第151話:間諜
(ハルトマン視点)
最初にその姿を見た時、あまりの威容、そしてその武威に、思わず目を奪われた。
しかしながら近くに寄ってみて、自分自身が未だに先入観や思い込みを排除できていない未熟な人間だったのだと思い至る事になった。
まさか、女性とはな、それも声の感じからすればまだ年も若い、とは言え男性に聞こえる様に声も意識して変えている様に聞こえる。気付かないふりをするべきだろう
しかし失礼があっても良くないし、何より部下たちの手前恩人にもてなしのひとつもしない慳貪な代官だと思われるのも良くない。
そこで私はかの人物を宴に誘うことにした。
「是非お礼がしたい、粗末ではあるが宴を仕度させよう」
と、性別や顔貌を隠しているならば恐らくは断るはずだ。
そうでなければ堂々と顔見知りになれば良い。
そう考えていたが、彼女の答えはそのいずれでもなかった。
「いえ、それよりもまだやるべき事があります」
と、彼女、ナイトウルフは告げた。
彼女の告げた通り、町の西側にサンキの部隊が迫っており、その野心は明らかであった。
短い問答の末、アシガル部隊と戦闘する事になったが、数ばかり多く、まともな腕を持つものが二人しか居らず。
それでも囲まれていれば手加減などもできず何人も殺生する事になったが、いやなに捕虜は余るほど取れた。
そして、今度こそ宴の参加可否を問おうとしたところ、再び彼女は対処するべき案件を私に告げたのだった。
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(アイラ視点)
「間諜だとわかった理由は単純です。たくさんの人たちが、直接見たか伝聞の形で『黒いグソク』から逃げていました。そんな中、グソクを視認していないはずの町人の一人が最初からヴォーダが攻めてきたといって走り出したのです。東側ならむしろヘクセンの残党の方が可能性がありそうなのに、性急に過ぎることです。なにか確信があったか、目論見があったかですよね?」
「なるほど、それは確かに今回の襲撃をはじめから知っていた可能性が高そうですな」
ハルトマン氏はボクの推測を支持してくれる。
「その捕縛をしてくださると・・・?」
「えぇ、こちらとしてもサンキに好き放題させている現状は好ましくありませんからね、たいした手間でもありませんから、協力させていただきますよ」
ハルトマン氏はボクの言葉に頭を下げた。
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ハルトマン氏から間諜捕縛の許可も得た。
マーキングした魔法力の反応を探ると、城館内部東側に留まっている。
目立った武装は持っていなかった。
多少暴れても町民に被害を出せる存在ではない、とは言え何をしでかすがわかったものではないし、捕縛は急ぐべきだろう。
とは言え目立つナイトウルフ姿で低い空を飛ぶのも憚られるので大通りを逆走する。
すごく目立つけれど、まさか中身が150センチ余りの少女とは思うまい。
途中で、ハルトマン氏の配下らしいアシガル隊や兵卒とすれ違ったので、簡単に状況を説明する。
先程ナイトウルフがハルトマン氏と共に向かったのを見ているからか容易く信じてくれた。
そして再度東側に戻りノイセ城館に入ると、すぐに不穏な空気を感じとる。
ノイセ城館は、そもそも対軍を想定していない。
ミカドの威光によって守られる町なので、城館に続く道は道幅が広く。
壁も高さはそこそこで厚みの方を重視した作りだ。
対魔物を想定した時間稼ぎの防波堤の様な物だね。
そして内側にも城壁があるけれどこれは外壁の内側に招き入れた避難民が重要な政務所である城館内部に入らない様にするためのものだろう。
外壁と内壁の間のスペースはかなり広く、恐らく東町を中心にだろう避難してきたらしい800人ほどの人々が怯えながら身を寄せあっているけれど、収容人数にはまだまだ余裕がありそう。
とはいえ突然入ってきた身の丈3メートルに届こうかと言う大きな鎧の姿に人々はざわついた。
それはそうだよね、ついさっき黒いグソク姿の集団が町に襲いかかったのに、ホロと同等の大型の鎧が入ってきたらそれは驚くよね、そのうえナイトウルフは黒い色。
標的になることを恐れてか誰も声をあげないが、子どもをつれている人は子どもを、妻がいるものは妻を隠す様に抱き震えている。
そんな中一人の男がボクの存在に気づいてないのか民の不安を煽っていた。
「・・・つまりヴォーダは、いよいよミカドの権威を貶めることを厭わない強硬策に出たといわけだ!」
マーキングした男だ。
どうも男は、あの黒いグソクはヴォーダ家の行進中に見たことがあると言っているけれど、君って確か農夫達が駆け込んできた時には路地裏から出てきたし、場所的にはグソクの色が視認できるかどうか位の場所だったはずだ。
まぁ疑わしいよね、これから君はどんな反応をしてくれるのかな?
