第13話:早すぎる再会6
10月8日夕方、辺境の村ウェリントンの村長エドガー・ウェリントンの自宅の庭では、エドガーの指導の下、長男のトーレス、次女のアイラ、家畜部門の責任者の娘エレノアが剣の稽古に汗を流していたが、アイラのあまりにも年齢とかけ離れた言葉に、いたたまれなくなったエレノアが、アイラを抱きしめていた。
そして、数分の間、エレノアの嗚咽がその場を支配していた。
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(アイラ視点)
エッラの柔らかい体の特に柔らかい二つの膨らみに顔を押し付けられている。
エッラの腕が頭の後ろに回されて抱きしめられて、ちょっと苦しいくらいだけれど、すすり泣く様な声を聞いてしまえば、振りほどくこともできなかった。
(エッラの泣き顔なんて前世でも数えるほどしか見たことがない、そしてウェリントンの襲撃前には一度だって見たことがなかった。)
エッラはすごく強い女性なんだ。
前世でのウェリントン襲撃前は内気で恥ずかしがり屋で、あまりはしゃがない静かな女の子だったけれど、今思えばその頃から、芯の強い女性だったってわかる。
(そんな彼女のことをボクが泣かせてしまったの?)
確かに今回のイノシシの被害で彼女は大切な馬を失い、それどころか父親を失いかけたけれどそれでも彼女は泣かずに耐えた。
それを崩してしまったのがボクの言葉だったとして・・・どうしてそんなに彼女は泣いてくれるんだろう。
考えても答えはわからない、そもそも答えなんてあるのだろうか?
彼女の言ったことがすべてなのではないのだろうか?
ボクがみんなを頼らず。
生き急いでいる様に見えたのか?
(子どもが子どもらしく笑えていないのが、見ていてつらいということか・・・。)
ボクは甘んじてエッラの柔らかさを受け入れることにした。
こちらからもエッラの胸に顔を押し付けて、香草の効いた石鹸と汗の混ざった甘い匂いを肺いっぱいに吸い込んで甘えた。
突然のボクとエッラの蜜月に父と兄は居心地が悪かったろうけれど、エッラとボクの心の健康のために我慢してもらう。
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(トーレス視点)
訓練中、エッラとの手合わせに負けて、それなりに落ち込んだけれども、そもそもアイラにも負けていたので平静を保てていたつもりだった。
しかし直後突然エッラの様子が不安定になって、アイラを呼びつけて抱きしめた。
意味がわからない、泣きたいのは僕の方だ。
これでも簡単な訓練は5歳から、本格的な剣の訓練はまだ2年半くらいだけれど、当時父からはトーティスより才能はある、体が出来上がれば勝てるといわれて、トーティスより強くなったらキスカに結婚を申し込むと心に決めて修行を始めたんだ。
僕はキスカが好きだったけれど、彼女が男らしいトーティスのことを好きなのは見ていてわかった。
それなら、トーティスがアンナしか見えていないうちは同じくらい強くなれば目はあると腕を磨いてきたけれど、トーティスがまさかアンナを口説き落とし、それにショックを受けたキスカがサルボウとくっつくだなんて・・・、いやサルボウがキスカを好きでずっと親身にやってたのは知っているけれど・・・、お似合いだから横槍なんて野暮なこともしないけれど、それでもずっとサークラ姉さんと同様姉の様に慕ってきたキスカがサルボウとの結婚を決めるまで失恋から数日もないなんて思いもよらなかった。
そして今日のこの敗北だ。
エッラは僕がエッラに気を使ったと思っているみたいだけれど、実際はアイラの言うとおり本気も本気、怪我をさせる気はもちろんなかったけれど、エッラの速さにまったく追いつくことができなかった。
そして目の前で繰り広げられるアイラとエッラのいちゃいちゃだ。
エッラは胸が大きい、同い年のノヴァリスが小さいこともあって胸は比べようもなく大きく、よくカールがいたずらをしようとするのもわかる存在感を放っている。
そしてその存在感の塊が今アイラの顔に押し付けられてその形を歪めている。
思春期の、しかも失恋の衝撃からいまだ復調仕切れずにいる僕には刺激が強すぎた。
こうして、打ち込んできた剣術にたった3日で追い抜かれたこと、そして失恋と目の前の淫靡な光景に僕の思考は完全に停滞していた。
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(エレノア視点)
