第158話:イセイの事情
(アイラ視点)
駕籠から降りたイセイ家の姫君、トリシア・イセイとの邂逅は衝撃的だった。
トリエラを視認した途端に、彼女は尻尾を荒ぶらせながら、ボクの後ろに居たトリエラに抱きついたのだ。
力強く振り回される尻尾が彼女の裾を捲りあげて、ひかがみから太ももの下側辺りまでがチラチラと覗き見する。
姫君は12歳の女の子、まだ幼いとはいえ婚約者がいてもおかしくないどころか、ダイミョウ家の姫ともあればいても当然の年齢、それがこうも直情的に好意を表すのは、やはりはしたないと思える。
それはイセイの指揮官殿も同じであった様で
「姫様!はしたのうございます。お気持ちはわかりますがご自重くだされ!」
と、少し気になる言葉を含んでたしなめた。
トリエラの姿にイセイの姫君が惹かれるだけのなにかがあるのかな?
いやそもそも彼女は言ったではないか、黒毛のお姉様と、つまり黒毛の獣人になにか思い入れがあるということなのかな?
ともあれ、指揮官殿にたしなめられたトリシア姫は恥ずかしそうに体を放すと、しかし照れ臭そうにトリエラの手を握った。
「これは失礼した!儂はシコウ・イセイの三女トリシアなのじゃ!黒毛のお姉様、是非当家に輿入れしてたもれ!」
と、トリシア姫はトリエラの手を絶対に離さないとばかりに両手でハシと掴む。
「ア、アイラしゃまぁぁぁ・・・」
情けない声を出して助けを求めてくるトリエラ、これは主人として助けなければならないだろう。
しかし、どうしてトリシア姫は黒毛にそんなにもこだわるのだろうか?
「トリシア様、トリエラは当家のメイ・・・」
「おおぉぉぉ!?そうかぁ、儂と名前の響きも似ておるのじゃなぁ!これは運命としか言いようがないのう!」
と、ボクの言葉をかきけして、トリシア姫はトリエラの手をブンブンと振る。
はしたないを通り越して、失礼だねこれは・・・そもそもサンキ兵の鎮圧に力を貸して窮地を救ったことに関するお礼を言いに来たのではなかったか?
ボクはトリシア姫への対応を少し厳しくすることにした。
「トリエラ!ナタリィのお側をフィーと交代して、ここは良いから」
と、言いながら加速状態でトリシア姫の腕を軽くずらして離させる。
「は、はい、かしこまりました!失礼致します!」
「の?いつの間に手を離したじゃろうか?あぁ、お姉様!待ってたもれ」
手が離れた瞬間に、会釈もそこそこに馬車の方に駆け出していくトリエラにすがる様に手を伸ばすトリシア姫だけれど、それ以上すがるなら馬車を貸す約束も反故にするつもりだ。
「姫様、失礼が過ぎますぞ!ええぃ御免!」
と、指揮官さんが、後ろからトリシア姫の腕を掴んで止める。
「あぁこれ!スティア殿!離さぬか!あぁトリエラお姉様ぁ!」
トリエラが連結した方の馬車の中に入ってしまうと、トリシア姫は不服そうに、後ろの指揮官、ポリー・スティアのことを睨んだが、すぐにボクたちのことを思い出したのか「あ・・・」と呟きながら気まずそうな表情を浮かべながらこちらに向き直った。
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イセイ側の荷物が馬車に積み込まれていくのを横目に、簡単に木の棒と日除けの幌とで組み設えたタープの下でお茶を飲みつつ、落ち着きを取り戻したトリシア姫に事情を聴いた。
どうもイセイの家には六毛猫衆と呼ばれる制度があり、イセイ一族の中で、白、黒、金、青、赤、緑の6色の毛並みを持つ猫系獣人が合議で国を動かすと言う。
白毛がイセイ当主となる習わしだが、他の5色も軽んじることはできないらしく、この制度はイセイ家の根幹に関わるのだと言う。
その中でも黒の当主は白の当主が病になったり、若年に過ぎた時に当主を代行したりすることもある序列2位の色らしいのだが、この20年イセイ家とその支配圏には黒毛の猫系獣人の女性が何故か産まれてこず。
当代黒毛家の当主は嫁をとれないでいるのだと言う。
「なるほど、それでトリエラに抱きついたのですね、ですが残念ながらトリエラは純粋な猫系獣人ではなく、犬系とのハーフですし、サテュロス大陸でも政略結婚の類は勿論ありますが、恋愛結婚やお見合い後お付き合いを経ての結婚の方が一般的です。ましてトリエラは貴族・・・こちらで言うシュゴやダイミョウの様な社会的に責任の大きな立場を持っている訳でもありませんから、本人の恋愛感情こそを重要視します」
