第148話:港町ノイセ
少しの時間散歩をすることにしたアイラは、サンキ家と、中央、それからヴォーダが進出しつつある地域にまで足を伸ばし、上空から周囲の地形を観察していた。
サンキが支配するトコトコ港から僅か38キロほどの距離にある港町ノイセ、ここはミカドの元へ往き来する者の船が多く発着する有力な港であり、現在も御料地として、ミカドが派遣した代官が差配していた。
アイラは上空から、そのノイセの町に南北と北西からそれぞれ港町を伺う鎧の集団を視認していた。
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(アイラ視点)
観察を初めて数分、鎧の集団は其々距離を測る様にしながら移動しているのが見てとれた。
黒い鎧の集団は街道を避ける様に、丘や雑木林を通りながら、少しずつ町に接近していく。
やっぱり動きがおかしいね、あの町に接近していくのを隠そうとしている動きに見える。
彼らが通っているルートは、街道から外れ、町側から見て遮蔽物のある場所を選んでいる様に見えるのだ。
合わせて200人弱とは言え、武装した者達が町を2方向から、しかも西側から接近したのにかなり迂回して片方は西の街道沿いの雑木林と、北西側にいた連中は、町の北東にまで進んだ。
挟撃しようと言うのか、それとも・・・。
ボクも降りようか?でもここにいないはずのボクだから、何か後々齟齬が起きてもよくないし・・・。
あぁナイトウルフに頼るか、幸いナイトウルフは鎧衣の上からも直接装着できるし、ナイトウルフはボクであってボクではない。
ボクが使うセイバーは公式には兄トーレスに貸与している試製単独戦闘用鎧を更に発展させたイェーガー鎧「暁月」
大きさも性能もまるで異なる。
セントール大陸でもナイトウルフをボクとは別に存在するように見せかければ問題になりにくいかも?
もしもここでまたウェリントンや、ヘスクロの町の様な無体が繰り広げられると言うのなら・・・ボクは自重するつもりはない。
一先ずは観測するのに向いた鎧衣に換えておくべきだろう。
「災いを成す者」
災いを成す者は長距離砲撃用の鎧衣で、白と青のツートンカラーのマーチングバンド風衣装で、下はショートパンツ
背の高い帽子は内部に計測用の魔法が自動演算されているので、対象との距離や風向き等の計算をすぐにやってくれるし、射撃の軌道計算もしてくれる。
その特性上視力にも補正がかかるので、木の陰に隠れている人間も幾人も確認できる。
やっぱり隠れているよね。
先に攻撃したいくらいだけれど、まだ何もやってない人間達を襲いたくもない。
何かあってからでは遅いというジレンマもあるけれど、できればボク自身が最初にちょっかいをかけられて、それでいて返り討ちにできる様な状況が望ましい。
それならナイトウルフよりも、セントール人の女の子に見える姿の方がいいかな?
さすがにナイトウルフの姿は警戒されるだろうし、セントールの服は何となく和装と似通った雰囲気があるから、和装に近い雰囲気のある服ならそこまで不自然にはならないだろう。
同じセントール人でも、セントール族やヒト族で意匠が最初に若干異なるし、元が中央よりの焦土島の役人だったシャイン姫やナナ姫の服の外見はマナ姫やヒロちゃんの物と多少違いがあったから、地方差も大きいのだと思う。
和装に近い鎧衣はいくつもある。
例えば先程まで身に付けていた和風メイドとでも呼ぶべき「星の献身」
巫女服の様なデザインの風魔法力を強化する「此角風」
十二単姿の「大斧姫」は膂力強化だけれど、さすがに裾をズルズルとするのは不自然に過ぎるからダメかな?
陰陽師風の「断罪婦」は、烏帽子が目立つので女性に礼帽を被る風習のないこちらではやはり不自然だろう。
他にもいくつかあるけれど、やはりちょっと目立つ。
無理に鎧衣を着けずに、セントール服を着て、化粧品で少し肌を濃い色にすれば目立たないだろうか?
