第175話:ダイミョウ鎧2
御前会議の後、ミカドに導かれるまま宮城の奥に同行したアイラ達サテュロス人と、龍の島のナタリィとフィサリス(ついでにセントール人でセントール族の幼女が一人)は、通された広い空間の中でいくつもの巨大な人型鎧を目撃した。
立ち並ぶそれらはもはや鎧というよりは、日ノ本の言葉で『ロボット』とでも呼ぶべきもので。
大きいものでは10数mに到達するものも存在した。
そしてそんな巨人達が立ち並ぶその部屋の広さ、宮城の地下にこれほどの空間があることを想定していなかったアイラたちは、驚きを隠せなかった。
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(アイラ視点)
現在では神話の終焉の時代とされている約1万年前のグリーデザイア族とアンヘル族の反逆、神話に於いては『大陸の獣』事件とかサテュロス大陸の神話に於いては地平灼く千頭山羊として創世神話の神の時代の終焉を飾っているものだが、ミカドはその頃からセントール大陸に在り、今なお健在であるという。
その頃からこの中央、この宮城の建つ地域を本拠としていたのだから、当然神話以前のなにかがあってもおかしくはなかった。
そして確かにボクたちは神話に関わる存在であるドラグーンのナタリィや、約6~7千年前の建国神話に記述されている魔王バフォメットから神話について教えられた部分が多くある。
とはいえそれは彼らがボクたちに話しても良いと判断した部分に限った話であったはずだ。
彼らは役目を持っていると言った。
そう、例えばドラグーンやバフォメットたち神話の時代を知る者たちから『神話の真実』として聞かされた話の内容が、彼らの持つ役目に都合の良い様に脚色されていたとしても、それは何ら不思議なことではない。
例えば、大陸の獣より前にはどんな世界が広がっていたのか、それをボクたちは知らない。
ただ2万年前に端を発する創世神話では、わずかな起源獣が闊歩し泥濘にまみれた世界に、神王が現れ、アシハラを造り、聖母を呼び、龍王は理性を宿し、様々な人や魔物が世界に溢れたとだけ言って、その後の大陸の獣までの1万年にどれほどの発展を遂げたのかを語ってはいない。
各地に残っていた伝承や神話には相互に多くの矛盾を抱えていたにも関わらず。
その一万年間については一貫して、大した内容が語られてすら居なかった。
せいぜい『シンの火』の連中がねつ造していた『神々から継承せし地』のくだりで、その空白部分の頃にヴェンシンがネクレスコラプス討伐を手助けした手柄により、大陸東部の大半を聖王たちから継承したとしていたが、そもそもヴェンシンの建国時期(推定約7000年)との乖離があるため、無理筋な主張だった。
ねつ造を隠そうとする気すらなかった様に思えるが、一部の幹部たちはそれを心から信じていたのがカルト的集団の恐ろしいところだ。
いや、今はそんなことよりも・・・。
「これは、これが、ダイミョウ鎧なの・・・?」
なんとか絞り出せたのはたったそれだけ、それでも、絶句としか言い表すことのできない様子でただ呆然としている皆より早く言葉を発することができたのは、ボクが日ノ本時代幼少期に男児らしくロボットものを多少なり嗜んでいたからというのが大いに関係しているだろう。
そうでなければボクだってもう10秒は思考停止していたに違いない。
いつだって頼りになるボクの良人が、ボクの手を握り締めたまま目を見開いているみたいにね。
これは恐怖、ううん、畏敬に近いのだろうか?
少なくともユーリはもう、ミカドのことを神話の時代の生き証人として認めつつあるだろう。
この空間だって天井が20m程もあって、幅と奥行きも、かつて国境を守り続けていたアンゼルス砦並みの広さがあると思われる。
こんなバカげた広さの空間が、王都とでもいうべき中央の地下に存在しているだけでも驚きなのに、ここはほんの一部、それもおそらくは何かさらに巨大な施設の中だということ、こんなものを作っていた世界が2万年前にはあったかもしれないのだ。
思えば、アスタリ湖の遺跡だって地下に巨大な空間を持っていた。
古代樹の森の遺跡群だって、異様な広さに渡って仕掛けが施されて、それらが連動していた。
考えてみれば神話的、魔法的要素だけではなく、科学的、機械的なものはこれまでにも出会っている。
とはいえ、これほどの規模の劇物をポンと目の前に出されてしまえばボクだって圧倒されてしまう。
そして、まだまともな精神状態に戻ることのできないボクたちの元にミカドが戻ってきた。
「あぁ、後ろも追いついてきているな?どうだここが、奏者たちにも立ち入らせたことのない宮城の最奥、その一つだ。ここにあるのは役目を終えたダイミョウ鎧やシュゴ鎧、それにもっと前のモノたちだ。壮観であろう?セントール大陸の歴史そのものだ。回収できなかった物もいくつかあるが・・・見よ、これなどアハトバインを騎士王様達が封印せしめたおり、随行していた若者の鎧だ。彼は無事では帰って来られなかったが、今もセントールを鎮護してくれている」
と、半ば陶酔する様な表情で、一番手前、最初にボクたちを迎えた鎧の脚を撫でさすっている。
よく見ればその鎧は全体に傷やへこみがあり、特に首の下辺りは大きく穴が開いている。
おそらくは実際の戦いに使用されたのだということが伝わってくる。
そして、その鎧が纏う威圧感、あるいは歴史の重みの様なものは、ボクの隣のユーリが畏敬の念を抱いている様に、ボクにも神々しさを感じさせた。
これらと同じ様なものを、ダイミョウたちは装備して戦うの?
