第170話:御前会議3
(アイラ視点)
ドン!ガッ!
大きな音を立てて床の上に投げ出されたそれらは、恫喝めいた声を上げ続けた男を黙らせるのには十分な効果を発揮した様だった。
「ひ!な・・・なんだこれは・・・どこから・・・」
訂正、黙りはしていないね、単に突然隣に大きなものが出てきたので驚嘆させただけだ。
そして大きな物音に反応して、さすがのセントールのお歴々達もこちらを少し振り返った。
ロックの様に声を上げたものは居ないけれど。
年若いシュゴ家の姫君たちですら声を上げないというのに、大の男、それも先ほどまで女子どもだからという理由でボクや彼女達を侮辱していた男が、情けない限りだね。
ダイミョウ家の使者殿が冷静な判断ができているのか、それとも都合と感情のままにただ口走っているだけなのか少し試させてもらおうかな?
「これらは、先日のサンキのアシガル部隊によるノイセ襲撃の際に居合わせた私の護衛が打ち倒したものです。彼女には私達の船が上陸できる大きな港がある町を先行して調べてもらっていましたが、町の東側で休憩がてら団子を食べていたところ、突如襲撃を仕掛けてきたという。「ヴォーダ家を騙った者たち」が装着していたグソクと逃亡を図った手漕ぎ舟です」
と、言いながら先日リュウとの筆談に使った紙を折りたたんだものを取り出しゆっくりと開きだす。
するとロックはまんまとひっかかってくれた。
「確かによく見ればこれは、我がトコトコの部隊から奪われたグソク、間違いない。それがヴォーダの名を騙ったとあれば、やはりそこな元ノースフィールド家当主が謀略を・・・」
とトコトコのグソクだと良く見もせずに宣言してくれたので、すぐにメモを読みながら慌てて訂正する。
「あ、ごめんなさい間違えました。これは一昨日ノイセの町に襲い掛かった上陸部隊のものでした。よく考えたら私、先日のノイセ襲撃のアシガルグソクはすべて、ハルトマン様に渡してきたと報告されたのを忘れてしまっておりましたわ。えっとこのグソクは一昨日この漕ぎ舟数十にアシガル3と漕ぎ手5くらいで乗って、ノイセの港や浜辺に続々と押し寄せていたんです」
と、本当のことを告げる。
するとマディンが分かっていたみたいにすぐに合わせてくれる。
「おや、それでは話が合いませんねぇ?ノイセが報告してきた破損分含めたアシガルグソクと、トコトコから奪われたというアシガルの数がほぼ同数であることが、ハルトマンが謀った何よりの証左だと先日どこかの使者殿が仰っていたのですが?アイラ姫様のお話では、大量に同じものが再びノイセに攻め入ったとのこと」
と、ロックを煽った。
するとロックは簡単に訂正をする。
「あ、いいえ、申し訳ございませんな、よく見ればこれは北部で奪われた水軍所属のアシガルです。つまり、ハルトマン・ノースフィールドには北部で我らサンキの拠点襲った協力者がいることになりますな・・・」
と、行き当たりばったり過ぎる答えをくれる。
「ほう・・・その様な話は一昨日ミカドが、『ミカドの眼』でご覧になったこととして貴様に伝えたリュート川を6日かけて南下したサンキの輸送隊がトコトコ到着から3日後船団で出港、翌朝・・・まぁ一昨日ですな、ノイセを襲撃するも撃退され壊滅したと話をなさった時には出てきませんでしたな?」
そこにマディンは更に煽る様な言葉をかける。
ミカドの眼?
そういえばさっきミカドも一昨日見た光景がどうとかいっていたか?
サンキ水軍のノイセ襲撃を当日に、この中央に居ながらにして知りうる手段がミカドにはあるということか?
眼という言葉から一瞬忍者の様な諜報組織の存在を疑うけれど、さすがに当日早朝の出来事を、御前会議の時間帯までに中央に送り届けるのは難しいと思う。
クイック系の魔法が使えるならともかく・・・あ、そういえばさっきマディンはそういう動きをしたね?
あれが何人も使えるなら、その早さも可能だろうか?
あとはミカドの固有の魔法か技術、千里眼の魔法(仮)なんてどうだろうか?
得体の知れないミカドならばそれくらいのかくし球はあるのではないかと、夢想する。
仮にそういうものがあるとすればミカドがボク達が色々収納していることを知っている様子であることや、ボクや神楽、ナタリィを特別扱いすることも理解できる。
そうだとしたら嵐の大洋でのボク達の魔剣(盾だけど)回収したところ位から見られていた可能性もある?
いや違うか、元々警戒してたのは大陸外のことよりもサンキのことのはずだよね。
そしてこれまでも御料地を奪われたりしつつも容認せざるを得なかった部分を今回は責めている。
ボクの知り得ない何らかの条件がこれまでと異なっていて、サンキ家を責める事に不都合が無くなった?