日ノ本と違って天然の金髪がいるお国柄でよかった。
そうと決まれば、まずは着替えよう。
どうせこの高い空には誰もいないのだから、下手に地上で木の虚や洞窟を探して着替えるよりも空の方が安全だ。
まずは変身を解除して、元着ていたサテュロスのワンピースドレス姿になる。
セントールではハカマの下に穿く下着はなく、襦袢様の下着を着る文化であることを考慮した長いワンピース。
そしてサテュロス服なのでもちろんドロワーズもつけているけれど、ワンピースの丈が長いので裾からのチラ見せはしていない。
そのワンピースを脱ぐと、ボクは肌着姿になる。
誰も見ていないのに、それがわかってるのに、妙にソワソワとする。
外で肌をさらしている今の状況はとてもではないけれど淑女的ではない。
脱いだ服は畳むことすらせず収納する。
上の肌着はそのままでもセントール服のラインには影響はしにくいけれど、ドロワーズはそうもいかない。
サテュロスのドロワーズは柔らかいとはいえ膨らみを持っているので、このままハカマを着けると太股の辺りがぽっちゃりとしてしまう。
「なにか、悪いことしてる気持ちになるね・・・」
思わず結構大きな声で独り言を呟いてしまう。
ボクは現在13歳の少女だ。
結婚もしてるし、生娘と言うわけではない、それどころか前周の記憶があるので、出産や子孫を育てた経験すらある。
それをもってしても、衝立ひとつ無い屋外で空を飛びながら、下半身を露出するというのは未知の領域だ。
「そりゃそうだよね、普通そんな必要に駆られることは無いもの」
連中の移動にはもうあまり時間はかからないだろう。
急いで着替えないと行けないのに、ドロワーズを下ろす踏ん切りがなかなかつかない。
思えば暁の小学生頃の水泳の着替えで、男女の別なく着替えていた時、ラップタオルありでもなかなか着替えられないでいた女子生徒たちはこの比較ではない緊張を覚えていたのだろう。
何せ周りには女同士だけならともかく、不特定の男子も居たのだから・・・
そう思えばボクもひどいことをしてたな、着替え中に仲の良かった女の子に普通に話しかけてたや、神楽と婚約する前は、ううん遠足で手を繋いで、見かけたら話をするような関係になるまでは、女の子の事あまり意識していなかったんだ。
と、ラップタオルを巻いて着替える女の子を思い出したからかそこで少しだけましなことを思いついた。
先にハカマを履こう。
これをラップタオル替わりにして・・・
「あぁーゴワゴワする・・・はやくドロワーズを・・・って、ハカマの紐を縛ったから巧く脱げない!」
失敗した。
時間があまり無いのに・・・焦りからか行動が頓珍漢になってる。
再度ハカマを脱ぎ、致し方なし丸出しになってもどうせ見る者はいないのだからとドロワーズに手をかけて・・・
「そういえば、紐、それだ!」
と、今度こそ光明が見えた。
今日のドロワーズの裾は太股の下辺りに紐がある。
それを足を抜くのには邪魔にならない程度にそっとリボン結びにして、ドロワーズに膨らみを持たせるのだけれど、これをほどく。
するとドロワーズの裾に少し猶予ができる。
「行けそうだね」
ボクはセントール服の下に穿いてもあまり影響の無さそうな、スパッツ用のサポーターを取り出すとまずは片足だけ通す。
それを少しくしゃと足に寄せながら、ドロワーズの裾の中に・・・
「入った!次は・・・」
気持ちが前向きになる。
こんな事に何を時間をかけているんだと思わなくもないけれど、露出趣味に目覚めたいとは思わないからね。
ドロワーズを腰に留めているリボンもほどく。
片手でドロワーズの上側は保持しながらまだサポーターに足を通してない方の足をドロワーズの中に引っ込め、それからドロワーズの中でサポーターに足を差し入れて穿けばほとんど完了だ!
サポーターを上まで引き上げるとドロワーズと比べてぴっちりと肌に密着して安心感がある。
これは下着未満の扱いだから、サテュロスでは裸よりかえって恥ずかしい格好扱いで、同性の前でも晒せない格好だけれど、地球ならばビキニやショーツという例があるので、その認識も持ち合わせるボクはギリギリセーフという結論を出した。
ドロワーズを引き下ろすと、普段よりも圧倒的に脚が風にさらされるけれど、サポーターがあるからギリギリ平気、でもすぐにスパッツを穿く。
普段着るのがドレスやスカートの長いワンピースばかりだから、卒業後はめっきり穿く機会が減っていたけれど、これはこれでラインがすっきりしていていいね。
急いでハカマとヒトエを着る。
色はちょっぴり染料がお高めらしい薄い青、それから紫のケープを羽織る。
女性の護身用としてよく使われるのと同等の大きさの小太刀、払暁を羽織ったケープにかくれる様、腰紐に縦に差す。
払暁は暁が両刀の片方として使っていたもので、しかも拵えたのが12才の頃であったためメインの佩刀であった暁光も含めてかなり小振りで、本差の暁光でも55センチと小太刀と呼ぶべきサイズしかない。
それが幸いして、暁より小柄なアイラの体でも取り回しやすいし、今もこうしてセントール服にも合わせられる。
髪は真っ直ぐにおろしてから、露出している顔と手に少し化粧をして肌色を僅かに濃くする。
大分セントール人風になっただろうか?