状況は理解できたし、彼女はまだ幼いので失礼は咎めず。
やんわりとお断りを入れる。
まぁトリエラも知らないことだけれど、トリエラの父親は失踪している旧ドライラントの王位継承権持ちだったと前周で発覚しているので、血筋的には全くの平民というわけでもないのだけれどね。
可愛いうちのメイドさんをサンキの様な無法者がのさばるセントール大陸に嫁入りさせるつもりはない。
こう言ってはマナ姫やヒロちゃんのには申し訳ないと思うけれど、セントールはサテュロスよりも乱れていると思うのだ。
「半分は猫系なのじゃろう?今のイセイの状況を鑑みれば十分なのじゃが、お姉様も嫌がっている様じゃったし仕方ないかのぅ」
と、意外に素直に諦めてくれる。
カジトの一件で失脚した連中なら女中ごときに拒否する権利はないなんて言い出しそうなところだけれど、トリシア姫は素直な良い子みたいだ。
さっきのはちょっと興奮しすぎてのことだったのだろう。
「ご理解頂けて幸いです」
「儂も政略的な縁組でチョウビに向かう所故な、望まぬ縁組縁談に向かう女子の気持ちはよくわかるのじゃ」
トリシア姫が少し寂しそうな顔で、呟くと指揮官のポリー殿は慌てた様子で口を挟む。
「姫様!それは!」
「良いのじゃスティア殿!これもご縁と言うものじゃ、どの道、共に中央まで向かう以上、筒抜けになろうぞ」
どうやら彼女がチョウビ家に向かうことは秘事であるらしい、それはそうか、カント地方のダイミョウイセイ家とビテン地方のダイミョウチョウビ家の縁組みでとなれば、大陸情勢を揺るがしかねない大事だ。
しかし、それならば今現在バサラシュゴであるヴォーダ家の当主がミカドに拝謁を果たしていると言うタイミングであるのに、危険ではないのだろうか?
「ここまで話されてしまっては致し方ございませぬな、荷の運び入れには今しばらくかかる模様、現状の説明をさせていただきまする」
ポリー殿はタメ息をついてから語り始めた。
「今回のチョウビ家へのトリシア姫様の養子縁組みは、ヴォーダ家当主、シンチョウ殿こそが仕掛人でございます」
それは、ダイミョウ家の外交に、格下のはずのバサラシュゴ家が影響を与えたということ?
一体どういうことなのだろうか?
「合点がいかぬご様子、セントールの大陸情勢も勉強されてきておるのですな、それではさらに掘り下げて説明させて頂こう。まず始めに少し前まで、我が主君シコウ様は隣接するダイミョウ、コンセン家、ティーダ家と婚姻同盟を結んでおりました。それと言いますのも、我々イセイ家は南部にミサト家と北部バンドウ家と敵を抱えており、ティーダ家は北部のチョウビ家とシュゴのナガン、ソンコウなどと、そしてコンセンはヴォーダとの戦争を控え、我らは同盟することでティーダが横やりを入れるかも知れないという状況を作り、我らもまた隣接する領主がティーダやコンセンを攻める時にはカバーに入るかもしれないと見せつけることで、面前の敵に集中できる状況を作ったはずでした。我々の利害は一致していたはずでした」
複数の国が複雑に国境を面している時にはよくあるやり方だね、相手に複数の戦線を警戒させて自分達の当たる面の戦力を下げる手段だ。
「無論我々はお互いに宿願を果たすために全兵力を傾けていたので、軍事的な同盟関係は建前のもので、実際にはただの非戦同盟であったよ・・・ところがコンセンが当時格下であったヴォーダとの戦に破れた時からティーダ家の対応が変わりました」
ポリー氏は憎々しげな顔で、ティーダを罵る様に言葉を紡ぐ。
トリシア姫も少し悔しそうな顔だ。
「ティーダ家は突如ヴォーダ、バンドウ、ダーテと接近し、コンセンに攻め込みました。自分の息子の嫁の実家を攻め落とそうとしたのです。それは我々との非戦同盟を反故にしたということ・・・シコウ様は激怒され、ティーダから若殿であるシセイ様に嫁がれていたお方様をティーダに送り返し手切となりました」
話を聞いている限り、ティーダは筋を通さない家と言うことか?
しかし、今回の縁組みの仕掛人はコンセンの仇とも言えるヴォーダ家だと言ったよね?
