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第161話:熊が来る!

 約3ヶ月前、『中央』から南に直線距離で40キロメートルほどの地点にあるウナの町から北へ5キロメートルばかりの所で、セントール族行商と荷車が、無惨な姿で発見された。


 現場は『中央』に向かう山と山の間を縫う様に蛇行した道の中ほど、南北を小高い山と、多少切り開かれた森とに挟まれている。

 古くからキマリスモロプスという魔物が生息しているが、彼らは草食で、気性は激しいものの、普段は人里に寄り付かないため放置されていた。


 しかしこの30年ほどは、特に大型の特殊個体が山のひとつを縄張りにしており、時折人々に目撃されていた。

 草食とはいえその巨大な魔物を倒すには多くの手がかかる上、派兵して探しても見つからない事も多くやはり放置されてきた。


 初めは木端微塵になった荷車や、全身の骨が砕かれたセントール族の遺体の状況から前述の行商もその大型個体のキマリスモロプスに襲われたものと見られていたが、後々の調査で異なる事実が発覚する。


 ひとつは、荷車にのっていたはずのセントール族の子の遺体が見つからなかったこと。

 発見された時親セントールの遺体が食い荒らされた形跡がなかったことから、襲撃は草食獣か草食魔物の仕業と思われたが、まだ1歳半ほどのセントール族の子が一人でそこまで遠くに行けるとは考えにくかった。

 そのため、調査した官吏たちは、キマリスモロプスに襲われた馬車から、子セントールを連れ去った者がいるか、もしくは新たに強大な力をもつ肉食性を持つ魔物か動物が発生した可能性を報告した。


 それを裏付ける様に、その後地域で、3頭の熊魔物の存在が確認される様になった。

 クマ魔物たちは基本的に2頭で連れだって行動し、毛色の違いから3頭以上だと推定された。

 彼らは賢く、1輌の馬車のみを襲うと馬車の反応を見る。

 武器を持った者が降りれば、尻尾を巻いて逃げるが、その動きは人を誘う様にゆっくりだ。


 誰だってクマ魔物の様な凶悪な存在と戦いたいとは思わない、それ故クマが逃げるというならば、皆馬車を走らせる。

 しかしそうするとクマは再び馬車を追い始め、やがて正面からもクマが現れる。

 つまり初めから馬車の進行方向に距離を空けて2頭のクマが陣どり、一度進路を空けてから挟み撃ちにするというわけだ。


 しかし彼らは、馬車を棄てて人が逃げ出せばそれを追いかけては来ない。

 彼らはしばらく馬車の積み荷を荒らすと、森の中に帰っていくのだ。


------

(アイラ視点)

 熊車が突然止まり、車は大きく揺れた。

「出ました!大きなツートンカラーのクマ魔物です!」

 そしてソルは緊張した声でク魔物の襲撃を告げた。


 事前の相談の通り、ボクとナタリィが二人で車輌から降りる。

 余り大勢で出るとクマが逃げ去る可能性があるからだ。

 同じ理由で武器も持たない。

 熊魔物の真意を確かめたいと考えたからだ。


 ボクたちはクマ魔物の噂を聞いてどうにも違和感を感じた。

 一般的に魔物は、ヒトや亜人を襲う時、生殖に適した年齢の異性であれば、胤をつけようとすることが多い。

 そうでないのは体の大きさが合わないときや、よほど餌が足りていない時、それから対象が女性なら子どもを無事に埋めない様な体の時位。

 最初のセントール夫婦の事件は遺体や馬車の破損具合から、体の大きさが合わない魔物に襲われたと想像に難くない。


 キマリスモロプスというのはそもそもが3メートルを超えようかという大きな魔物らしい。

 外観は馬に似た顔に長い首、上半身はガッチリとしており、3対6肢のうち前肢は人の手に似た4本指、中肢は馬の様な蹄、後肢は獣の様な5本指という奇妙な姿をしているという。

 その更に超大型個体だったというのだから、体の大きさが合わなかったというのは不自然ではないだろう。


 そしてその後のクマ魔物の行動、人を積極的に襲おうとしていないし、馬車も粉々にはならずに部分的破壊に留まっているのを見ると、最初のセントール人行商の事件はキマリスモロプスの大型個体が起こしたもの、後のクマの事件は人を襲うのが主な目的ではなくそれ以外の目的がある様に思えた・・・だからまずはギリギリまで様子を見る。