後は、どこに降りるかだけど、目星はつけている。
連中の目論みはだいだいわかったので、ボクの採るべき道筋もだいたい定まった。
北東側からすでに東に展開しつつある部隊と、西側に隠れている部隊はグルで、同じアシガル装備を元に東側の隊は角飾りや旗指し物が外されてパッと見では所属がわからなくなっている。
それに対して西側の部隊はサンキ家の旗指し物をこれ見よがしにつけている。
つまりこれは先に東側から町を強襲し、町が混乱している間に西側の部隊が救援を装って東側部隊を追い払う。
子どもが思い付きそうな自作自演。
この場合は中央に隣接しているというヴォーダ家、ジアイ家、ヘクセン家残党辺りが候補なのだろうけれど、悪役に仕立てて、それを守るためだと言ってこの町を実効支配する方向に持っていきたいのだろう。
しかしサンキ家に支配された町の末路は少しばかり西に目をやれば明るくないことがわかるだろう。
それはボクよりも住民たちの方がわかるはずだ。
恐らく東側の部隊は町に進入して破壊活動と、ヴォーダ家かジアイ家の関与を疑わせる様な言葉をわざと残して、西側部隊との戦闘は避けて撤収する。
そのために人数も西側を優勢に分けている。
ならば・・・西側の連中は大分遅れて町に進入し、町に被害は出さない様にするだろう。
逆に東は破壊工作ついでに、代官の殺害くらい目指す可能性もある。
ならばボクは東側の町はずれでいの一番に絡まれたいところだ。
町の東側はすぐ外に13名の農夫がいるけれど、畑になっている所はかなり見晴らしが良さそうだから敵が接近すれば誰か気付くよね?
一応町の中からも見えるかな?
なので、まずは町の東側、町の中央を東西に走る大通りのひとつ隣に、お婆さんが野菜を洗っている姿が見える。
そこに跳躍で移動した。
よし、誰にも見られてないね、お婆さんも次の野菜に手を伸ばしてる。
そこから細い道を通って表通りにでるとやはり道幅はそれなりに広くて、馬車や熊車も余裕で通れる道幅だ。
まだ連中はボクのいる大通りから目視できる位置には来ていない
「お、お嬢ちゃん可愛いねえ、身なりも良いし見たところどこか良いところのお嬢様みたいだが、ここは御料地とは言え港町、荒くれも多いから一人歩きは感心しないよ?」
と、通りにでていきなり話し掛けられてしまった。
振り替えると年の頃20台半ば、鑑定すればやはり26の優しい風貌の女性で、どうやらすぐそこにある食事処の店員らしく、割烹着の様なものをつけていて、そこに屋号なのかキタテ屋と書かれている。
「親切にどうもお姉さん、でも大丈夫ですよ、こんな風に声をかけてくださるお姉さんも居ますし、人通りも多い・・・ボクは見ての通り目立つので、そうそう拐われたりはしませんよ?」
そう、いくらセントール風の服を着て、肌色を化粧で誤魔化しても、顔かたちは変わらない。
サテュロスでは低身長から幼く見られることが多いけれど、こちらではやや小柄程度の身長なので、荒くれにちょっかいかけられそうな程度には魅力的な少女として映るのだろう。
「あら、意外と肝が据わってるんだねえ、うちの旦那に見習わせたい位だけど、年頃の女の子なんだから、もう少し用心しないと本当に危ないし、あんまり気が強いと嫁の取り手がないよ?」
カラカラと気持ちいい笑顔で笑うお姉さん。
でも残念、その見立ては外れだ。
とはいえ、事実と異なる設定の方が後々ボクの関与が疑われずに済むかもしれないし、嘘はつかずに否定もせずに置く。
「それは困りますね、子どもは5人は欲しいと思っておりますのに・・・」
「アハハ!結婚前からややこの心配かい?まぁ、それはともかく、連れはいないのかい?お迎えが来るまでそこの腰掛けにでも座ってだんごでも食べていくといいよ、お嬢ちゃんなら良い客引きになりそうだから奢るよ?」
と、持ちかける。
単にボクの事を、女の子の一人歩きを心配してくれているのだろう。