そんなものに対抗することが果たして、ボクたちにできるのだろうか?
「さて、まぁこれらはすでに役目は終えている。姫たちに見せたいものはこっちだ。もう少しだからな、ついてきてくれ」
しかし、ミカドはここがゴールではないという様に、再び歩みを進め始めた。
ボクたちもあわてて後を追う。
ただ神楽たちを運んでいる禁軍だけが、落ち着いた様子である。
大小いくつもの鎧の中を、ボクたちは進む。
比較的小さいものでもギガントセイバー並の巨躯を誇るそれらはただ在るだけで存在感を放つ。
その間を歩くのだから次に起こることも前もって予想できたかもしれない。
「ふ、ふ、ふやぁぁぁぁん!」
突然背後から聞こえた声にボクたちは振り返った。
それは、神楽の膝の上で寝ていたはずの幼女が、近くにそびえる大きなものの存在感に目を覚まし、怯えてしまった声であった。
エコーは、寝起きで不機嫌というのもあったのだろうけれど、明らかに鎧達におびえた様子で、輿の上で立ち上がって神楽にしがみついていて、神楽もそれを抱きとめている。
というよりは、怯えたエコーが輿の上で立ち上がり危なかったので神楽が抱き寄せたのかもしれない。
それを証明する様に神楽の右手はエコーの後頭部を、左手は上体の背中を落ち着かせる様に撫でている。
「たーた、たーた、やぁ、やぁら、あれやぁあ、うぁぁ、あぁぁぁぁん」
かわいそうにベソをかいて、ボクからは見えないけれど、その表情はきっとぶちゃいくになっているだろう。
そして、怯え切っている幼女は泣いたことでおなかに力が入ってしまったのだろうか。
「あ、あー、申し訳ありませんミカド、粗相してしまいました」
と、神楽が少し困った様につぶやく。
見ればエコーの下半身のあたりの服がぐっしょり湿って、少しばかり後ろ脚に伝い光るものが見える。
神楽にはかかっていないけれど、多分臭いで分かったのだろう。
立ち止まって振り返っていたミカドは、おぉ、と少し驚いた表情を浮かべると
「あぁー良かれと思って眠ったままで連れてこさせたが、反って驚かせてしまったな、すまない。まだカグラ姫たちには用事がある。エレノア嬢以外のメイドとエコーとで先に上に戻って、湯を使ってくるといい」
と、提案してくる。
ナディアはユーリの方を見て、ユーリがうなずくのを確認すると、神楽たちの方に向かい。
「エコーちゃん、体を洗いに行きましょうね、抱っこしますよー」
と声をかけながらエコーを抱き上げた。
神楽から引き離されることに一瞬抵抗を見せるエコーだけれど、相手が黒髪で比較的なついているナディアだったのと、顎を乗せる形で密着したナディアの胸に安心感を覚えたのかナディアの首に手をまわしてしがみつく。
鼻をヒンヒンならし、いつもは元気に動いているしっぽもダランと垂れ下がっている。
すっかり怯えている。
ナディアはメイド服が汚れることも厭わずエコーをしっかりと横抱きに抱きしめてミカドの方へ向くと
「カシュウ様のいらっしゃるところまで戻れば良いのでしょうか?」
と尋ねた。
ミカドは、小さくうなずきながら。
「カシュウに言えばすぐに湯殿を使える様に手配しておく、ただエコーを入浴させるには人手がもう少しいるな、そちらの二人も行ってやってくれるか?階段で手伝いがいるだろうし、うちの者たちよりそなたたちが近くにいた方が落ち着くだろう、カグラ姫にはまだ用事があるしな」
と、返事しユナ先輩とエイラにも声をかける。
二人もナディアの横につくと小さくお辞儀して、それから4人で元来た道を戻っていく。
なお神楽たちを輿に乗せていた禁軍は4人を先導するようで、輿をその場に置くと4人の前を歩き始めている。
神楽だけが残された形だ。
その場に残された輿の上からゆっくりと立ち上がり降りる神楽は、ちょっと寂しそう。
エコーのこと、神楽もとても気に入っているみたいだからね。
それからミカドは何かを袖口から取り出すと、ぼそぼそと一人でなにかを語りかけていた。
おそらくは通信機の類だろうか?