 そう決めた。


 これは半ばボクのワガママだから、絶対に一人の怪我人も出すわけには行かない。

 そう思って気合いを入れて馬車の外に出たのだけれど・・・

 直後ボクは笑いを堪えるのに必死になる羽目になった。

 なぜならばそれは・・・ボクの心は神楽が代弁してくれた。

「(ア、アイラさん!パンダですよ!パンダ!!)」


 そう、馬車の前に立ち塞がっているのは、どうみてもパンダだ。

 耳と目の周り、腕と肩、そして足が黒くて他は白い。

 パンダと同じなら尻尾も多分白いのだろう。

 そのパンダが馬車の進路を塞いでガオーと両腕を挙げてこちらを威嚇している。

 その姿に、地球でのパンダの滑稽とも言える様な可愛らしい映像を見た記憶のあるボクは、恐ろしい魔物というよりも、遊びたいパンダにしか見えなかったのだ。


 ボクの代わりに神楽がはじゃいでくれなければ危険だった。

 そしてそのパンダは馬車から出てきたボクとナタリィの姿をじっと見つめている。

 戦力を見定めているのだろうけれど、外見で言えば今見えているもののうち、ソルとボクとナタリィはか弱い女子どもに見えているはずだ。

 だというのにそのパンダは何を警戒しているのか威嚇しているポーズのままで、近寄ってこない。


 こちらの出方を窺っているのだろうか?

 もう少し距離が近ければ鑑定出来るのに、彼我の距離は40メートル程か?

 と、その時・・・

「クォーン、クォン!」

 と、ベアトリカが哭いた。

 するとパンダの方も四つん這いになり

「ギィギィ!」

 と哭いた。


 言葉通じるの?

 そういえばドラグーンやドラゴニュートもある程度魔物の気持ちがわかるのだったか?

「ナタリィ、二人の会話の要旨はわかる?」

 幸いすぐ隣にナタリィがいるので尋ねてみると、ナタリィは少し首を捻る。


「ベアはなにかを尋ねる様な雰囲気ですね、あちらの白黒も殺意は無さそうです」

 と、どうやらなにかを交渉しているらしい。

 少しの間会話を続けていたベアは何か合点が言ったのかボクの方に歩いてくる。

 正面に来て「キューン」と鳴く。

 ボクに向けられた言葉なら多少はわかる。

 これは、あのパンダには害意はないと伝えているのだ。


「わかった。ボクたちも手出しはしないから、何か伝えたいことがあるなら聴くって伝えて?」

 ベアはほぼ完全に人語を理解するので、そのままボクの言葉で返す。

 するとベアは食べ物をおねだりをする声を出した。

 ボクは、収納していた物の中から、とりあえずパンを選んで渡す。

 するとベアはそれを口で受けとると、パンダの方に四つん這いで走っていく。


 ベアがパンダのすぐ前に行くと、パンダは少しばかりベアの事を観察した上で大きな声で哭いた。

「ギュワアァァァァァ!」

 すると・・・パンダよりも更に向こうから何か白い点が駆け寄ってくるのがわかる。

 今度はホッキョクグマの様だ。


 どうしてこんな所森山で真っ白(少しの黄ばみもない純白)なクマが生活しているのか、と疑問が頭を駆け抜けるが、同時に3頭いるというもう一頭が気になり始める。

 もしかしてもう一頭が黒くて、絶妙に遺伝したとかだろうか?

 いや、でも確か魔物はそういう遺伝の仕方はしないはずで・・・。

 考えても埒が明かないね。


 白熊魔物は、パンダ魔物の隣に走ってくると並んで立ち止まる。

 体格はホッキョクグマよりは小さくてパンダ魔物と同じくらい。

 上半身がガッチリとしている印象、少し後ろ足が短く見えるかな?

 2頭ともベアトリカよりは1周り大きい、つまりパンダの魔物は普通のパンダより大きい。

 2メートル程か?