ボクとしても街道が探れて、そこそこ目立つこの店の前で、不自然なく座って居られるのは都合が良い。
でも奢られるのは趣味に合わないからお金は出すよ。
リューベル様から中央で使えるお金は多少いただいているんだ。
「いえ、お金は有りますからこれで何か酒精で無い飲み物と、あまり重たくないおやつを・・・」
と、貰ったお金の中で「軽く一杯ひっかけるくらい」とファイバー殿が言っていた銀の礫を女性の手のひらに乗せる。
女性は多少驚いた顔でそれを受けとると
「あれまぁ、うちはそんなお高い店じゃないよ、これだと店で出してる定食5人前は食べられる。やっぱり良いとこのお嬢さんだね」
と、ボクの頬をツンとつついて、店内に引っ込んでいった。
シュゴ家の、それも酒豪の人の「軽く一杯」をあまく見たみたいだ。
それから数分すると女性は、お盆の上に3連のだんご串を3本と麦茶かな?香ばしい匂いのする飲み物とを出してきた。
だんごは何もかかっていないものと、みたらしの様に見えるタレのかかっているもの、そしてズンダかウグイス餡の様な緑色のペーストののったモノの3種類。
なかなか美味しそうだ。
彼女はボクの座っている横にお盆ごとそれらを置くとお釣りもよこした。
同じものをリューベル様からも少し頂いている一番安い銅の貨幣と2番目に安い銅の貨幣数枚をお盆の上に置く。
「お待たせーこれがお釣りね、これが普通のだんごで一番味があっさりしてるから最初に食べてね、こっちがそら豆の餡で、こっちは砂糖と酒を煮詰めたタレよ、酒精は残ってないから安心してね?」
と、娘一人に丁寧に説明までしていってくれた。
いや、育ちの都合でだんごを知らないと思われたとかかな?
「じゃあいただきますね」
最初にひと口お茶を飲むとやはり麦茶の様だ。かなり深煎りの様で、ちょっぴりコーヒーにも似た味わい、ひとつ目のだんごを食むと、甘味はごく少なくて、麦茶とお互いに味を際立たせている。
次にそら豆餡、甘さはそこまで強くないものの舌によく残る。
でもそれも麦茶を飲めばリセットされる。
最後は砂糖と酒のタレのだんご。
見ためは少しみたらしっぽいけれどあまじょっぱい味ではなくて、苦味と香ばしさが強く感じられる。
そしてだんご事態は素朴な甘さで、麦茶で口直しする必要がなかった。
なかなか美味しかったけど、やっぱり緑茶が飲みたくなるかな?
こんな庶民向けの茶屋では置いてない、か・・・。
少しだけ物足りなく思っていると、女性が再びお盆を持って現れた?
「はい食後の麦茶、どーぞ」
「どうも」
しかし、シーマ家では栽培してるの見なかったけれど、大麦はセントールにもあるみたいだね。
さっきのと比べると少し浅煎りのすっきりして飲みやすい麦茶を飲み干しながら考える。
同じ大陸内でも、植生や農作物の移動があまりおきていないのかな?
「それにしても、お嬢ちゃんの迎え来ないねぇ、もう30分もたつのにねぇ」
と、彼女はお茶を出した後、その場に残って隣に座る。
「そうですねぇ、まぁもう少ししたら行きますよ、だんご、なかなか美味でした」
心配してくれて申し訳ないのだけどお迎えは来ないし、待ってるのは襲撃だしね、そしてそれはもうすぐ町の外に迫ってる。
田畑の向こうに黒い集団が歩いているのが見えているからね
「大変だ大変だぁ!」
と、そこへ悲鳴をあげながら数名の農夫らしいのが町の中に駆け込んできた。
被害をあまり出さず騒ぎを大きくしたいなら、農夫たちを殺さずに町の中に逃がすと思っていたよ。
農夫が騒いだことで、この町外れの人たちも、鎧の存在に気付き始める。
それじゃあボクも動こうかな
麦茶て美味しいと思うのですが、だんごには緑茶が欲しいところですよね。
あと、アイラが飲んだお茶は井戸水で冷やしたぬるめのモノだったので、こっそり魔法で冷やして飲んでいます。




