第150話:モノノフ
ノイセ東側からヴォーダ兵に偽装して侵入を試みたサンキ兵達は、一人の少女と問答しているうちに乱入してきた黒い鎧によって粉砕された。
しかしながら、未だノイセの西側には120ほどのアシガル隊が迫っている。
救援と称して東側の部隊を追い散らし、ノイセを実効支配する役割を持っていたことが予測される西側部隊が、東側部隊の壊滅と捕縛を知って、どの様な行動に移るのかは未だ定かではない。
しかしながら無辜の民を巻き込む様な悪意ある謀り事を目の前にして、過去の自らに降りかかった地獄を想起した金の少女は、一兵たりとも残さずに捕らえ、代官に引き渡すつもりでいた。
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(アイラ視点)
「是非お礼がしたい、粗末ではあるが宴を仕度させよう」
と、代官ハルトマン・ノースフィールド氏はボクを、ナイトウルフを歓待すると申し出た。
得体の知れない存在を誰何すらせずに歓待を申し出る剛胆さには恐れ入るけれど、生憎とそう長居する予定はないし、何よりもまだやるべきことは残っている。
「いえ、それよりもまだやるべき事があります」
そう、西側に後120程のサンキ兵が居るのだ。
彼らは恐らく先程の合図で東側の部隊が攻め入ったことには気付いている。
あとは恐らく火の手があがるのを待っているはずだけれど、それはいつまで待っても果たされなくなった。
既にハルトマン氏の部下達がアシガル部隊を捕縛しつつあるし、内部の魔法陣を無力化したアシガルは重たいので、まともに動くことも難しいだろう。
「やるべきこと・・・ですか?」
怪訝そうに聞き返すハルトマン氏にボクはなんて伝えたものかと考える。
いつまでも火の手が上がらなければ連中が痺れを切らす可能性もあるし、そうでなくても東側部隊の壊滅によりサンキの関与を疑われる可能性があるとわかれば、どういう手に出るかわかったものではない。
だから、西側連中もすべて捕まえる。
可能なら生け捕りで・・・それは決定事項だけれど。
いや、うだうだ考えるよりもまずは行動しよう。
「町の西側にもサンキのアシガル部隊が接近しています。この連中と違って、旗指物も確認しています。恐らくこの部隊がヴォーダやニカワの部隊を装い襲撃、それを追い散らした体で町に居座るつもりだったのかと」
とりあえず雑な推理をのべるとハルトマン氏は納得いった顔で頷いた。
「なるほど、何故その様な事を知りえたかはわかりませぬが、それは確かにやるべきことがございますな」
呟きながらハルトマン氏は部下たちに命令を出す
「お前達はこの連中を無力化したあとは西側へ兵を連れて出て参れ、それから武芸者殿、宜しければノイセの民草の為ご助力を頂きたい、伏してお願い申し上げる」
更にそのまま片膝をついて頭を下げた。
アシガルを装着しているから、これは土下座とほぼ同じ意味だ。
「頭をあげてくださいハルトマン様はこのノイセの代官、私はただの行きずりではありますが、民の為の力ならば、普通に頼まれれば貸します、私のことはそうですね、ナイトウルフとお呼びください」
ボクの方としては非があるわけではなく好ましい人物に思えるハルトマン氏に頭を下げさせるのも、これ以上こんなことに時間を使うのも望むことじゃない。
「ナイトウルフ殿ですな、それではお力添えいただけると?」
顔をあげながらハルトマン氏は尋ねる。
「もちろんです。いつまでもおとなしくしているとも思えませんし、一緒に向かいましょう」
ボクも頷きながら応えると、ハルトマン氏は兜を被り直し走り出す。
「もう一つお願いがあるのですが、ナイトウルフ殿は敵の逃走防止に努めて頂けないでしょうか?ノイセの代官として、お役目はなるべく私自身の手で果たしたいと思うのです」
走りながらハルトマン氏はそう切りだした
それはつまり敵の相手をするのは主に自分でということだろう。
しかし、相手がかなり多いことをハルトマン氏は知らない。
彼のアシガルは特別製ではありそうだが、アシガル120ほどを相手に戦うことが果たして可能だろうか?