「安心せよノイセの民よ!ノイセを襲撃した狼藉者はすでに代官ハルトマン様によって討ち果たされた!追って鎮圧の報せはあるだろうが、もう怖がる必要はない、そこもとの町人も、あまり不確定な話をまことしやかに吹聴し、不安を助長するのはやめたまえ、ヴォーダ家はバサラシュゴとはいえミカドを尊重しているよ、ダイミョウ家としての重責を果たさないサンキとは違ってね」
はじめは町人を安心させる様に、後半は彼をわざと煽る様に告げる。
「こ、これは、ホロ武者様、ノイセにホロ武者などおられましたか?」
彼は自分のデマゴギーに関する言及を避けるためか、あまり顔色も変えずこちらのことを追及してくる。
完全に無能と言う訳ではなさそうだけれどね、君はボクの敵だから容赦はしないよ
「防備の事ゆえあまり声高に言うことは憚られるがな、私は元シュゴでもあるハルトマン様の友人と言うやつだよ、ノイセに襲撃がありそうだと言うことは事前に掴んでいてね、防衛の手伝いを秘密裏に頼まれたのだよ」
事前にといっても襲撃の30数分ほど前、ハルトマン氏と知り合ったのも、防衛の手伝いを頼まれたのも事後だけど、嘘はついていない。
「さ、左様でございましたか・・・流石は、敗北し領地を失ったとはいえ元シュゴのハルトマン様、読みも人脈も素晴らしい方ですな・・・」
騙されてくれたらしく顔色が悪くなったね。
他の町人たちもざわついているけれど、おおむねハルトマン氏を誉めるか代官としての手腕を認める内容だ。
「と、ところでハルトマン様はご無事なのか?」
「そ、そうだこいつの話じゃ、100人近いアシガルが攻め寄せたらしいが・・・」
「東側で、100単位のアシガルを用意できるってことは、ヴォーダかニカワ位でしょう、ヘクセンは潰滅状態だというしジアイは遠すぎる」
さらに手近に居た町人達は、自分達を守った代官や、敵勢力の事が気になり始めたらしい。
彼を煽る意味でももう少し情報を出そうか
「ハルトマン様は御一人で100以上のアシガルを片付けたよ今は生き残った者たちの捕縛中だ。それから敵は東側からではなく東西に別れ、一方の攻撃に対してノイセを救援するかの様な体で挟撃をかけるつもりだった様だ」
ハルトマン氏の武勇にか、それとも挟撃への恐怖か、町人のざわめきが大きくなる。
「これ以上は私から伝えられる程度の情報ではないな、とにかくだもうしばらく待てば東町に戻れる。皆は安心して沙汰を待つと良い」
敵勢力については言及を避けておこう、実質サンキだと伝えた様なモノだけれど、確定情報はハルトマン氏が伝えるべきだ。
「あぁそれとだな、ハルトマン様は今回の襲撃者と同じ勢力の手の者と考えられる者については、ミカドへの不忠を行った襲撃者たち同様、断固とした処罰を行う予定だ。聞き込みなどがあった時にはしっかりと正直に話す様に」
と、告げると間諜の彼は落ち着きもなくなってきた。
「それでは私はまだやることがあるのでハルトマン様のところへ戻る。皆は町に戻る用意をしておけ」
そういってボクが西側の門に歩いていきボクの姿が東側から見えなくなると、マーキングした彼は移動し始めた。
東の扉から出て、南に向かったね?
