第146話:お便り
シコク領に寄港したアイラたちは、シコク家の行方不明の末妹にアイラとアイリスが似ていた為に、会見に向かう組と、シャイン姫の屋敷に待機する組とに別れていたが、合流を果たした時には何故かワコ・シコクがマナ姫に結婚を申し込んでおり、マナ姫も兄リューベルの許可を得られればと、承諾していた。
その後マナ姫の手間と危険とを軽減するために、そしてひとめぼれの初恋をこっそり応援する為に、アイラは自ら使者となり、二人とヒロ姫の手紙を預かり跳躍したのだった。
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アイラが跳躍独特の暗転から抜けると、つい先日まで何度も足を踏み入れていたナイキ城の奥、今は人気の無いそこに立っていた。
「さて・・・と、ここまで来たのはいいけれど、ここからどうやってリューベル様に手紙を渡すかな・・・ん?」
ひとまずアイラは近くの気配を探ったが、すぐ間近、ヒロ姫の部屋に人の気配を感じ取った。
アイラが気配を殺しながらヒロ姫の部屋を覗き込むとリューベルが、部屋の真中で両足の裏を合わせる様な胡座をかきながら、ヒロ姫のモノらしい毬を見つめながら、物思いに耽っている様だった。
「(変に隠れているより早めに声をかけた方がいいよね)」
と考えたアイラは、隠形を解除しながら声をかける。
「リューベル様」
アイラの声を聞き取った瞬間、もしかすると隠形を解除した瞬間からかも知れないが、気付いて振り向きはじめていたリューベルは、しかしその声の正体がここにいないはずの人物であったことに驚いた表情を見せ声をあげた。
「アイラ姫様?何故この様な場所にいらっしゃるのです。まさか船に何かあったのですか?」
それはそうだ。
つい先日愛娘を預けて送り出したはずの相手が何故か急に背後に居たのだから、無様な声をあげなかっただけでも驚嘆に値するだろう。
「いいえ、リトルプリンセス級は無事トラウ港に入港して、現在マナちゃんやヒロちゃんはシコク当主のワコ様らと茶話会をしているはずです。ボクは手紙を届けに来たんです。至急お伝えしたいことがありましたので」
アイラはリューベルの落ち着いた態度に感服しつつ、安心させようと、穏やかな声で伝える。
そしてどこからともなく3つの封筒を取り出すとそれをリューベルに差し出した。
「これは、マナとヒロそれに・・・ワコ・シコク殿か、急ぎの用とは一体なんだろうな・・・、それにしてもアイラ姫様はまだ多くの技術を隠されているのですな、敵対せずに済んで本当に良かったと思いますよ、手紙は確認させて頂きます。返事も必要なのですか?」
「えぇ、ただ人前に姿を晒すのも面倒臭そうなのでこのまま待たせて頂きます」
「畏まりました。急ぎます」
言うが早いかリューベルは手紙を開封し読み始める。
「これは確かにヒロの字ですな、この様な上等な紙で頂けるとは、これは生涯の宝に致します。ヒロにはこれを渡して頂けますか?持たせ忘れまして」
真っ先に娘からの手紙を読んだリューベルは、刃渡16㎝ほどの短剣をアイラに差し出す。
それを受け取ったアイラは首をかしげた。
「これは?」
「セントールの習慣でしてな、嫁入りする娘に自決用の短剣を持たせるのです。その存在が婚家の障害になる時には自ら命を絶つ為のものですよ」
と、こともなげに答える。
「そうですか、それは是非もう一振用立てて頂かないといけませんね」
と、アイラの方もあまり驚いた様子はなく返事をする。
そしてリューベルは、そんなアイラの態度に首を傾げつつも残りの手紙も確認し始めた。
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「・・・これは真ですか?」
手紙を読み終えたリューベルは信じられないという表情を浮かべてアイラに問いかけた。
さしものやり手のシュゴであるリューベルも送り出して1週間ほどでこの様な報せが届くとは想定していなかった。
その上せいぜい挨拶のついでにミカドの下にいる役人との縁談がまとまればと考えて送り出した妹が、まさか隣接するシコク家の当主の正妻などという大口の縁を結んでくるとは、全く考えていなかったのだ。