「ハルトマン様、アシガルは100以上居りました。お気持ちは分かりますが、ご無謀はなさいますな」
アシガルの性能は、セイバーよりも低かった。
それはシーマのアシガルや先程の偽装ヴォーダ兵のサンキのアシガルでも同じだった。
それが、ハルトマン氏のものだけ格段に性能が上ということはないだろう。
ならばボクが対峙し、無力化した方が・・・そう思ったのだけれど、無用の心配であった様だ。
「なればこそ・・・私はナイトウルフ殿に後ろ楯をお願いするのです。逃げる者と打ちかかる者、両方の相手は私の技量では難しいでしょうからな・・・」
つまり迎え撃つのに集中したいので、逃げる様な腑抜けは任せた。
意訳するとそんなところか、危険な相手は代官として自分がやるから、逃げるものの無力化をしろということだ。
「わかりました。それならば任せてください、はじめの交渉はお任せしても?」
既に城館を通りすぎ、更に町の反対まで駆け抜けつつあり、ボクの目には避難を完了していない西町の人々が見えている。
そして更にその向こう、西側の町の入口よりも更に外に、サンキの旗印をつけたアシガルたちが雑木林に伏せていたのが、街道に姿を表し始めたのが確認できた。
「無論のこと、もとよりノイセは私が預かった御料地、かつてサンキに簒奪されたトコトコ港やアマン港の様に、廃れさせる訳には行かぬ」
やがて、ボクとハルトマン氏が町の入口に立つと、正面にサンキのアシガル隊が隊列を組み歩いてきていた。
暁天の補助を受けて数を数えると124人のアシガルが見えている。
人数のわりに仰々しくサンキの旗を4つも立てて、一体どんな名目でノイセの近くまで来ていたのか。
「待たれい!何故サンキの兵がこの様な所を我が物顔で歩いておるのか!ノイセはトコトコやアマンと同様にミカドの御料地であるぞ!」
とりあえずの探りとしては上手いと思う。
何気なくトコトコやアマンと同様にミカドの御料地だけど奪うつもりなの?と尋ねている。
「我々は行軍訓練中のトコトコ防衛部隊である。先程ノイセの東から何やら怪しげな箒矢があがったのが見えた故様子を見に参った次第」
と、アシガル隊の一人がこちらまで進み出て応答してくる。
なるほど先程最初に打ち上げたのが箒矢か、シーマで聞いている。
狼煙や鏑矢の様に合図等に使われるらしいよね。
「それはご苦労様であったな、しかし心配はご無用、あの程度の手勢ただの一人の犠牲も出さず取り押さえたわ、これよりミカドへの不忠義者を聞き出さねばならぬゆえ、そなたらの手助けは要らぬ、領地での訓練に戻られよ」
うんボク一人でだいたい片付けたからね、相手含め一人の犠牲も出してはいない。
そして、サンキ側にしてみれば晴天の霹靂の様な事実だろう。
アシガル12の防備しかない町に70近いアシガルがやられるだなんて思っていなかったんだろう。
その焦りはサンキ兵の判断力を失わせた。
「そ、そなたらの手勢だけでは、あれだけの数の賊の取り調べは難航するだろう、我々が預かろう」
と、その兵は震える様な声で述べた。
あまりにちょろい。
「ほう、私はやつらめの数を10とも20とも言うておらんが、何故あれだけの数・・・などと?」
「いや、それは・・・、ヴォ、ヴォーダ領に出していた斥候がヴォーダの兵の動きを知らせてきた直後だった故数を勘違いした・・・」
もちろん、ハルトマン氏はその様な隙を見逃すはずもない。
男は返答に窮したのか適当な事を言ったあと押し黙る。
「無論のこと聞き及んでいるとも、ヴォーダのシンチョウ殿はミカドにご挨拶なさるのにノイセを通りたいと、連絡を密に交わして居る故な、何でも先頃の戦でコンセンから分捕ったダイミョウ鎧カイドウをミカドに返納なさりたいとのことでな、前例に倣えば邪魔立てする理もなきこと故道普請をお待ち頂いている所である」
ハルトマン氏がそう告げると、サンキの兵の気配は俄に怒気を孕む。
「これは異なこと、ノイセ方の代官ハルトマン・ノースフィールド様はヴォーダに旧領を追い落とされ、命からがら逃げ散ったはずである。それがヴォーダのダイミョウ認可の片棒を担ぐはずがない!その上貴様はまるでノイセを預かるのは自分であるかの様な振るまい不忠である。代官様に具申致して処罰してもらわねば、皆のもの城館の代官様に直訴するぞついて参れ!」
と、彼は部下たちに指示をだす。
なるほど、目の前にしているのがハルトマン氏とは気付いていなかったわけだ。
そして、直訴ってあれだよね、剣を突きつけて言うこと聞け!って言う気満々だよね?
しかし残念ながら目の前にいるんだよ。
「代官への直訴ならばここで聞こう。ここより先はミカドの御料地、入るならばアシガルは脱いでもらう、さもなくば血をみることになろうぞ?」
と、ハルトマン氏が告げると彼らはなおも抗った。
「ますます腹立たしいやつ、代官を蔑ろにしてノイセを采配しているつもりか!ええい邪魔立てするなら叩き斬るぞ!ホログソクを伴っていることには驚いたが、たったの2領で130を相手に出来ると思うてか!?構わん、行くぞ!」
と、先頭の彼は歩き出し、そのまま崩れた・・・?
違う、ハルトマン氏が斬った!?
ハルトマン氏と並走する時、加速を切ったままになっていた。
とはいえ、ボク自身それなりに通常状態での剣の訓練も重ねているのに、ほとんど見えなかった。
でも確かにハルトマン氏はその長い片刃剣を抜いていて、サンキ兵はアシガルごと右腕と右足首を切断されている。
速いってものじゃない!