南には海しかないはずだけれど・・・。
こっそりと後ろをついていく事にした。
西門から出てナイトウルフの下に黒霞の娼婦を装着して隠ぺい効果を高くする。
間諜の男はノイセの南側に広く分布している港湾地区に入った。
上からでは整備された港にしか気づけなかったが、シーマのカジト港ほどハッキリと区画分けされておらず。
沿岸に小規模な船着場がある区域と、しっかりと整備されリトルプリンセスも入港できそうな大きな港もある区域とに別れている。
恐らくは商船用と漁船用ということかな?
単に整備済みと未整備の違いかもしれないけれど、とにかく、間諜の男は東よりの、未整備の船着場のひとつの桟橋に歩いていく。
人目を気にしてかキョロキョロしつつ、男は本の10メートルも離れていないボクに気づくことなく、桟橋の先にモヤイ結びにしたロープで係留された小舟に近寄っていく。
小舟には2人の男がのっていた。
「おい、どうした?まだ火の手も上がってないが、戻ってくるのが早すぎないか?」
「失敗した!どこかから情報が漏れていたらしい、あのシュゴ崩れが、どこかから増援をよんでいたらしい、ホロ武者が居て、偽装部隊も、本隊もやられたそうだ」
「おいおい、いくらなんでも早すぎるだろう!?まだ作戦開始から20分位だろうが!?」
いっそ愛しくなるくらいのダメな連中だ。
ほとんど追跡を気にした様子もなく、そんな話をしてしまうだなんて・・・
「急いでトノに報告しなくては、トコトコ防衛部隊が潰されたとなればミカドに抗議せねば」
「バカ!そんな段かよ!東西のどちらも破られたとなるとミカドに報告が行けばこちらが反逆者だ!いやそもそもハルトマンにこちらの襲撃がバレていたと言うなら、すでにサンキ討伐の檄文が飛んでいる可能性も!とにかく急いで戻らねば!」
どうやら3人の中に一人、多少は先の読めるバカが混ざっているらしい。
とりあえず明らかに間諜の一味だし、そろそろ捕まえようかな。
幸い屋根もついていない小舟、船の上の三人は船に乗っている者と認識しなければ、小舟だけを収納することが可能だろう。
何の心構えもなく突然着衣水泳することになれば当然戦意なんて湧く暇もなく無力を噛み締めさせられるはずだ。
「悪企みは終わったかね!間諜君」
告げながらまずは小舟を収納すると、3人の男は海に投げ出された。
一人はまだ縁の辺りだったので、海に落ちる前に桟橋で肩を打ち付けた様で痛そうな音がしたね。
「ぐ・・・ぶはっ、なんだ!?」
「わっぶ、船が沈んだのか!?」
「げぇ!さっきのホロ武者!?ついてきていたのか!不意打ちとは卑怯な!」
うん、サンキの言う卑怯の適応範囲に自分達は含まないらしい。
町を襲おうとしたり、別勢力に責任を擦り付けようとするのは、まぁ戦略的にはありなのかもしれないけど、卑怯か正々堂々かと言えば当然卑怯な作戦だろう。
加えて・・、
「とりあえずお前たち二人かな?」
と、肩を打ち付けた間諜の男以外の二人、便宜的に船頭の男と、笠を被った男、長いね・・・間男、船男、笠男で良いや。
船男と笠男の頭をナイトウルフの腕で掴み、海面下に顔を沈めてやる。
もがく男たち、突然の着衣水泳で対応できていないし、少し死なない程度に痛め付ければ戦意を失うだろう。
軍官学校では拷問の類は教わらないけれど、尋問の仕方は教わる。
地球時代には娯楽映画の中にスパイを拷問するシーンなんてのはそれなりにあったから、組み合わせれば拷問に近い効果は得られるだろう。
別にボクは聞き出す必要はない、無力化してハルトマン氏に引き渡せば後はミカドに報告が行くだろう。
でも三人をとらえて引き渡すのに、多少なり心を折っていた方がハルトマン氏の助けになるだろうし。
正直なところ、民草の犠牲を顧みることのない連中に対しては思うところがある。
「率直に言って私は、君たちの様な連中が嫌いだよ。自分達の目標や利益の為に平気で破壊や虐殺ができるのはなんでかな?」
二人を持ち上げて問いかけるけれど、二人は荒く息をするばかりで答えない。
そういえばもう一人放置したままだね、彼にも尋ねてみようか?