「はい、ボクも耳を疑いましたが、まだ初々しさはあるものの二人とも好ましく思いあっている様子でしたし、シコクの姫君も反対はしていませんでしたね。特に二女はナナ姫とおっしゃいまして、マナちゃんとは名前が似ているからと、すぐに打ち解けていました」
「そうですか、アイラ姫様から見て、マナはワコ殿の結婚して幸せになれると思いますか?」
リューベルはこと妹のことであるのでなりふり構わずアイラに尋ねた。
「そうですね今申上げました通り、マナちゃんはワコ様の事も悪しからず感じていた様ですし、二人の妹君とも仲よくなれそうな空気です。それにシコクの状況からしても南セントールに影響力を持つシーマの姫を嫁に迎える利点はわかっているはずです。これから真に協調路線を進めるということであれば悪い話になることはないかと思います。後は結婚後マナちゃんが男の子を産めばそれで両家に取って良い流れになるかと、将来的には姫君同士を交換しての婚姻などもありかも知れませんね」
結婚適齢期になっている上既婚であるとは言え、まだ幼さの残るアイラから伝えられる直接的な表現に、リューベルはやや面食らいながらも首肯く。
「そういうことであれば、私に異存はありません。マナが自らワコ殿を選んだというならそれは恐らくはマナの初恋です。出来る限り応援をしてやりたいですからな」
と、リューベルはマナの手紙をぴらぴらと揺らしながら、愛おしげに目を細める。
「あと10分御待ちいただけますか?」
「もちろんです。夜まででも大丈夫ですよ」
リューベルは一度その場を去り、それから8分後に再びアイラの前に戻ってきた。
その表情は晴れやかで、その手には3通の封筒と短剣が一振握られている。
「お待たせ致しました。ヒロへの手紙と、マナとワコ殿への婚姻の同意、そしてこれは、父エーシュの愛用の短剣です。これをマナに渡して頂けますか?」
手に持った物を差し出しながらリューベルは一つ一つ説明し、アイラはそれを受けとった。
「カネル氏が帰ったら皆様の前でワコ様からマナちゃんれの婚姻の申し込みを報告しますから、それを家臣のみなさんにも承知させてください。それが終わったら再度カネル氏をシコクに派遣してください、ミカドへの報告はこちらで済ませておきますから」
「わかりました。マナの為ですから、なんとしても認めさせます。アイラ姫様たちには、ヒロのことといいお世話になりっぱなしです。それに比べて我々は余りに何もお役に立てていない」
リューベルには1シュゴ家当主としての矜持がある。
それがイシュタルト相手には技術に知識、そして兵の質でも恐らくは劣っていると見せつけられている。
その上今回は妹の為に、アイラが自らナイキ城内に、それもシコク家の印のある手紙を携えて現れたことで、仮に戦争をした場合に斬首作戦を行われればいかなる軍を集めようとも全くの無意味にされてしまうことが露呈した。
何者といえど、墨が渇き切らないうちに400㎞以上の距離を移動してくる者を、それも領都の城館としてそれなり以上の警備を敷いているこのナイキの城を、誰にも見つからずに奥向きの部屋にまで侵入してくる様な相手に、万全の警戒体制など敷ける筈がない。
アイラは手紙を渡すことに精一杯で考えが及ばないでいたが、図らずもダ・カール伯に対して仕掛けた脅しと同じ事をしていたのだ。
「いいんですよ、ヒロちゃんの家族の為ですから、少し位の手間は惜しみませんよ」
しかしそれを知ってか知らずか、アイラはただ新しい妹分の為だと言い切ってしまう。
リューベルにとっては領地の大事である婚姻も、目の前の少女にしてみれば『知り合いがひとめぼれして結婚した』くらいの価値しか無いのかもしれないと思うと少しだけ、気持ちが楽になった。
どこか心の中にあった『マナはシーマの為に、役割ワコ殿からの申し込みを断れなかった』のではないか?という疑念がどうでも良いことの様に思えた彼は
「それではまたしばらくマナの事をお願いします。ヒロも甘え癖があるのでビシバシ躾てやってください」
と、アイラに頭を下げた。
「はい、それじゃまた。マナ姫をお返しする時かなにかに・・・」
リューベルが頭を上げたら時には、すでにアイラは消え失せていた。