「何がミカドの眼か、以前のトコトコ襲撃の際も、海賊の襲撃を見破るどころかトコトコを海賊襲撃から救った我々サンキがトコトコを襲ったのだと言ってお責めになった。状況からの推測と、ミカドの権威で、中央に都合良い様に事実をねじ曲げるだけのもの空想ではないか!」
ロックは、額に汗をかきながら、なおも抗う。
確かにミカドの眼の実態と、事件の事実がわからなければ、そう言い張る事が出来なくもないのか?
でも一昨日のノイセ襲撃を当日にロックに示したというのが事実であるなら、やはりそれは何らかの形で存在するのだろう。
「それに、仮にそのグソクがトコトコのものでも、北部水軍のものでも、ノイセで押収されたものでないという証拠がない以上、それが一昨日あったおっしゃるノイセの襲撃に使われた物だとは言い切れないのではないですかな!」
ロックは更にニヤリとしながら告げる。
確かにそれは、第三者から見ればそうなのかもしれないけれど・・・一度トコトコのものだと担保し、さらにこちらの訂正を受けた後に水軍のものだと訂正したこの場の状況で容疑者側自らのその発言は、自分もノイセの襲撃に関与してると取られる可能性の方が高い。
一度うっかりした癖にドヤ顔って、かなり行きあたりばったりに見えるけれど、これで本当にサンキの重臣なんだろうか?
せっかくミカドの眼に関する考察で僅かに向上したロックへの評価は、すぐに元に戻る。
マイナス評価なのは変わらないけどね。
まぁ止めはボクが刺した方が、説得力があるのかな?
「ロック・ベーコンのいうことにも一理、ないではないと思いますが、では質問です。あなたは初めどこをみてこのグソクをトコトコの物だと判断し、その後北部水軍の物だと判断し直したんですか?」
単体のグソクAとB、並べたときそれぞれの見分けは正直いくらでもつく、いくら制式採用品とは言っても機械化された工業製品ですらない、ひとつひとつ職人の手作りだ。
セイバーだって汎用量産型の中でもある時期の生産分は関節の動きが悪いとか、この工房産の物は胸部装甲の曲線が美しいとか、僅かな差異があるし、個人用カスタマイズも多い。
だからこそ、小さな違いではこれがどこの所属だと、言いきれるのはおかしいだろう。
サンキの様に広い領土を抱えているならさらに難しくなる。
大きな違いなら間違えるのがおかしい。
「それは・・・、黒いグソクで、装備に共通性が・・・」
だったらどうして君は最初からその二つしか思い浮かばないの?
まさかその二つのグソクだけデザインがほぼ共通とか、そういう偶然はないよね?
ボクの視線に堪えかねたのか、ロックは簾の向こうのミカドを見やった。
「ミカド!この様な小細工までなさって、それほどサンキの忠誠をお疑いですか!?この様な小娘をセントール外の使者に見立てお使いになってまで、我々を貶め様と仰るのであれば、いずれ他のダイミョウ家にも同じことをなさるでしょうな!」
どうやら同席の他のダイミョウ家へのアピールに方針を転換した様だ。
今更手後れだと思うけどね。
「まだ。アイラ姫様の事をその様に扱うのですか?再三申し上げたはずです。彼女はミカドが手ずから歓待する予定にされていると、そういったこちらからの話を無視し、民に強いた不安や殺戮を正当化しようとするのが現在のサンキ家であるならば、中央はサンキ家というダイミョウ家の存在に価値を見いだせません」
マディンは、冷たい眼で応える。
まるでロックの視線がミカドに届かない様にと、二者の間に立つ。
「それは、そちらが余りにもご無体な事を仰るので・・・!」
「お黙りなさい!!」
ミカドと中央を責めるロックの言葉を遮る様に、凛とした声を響かせた者がいる。
それは、ケイコ・チョウビ。
現在唯一の女性ダイミョウ、初めて耳にした彼女の声は、裳着前の少女の様に高く、それでいて風鈴の様な涼やかさと威圧すら感じさせる力強さを持っていた。
マディンは彼女の横入りは咎めない、前列の者ほど発言力があるとの事なのでそれはそうだろう。
彼女の言葉のもつ圧力で思わず黙ったロックは悔しそうだ。
「サンキの使者殿には誠意も、敬意も感じられない、そしてそれはサンキ自体がそれらを失っている様に思える」
そして、続く彼女のどこか淡々とした発言は、明らかに図星だ。
であったからこそだろう、ロックは再び声を荒らげる。
「心外な!いくらダイミョウ家のご当主でも言って良い事と悪い事がありますぞ、我らサンキは・・っ!」
すぐに噛みつくロックだけれど・・・明らかに虚勢だ余裕も策もない。
「サンキにミカドを敬う心が僅かにでもあるならば、まずはアイラ姫様への非礼を詫び、口調を改めるべき。彼女はミカドのお客人で、我々はミカドの臣下なのですから」
と、本気でミカドを敬愛しているらしいケイコ女史の言葉にはぐうの音も出ない。
って言うかダイミョウやシュゴはミカドの臣下で正しいんだね?