間男は、ボクが相手をしてあげなかったからか、12メートルほど離れた所の小船の向こうまで潜水してから顔を出している。
肩を打ち付けた上、着衣水泳でよくやるね、泳ぎなれているらしい。
ボクはその場で水揚げした二人を初級雷撃魔法で失神させると桟橋の上に置き、さらに間男のすぐ後ろに跳躍、首根っこを掴んで水揚げした。
「ヒ、ヒィィィイ!?なんで!なんですぐ場所がわかる!?」
「私は訓練を受けているからね、気配を探る位造作ない。ところで君にも聞きたいんだが?どういうつもりで民の不安を煽っていたんだ?装備の違いでヴォーダのものではないとすぐにわかると思わなかったか?それともあの様な烏合の衆でハルトマン様を倒せるつもりでいたのか?」
「いや、俺は命令にしたがっただけで、そ、そうだ脅されてたんだ。ミカドの権威に抗おうなんて思っちゃいない。俺はサンキの領民だから、サンキのお殿様に命令されりゃ抗えない」
それにしては実に楽しそうにしてたけれど、きっとあれだよね?ボクに倒されたアシガル見たいに、ごほうびに食いついていたんだろう?
「君には、家族はいるのか?」
「へ、へぇ」
「それを人質に取られてサンキの言うことをきいていたと?」
「そ、そうです、卑劣にも家族を人質に取られたらどうしようもないですぜ」
分かりやすくのってくれるね、さっきまで卑怯者呼ばわりしてくれたのに、今度はサンキが卑怯者だと言って逃れようとしている。
どちらにせよミカドに弓引いた彼らは処刑されるみたいだけれど・・・。
もう少し反省してもらおうかな?
「そうか、それでは君が素直に生きられる様に私が君の家族を殺して来てやろう、ロウタ・ヌマンダ君」
「え!?なんで、俺の本名を・・・?」
「言ったろう?初めからすべて調べはついているのだ。君たちサンキの謀り事の底は浅い、君たちを取り調べはするが、元々必要ない作業なんだよ、君たちが脅されていたのか、褒美に釣られて居たのかも本当はすべて分かっている。後は君たちにミカドの民としての資格が残っているかどうか、つまり更正の余地があるかどうか位なんだ」
まぁ、本当のところ鑑定で名前を読んだだけなんだけれど、ある意味素直そうだしね、十分脅しになるだろう。
顔面蒼白で震えている。
「さて、まぁ君はすでにたくさん嘘をついているからね、後はハルトマン様やミカドのお慈悲にすがるんだね」
と、雷撃で意識を落とす。
こうして3人の間諜を捕らえたボクは彼らをつまみあげて、ハルトマン氏の方へ戻ることにした。
滲み出る何かで、ナイトウルフの中身は女性だと余裕でハルトマン氏にはばれました。
元々イシュタルト内では女性の護衛設定ではありますが、影の護衛設定に則り性別不詳っぽく振るまい、中性的な印象を与えようとしたアイラの作戦は失敗しています。