まるで初めから居なかった様に感じるほど呆気なく、音もなく。
「彼女と敵にならずに済んで、本当に良かった、マナには本当に感謝しなくてはならないな」
緊張していたのかリューベルは一人になったことがわかると仰向けに転がり、彼の娘がずっと見てきたであろう天井を眺めた。
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(アイラ視点)
偶然にもリューベル様がヒロちゃんの部屋に居たため、首尾よく目標を達成できた。
彼にとってヒロちゃんは愛する奥方(それも元は年下の叔母だとか)の唯一の忘れ形見であるヒロちゃんを手放した事はとても大きな決断であっただろう。
これからリューベル様はあの部屋に行く度に、いやきっと朝起きる度、夜眠る度に娘が遠いところにいることを思い、ヒロちゃんの名前を呼ぶのだろう。
もしかすると今日だって、仕事の合間に一人で泣いていたのかもしれない。
そこに畳み掛ける様にマナ姫の結婚話まで持ち込んだのは少しかわいそうだったかもしれないね。
ボクは今、あまり早くに帰りつくのもおかしい気がしてナイキの上空に跳躍したあと、少しその辺りをプラプラと見て回ろうと思い立っていた。
例えば南セントールの残りの二つの地域、例えばミカドに忠実なニコ家が治めているというヒヨウ地方、それにどうにもよくない話を多く聞くサンキ家のファントリー地方、後はヴォーダ家の地域辺りまでなら加速と鎧衣の併用で2時間以内にたどり着くし、そこからアイリスを目掛けて跳躍で帰れば丁度良いかも・・・その中ならこれから領域をかすめるファントリー地方の様子見が良いかな?
結局途中でヒヨウ地方も見えるだろうし。
「よし、そうと決まれば、まぁ人目もないし良いかな?変身!!」
護り刀暁天を構えて起動させる。
暁天は、神楽の姉の一人である天音義姉さんから頂いた刃渡13㎝ほどの護り刀だけれど、柄の中に魔力偏向機と呼ばれる魔法使いの為の装置を搭載している。
また暁天はその中でも特別な機体で当時朱鷺見台に存在していたすべての魔導鎧衣のデータが保存されているために、さまざまな変身を行うことができる。
今回は黒の金の突撃騎馬兵という飛行と重力操作に優れた鎧衣を想定していたけれど、よくよく考えれば、誰かを抱えて行くわけではないので重力操作は必要ない、もっと速さか燃費に特化した方が良い、そう考えてボクは異なる鎧衣を選択する。
名前は星の献身、テノンさんの月の献身に影響されたリアさんが、姉の一人である黒乃義姉さんの監修の下、テノンさんの物が治癒魔法や補助魔法に特化したものであったのに対して、リアさんのモノは『テノンが困ってる時にメイドさんがマッハで飛んできたら格好良くない?』という独特の感性を全開にして作成された鎧衣だ。
輪郭こそ月の献身と似通ってメイド風となっているが、フリルやリボンが極少なく、襟は幾重にか重なり、下は袴状のロングスカートになっている。
更に袖が振り袖の様にかなりダブついた作りになっていて何となく和装っぽさがある。
また、リアさんがごわつく物が嫌いだったからか、単に下着を気にしないで人であったからか、スカートの下は白の綿(風)ショーツという、一週回ってマニアックな服装になっている。
そういえば黒霞の娼婦の時も際どい衣装に対して、無地の白いショーツが装備されていたっけね、あれもリアさんの鎧衣だ。
なお服のカラーリングは紺と白で、エプロンが月の献身とお揃いのフリフリに、ワンポイントなのか赤く細いリボンが肩に近いところにちょこんとついている。
鎧衣としての性能は速度特化、燃費は悪くないけれど他になんの補助機能もついていない。
ただただひたすらに直線飛行に特化した鎧衣で無論黒の金の突撃騎馬兵よりも加速性能は高く物をもち運ばない前提になるけれど3割増し以上か。
速度以外の補助がないとはいえ要は普段着よりも直線移動の速度補助があるということなので十分実用性はある。
変身を終えると、方角を確かめてヒヨウ、ファントリーの方向へ向かって、ボクはナイキ上空から飛び去った。
アイラは単独行動で3時間ほどおさんぽすることにしました。