黙りこんだロック、そこで感情的になってしまったとか言って謝罪がすぐに出ない辺り彼はやはり余裕がないんだろう。
外交の場だというのに感情的になりすぎているのだ。
そんな彼を追い詰める様に、ケイコ女史は続ける。
「ところで先程から女性蔑視がかなり強く見える。それが現在唯一の女ダイミョウとして気になる。それはサンキでは普通のことなのか?」
口調は冷たい、ただ急に話がミカドへの敬意の話から転換したので、これ幸いとばかりに乗っかるロック、本当に行きあたりばったりだ。
味方ではなくて本当に良かった。
「蔑視などと・・・単に事実に基づいた判断ですとも、女と言うものは鍛えても筋肉が付きにくく、その上30日前後に一度体調を崩すため安定して戦力に数えることが出来ませぬ。その上内政や外交を任せても、感情的に成りやすく判断を誤る事が多い、無論あなた様の様な例外も居りましょうが、そこな小娘らもがそうとはとても思えませぬ、容色が整っているので、そちらでの成果を期待して送り込んだと言うのが本当のところでしょうよ、北は如何か存じませぬが、西や南側では女の評価はそんなものです」
と、やはり外交の場で口にするにはあまりに愚かしい事を声高に宣った。
うん、この場にいる者がほぼ全員苛立ってるのが解る。
マナ姫だけがまぁ仕方ないか、と言う様な表情で、他は皆怒りを抑えているか、抑えていない顔、中でも一番怒りを抑えきれていないのは・・・
「西や南すべてを貴様らと一緒にするな!女であるというだけで公職に付けず性奴隷か替えの利く道具の様に扱うのは、ダイミョウ家の中では貴様らサンキ位だろう!」
立ち上がりながら怒気を露にしたのは、ヒヨウ地方のダイミョウニコ家の使者、シングウ氏。
ヒヨウはファントリーよりも西にあるのでロックの発言の地域に含まれてしまう。
それがよほど嫌だったのだろう。
しかしさすが恥を知らないロック、ケイコ女史もボクも見ている状態でシングウ氏へ想定外に煽る。
「ふん、口ではなんとでも言えよう。事実貴様らニコ家から女の使者など来たことがないぞ?ん?」
いや、そんな女性=道具の様なことよく堂々と女性の前で宣えるものだよね、この御前会議に来ているボクや神楽たちの容色が優れているというだけで、ミカドや中央にそういう接待を提供するために送られたとか言ったし・・・あれ?でもボク達は中央がサンキを陥れるために用意した偽の使者だとも言っていたよね?
本当に思い付いたことを叫んでるだけ・・・か、サンキの不利益にしかならなそうなんだけど、誰だこんな奴を使者に立てたのは?
それに、ボク達を目の前にして女性蔑視発言を繰り返すことに何の不自然さも感じていない、それがこのロックという男の個性ではなく、サンキ上層部に蔓延している風潮だというなら、そんな国に女性の使者など送れないよね。
そしてそれがわからないくらいこのロックという男は自然に女性を下に見ている。
実際にはこの場の過半の女性よりも弱く、外交も下手だというのに・・・君の強みは今のところ、「定期的な体調不良」がないことくらいだよ?
と、ここでケイコ女史がボクも思っていたことを口にする。
「女性が会議の場に居ることを無礼だのなんだの言う相手に女の使者など立てられるものか、勝手に馬鹿にされたと逆上して戦いを仕掛けてきたり、使者を騙る女性扱いにして奴隷にして、使者?そんなもの来ていない、辺りのオチになるだろう。それから、使者殿がまともな兵にならないと言った女も、鍛えれば使者殿が怪しげな術と見紛う様な動きが出来るのだぞ?」
と言い終わるのとほぼ同時、彼女はロックの横に立ち、ロックが腰に差していた扇子を手に持ち、それをロックの首に突きつけていた。
加速しているボクにははっきりと見えていたけれど、先のマディンよりも少し速い、そしてその動きは魔法によるものではなく、訓練された無駄の少ない挙動、恐らくはまだまだ速く動ける。
「な!?それは私の・・・?いつの間に・・・?」
そしてやはり全く見えなかったらしいロックは目を白黒させていた。
「この様に、女の身でもこの程度の動きが出来るものはそれなりにいるぞ?数は勿論少ないが、それは男も同じだろう?質実剛健を謳うサンキの重臣である使者殿に見えていないのだから」
そう言い終わる頃には、すでに扇子はロックの腰に戻されて、ケイコ女史は家臣達のもとへ戻りスっと腰を降ろしている所だった。
「すまないなシングウ殿、だが口を挟んだのはお互い様だ赦せ」
そう言い捨てると、彼女はもうこちらには興味がないとばかりに前を向い・・・てないね、オロオロしていたトリシア姫を抱き寄せてなにか可愛がり始めている。
どうやら今のは、激してダイミョウであるケイコ女史の会話に割り込む形になってしまったシングウ氏が気に病まない様にお茶を濁したんだね?