「警告はした。その上で貴様が私の預かるノイセに踏み行ったのだ」
「あぎゃあァァァァァァ!!あぁぁぁ俺の腕が、脚がぁ!?」
少し遅れて、倒れたサンキ兵が叫びを泣き叫ぶ。
そして蹂躙が始まった。
サンキ兵もさすがに侵略慣れしているのか、すぐにボクとハルトマン氏を囲い一気に攻めかかるけれど、ハルトマン氏は異様な速さで敵兵を無力化していく、何人かは既に命を落としている様だ。
「クカカカカカ!やはり私にはシュゴグソクやホログソクではなく、アシガルが性に合う、さぁ、我はと思う者はかかって参れ!」
うん、確かにハルトマン氏の動きは見切りと後の先を高次元で実現している。
実際の体との落差が激しいホログソクでは向かないだろう。
それにしたって凄絶な戦いぶりだ。
ユーリには及ばないもののかなりの反応速度、ボクが打ちかかっても加速と光弾なしだと少し辛いかな。
っと・・・恐れをなしたのか2名ほど囲いを抜けて逐電してるね
「まぁ、約束は約束だからね」
相手にしていたアシガルを先程と同様に脚をへし折り、すぐに跳躍で逃げ出した腰抜けの前に立つ。
「悪いけど、ひとりも逃がさない約束なんだよ!」
「ギャヒイイ!」
「こんなの聴いてない!楽勝で町が取れる。好きな女を選んで良いって約束だったのにいぃぃ!命ばかりは命ばかりはァァァァ!?」
一人はすぐに脚を折り無力化したが、驚いたことにもう一人は命ごいをしながら斬りかかってきた。
ノイセ侵略の目的が下衆過ぎて、兵卒とはいえそんな程度の低い者が武威を振り翳すのがサンキの現場というならば、これはやはり放置できないね。
とりあえず命は取らないで膝をアシガルごと砕く。
それからもう二人、包囲を外れて町の方へ抜け出そうとしたけれど、同じ様に無力化して、戦闘開始から僅か5分足らずで、殆どのアシガルはハルトマン氏の手にかかり、8人ほどはボクに無力化されて、無事でいる者はボクとハルトマン氏、それに早々に武器を手放し兜を脱ぎ、恭順の姿勢を示した3名だけだった。
「お見事な腕前でした。まさか100人以上を相手取って一太刀も切り結ばずに片付けてしまうとは、驚嘆させられました」
ハルトマン氏は囲まれて斬りかかられながらも、一度も剣同士で打ち合うことなく、すべての剣閃を回避し、すべての敵を無力化、ないしは殺害した。
ユーリの超反応に匹敵する動きを見せた。
あれが特殊な能力によるものか、磨きあげた剣術によるものかはボクの鑑定能力では判断がつかないけれど、これほどの剣士がセントールにもいて、なおかつ既に彼はヴォーダに破れていると言う。
恐ろしい事だ。
これはセントールへの戦力評価を改めないといけない。
「いいえ、所詮はモノノフにあらぬ烏合の衆、ナイトウルフ殿も同じだけの戦果稼ごうと思えば稼げましょう、所詮私は対人の剣士故、ナイトウルフ殿の様に遠距離の敵に対応したりは出来ませぬ、お陰さまで眼前の敵に集中できましたのでな、大変助かりました」
あの状況でこちらが逸脱した敵に対応していたのを、ううんどうやって対応したかまで含めて見られているっぽいね
間違いなくサテュロスでもメロウドさん並の練度を持っている。
「さて、私は部下たちが来るまでここに残らねばなりませぬが、先程の続きです。ぜひとももてなしをさせて頂きたいが・・・」
と、ハルトマン氏は再度お誘い下さる。
しかし、ボクにはもう一つやることがあるのだ。
「実はですね、町のなかにサンキの間諜が紛れています」
ボクがそう告げても、ハルトマン氏は驚いた様子はなかった。
「まあ、居りますでしょうな、御料地は最低限の武力しか持たぬことと、通行税を取らぬこと、そしてミカドのご威光によって各シュゴやダイミョウからも攻められることがありませんが、間諜等も入り放題故、見つければ捕らえますが、すべては狩りきれませぬ、それにナイトウルフ殿の様に有事の際にお力添え頂ける場合もございますればよほど悪質な手口をするものでなければ、目こぼしするのが御料地でのならいです」
なるほど、と考えさせられる。
ミカドと敵対するつもりのない勢力の間諜もいるわけだ。
「では今回の間諜は・・・」
「サンキの間諜であるなら、是非捕縛に協力頂きたいが、何故間諜までお分かりに・・・?」
と、ハルトマン氏はサンキの間諜の捕縛については前向きな姿勢を示し、ボクに協力を依頼した。
既にボクのなかでサンキの評価はストップ安、逆にハルトマン氏への評価はストップ高寸前だ。
もちろんサンキへの不都合になるなら協力するともさ
「それはですね・・・」
ボクは先程東の襲撃を捌いた時マーキングをつけた相手について説明を始めた。
そんなつもりは無かったのですがハルトマン氏がかなり強い設定になりました。
ただしあくまでかなりであるのと、アシガル装備条件下で、魔力強化などが絡まない剣士としての性能です。




