第139話:11年目のお別れ
(アイラ視点)
リトルプリンセス級への襲撃と、シーマの家臣達数名の失脚から5日経った。
事後処理で忙しくしているリューベル様に代わり、ファイン氏やマナ姫、護衛にムサシ殿まで着けていただいてボク達は、ナイキ近郊の農村や未開墾の土地を巡った。
シーマの人間のうち、可能性があり、なおかつシーマ家からの信頼も篤いファイバー様、マナ姫、ムサシ殿、クランド殿が収納魔法を発現することができた。
特にムサシ殿は最初から約500リットルという実用的な容量を持ち、これからますますシーマからの重用を受けるだろう。
そのムサシ殿は勇者相当の戦力というだけではなく、領地経営や道の整備や建築もなかなかの巧者であるとかで、彼自身が収納を修得できたことで捗るものが多そうだと、ムサシ殿もリューベル様も実に嬉しそうだった。
そのお礼にとムサシ殿が、自身の預かっている土地を中心に特徴的な農地を案内してくれ、移入出来そうな作物をある程度定めた。
さすがに初年度から大規模な作付けはしない予定だけれど、取り急いで何ヵ所かの実験農場が用意された。
灌漑や区画整備計画の例も書面で幾つか提供し、シーマ側からは山芋類と丸茄子類、瓜類、葛の苗が提供された。
そして今日ボクたちはカジトを出港することになった。
「アイラ姫様には数々の援助、技術供与をしていただき、誠に感謝しております」
リューベル様自らカジト港までやって来て頭を下げている。
流石に人目につかない様にこちらの甲板の上だが・・・
未だ事後処理に忙しいリューベル様がわざわざカジトまで来たのは、無論友好国となった我々イシュタルトへの誠意もあるが、もっと大事なことがある。
それは・・・
「マナとヒロのこと、お頼み申し上げる」
二人の姫君のことだ。
あの日、シーマ家はイシュタルトに対して決して弓引かないことを選択した。
セントール大陸に所属する以上イシュタルトへ服属はしないが、技術的格差、魔法に関する研究や理解の差を受けて勝ち目がないと考えたシーマ家は今回のボクたちのミカドへの繋ぎを請け負うことにした。
それがマナ姫の同行の目的だ。
現在シーマ家ではファイバー氏、ファイン氏がミカドへの謁見を果たしているが、マナ姫は未だない、しかしながら彼女の才覚と容姿は捨て置くには勿体無いということでミカドへの顔つなぎをすることにした。
そこでリトルプリンセス級はマナ姫を同道して、まずはシコクへ行き、その後中央へ艦を進めることになった。
マナ姫はこの道中で過不足ない婚姻相手を探すか、ミカドに拝謁して気に入られることが目的となる。
シコクに立ち寄るのは、マナ姫のミカドへの拝謁に当たり道中で寄港できるのにしないのはシーマ、シコク間での遺恨となりうるとかで、ダティヤナ、ニャベシマへは書面で連絡をやるという。
リトルプリンセス級並びに同行するシーマ船はシーマ家の直系が乗っていることを示す紋章旗を掲げることができ、件のサンキ家が不当なちょっかいをかけてきた時点で反撃して沈めても難癖をつけられにくい。
またシコクに寄るのでシーマと同じ様に移入可能な植物の調査や、灌漑、治水回りのことでの手伝いができるかもしれない。
信頼関係が築けるなら築いた方が良い。
可能ならシコクでもミカドへの進物を預かることができればシコクの使節の旗も掲げることができる様になるのでそれもまた美味しい。
シコクまでは多少航行が遅くなっても良いので、とシーマの中型帆船も一隻随伴することになり、比較的柔軟な思考をしているという外交官見習いのカネルという者が同行することになった。
マナ姫とカネルはシーマの船であるヘキ号に乗船する。
ヘキ号はリトルプリンセス級の半分程度の大きさの船であるがシーマでは強力な風魔法の担い手が余り多くなく、この大きさの船でも8人は風魔法使いが必要となるらしい。
さらに魔法帆走では接岸、離岸時に衝突するなどネックがあるため、漕ぎ手も最低40名程度必要とする。
なのでリトルプリンセスと同行する間は、エッラを貸し出すことになり、魔法帆走の時はそちらに同乗することになった。
「勿論、お預かりする以上は責任もって預からせて頂きます。むしろ本当に良いのですか?リューベル様の唯一のお子様でしょう?」
友好国となったとはいえ女性ではシーマの血を最も濃く残す二人の姫君を、預けることに抵抗はないのだろうか?
特にヒロ姫は・・・
「寂しいという思いがないと言えば嘘になりますな、ですがこれもシーマの存続の為です。エレノア殿の様にヒロがなつき、 またヒロを愛してくれる方と出会えたことを幸運に思っております、これは先日お話させていただいた通りです」
と、リューベル様は傍らに寄りそっているヒロ姫の頭を撫で付けながらひどく悲しい慈愛に満ちた表情を浮かべる。
それは、あの時と同じ表情だ。
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「エレノア殿、私とて不躾な申し出だとは思うのだが・・・ヒロの母になって頂けないだろうか?」
突然告げられた言葉にボクも、そしてユーリとフィサリスも動揺した。
勿論エッラも・・・。
「リューベル閣下それは」
「迷惑なことをお願いしているのは分かる。しかし・・・私はヒロに幸せになって欲しいのだ。その為に貴女にヒロを引き取って欲しい」
ん・・・?なにかおかしいよ?
