第177話:鍵の欠片の欠片
(アイラ視点)
宮城の地下、それなりに深い場所で、奏者たちにも明かしたことがないと言うミカドの秘事を明かされたボクたちは、鍵の欠片がいくつかの魔法的道具の集合であることを知った。
また、大陸の獣以前にはこの星に高度な魔法科学文明が存在した可能性が示唆され、そして彼の文明がミカドの様な特殊な不死性を操る術や、ヒトの霊魂の様なものからドラゴニュートを作り出す秘技をもちえていたことから、恐らくは転生者や周回者に関する知見もある程度以上は有していただろうことも想像に難くない。
ナタリィやバフォメットは、ボクが周回者である意味がある様なことを言っていた様に思う。
とはいえ彼女たちは役目を果たしているに過ぎず神王や六聖、或いは二十四神らの目的自体を知っているわけではない・・・はずだ。
本当は知っていて、ボクたちに明かすことが出来ない可能性も未だ捨てきれないけれど、明かされない以上ボクからすれば知らないのと同義だ。
ミカドは鍵の欠片の説明をひとしきり終えた後、エッラのストームナイトと魔導籠手の改造を申し出た。
ミカドの明かした超科学の前では、サテュロスの軍事機密などたいした価値はない。
ボクたちは即座に了承した。
するとミカドはエッラに小箱を渡しながら、ボクと神楽、ナタリィにここに残る様に伝え、ユーリ、エッラ、フィサリスには先ほどシンチョウ氏やケイコ女史を送り出した『工房』に向かう様に告げた。
同時に禁軍が一体どこからともなく現れ、ユーリの少し前に静止した。
道案内だろう。
ボクと眼を合わせた彼に、ボクは大丈夫だと首肯く。
「それじゃ、またあとで」
と、ユーリは短くボクをハグすると、禁軍の方を向く、すると禁軍はそれを待っていたかの様に歩み始めた。
少しの間皆の背中を視線で追いかけ、それからこの広い、だけども威圧感のある空間にミカドの声が再度響く。
「それではこれから、箱の使い方、というより鍵の扱い方をアイラ姫とカグラ姫に伝えさせて貰う」
なぜボクたちなのか、なんて疑問はもう大きくない。
あの大盾が姿を変えた盾の小物を見たときに、少しだけ納得することがあった。
ああいった変化をするものを、ボクは見たことがある。
いや見た事があるのはアイラではなく暁だけれども、朱鷺見台で異形討伐の任務で組んだことのある花村朱さん、新米だった頃の暁に教育係の一人としてついてくれた彼女は、魔力偏向機導入以前の魔法剣士だった。
彼女らの世代の魔法武具は幾つかの系統に別れていて、その中でも近接主体の魔剣器(剣の形とは限らない)と、遠距離主体の魔砲器(砲の形とは限らない)と呼ばれるものは、魔力偏向機以降の魔法少女の様な『変身』は伴わずに、武装だけが待機形態から稼働形態へと『変化』するものだった。
その待機形態と稼働形態との変化がちょうど今回の大盾と小物の様な、ほとんどそのままの形で大きく(小さく)なる様なものだ。
一応魔力偏向機は、それら魔剣器や魔砲器の流れを汲んだ魔法的装備である。
もしかすると、ボクの持っている暁天も鍵の欠片と収斂進化の如く似たコンセプトのある道具なのかもしれない。
ミカドの慧眼はそれを見抜いて、ボクたちならば鍵の欠片の使い方を身に付けるに足ると感じたのかもしれないし、単にまた『そう定まっていたから』選んだのかもしれないけれど、ボクはもう、なんでボクなの?なんて疑問を挟むつもりはない。
それは神楽も同じ様で、彼女はボクの手を握ってただまっすぐミカドを見つめていた。
「二人とも良い眼だ。まず二人を選んだのは、二人が龍の島出身ではないことと、アシハラ語を話せるらしいからだ。箱の操作にはアシハラ語が不可欠でな、それでいて龍の島出身者には制約があるので鍵を扱わせることはできない、鍵を集める者の中に条件を備えた者が二人もいたのは僥倖としか言い様がない」
と、ミカドは大袈裟に身振りしながら語る。
きっと本当にそうなのだろうけれど・・・そう想う反面『出来すぎている』『最初から仕組まれていることなのでは?』という疑いもボクの心の中に残る。
とはいえ、彼女にそう問い質したところで詮ないことだ。
仕組まれていても、彼女より上の、例えば神王に仕組まれていたとしても、彼女から得られる回答はわからない、偶然、運命その辺りだろう。
でも尋ねられることもある。
「それでは、エッラに箱を持たせたのは何故ですか?」
工房に向かう彼女に箱を預けても、彼女はアシハラ語を話せないし箱を操作出来ない。
ならばなぜミカドは彼女に箱を預けたのか?