 白熊が側に来た後、パンダはベアトリカが手に持ち直したパンを口で受けとると、尻尾を向けて歩き出した。

 やっぱり尻尾は白、パンダと同じだ。

 白熊もそれに、倣い、ベアは立ち上がってこちらを向くと

「クゥーン!」

 と哭いて、パンダと白熊に続いた。


「ついてこい、といっている様ですね」

 ナタリィが呟いた。

「そうみたい、ソル、ユーリ達とこの場に残って、後続を待っていて、(神楽たちは上からそのままボクたちについてきて)」

 上空の神楽たちにも通信で指示を出す。

「(はい、わかりました)」

「アイラ様、お気をつけて」

 ソルがお辞儀をしてボクたちを見送り、ボクとナタリィはベアトリカのモコモコの可愛いお尻を追いかける。


 さて、パンダたちは獣道に入り、暫く歩み続けた。

 ボクたちが着いてきているのを時折振り返って見ながら、ほぼまっすぐ歩いている様に思う。


 そして、更に結構水量のある川沿いにつくと、その先に滝が見えた。

 滝の横には洞窟があり、白熊がそこに向かって声をあげた。

「パゥ!パゥ!」

 少し犬みたいな声が辺りに響くと、少し間があって内側から出てくるものがある。

 それは・・・


「あーぅ、おぇぃー」

 よちよち歩きの女の子、毛色は頭からお尻まですべて、貴重で艶やかな漆黒、日ノ本の馬で言えば青毛というべき毛色。

 2歳前位の女の子が、洞窟からポテポテと出てきて、パンダに飛び付いた。

「セントール族の女の子!生きて・・・ううん、クマたちに助けられてたんだ」


 このクマたちはどういうわけか、セントール族の女の子を助けて、それを伝えるために危険を犯して街道に現れていたんだ。

 そして、ダメだと判断したら食べ物を奪うために荷車を荒らしていたんだろう。

 それを証明するかの様に、パンダは咥えていたパンを幼女に向かってつき出す。

 すると幼女はそのパンを受けとると、その場に座り込み、地面にパンを置いた。

 そしてパンダが「ウォフ」と声を出すと、幼女はパンを手で抑えながら犬食いしはじめる。

 言葉もたどたどしいし、食べ方もまるで動物みたいだけれど、それは仕方ない、1歳半以上だったところから3ヶ月ということは、日ノ本で言えば1歳10ヶ月以上くらいだ。


 両親を亡くした頃にはまだほとんど喋れなかっただろうし、それから周りにクマしかいなかったとなれば、言葉は失われていくだろう。

 それにしたって、痩せひっこけて、素っ裸の女の子というのは胸が痛む。

 ボクは、収納からまだ温かい夏野菜とベーコンのミルクシチューを取り出すと、幼女の方へ歩いていく。

 パンダも白熊もそれを妨害することはなく、いつの間にか幼女の後ろから出てきたもう一頭も、ただじっとこちらを見ている。


 て言うかあのクマ、柄がホワイトタイガーなんだけれど、本当にクマだよね?

 一応警戒を解かずに幼女の前まで歩いていくと、幼女はボクの持っている器をじっと見つめた。

 口を開けダラダラと涎を垂らしている。

 幼女の前にシチューを置こうかと思ったけれど、幼女を跪かせてというのはとても心苦しいので、先に背の低く安定性の高いスツールを取り出して、その上にシチューと匙を置く。


 幼女はスツールにシチューが置かれるのを目で追ったけれど、シチューには手をつけることなく再びボクの方を見つめる。

 口を開けたまま無言、それでいて口からは滝の様な涎。

 えっとこれはなに待ちだろうか?

 匙が使えない?それともあーんでもするべき?

 そこでひとつ思い出す。

 そういえばパンダが声をかけたら食べ始めたよね?


 それならば試してみようか

「どうぞ召し上がれ」

 言うが早いか、幼女は使い方を知っていた様に木匙をグーで掴むと、シチューを口にする。

 あまり上手ではないし、口の周りも盛大に汚している。


 それでも彼女の両親が、3ヶ月前の時点でちゃんと合図があるまで食事を待たせることや、自分で匙を使える様に躾ていたことが透けて見えてボクは、彼女が生きていたこと、彼女の両親が死んでしまったこと、そして優しいクマ達が彼女を生かすために、人前に姿を現す愚まで冒してくれていたことを悟り、涙を隠せなかった。


 ボクは、このクマ達がベアトリカと同じ様な特別優しく賢いクマ魔物だと思い込んでいた。


パンダ、ホッキョクグマと作った後、ツキノワグマやナマケグマ、もしくは赤いチョッキの似合うカラーのクマや赤い帽子の似合うカラーのクマを3頭目にしようかとも思いましたが、暁の出身地球にハチミツ大好きクマやマーマレードサンド大好きクマが誕生しているかわからないことや、絵的に弱いかなと思いファンタジーなのでホワイトな虎風にしました。

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