リューベル様の言葉についていけずボク達は混乱する。
それに気付いていない様で、いや或いは混乱しているうちに畳み掛けようということなのか、リューベル様は続ける。
「ヒロにはシーマ以外の土地で幸せになって欲しいと考えている」
なにか理由があるらしく、ヒロ姫はシーマでは幸せになれないと、そういっている様だ。
「兄貴・・・何もそこまでしなくても、ファイルズには言い聞かせるつもりだ。それじゃヒロがあまりにも・・・不憫だ。」
ファイバー氏はなにか事情を知っているらしく、またボクたちの知らない人名が出てきた。
さらにマナ姫とヒロ姫もある程度の理由がわかっているらしく、そう落ちこんだり、取り乱したりという事はなく、ただそれでも目元を涙で濡らしている。
「私はヒロに幸せになって欲しいのだ。ファイルズに無理やり言い聞かせてヒロを嫁がせても、二人とも幸せにはなれないと思わないか?私とてヒロの父であり、ファイルズの伯父だ。二人ともが可愛い、それなのに私がファラに操立てし続けた為に二人を不幸にするのは私も嫌だ。ファラに申し開きもできん」
聞けば、ファイルズというのはファイバー氏の息子で、ヒロ姫の五つ下、まだ五歳の男児であるそうだ。
リューベル様にヒロ姫の他に子が無いため、ファイルズ少年をリューベル様の養子に取りヒロ姫を嫁にしてシーマを継がせるか、リューベル様が妻を娶り次の子を作るかに家中は割れているが、ファイルズ少年は「年上の女でしかもヒロ姉ちゃん?絶対やだ。だってヒロ姉のかか様、早死にしただろ?オレより一日でも早く死にそうな女は絶対妻にしないし愛さない」
と、ヒロ姫のことを拒否しているらしい。
乱暴な断り方に聞こえるが、リューベル様の生き様を見て、愛する者に遺される辛さを考えての事なのかも知れないと考えると、責める事もしたくないそうで、リューベル様はファイルズ少年にファイン氏の娘のいずれかを娶わせてシーマを継がせることを考えているらしい。
しかしそうなるとヒロ姫の存在が微妙になる。
シーマ家中に嫁がせても不和の種になりかねない、そこにヒロ姫がとてもよく懐き、ヒロ姫を優しく気遣う、亡き妻に似た女性が現れた。
それもシーマよりも強大な力を持っていそうな国の後ろ楯を持っている。
「娘を預ける相手としてはこれ以上無い好条件なのだ。もしいつかシーマが滅びることがあっても、他の大陸にまで血筋が広がっていれば、残るかも知れぬしな?」
予想した口説き方とはまるで違ったけれど、そこまで言われれば、真面目に検討する他なかった。
結局4時間に及ぶ話し合いの末、一部家臣の暴走とは言え多大な迷惑をかけたシーマ家に少し過剰とも言える『失敗例を含む公共事業の事例集』等の技術を供与する人質として、ヒロ姫をホーリーウッド侯爵家へ差出す。
という案で合意を見たのだ。
ヒロ姫も幼いながらに前々から自身の状況はわかっていて、父親との別れが決まっても涙ひとつ見せなかった。
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「リューベル様、ヘキ号の支度が整いました。そろそろ出港の時間にございまする」
と、下から声がかかり、いよいよその時が迫る。
「それではヒロよ、母代りとなるエレノア殿の話をよく聞き、ユークリッド様とアイラ姫様によくお仕えするのだぞ?」
と、リューベル様がヒロ姫の肩に両手を置いて言い聞かせる。
するとヒロ姫は、確りと父親の顔を見上げ
「とと様、いいえ父上、ヒロは幸せになります」
と、まるで嫁入りするみたいに幸せそうな笑顔を浮かべた。
「リューベル様、マナ姫様は必ずや素晴らしいサテュロス貴族になることでしょう。何せエッラは私が5歳の頃から城に出入りし、侍って居るのですから、イシュタルト王族の姫の教育を知っているのです」
「責任持って預からせて頂きます」
「ヒロ、達者でな」
「父上こそご自愛下さいませ」
親子の旅立ちの会話は、思ったよりも淡白で、それだけに父の背中を見送るその小さな背中に哀愁を感じる。
しかしヒロ姫は、それからカジト港が全く見えなくなるまで、艦の縁を離れずに手を振り続けた後、エッラも風魔法帆走の為にヘキ号へ跳び移った後で、一人泣き崩れた。
ということでリューベル様とヒロ姫にお別れしてもらうことになりました。
艦の上ではアイラは余所行きモードを解くので、またヒロちゃんマナちゃんに呼びを戻すつもりでしたが、マナ姫はヘキ号に乗ってるので難しそうです。