「ん?あぁ、エレノア嬢の鎧への導入に箱も使うのだよ、その操作ができる者が工房にはおる」
一瞬、なんでそんなことを?とその美しい顔に疑問の色を浮かばせながらも、聡明な彼女はすぐにボクの言葉足らずな疑問の意味に気付き答える。
つまりアシハラ語が出来る部下がいて、その人物がおそらく今シンチョウ氏やエッラの鎧のコンセプト決めなんかも担当しているわけだ。
その人物が果たして常人なのか、それともミカドの様な特殊な経歴を持つ人物なのかはわからないけれど、少なくとも奏者たちとは一線を画す存在なのだろう。
『奏者たちにも立ち入らせたことのない宮城の最奥』と言っているここにもおそらくは出入りしているのだろうからね。
「さて、また少し歩く、ついてきてくれ」
そう言ってまたもやミカドは歩き出した。
ボクと神楽とナタリィは今度は頷き合うことすらせず。
ただボクと神楽は手を握り合ってミカドの後について歩き出した。
後ろからナタリィがついてきているのも分かる。
ミカドはここに入ってきた入口とも、先ほど禁軍達が忙しく動き回っていた部屋とも異なる方へと向かっていた。
やはり最初に感じた通りアンゼルス砦と同等くらいの幅があり、それなりに歩いて、ボクたちは再び空間の一辺にたどり着いた。
そこには先ほど禁軍たちが居た部屋に続いた扉と似た様な扉があり、同じく掌紋認証用らしいパネルもあった。
先ほどと同様ミカドが手をかざすと、扉のロックは外れ次の道が現れた。
部屋ではなく道、道と言っても建物と建物をつなぐものではなくて、施設内の通路的なもの、道幅は1m少しと広くなく天井も2mちょっとしかないため、背の高い亜人族(例を挙げるならユウ族など)だとかがまないといけない。
やや圧迫感を感じる通路を10m程進むと突き当りで、左右に道が続くミカドがそこを左に曲がると割とすぐ正面と右手に扉が見えた。
正面はおなじみとなった掌紋認証式、右手の扉はノブの付いた普通の扉。
ミカドは迷うことなく右手の扉を開くと、壁にあるスイッチを切り替えた。
するとその扉の向こうには非常階段の様な薄暗い下り階段がぼうっと浮かび上がった。
「少し足元が暗いので気を付けておくれ」
と、彼女は声をかけながら中に入って、階段を下り始める。
後に続くと、確かに少し暗いけれど、前周でボクに苦い思い出を作ったクラウディア城の塔の階段よりは明るい。
薄暗い中を回りながら下っているのでわかりにくいけれど、多分8mか10mくらい下ったところでミカドは扉を開く。
途中にこれ以外の扉はなかったし下り階段はまだ続いているのでまだ下の階がありそうだ。
さらに地下はどうなっているのか興味があるけれど・・・とはいえ目的の階はここの様なので、そのままついていく。
また少し通路が続き、それからまたもや自動ドアが現れた。
「さて、ここから先の事はユークリッド殿やエレノア嬢にも内密に願いたいが、約束してもらえるだろうか?」
扉を開ける前にミカドはこちらを振り返り、無言で頷いたボクたちを見て満足そうに微笑むと、掌をかざし扉を開いた。
そこに広がっているのは先ほどまでの格納庫や、整備用のエリアとは明らかに異なっていた。
それなりに広い、でも他と比べるとずいぶん狭い部屋。
扉が開いた時は暗かったが、扉が開ききった瞬間、室内は人工的な白っぽい光に照らしだされた。
まさに指令室、といった風情のSFチックなたたずまいのその部屋は、奥に向かうにつれて床が低くなっている。
最も前方には巨大なスクリーンと思しきものがあり、軍官学校の座学講義室の様に並んだ長いデスクには、小さなモニターとパソコンのキーボードに似た入力用と思われる端末などが置かれていて、人の出入りの多い施設ではないはずだけれど、不思議と埃が積もった様子もない。
「あまり驚かないのだな?」
いつのまにか、ミカドは再びまっすぐにボクと神楽の方を見つめていた。
造り物めいた美しい顔に、妙に生物的で優しい微笑を浮かべている。
なにか怪しまれてしまっただろうか?