セントール大陸の技術レベルに対して、先進的すぎるけれど、この施設を見せられた今となってはどうとも思わない。
「さて、少しアクシデントはあったが、姫君たちがいれば問題ない、さぁこの先だ」
ミカドがそう言って歩みを再開すると、残ったメンバーは後を追う。
それ以外にできることはない。
「さて、ここだ」
やがてミカドが立ち止まったのは、またも扉の前。
鎧達が安置されている巨大な空間の一面の壁際、普通の人用サイズの自動扉、そしてその横には掌紋認証用らしいパネル。
そこにミカドが手をかざすと、やはり扉は自動で開く。
ミカドの後に続いて扉を抜けると、そこにはまたそれなりに広い空間が広がっているけれど、そこにあったのは巨大鎧の数々・・・ではなくて
「き、禁軍・・・?」
隣の良人が呟いた通り、そこにあったのは禁軍、その生産か整備かわからないが、工場の用に見える施設だった。
壁際にたくさんの禁軍が立てかけられていて、その一部は腕や脚がついていない。
その断面はいかにもな機械の部品が見え隠れしている。
そして、隣と違いここにはたくさんの人影が所狭しと動き回っている。
人影と呼んでいいのか、禁軍が禁軍を生産か、整備している。
やはりというべきか、人間ではなかったらしい。
「ユークリッド殿、ご名答だ。ここは悪名高き私の禁軍たちの整備場だ。108人いるとされている禁軍だが、実のところ人々が禁軍と呼んでいるそれには禁軍以外も含まれていてね、本来の、私を守る戦力としての禁軍、ガードマンシリーズはたしかに108体いるのだが、実のところそれ以外に設備や施設の整備、修理、改造、生産などを司るワークマンシリーズ、農作物や家畜の世話などに用いられるファームマンシリーズ、身の回りの世話など雑用を行うサーヴァンツなどが居てな、先ほどカグラ姫を運んでいたのもサーヴァンツで、ここにいる大半はワークマンだな。ここでは修理の必要な禁軍の修理や、予備パーツの生産などが行われている。なるべく一目に触れにくい様にこうして一か所に集中させているので、私たちの目的もこの室内にある・・・こちらだ」
簡単な説明を終えるとミカドは、再び歩みだす。
禁軍が修理、生産される様なモノだと言っているけれど、誰も尋ね返すことができなかった。
部屋の壁際に沿って歩くミカドの後ろをついていくとすぐにソレは見えてきた。
「エレノア嬢、ここまで私が手をかざしていた場所があったのを覚えているか?」
ミカドは見えてきたものを気にした様子もなく歩きながらエッラに問いかける。
エッラもさすがに緊張しているのか短く、ただ小さく「ハイ」とだけ答えた。
「渡したカードキーは私の手の代わりになる。私の寝所と騎士王様の部屋以外は開くので、変なことには使わない様にな」
こともなげに大変なことを言うミカドに、エッラは顔色を変えずにうなずくことに成功するが、ちゃんと声がでていないので、やはり動揺はしているのだろう。
そしてソレの前にたどりつくと、ミカドは今度こそ完全に立ち止まった。
「少し待って居てくれ」
ソレは、外見から分厚い金属でできていることが予想されるサイロの様な円筒形の構造物、高さは天井ギリギリまであり、本来はこんなところに置いてあるものではないのだろうと感じさせる。
ミカドがその扉のパネルを何か操作すると、扉はひとりでに開いた。
そしてミカドはその中に入っていく。
ミカドの姿が見えなくなったところで、かすかに緊張の糸が緩む。
「ナタリィはここの事、何か知っていた?」
なので今のうちに小声で相談。
まぁ全部ミカドに筒抜けでも、もう驚かないけれど、小声になったのは何となくの事だ。
ナタリィは小さく首を振る。
「いいえ、鎧がこれまで複数回収されていることは聞いていましたが、他の、鍵を安置してある様な遺跡があるだろうと想定していました」
そういえば、彼女も数度驚いた顔をしていたし、ここまでの遺跡は想定外だったのだろう。
尋ねなくてもよさそうなことを尋ねてしまうなんて、やはりボクも相当に驚いているね。
と、ほんの1言ずつ交わしただけの短い時間でミカドは見覚えのある箱を持って現れた。
それはボクたちがミカドに尋ねたいモノと同じ様なモノに見えた。