「ヴォーダ家に対しては恨みはないのですか?」
ボクの言葉にポリー氏は苦笑する。
「シセイ様のお母上はコンセン出身、わだかまりが全くないといえば嘘になりますが、ヴォーダはコンセンから攻められてやむなく応戦したのです。我々とは敵対関係ではありません。今回のチョウビとの縁組みは、現在はヴォーダに良い顔をしているティーダがナガンやソンコウを滅ぼした後、ヴォーダかイセイの領地を侵すだろうからと、先手を打つもの、恐らく今回のミカドとの拝謁でヴォーダはコンセンに代わりダイミョウ家となります。そのヴォーダとイセイ、チョウビそしてニコの4ダイミョウ家が一丸となりサンキ、ティーダと言うセントールに巣くう毒虫を排除し、ミカドを盛り立てていくのだ!とヴォーダ家からの書状にはあった様です。すべてが本心ではないでしょうが、こんな早い段階でボロを出す様なことはしないでしょう」
つまり、サンキとティーダをセントールに戦乱を撒き散らす害悪として定めて、少なくとも彼らを滅ぼすまでは仲間でいましょう、その仲立ちもしますということか、それにしてもほぼすべてのダイミョウ家の名前が出たのに名前が上がらないエイゼン家は一体どういう立ち位置なのか?
「そういうわけで、ヴォーダ家が我々の同盟を提案したので、すでにすべて伝わっております」
「というわけなのじゃ!」
「そういうことでしたか、確かにそれならばヴォーダに知られても問題はありませんね」
ユーリが頷く、そしてマナ姫は
「私から言えるのは、南セントールの4シュゴ家も間違いなくミカドのご意向に従うと言う事だけですね」
とんでもないことを聞いてしまったと、顔を青くしている。
それにしても、サンキによるハルトマン氏への喚問にヴォーダ、イセイ、チョウビ、それにシーマ、シコクの婚姻や縁組の挨拶といろいろ重なり過ぎていて、作為的なものを感じてしまう。
むしろミカドへの拝謁迄にもっとたくさんの出来事があるのでは?と不安になってくるね。
「スティア様、姫様、荷入れと馬を繋ぐのが終わりました。後は姫様の御身1つでございます」
と、貸した馬車に荷入れをしていた女の一人が報告しに来た。
「おぅ、そうか!ご苦労じゃったな、今まいるぞえ・・・アイラ姫、お待たせ致した。こちらの支度も整った様なのじゃ!」
と、トリシア姫はニッカリとした笑顔を浮かべながら報告する。
後ろでは言葉で労われた女が実をよじって喜んでいる。
普段はあまり誉めたり労ったりされないのだろうか?
「それでは参りましょうか、私たちは中央への道に明るくないので、馬車の貸付代代りに道を先導してくださると助かります」
これは実際本音のところ。
空の上から軽く検分はしたけれど、細かい道程はわからないし。
「そういえばそちらの大きな馬車には牽き馬がついておられぬ様じゃが・・・あ、もしかしてこちらが馬を貸した方が良いのかの?」
と、トリシア姫は今までこちらの馬車には見向きもしていなかった様で、今さらになってそんなことを尋ねる。
「いいえ、大丈夫ですよ、今あっちの浅瀬で水浴びしてるんですよ、フィー、ベアを呼んできて、海水と砂ににまみれてるだろうから、軽く洗ってあげて」
後ろについているフィーに声をかけると彼女はペコリと頷き、ベアとアイビス、アイリスが時間を潰しているはずの埠頭の端の方へ歩いて行き、しばらくしてきれいに洗われた様子のベアをつれて戻ってきた。
「にゃんと!クマちゃんではないか、懐いておるのぅ、おそろしいクマでも懐くとトラや獅子と変わらんな、ウリウリ~かわゆいのぅ、クマも良いのぅ」
と、トリシア姫は怯える様子もなくベアの顎の下に手を伸ばして撫でている。
て言うか、トラや獅子をネコかイヌみたいに言ってるけれど、もしかしてイセイ家ではその辺が定番のペットだったりするのかな?
新たな疑問を残しつつ、兎も角ボクたちは、中央への道連れとなったのだった。
のじゃ口調あまり詳しくないので、おかしいところもあるかと思いますが平にご容赦を、一応この世界では、銀髪や白髪、黒髪は珍しく、逆に赤毛や金髪が珍しくないどころか青や緑、紫の髪の人もいるのは前周から一緒です。
それから猫系獣人の出生率が極端に女性が多めなのは共通ですが、セントールでは偏りが少しマイルドです。




