゃんの手を受け入れてるのに、私が不服を言うのは違う気もするし・・・

 ナディアの顔を横目で見ると、とても優しい顔でエコーちゃんの様子を見ています。


 それはまるで姉の様な穏やかさで、お小さい頃のアニス様を見つめていたサークラ様の様で、私もその様に振る舞えば良いのだと教えられます。

「(そういえばナディアも本物のお姉ちゃんでした)」

 エコーちゃんの様な幼い娘は本能として甘えられる相手が分かると言いますから、ナディアのお姉ちゃん力をわかっていて甘えていたのかも知れません、カグラ様もたしかセツラ様という妹君が居ると仰っていたと思います。


「エイラ、えっと・・・そこは受け入れなくて良いと思うわ」

 考え事をしていると、体の感覚が鈍くなるのは当然のことであるとはいえ、ナディアに言われるまで気づかなかったのは私の未熟さからくる不覚。

 いつの間にか、泡で私の体の色塗りをしていたエコーちゃんの左手は随分と下までたどり着き、屈んでいる私の股の辺りに伸びていて、それが目に入った瞬間私の体は忘れていた感触を一気に取り戻しました。

「ひぅっ!?」


 他人に触らせることは通常無い部分、そのあまりに鮮烈な感触から逃れる様に、私は体を引いて尻餅をついてしまいました。

 幸い表面に泡を擦りつけていただけだったので、エコーちゃんの指を痛めることはなかった様で、エコーちゃんは尻餅をついた私を不思議そうに見つめながら、なにかを呟いていました。

「エイラ、大丈夫?」

 心配そうに手を差し伸べるナディアは今もまだ片手間の様によそ見状態のエコーちゃんからおへそのあたりに泡を塗りたくられている。


「えぇ大丈夫、ごめんなさい、考え事をしていました」

「大丈夫ですか?」

 とメグも出会って間もない私のことを心配してくれている。

 尻もちをついて視線が低くなったことで彼女の痛々しい尻尾の断面が目に入る。


 牛獣人の体には先端が箒の様にフサっとなっている尻尾がついている。

 だけれどメグの体にはない、それは彼女がコウヨウ地方出身であることを示している。

 先ほど浴場への移動中に彼女がとても簡単にした自己紹介、その軽くはない内容を思い出す。

---

 セントール族の大半は武家を構成しており、女性は早く次の子どもを妊娠することが求められることが多いため、授乳はあまりせずに乳母を雇う。

 その時よく用いられるのがチチウシ族であるとメグはいいました。

 チチウシ族は女性だけの種族で、チチウシ族を母親に持つ場合に娘であれば高確率で生まれてきます。

 チチウシ族は特徴として妊娠していなくとも初潮のころには母乳が出る様になる者が多いため武家などでは彼女達を乳母として用意するそうです。


 彼女の生まれたコウヨウ地方でもそれは同様で、彼女の母もティーダ家臣のとあるセントール族武家に次男が生まれた時、召し上げられたといいます。

 ティーダ家では、女性に対する特別な差別はないものの、男女問わずセントール族、次いでヒト族が優先されて、それ以外の種族は劣等の扱いをされているとかで奴隷や物の様な扱いはないものの、セントール武家の都合で命じられたことを拒否する権利は基本的にないそうで、メグの母も、まだ幼いメグを家に残して、武家館に出仕することになったそうです。


 メグの母が乳母として選ばれた理由はチチウシ族の寡婦であったからその経済的支援の為という名目だったらしいですが、寡婦となった理由もその武家の命令で鉱山開発が行われた際、メグの父が坑道の崩落で亡くなっていたかららしいです。

 牛系獣人は頑丈で力強い者が多いのでよく労役などに召し出されるとか

『角があるので、鉱山では邪魔になるのでは?』と尋ねると、『労役に就くときに角を切り落とされます』だそうで、それはもう奴隷扱いなのでは?と訝しんだものです。


 それからメグの母の仕えた次男が病気がちで、冬を越せずに亡くなると、その武家は何名かの家臣や家中の者に責任を求め、その中にはメグの母も含まれており、メグは4歳にして老齢の祖母と二人暮らしという苦境に立たされました。

 またこの時罪人の娘という烙印を捺されたメグは、その証を尾に刻まれてしまいました。

 その後どういう伝手でか、メグの祖母はメグを禁軍に引き渡すことに成功し、メグは数名の孤児たちとともに中央に移ってきたということです。

---

「ありがとうナディア」

 ナディアの手を取って立ち上がりながら、最後に少しだけメグのことを考える。

 ミカドがサンキ、ティーダ、エイゼンの3家を未来の構想から外すのにはそれぞれにそれなりの理由があるのだと納得したものですが、彼女の痛々しい尾の傷跡を見るとたまらなくなります。

 穏やかで善良な彼女の笑顔は、そんな悲しい過去を思わせないほど明るく、この中央での『ミカドの孤児院』での生活がどれほど彼女の性質を取り戻してくれたのかと、私には関係ないのに感謝してしまうほどです。


 それなのに彼女はこれからこの中央を離れ、エコーの世話を手伝うために、乳母として私たちの旅に同行するつもりであると言います。

「(ミカドからアイラ様へ申請はなさるそうですが)」

 きっとアイラ様はメグを受け入れるでしょう。


 そしてもしも今でもティーダ家中でメグの様な悲しい子が増えているのならば、私はそれを許してはおけないです。

 本来メイドの私に、旅の道程を云々する権利はありませんが、アイラ様は私の出生のことをご存知の様子ですから、私がこの心の内を打ち明ければ、お優しいアイラ様はきっと・・・いいえいけませんね、こんなことを考えてしまうこと自体アイラ様に失礼でした。


 アイラ様は人々を慈しむお方です。

 きっと私が何かを伝えなくても、鍵の回収をするうちに、自然とティーダ家の様な悪辣者の存在に行き当たり、悪人には初めから決まっていたかの様に裁きが下ることでしょう。

 私はその時にアイラ様に火の粉が降りかからない様に背中をお守りするだけです。


「メグ、これからよろしくね」

「はい?もちろんです」

 さっきも挨拶したのに・・・?と首を傾げるメグはもう私にとってただの年下の女の子ではありません。

 私はソルと同様に彼女を妹分として認めます。

 姉として必ずその笑顔を守りましょう。


「うぅーωĀÑ♪」

「もぅっおてんばさんですね!」

 そして、立ち上がった私をもう一度倒したくなったのか飛びついてくる幼女、貴方のこともきっと守りますからね、という思いを込めて、私は彼女の体当たりを受け止め抱き上げました。

 4つの脚がぶらりと垂れ下がる感覚が楽しいのかエコーちゃんはキャッキャと声を上げて笑い、泡だらけの手をバタバタと動かす。

「わ、エコーちゃん待った待った」

「すごい♪力持ちなのですね」

 ユナ先輩も後からついてきたメグも頭から体中に白い泡が飛び散って、デコレーションされてしまいました。


 それからもう一度全員体の泡を流して、揃って浴槽に入っている時。

 ドンっという鈍い音を私達は聴いたのです。

セントール族幼女の子育て経験のないメンツだとうっかり死なせてしまいそうなので、同行者を一人増やすことにしました。

アイラ達についてくるので子育て経験者を子どもと引き離すのがかわいそうという理由で、妊娠しなくても母乳が出るご都合種族が選ばれました。

なお通常乳牛は出産後生乳を出す様です。

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