そしてトリシア姫はまんざらでもなさそうに可愛がられている。
相性は悪くないみたいで良かった。
知り合った女の子が鬼の住み処の様な場所に縁組されていくのを見るのなんて嫌だからね。
「いえ、こちらこそ失礼いたしました」
と、シングウ氏も小さく一礼、そして
「(ち、女の皮を被ったバケモノが・・・)」
と不満そうに小さく呟くロック、反省は見られない。
ここは追い討ちをかけるべきだろう。
「そうですね女性でも、一流の戦士、こちらではモノノフと言うのでしたか?・・・に到達しうる者は多くいます」
言いながらボクは一度ユーリ達の方へ戻る様に背中を向けてゆっくりと歩き始める。
そして、十分に距離を取ったところで、ボクは跳躍した。
同時に収納から適当な金属の素材の棒を取り出し目の前に居るロックに後ろから首へ突きつける。
その金属の冷たさにロックは情けない声をあげた。
「ヒェ!?」
「他にも居ますよね?この、女は対して強くならないと断言したロック・ベーコンよりも強い女性のみなさん?」
と、声をかけると、ボク達のところからはエイラ、ナタリィ、フィサリスそれからマナ姫とその近くに侍っていたエッラ、更にシンク・ジアイとミカドの家臣達のうち女性3名がそれぞれ立ち上がり、次の瞬間には各々扇子やなにか指揮棒の様な物などをロックに突きつけていた。
「・・・・!?」
これにはロックも驚いたらしく言葉が出ない。
視界の端に脚が痺れて巧く立ち上がれなかったらしいエロイース・フラットパインが見えた気がするけど、可哀想なので見なかったことにしよう。
「ほら、ここにもこんなにあなたより強い女の子が居ますよ?怪しい術なんかじゃありません、ここにいる女の子はみんな、貴方が気付くことすらないまま首を落とせる子ばかりですよ?」
それにしてもみんな美人さんばかり、こんなにたくさんの女の子に囲まれるなんて男冥利につきるよね?
誰一人君に好意を持っていないのは些細なことだよね?
そして、マディンが止めを刺す様に告げる。
「そもそもミカドはもう5千年以上昔から、約100年置きに、女性や子どもの扱いについて改める様にというお言葉を、セントール全土に向かって発信しています。その成果もあり本大陸ではごく一部を除いて男女の扱いに関する差は是正されています。貴殿方サンキが興るより前、現在のファントリー地方にあった家々も、サンキが滅ぼした家々も、それなりに女性の社会進出は進み、ミカド要望を満たそうとしていた。にも拘らず貴殿らに滅ぼされて、ファントリー地方において女性の扱いは畜生に並ぶ状態まで後退している。その事だけではないが、ミカドは心を痛めサンキの言う忠義を疑っている。そして今ロック・ベーコンは最後の機会を逃し、ミカドの逆鱗に触れたのだ・・・・この度の沙汰を申し渡す」
マディンは淡々と告げながらロックの前へ、女性達の間を通って近づいてくる。
ボクが出した小舟とアシガル、自分が散々悪く言った女性達に囲まれていることで、逃げ場も余裕もないからか、ロックの無駄吼えは続く。
「しかしそれは、当代のミカドが言っていることではありませぬ、現にこの110年程はそのお触れは出されていない、つまり当代のミカドは、女性をその様に扱わずとも良いと・・・」
なるほど、仮にも外交官そういうお触れや法令には目を通していたと言うことか?
「それは違う、少なくともダイミョウ家やシュゴ家が主体となっての女性蔑視はほぼなくなり、法の下の平等はある程度担保され、個人の価値観の範囲での女性蔑視は残っているものの、概ね問題なしと判断なさって居らっしゃったんだ。サンキが暴走するまではな」
マディンはすでにロックに対して丁寧な口調ですらなくなっているが、誰もそれを咎めない。
さらにマディンの口からは驚くべき言葉が飛び出した。
「そして大きな誤解がある様だが、ミカドに当代先代といった交代は存在しない。ミカドは、アハトバインの討伐以前からご健在で在らせられる」
豪雨、酷暑、台風、猛暑例年以上に辛い夏ですね、ところでヒアリの話とか今年はもうニュースにならないのでしょうか?