「あぁ、いえ、これまでに十分驚かされたせいで、見慣れない物くらいではもう驚かないですよ?」
一応ナタリィにはボクが転生者(かつ周回者)で神楽が転移者だということも話している。
神話的勢力に所属するはずの彼女が問題としないボクの事情をミカドが問題視するとは思わないけれど、とっさにそう答えていた。
「そうか、若いからか順応が早いのだな、まぁ良い適当なところに座ってくれ、正面の大きな白い壁にいろいろと絵が映るが、驚かないで欲しい」
と、ミカドはボクたちに部屋の真ん中付近の席を掌で示した。
言われた通りにそのあたりの席にボクを挟んで右に神楽、左にナタリィと並んで座ると、ミカドはボクたちより少し後ろの、他の席より余分に装置が置かれている席に座った。
そしてミカドが何かを操作すると、部屋の照明が僅かに光度を落とす。
さらにミカドは少しの間カタカタと何かを操作し続けて、しばらくすると、正面のスクリーンに資料が投影された。
「これは、小箱と・・・弓ですか?」
映し出されたのは、ボクが嵐の大洋で回収した物の中の一つと酷似した(というよりそのものな)小箱とその箱に入っている小物と似ている様に見える弓。
箱の紋は確かニコ家の物で月の満ち欠けをイメージした物だ。
「まぁ、あくまでこれをモデルに説明するだけで、他の物やサテュロス大陸、ハルピュイア大陸の鍵の欠片とも共通の話だ」
ミカドはさらりと重大なことを告げた様に思えたが、あまりにさらりとしすぎていて、ボクは理解が遅れた。
「まず先程は説明を省いたが、この便宜上鍵の欠片と呼んでいる物は実際には鍵の欠片ではない」
「は?」
「「ふぇ!?」」
あまりに突然のことにボクと神楽とナタリィは間抜けな声を出してしまった。
だってそうだろう、集めてきたこれらが鍵の欠片でなければ、ボクは今一体何をやっている最中なのか?
そしてドラグーンのナタリィすら知らないらしいというのはどういうことなのか?
「順に説明しよう、鍵というのは、恐らくナタリィ姫からも説明を受けていると思うが、アシハラとこちらとをずらしたまま繋いでおくために封印する、或いは解放する。そして有耶無耶になっている境界線を行来するための魔法的装置だ。現在このセントール大陸の鍵は、各ダイミョウ鎧の動力としての利用のためにバラバラになっているが、ダイミョウ鎧の内部には先程エレノア嬢に渡した様に、魔法力を放出する宝石の様な姿の欠片と、今アイラ姫が持っている小箱に納められた小物とに別たれている」
ミカドが言葉を紡ぎ、スクリーンに映っていた弓は宝石様のモノと、弓の形の小物とに別れて、小物は小箱の中に、宝石様のモノは画面外から入ってきたおそらくダイミョウ鎧を表しているであろう鎧のシルエットの中に吸い込まれていく。
「この小物の方は、実はこれだけでも魔法道具としての機能があってな、ただグリーデザイアやアンヘルの裏切り後、やつらへの安全装置としての利用をするに当たって、システムへの干渉を防ぐための機構が取り付けられていて、魔法道具としては機能しなくなっている。その機構をリジェクターと言う。魔法力を特定の形で放出するための機構であるマギアギアと、リジェクターを合わせたものが武具の小物で、宝石様の魔法力を放出していたもの、あちらこそが本来の意味での鍵の欠片、紛らわしいのでフラグメントとでも呼ぶか、フラグメントは、魔法力を扱う技能のない者でもある程度魔法を扱える様にする機構であるコモンキーシステムと、大気中など自然界に存在する魔法力を抽出しコモンキーに注ぐリアクターというシステムを合わせたもので、これらすべてを合わせたモノをさらに暴走させていたのが嵐の大洋やサテュロス大陸側の鍵の欠片だ」
情報量がとても多い、えっとつまり、サテュロスの物とセントールの鍵の欠片は本来同様の物だけれど、意図的に暴走とやらをさせているのが、地形を変えるほどの力を放出している状態ということか?