最初抱きしめた時強張っていたアイラは、しかしすぐに私に抱きついてくれた。
私も幼い頃そうだったけれど、小さい子はおっぱいに特別な魅力を感じているから、いつも胸が大きいせいでいやな思いをしているけれど、今回ばかりはこの胸に感謝。
目の前にある私の胸に顔を埋めているアイラの頭のにおいをかぐと、少し汗の混ざった、甘い子ども特有の匂いがして、私の中の母性がくすぐられているのがわかる。
もっと甘えて欲しい、不思議なほどにアイラの子どもらしい姿に惹かれる。
もっともっと長い間そのままで居たかったけれど、終わりの時は突然訪れた。
「エドガーおじちゃん!」
オルセーが突然ウェリントン邸の庭に駆け込んできた。
この時間、もう夕方の時間に村の北寄りに住むオルセーがここまで遊びにくるということはほとんどない
「どうしたオルセー、そんな息を切らせてまた何か非常事態か!?」
明らかにエドガーさんが緊張している。
先日あんなことがあったばかりだから仕方ないことだ。
現に私も一気に緊張して、一瞬アイラを締め付けてしまった。
そしてオルセーがエドガーさんの問いに答えた。
「なんかお客様だって!とりあえずエドガーおじちゃんを呼んで来いってパパが」
「テオロがか、わかった。すぐに行く、オルセーはお使いのご褒美にビスケットをあげよう。お夕飯の後に食べるんだよ?アイ・・・ラは今忙しいか、トーレス、オルセーにビスケットを2~3枚お駄賃に出してやってくれ。そのあと、エッラともども家まで送ってやれ。」
と言い残してエドガーさんは安心した顔で走っていった。
私はもう少しアイラを甘やかしていたかったので、庭においてある椅子に腰掛けてひざの上にアイラを乗せ
「じゃあ私たちはもう少しここで待ってるから」
と告げると、トーレスはもう一度私とアイラのことをみてから、オルセーと手をつないで家に入っていった。
オルセーがなにか思いついた様にこちらを見て笑っていたのが気になるけれど、私は今どういうわけかアイラが愛しくて愛しくてたまらないので、その後10分ほどしてトーレスがアイリスとオルセーを連れて外に出てくるまでずっとアイラを可愛がり続けた。
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(アイラ視点)
トーレスとオルセーが家に入っていってもう7~8分になるか、ビスケットを渡すだけなら、包むための紙を用意しているにしても2分もあれば足りるというのに・・・、おかげで、もう10分ほどもエッラに羽交い絞めにされているというべきか、やわらかい感触を堪能しているというべきか・・・。
男としての意識はほとんど残っていないといっても、このみずみずしい肌と若々しい弾力は暴力的な魅力を持っている。
どうして急にエッラがボクに対してここまで熱烈な好意を示したのかを考えるけれど、思い至るものは一つしかない・・・。
勇者の条件の一つである特殊能力「カリスマ」の存在だ。
前世でのイシュタルト国王ジークハルトの言葉を借りるならば、カリスマ持ちがふさわしい行為や振る舞いをすると、好意を持たれやすい、それは特に顔見知りや知り合いで、まだ大好きにまで到達していない好意を持つものに対して効果が大きいと・・・。
たぶん今までエッラにとってボクは幼いころから知っている妹分の一人だったのが、今甘えたことで特別な一人になってしまったというわけだ。
制御が利きにくい困った能力だけれど、エッラのことはボクも大好きだから、好かれて嫌な気はしない。
それからさらに少し経って、家からトーレスたちが出てきた。
オルセーだけじゃなくアイリスもつれて。
「あーアイラがエッラちゃんに甘えてるーあーちゃんみたい!」
もっと幼い頃はボクと自分自身のことを高低で言い分けたあーちゃんと呼んでいたアイリスは、現在はアニスのことをあーちゃん、ボク自分のことは名前で言うようになっている。
その成長が懐かしくて、微笑ましい、どうやらトーレスがオルセーを家まで送っていくと聞いて一緒に行くと名乗りを上げたのだろう。
「じゃあエッラ、家まで送るよ」
とトーレスが言うと、エッラはボクの顔を見て残念そうにした。
するとトーレスはそんなエッラに気を使ったのか
「アイラ、アイリスもくるみたいだけアイラはどうする?」
とたずねたので、合わせて
「じゃあエッラの手はボクが握っててあげるね?」
と膝から降りてエッラの手を握った。
エッラは頬を赤らめて、照れた様にボクの手を握り返すと一緒に村の北側に向かって歩き出した。