そして、先ほど大盾から取り出した魔法力を放出するものが、本来の意味での鍵の欠片で、実際には魔法力を放出するのではなくて、周辺から魔法力を抽出して再放出しているということらしい。
「すなわち、武具の形をとり、放出される魔法力の形質を司るマギアギア、外からの機構への不正な干渉を防ぎ、同時に暴走状態を維持させているリジェクター、魔法力の出力を手伝い属性を整える機能を持つコモンキーに、魔法力を周囲から補給することができるリアクター、この4つが合わさったものが、ナタリィ姫たちドラグーンが鍵の欠片と語るもので、そのうちコモンキーとリアクターを合わせたものが本来の鍵の欠片としての役割を持つ『仮称』フラグメントだ。単純に小さな箱に鍵の欠片全体を収納し、特定の操作をすることでこれらを制御することが可能だが、対応する鍵の欠片を収めた小箱を対応する大箱に全て納めることでアシハラへ至るための鍵となる。この際実際に鍵の一部として必要になるのはフラグメントであり、マギアギアとリジェクターはお役御免、手元に残る」
スクリーンには逐一イメージ図が映り、とても分かりやすくなっているはずだが、一度に出てきた沢山の道具の名前が煩雑に感じる。
「箱の操作に関するアシハラ語については後程教示するが・・・」
とミカドは前置きした上で彼女は再び資料を切り替える。
映し出されたのは沢山の小物、それも今ボクが持っている小物ではなく、いやある意味ボクが持っている物か、恐らくこれは・・・
「これはアイラ姫が持っているサテュロス大陸の鍵の欠片の画像だ。見ての通り同じ様に小物とフラグメントとに分かつことができる。これによって、さらにダイミョウ鎧7つ分の動力が確保できる計算になる」
ニヤリ、と聞こえそうなほどはっきりと口角を上げて、意味ありげな笑みを浮かべるミカド、言外に『強大な力が手に入るぞ?どうしたい?』とボクの心の在り様を問い質されている気がする。
今生ではそれなりに過ぎた力を持っているけれど、これまであまり私利私欲のために使ったつもりはない、自分国の平穏のために隣国を結果的に滅ぼしたのは私利私欲に入るのかもしれないけれど・・・。
ボクの思案に意味はあったのかなかったのか、ミカドはそれを読み取ったのかどうかすら不明。
彼女はそもそもそんな思考すらしていなかったかもしれない、そのまま画面を切り替えつつ語り続ける。
「先ほど上で見せた通り、ここにはサテュロス大陸の鍵の欠片用の箱もある。アイラ姫に渡すので、使い方を覚えて欲しい。セントール大陸のダイミョウ鎧の回収と、そしていつかまたアシハラの開放を目指すのであれば、マギアギアは力となるはずだ」
鍵ではなく、マギアギアの方が力になる?
マギアギアは、魔法道具として現在も使えるということか?
だとすればその魔法力の形質を司るという機能は、人が直接扱うことでどの様な形で顕現するのか。
「明日は、予定を空けている。明日はアイラ姫の同行者たちを連れて宮城に来てくれ、各マギアギアとの魔法力の相性を確認したいんだ。ヒロやエコーは連れてきて良いが、マナ・シーマはシュゴ家の者故置いてくる様に鍵の欠片に関する話はひとまずここまでだ」
そう微笑んで、ミカドは話を区切り何かボタンを押した。
すると資料は消え、部屋は入った直後の明るさを取り戻す。
クイっと引っ張られる感触に右を見ると、無言で俯きボクの袖を摘まむ神楽の指が目に入った。
あけましておめでとうございます。正月休み中に執筆できるはずが、ごく個人的な都合で叶いませんでした。
更新が遅くなり大変申し訳ありませんでした。
生きてます。




